◇魔法使い
「はいはい、それじゃ新年度目前にして留年の危機感を持っていないおバカさんたち」
一つの教室に三人ずつ割り振られ、俺のような留年候補生たちが補習を受けている。
雅也は間に合っていれば別の教室だな……。
「君たちには今日と明日の二日で合格点を取ってもらわないと留年確定だよ。まあ、一名ほど退学候補いるけどね」
ちらっと先生がグラウンド……テニス部が部活をしているそのさらに向こう側、エリートクラス、魔法科の生徒に混じって一人集中砲火を浴びている男子生徒を見る。
全部さぼっていたから効率的に消化する、そういう訳で体育とプログラミングの同時消化。
なにをやっているかと言えば、電脳化処置を受けた者は脳内でコンピュータ系の演算処理が可能というところを活かしてナノマシンの制御プログラムを構築し、防御フィールドを維持しつつ相手の干渉する領域を削り取る、且つ地味な攻撃用ナノマシンの砲撃戦で体を動かして運動。
学園以外の人から見ればナノマシンを使っているなんてわからないからそのまんま魔法って思われるだろうな。
……それにしても、あれは体育というよりも戦闘訓練じゃないのか?
魔法科、そうよばれるあのクラスの生徒は揃ってウィザードの候補生。
魔法使いと呼ばれるだけの仮想適性をもって学生のうちからある程度の場所で即戦力になるエリートたちだ。
そう、廃寮になった原因の先輩たちも。
「あーはいはい、君たち。向こうは気にしないで早速だけど補習始めるよ」
すると突然視界いっぱいに強制送信されたデータが展開される。
凄まじい量の参考書と課題だ。
おまけにブレインチップのメモリーに保存することができないようにプロテクトまで掛けられて……検索まで出来ない。
この量を二日で読んで理解して合格点を取れと?
「私語は禁止しないけど、計算上は休憩、睡眠なしでやらないと終わらない量だからね」
俺の感覚ではこれは夏休みの敵というやつなのですが。
「はい、はじめ。外は気にしないように」
無理です、メチャクチャ気になります、ていうかうるさいです。
部活動の喧騒、そしてなによりもその向こう側で……もはや戦争と言えそうなことをやっているあの男子生徒が。
一般的なことを言おう、まず電脳化処置を受けただけの一般人、中途半端に知識のある一般人には電子系の知識満載の特殊な連中のブレインハック、マインドハックは防げない。
市販の防御壁《ICE》を使ったところで魔法使いたちは秒速で溶かしてしまう。
だというのにあの男子生徒は物理的な動きに合わせてプログラミングまでこなしている。
「せんせー、影秋くんがテニス部の女子のパンツにむちゅーになってまぁーすっ!」
「てんっめっ、何言って――」
先生の目が冷めている。
「狼谷君、君は留年したいようだね」
「いえいえいえいえそんなことはありませ……」
「君、帰っていいよ。あとで手続きの書類を送信するから」
「え、あの先生?」
もうそれっきり。
俺のことはいない人あつかいだ。
「……おいてめぇ」
「いやぁ。すこしくらいふざけねえと楽しくないだろ? な?」
お隣のクソ野郎はすこしくらいのおふざけで俺を留年にしたのだが。
これがすこしくらいのおふざけと呼べるか?
「…………、」
もういい、もぉいいよ!
『雅也、そっちは?』
視界に表示されたデータをまとめて閉じてツールバーのアイコンに意識を送る。
次の瞬間には半透明に雅也の姿が出現した。
『間に合わねえ、ってことで諦めたぜ! いえぃ!』
ぐっと親指を立ててウィンク。
自慢することじゃねえだろうが。
◇◇◇
留年という現実の刃をぐさりと突き刺され、非現実感を覚えつつも昼の空腹感に現実を覚え、グラウンドの土手に座り込む。
空を仰ぎ見れば太陽は高い位置で輝いて、春の心地よい風がもう一度新入生に混じって一年生やり直しという絶望を運んでくる。
「…………」
「…………」
「…………」
ちなみに、三人そろってな。
「で、スコールさん? あなたはなんで?」
「イラついたからまとめて爆風で気絶させたら……まあ、そういうことだ」
「なにやってんですか……」
あ、そういえばこの人は退学か。
「そういえば、ナノマシンの制御ってどんなでした?」
「人によってやり方が違うからあまり言えないが……流体制御系を専門にやっているから、それのイメージで一定のまとまりごとにコマンダーを設定してコマンダーのまとまりを流体として群体制御系で」
分からない!
なにそれ!?
「分からんだろう。ようは膨大な数に命令を出すようにプログラムすれば処理速度が落ちる、だからどれかに命令を出せば残りがついていくようにして少ない命令で動かせるようにしていた、そういう訳だ。命令の方もアセンブラみたいに命令語と目的語で簡単に組んではあるが」
「は、はぁ……」
アセンブラってどうやって記述するんだっけ?
……ダメだな俺は。
「……覚えておけ。もうじき新型ナノマシンが悪用される。環境汚染物質の分解の為に作られたそれが、分解対象を生体にして散布される」
「はい?」
「もしものときの強制命令コードは――――」
その続きは、グラウンドで走り回っていたサッカー部の女子を、舐めるような視線で見ていた雅也に対するボールの直撃、そして巻き添えで俺たちも変態扱いされて攻撃を食らうということで掻き消された。




