第4話
それから少しの間、倉庫の隅でメロシェから詳しい事情を聞くことになった。
彼女は、強い願いを持った人間の前に現れ、1つにつき500円をもらうことで願いを叶えているのだという。そして、その集めたお金で、自分たちがこの世界で生き長らえるための“エネルギー”を買っているのだそうだ。
「説明されても、まだ信じきれねぇよ……」
頭を抱える柊輝に、メロシェは『失礼だなあ』と不満そうに唇を尖らせる。
「でも、何日も仕事をしていないって……周りに助けてくれる奴はいないのかよ?」
柊輝が何気なく尋ねると、メロシェは少しだけ目を伏せ、あっけらかんと言った。
「私、天涯孤独だから。誰も助けてなんかくれないよ」
その言葉の裏にある底知れぬ孤独の影に、柊輝はわずかに胸を突かれた。悪魔でありながら、どこか危なっかしくて放っておけない雰囲気を纏っている。
その時だった。
「――おい、柊輝! 無事か?」
倉庫の入り口の方から、青磁の心配そうな声が響いた。大きな音がした割になかなか戻ってこない柊輝を心配して、様子を見に来たらしい。
「あっ、やばい……!」
メロシェは青ざめ、慌てて背の高い棚の陰に隠れようとしたが、よりによって青磁が足を踏み入れたタイミングと完全にバッティングしてしまった。
「ん? 誰だ……?」
青磁が持つライトが、倉庫の隅にたたずむメロシェを捉えた。そしてあまりにも無防備で刺激的な装いに、青磁は一瞬絶句し、すぐに自分の着ていた上着を脱ぐと「君、風邪を引くからこれを着なさい!」と慌ててその肩に羽織らせた。
「柊輝、一体どういうことなんだ。」
「あ、あの! この子は……その、今日ここで見つけたんだよ!」
「見つけたって、お前。この倉庫は関係者以外立ち入り禁止だよ。それに、その格好は……いったいどうしたんだ?」
青磁は怪訝そうに眉をひそめ、メロシェと柊輝を交互に見つめた。 ピシャリと叱られるかと思いきや、背後からかすかに「くんっ、くすん……」と湿った泣き声が聞こえてきた。振り返ると、メロシェはいつの間にか両手で目を覆い、か細く震えてみせている。
「……っ、ぐすっ……私、行き場がなくて……」
「え?」
「この子は……その、『目王ロコ』って言うんだ。さっき、倉庫の前で座り込んでいるところを俺が偶然見つけてさ!」
柊輝は青磁の目を誤魔化すように、必死で言葉を紡いだ。
“目王ロコ”という名前はMelosheの文字を適当に並べ替えてその場で作った偽名だし、自分でも無理のある設定だとは思ったが、目の前の悪魔の演技力はプロ並みだった。
「あたし、この近くでアルバイトしてたんだけど、急にクビになっちゃって。それに、一緒に暮らしてた恋人が浮気して、家から追い出されちゃったの……。所持金もなくて、何日も飲まず食わずでこの辺をさまよってて……」
メロシェは潤んだ大きな瞳で青磁をじっと見上げ、完璧なまでの上目遣いをきかせた。
「で、今夜はこの倉庫の陰で寝泊まりさせてもらおうって思って……。ごめんなさい……!」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼすメロシェの姿に、青磁の厳しかった表情がみるみるうちに緩んでいく。元来の面倒見の良さと、女性の涙に弱い悪癖がここで完全に発動してしまったらしい。
「そうか、それは大変だったね……」
「お兄ちゃん、この子を……ロコを、どうにかしてやれないか?」
柊輝が話を合わせると、青磁は腕を組んで少しだけ考え込んだ後、優しい笑みを浮かべてメロシェに向き直った。
「ちょうどよかった。うちの民宿じゃ、今まさに人手不足で困っていたところなんだ。もしよかったら、うちで住み込みで働かないか?」
「え……? 住み込みで……?」
メロシェは涙を引っ込め、驚いたようにパチクリと目を丸くした。計算通りの展開に、内心ではガッツポーズでもしていることだろう。
「ああ。食事も出るし、寝床の心配もしなくていい。もちろん、ちゃんとした給料も払う。どうだ?」
「本当ですか……! 私、働く! 何でもします!」
メロシェは先ほどまでの悲劇のヒロインぶりが嘘のように、パァッと顔を輝かせて勢いよく頷いた。そして財布の紐をいじりながら、悪戯っぽく微笑んでこう付け加えた。
「あ、それと! 給料とか難しいことはいいので、報酬は『一つの仕事につき500円』でお願いします!」
「ん? 500円?」
青磁は突然の少額すぎる提案に、きょとんと目を丸くした。
「はい! 私、それだけで十分なので!」
上目遣いで甘えるように言うメロシェに、青磁は面白そうにふっと笑った。
「はは、変わった条件だな。まあ、働き手が増えるならこっちとしても助かる。わかった、その条件でいこう。1つの仕事につき500円、だな。今、契約書を用意するから待っててくれ」
こうして、メロシェは“1つの仕事を頼む度に500円を払う”という特殊な取り決めの下で、青春荘の住み込みスタッフとして働くことになったのだった。




