銀盤踝 14
全くもって、御用猫は不機嫌であった。
しかし、これは誰を責める訳にもいかぬ、全て彼の、勘違いとも云えぬ、乙女のように抱いていた幻想が、打ち砕かれたせいなのだから。
「どういう事だ、ホノクラよ」
「……どういう事かは、ボクの方こそ、理解出来ないのだけれどね、ひとつ言えるのは、その呼び方も、なかなかに、良いものだと、ね、魂が」
「いいから」
何やら言葉を失ったホノクラちゃんを背に、御用猫は、目の前の巨大な、鳥の様な生物に視線を戻すのだ。
「普通は、なんだ、伝説の魔獣と言うからには、いや、流石に、お伽噺を夢見ていた訳では無いのだ、ドラゴンとまでは言わないが……せめて、グリフォンだとか、天馬の現れる所であろうに」
「若先生、これは、ロック鳥、と言う魔獣でしょうか? 」
多少、目を輝かせているものの、他の者と違い、冷静さを保っているリチャード少年は、自分の知識の中から、空の魔獣、と呼ばれる生物の名前を探り出す。
彼の隣では、ぽかん、と口を開けたまま、身じろぎひとつせずに佇むサクラと、片膝をついたまま、頭を下げる森エルフの二人。
「残念、ロック鳥は、もっと南、地中海の向こうに住む生き物さ、彼女は、祖霊鳥……君達は、サンダーバードと、呼んでいたかな」
円形に少し開けた森の中、祖霊鳥と呼ばれた、その魔獣は、三メートル以上ありそうな体躯を屈め、近寄ってきたホノクラちゃんに、嘴を擦り寄せて甘えるのだ。
「さぁ、これで、森の中心まで一気に飛ぶよ、流石に、軽量化の呪いは必要だけどね、その辺りは、その、呪いの得意な少女に頼んでくれたまえよ? 僕は、そこまで世話焼きでも無いのさ」
そうは言いながらも、ホノクラちゃんは、周囲の蔓草を集め、巨大な買い物籠の様な物を作り始める。これに乗れと言うのだろうが、蛇のようにうねる、何百本もの蔓草が、勝手に編み上がって行く様は、異様な光景だと言わざるを得ない。
「……なぁ、ホノクラちゃんよ」
御用猫は、努めて声を抑える、自分の他に、違和感を覚える者は居ないようであるし、ひょっとすれば、自分の感性がおかしいだけで、目の前の巨大な生き物は、威厳に満ちた、神々しい姿なのかも知れないと、不安になったのだ。
「なんだい? 」
「こいつ、デカいひよこにしか、見えないんだが……飛べるのかぶっ」
言葉を終える前に、その巨大なひよこは、彼に頭突きをお見舞いするのだ。
宙を舞った御用猫だが、何とか姿勢を立て直し、膝をついて着地する。
「……良い度胸だ、ひよこ野郎、縁日に戻して、目玉景品にしてやる」
「若先生、お気持ちは分かりますが、このひよこは、呪いの力で空を飛んでいる筈です、見た目はひよこですが、恐らく問題は無いかと」
博識なリチャード少年が言うには、サンダーバードは「千年王国の鷹」とも呼ばれ、その名の通り、千年を生きる魔獣だと言う。千年王国を標榜するクロスロードでは、縁起を担ぎ、王家の紋章にも採用されている、有名な魔獣なのだ。
「見た目のせいで、思い当たりませんでした、そもそも、実在するかどうかすら、疑われていましたし……まさか、実物を、目にする事が叶うとは」
リチャードが手を伸ばすと、ころころ、と喉を鳴らし、その手に頭を擦り付けていた。彼もひよこ呼ばわりしていた筈なのだが、なにやら、既に懐いている様子ではないか。
先ほど、ホノクラちゃんは、彼女、と呼んでいた筈だ、このひよこは雌なのであろう、だとするならば、美男子には弱いのやも知れぬ。
些か、納得のいかぬ御用猫であったが、今は時間も無い、チャムパグンの呪いで休眠させているとはいえ、くるぶしの限界は近いのだ、見た目はひよこといえど、有り難い存在だろう。
そう思い、ふと、横を見れば、先ほどまでは、口を開けたままであったサクラだが、何やら、消沈した様子で、俯いている。これほどの出会いだというのに、素直に喜べぬ、はしゃぐ訳にはいかぬ、とでも思っているのだろう。
「心配するな、ホノクラちゃんに頼んで、帰りにも、このひよこと遊ぶ機会を、作ってやるからな」
彼女の頭を、そっと撫でると、沈黙のままに、少女は、少し頷くのだ。
「ようし、リチャード、チャムを起こせ、干し肉で叩けば目を覚ます、ローエもいい加減に立て、出発するぞ」
どうやら、祖霊鳥は、森エルフにとっては、大層に畏れ多い存在であるようだ。膝をついたままの二人の背中を叩くと、御用猫は首を鳴らして、ひよこを見上げる。
「ホノクラちゃん、このひよこは、何て名前なんだ? 」
「この子の名前かい……テンゲレ、空を統べる者、という意味さ、なかなかに、勇ましいだろう? 」
けろけろ、と鳴きながら、誇らしげに胸を逸らすひよこは、まるで、人語を理解しているかの様にも見えるのだ。
(マダラも、そうであったが、魔獣とは、なんと、賢いものだな)
御用猫は、顎に手を当て、しばし考え込む。
「ちょっと、こいつには、格好が良すぎるな……ううん、そうだな、てんてん丸、で、どうだろうか」
「あっ」
珍しく、何か慌てたような、ホノクラちゃんの声は、御用猫が宙に舞うのと、全くの、同時であったのだ。




