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第7話

 エネルギーを500円で買って摂取しているメロシェだが、まかないを食べないと怪しまれるため、量は少なめながらもきちんと食べていた。もっとも、雪花たちが作るご飯はとても美味しいので、彼女自身も非常に満足していた。


 ある日のこと、休憩室の扉がノックされ、開けると“Rose Bleue”の片付けをしていたスタッフが立っていた。走ってきたようで、少し呼吸が荒い。


「ロコさんにお客様が来てます。今はRose Bleueでお待ちいただいてます」


「お客様? 誰ですか?」


「ええと、その……身内の者だと」


「す、すぐ行きます!」


 それを聞いたメロシェは目を見開いて席を立ち、スタッフの後を追って“Rose Bleue”へと向かった。宿泊客の食事を見守っていた柊輝も、気になってこっそりとその後をついていく。


 メロシェが“Rose Bleue”に足を踏み入れると、そこに立っていたのは、真夏の夜だというのにやけに冷ややかな雰囲気を纏った男だった。濃いアイラインやヴィジュアル系バンドを思わせる派手なメイク、そしてどこか浮世離れした美しさを漂わせている。


「……お兄ちゃん! どうしてここにいるの?」


 メロシェはその男の姿を見るなり、目を見開いて声を上げた。


「よう、メロシェ。元気にしてたか? まさかお前がここに泊まり込みで働いてたとはな」


「は?」


 予想外の言葉に、物陰から様子を覗いていた柊輝は思わず声を漏らしてしまった。しまったと思った時にはすでに遅く、2人の視線が一斉にこちらに向けられた。


「あれ、そこにいるのは……人間の男の子かな?」


 派手なメイクの男は不敵に笑い、隠れていた柊輝の方へと歩み寄ってきた。


「俺はサンステラ。……妹がお世話になっている。何もお礼の品を持ってこれなくて申し訳ないね」


「いえ、お気持ちだけで十分で……じゃなくて。メロシェのお兄さんってことは、あんたもやっぱり悪魔なのか?」


 柊輝が警戒しながら身構えると、男は「ノン、ノン」と優雅に人差し指を左右に振ってみせた。


「正確に言うなら、俺とメロシェは元天使の悪魔だ」


 何か言いかけるメロシェを遮って、サンステラは話を続けた。


「俺たちは元々、天界でも名門と呼ばれる一族の天使だった。……もっとも、俺は天界でさんざん悪さをしすぎて、見事に堕天して追放された身だけどね」


 サンステラは楽しそうに肩をすくめ、それから隣に立つ妹に視線を移した。


「だけど、このメロシェは俺なんかとは違ってずっといい子だった。それなのに、ある“掟”を破ってしまったせいで堕天しちまったのさ」


「あんまり余計なこと言わないでよ」


「かわいい妹が“悪魔”だと思われているのは忍びないじゃないか」


 サンステラとメロシェの言い合いを聞きながら、柊輝はふと昼間の会話を思い出した。


「掟って……“人の心を無理やり操作してはいけない”っていうルールのことか?」


「おっ、よく知ってるね」


 サンステラが面白そうに目を細めると、さらに付け加えた。


「それだけじゃない。天界の掟には他にもある。1つ目は“人の生命に干渉すること”。そしてもう1つは、“人間に恋をしてはいけない”だ」


「え、どうして?」


「おや、君たちの国の歴史を知らないのかい? かつてこの国に西洋の教えが渡ってきた頃、“恋”や“愛”という言葉はただちに不義であり、邪悪で罪深きもの――つまり“恋とは罪悪”なものとして捉えられていたんだよ。崇高な天使がそんな泥臭い感情に塗れてしまうなんて、天界の掟では許されないことだからね」


 サンステラが不敵な笑みを浮かべながら飄々と語る。だがその言葉を聞いた瞬間、柊輝の胸の奥で、何かが激しく逆撫でされた。


「……ふざけるな」


 低い、しかし怒気を孕んだ声が、静まり返ったカフェに響いた。サンステラとメロシェが驚いたように目を丸くする。


「恋愛感情なんて、人間の意志でどうにかなるもんじゃないだろ! 誰にも操作できないのに、人間に恋をしてはいけないなんて理由だけでそれが罪になるなんて、そんなの納得いかない……!」


 こみ上げる感情を抑えきれず、柊輝は自分でも驚くほどの熱量で吐き捨てた。


「俺だって……俺だって、許されない、絶対に叶わない恋をしたことがあるのに……っ!」


 そこまで叫んで、柊輝ははっと息を呑んだ。自分で口走った言葉の重さに、頭が急速に冷えていく。しかし、一度開いてしまった心の蓋は、もう閉じることなんてできなかった。


「しゅ、柊輝……?」


 混乱するメロシェとは裏腹に、サンステラは「落ち着いて」と無言で2人をなだめるように手を挙げた。


「それなら聞かせてもらおうじゃないか。君の恋の話とやらを」


 サンステラとメロシェが静かに見つめる中、柊輝は震える声で、ずっと胸の奥底にしまい込んでいた秘密を語り始めた。


「俺は……お兄ちゃんの妻だった小春さんが好きだったんだ。あの人は俺のことを本当の弟のようにかわいがってくれてた。それが気づいたら、あの人への恋心に変わってた。でもその時にはもう、お兄ちゃんと小春さんは恋人同士になって、結婚してた」


 柊輝はそこまで言って、ふうと大きく息を吐き出した。


「向こうにしてみれば、『大好きな彼氏の弟だから可愛い』という家族としての愛情でしかなかったと思うんだよ。でも俺はそれだけでよかったはずなのに……事故で死んでからも、まだその思いが消えなくて、ずっと1人で抱えて、誰にも言えなくて……こんなの、どうしようもないじゃないか……!」


 すべてを吐き出し、うなだれる柊輝の肩に、ふわりと温かい感触が触れた。


 顔を上げると、そこにいたのはメロシェだった。彼女はいつもの無邪気な笑顔ではなく、どこか切なげで、しかしどこまでも優しい瞳で柊輝を見つめている。


「……すごいね、柊輝は」


 メロシェはそっと手を伸ばし、柊輝の頭を優しくなでた。


「1人でずっと葛藤して、誰にも言わないで、その綺麗な想いをずっと守り続けてきたんだね」


 彼女のその温もりに、柊輝は胸の奥が熱くなるのを感じた。サンステラの言う通り、やはりこの子は元天使なのだと悟る。だとすれば、この子は一体なぜ、悪魔に墜ちてしまったのだろうか。


「おっと、そろそろ俺は退散させていただこう。誰か来たようだ」


 静かな空気を切り裂くように、奥から足音が聞こえてきた。サンステラはひらりと手を振り、不敵な笑みを浮かべる。


「頑張る妹の顔を見に来ただけだったが――久々に、綺麗な恋愛話を聞けて楽しかったよ」


 そう言い残すと、サンステラはまるで煙のように、一瞬でその場から姿を消してしまった。

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