第5話 これは放置しておけない。
本作は全話執筆済みです。
完結まで毎日1話ずつ更新する予定ですので、安心してお楽しみください。
統一暦19年5月11日月曜日
「最終確認ですが、各自救難信号の発信機は持っていますか?あ、そこ、動作確認をしない。
ここの森は基本的に魔獣は出現しませんが、万が一野生の動物や魔獣に襲われそうになった時は、必ず救難信号を発してください。救難信号を発すると、自動的に防壁結界が作動しますので、その中で救助を待ってください。加えて、防護結界のみの発動もできますので、教師の指示に従って使ってください。
以上です、何か最後に質問がある人は?…いないようなのですので、それではトレッキング開始です。各自、ルームメイトともに楽しんできてください。」
今日は校外学習、トレッキングの日。生徒同士の親睦を深めるため、毎年行われている恒例行事だった。ルームメイトを数組合わせて作った班で行動することになっていた。
爽やかな春風が新緑の葉を揺らし、山道に木漏れ日がさす景色は、夏の訪れを感じさせるものだった。
「たまにはこういうのもいいよね~。」
「えぇ、そうですわね。たまにはこのようにして、自然を満喫することはいいことですわ。」
「だよね~。まあ少し疲れるけどね。」
「…それはあなたの運動不足なのでは?」
「そんなことはない…はずだよ?」
「ではお聞きしますが、休日は普段何を?」
「えっと、論文読んで、たまに新しい魔法の実験をして…」
「えぇ、そうですわね。何しろ、休日にあなたが図書館以外に出かけること、わたくしは一度も見たことがありませんもの。」
「うっ、何も言い返せない…。」
「放課後に軽い散歩をお勧めしますわ。あなたがさぼらないように、折角ですから一緒にやりませんこと?」
「エリーが一緒なら楽しめそう!」
「それでは、明日から始めましょう。今日はトレッキングで十分歩きますから。」
それから少しして、教師が休憩といった。引率をしているのはアイヒェンベルク先生だった。
「休憩は10分とるぞ。各自、水分補給は欠かすな。けが人とかが出たらいろいろ面倒くさいからな。水稲が空になっているか、なりそうなやつは、水を補充するから俺のもとに来い。水の補給はできれば休憩中にやっておきたいから、次の休憩ポイントまでになくなりそうなやつも来るんだぞ。」
彼はいつも通り雑なしゃべり方をしていた。彼は貴族ではないので、貴族の子弟が大半を占める第一大学においては、身分差が大きかった。
故に、彼の粗雑なしゃべり方に対して反感を持つ生徒も少しいたが、「お前が貴族だろうがなかろうが、ここでは生徒だ。」と言い切っていた。
イリスは水稲の中を覗き込むと、まだ十分な量の水が入っていた。
「私は補充しなくても大丈夫そう。」
「わたくしもですわ。」
「じゃあさ、さっきの散歩の続き!どこ歩く?」
「そうですわね…学校の敷地の周りを歩くのはいかが?」
「えっ、結構な距離ない?」
「慣れれば普通になりますわよ。それにあなたは肌が白すぎます。白い肌が汚いとまでは言いませんが、あなたの場合は不健康な白さをしていますわよ。」
「そこまで言わないでよ~。」
「あなたに必要だと思っているから、言っているのですわ。ですので、少し耳が痛いくらいの方がいいと思いますわ。」
「そこまで完全に言われ…」
「…どうされましたの?」
「ちょっと静かにして、集中してる。」
「…わかりましたわ。」
イリスは「Ein.」と魔術回路の起動詠唱を唱えると、山全体を探知魔法で見ていた。イリスはふと、森の奥から微かな魔力の揺らぎを感じとったからだった。探知魔法は、魔力を持つものを識別できる魔法だった。
(…魔獣の動きがおかしい。一斉に一方向に動いている。何かから逃げて…いや、この規模で動き出すような存在はいなさそう。じゃあなんで…?
いや、理由はあと。この集団が向かっている方向の先には…まずい、生徒がいる。)
「アイヒェンベルク先生!」
「ん?どうした、イリス。」
「魔獣の群れが移動しています、このままだと生徒が遭遇します!」
「わかった、本部に連絡を取る。どの班が特に危ないかわかるか?」
そういいながらアイヒェンベルクは通信機を取り出し、本部へ連絡を入れ始めた。
「こちら第3班アイヒェンベルク。本部、聞こえるか。」
「こちら本部、聞こえています。」
「イリスが魔獣の移動を感知した。」
イリスは、魔力探知でその班を確認した。一つ、見覚えのある魔力をしていた。
そしてその瞬間、SOS信号を各自の通信機が受信した。
「先生、エリカ殿下の班です!」
「わかった、今すぐ避難させる。」
「この規模だと…護衛と教師では数が足りません。」
「本部、第5班が危険だ。今すぐ避難を指示しろ。引率の護衛と教師だけでは足りないらしい。」
「わかりました、今すぐ伝達します。」
「よろしく頼む。」
イリスは荷物をまとめて持った。
「イリス、まさかですが助けに行くとでも?」
「うん、これは放置しておけない。王女様の命がかかってる。」
そしてイリスは、信号が発せられた方に走り始めるのだった。




