第9話 よろしくね、イリス。
本作は全話執筆済みです。
完結まで毎日1話ずつ更新する予定ですので、安心してお楽しみください。
統一暦19年5月16日土曜日
魔獣と竜の襲撃は無事解決したが、一つ、問題が残っていた。
エリーゼはイリスを閣下と呼び続けていた。以前のようにイリスとは呼ばなくなっていた。
何度もイリスに戻してほしいと頼むのだったが、身分の差を理由に断られていた。そして、侯爵家の名に泥を塗るような行為はしたくないと。
イリスは中学生時代を思い出した、宮中伯に叙されたときから、仲の良かった友達はみんなよそよそしくなった。誰一人として、イリスと以前のように呼んでくれなくなったのだった。
そこでイリスは、一度、しっかり話す場を用意しようと考えた。エリーゼに、週末一度話をしたいというと、「閣下のご希望でしたら」と返された。不満は言いたかったが、エリカに言われたとおり、すぐには解決できないものだと言い聞かせ、その場では特に何も言わないのだった。
そして16日の朝、イリスは紅茶を入れていた。最初、エリーゼは閣下にやらせるわけにはと言ってきたが、私がやりたいからやってるというと引っ込んだ。
「それでさ、なんで急によそよそしくなったの?」
「それは、閣下が五英傑のおひとりであられるからです。侯爵令嬢として、当然のふるまいをしていると思っています。」
「…身分が違うってのは分かってるよ。でも、それでも対等な友人として接してほしいの。」
「それは…。ですが、閣下は、五英傑は連邦議長が任命する連邦で最高峰の地位です。それを軽々しく扱うことがあってはなりません。」
「…うん、それは分かるよ。昔話なんだけどね、聞いてくれる?」
「えぇ、もちろんです。」
「私が宮中伯になったのって14歳のころだったの、中学2年生。宮中伯になってからね、周りにいた友達はみんなよそよそしくなったの。もちろん、理由は分かるよ。宮中伯がどれだけ高い地位かは理解してる。でも、友達が離れていったのはね…寂しかったの。もちろんね、みんなに悪気があったわけではないのも理解してるの。
だからね、エリーゼが名前で呼び合おうって言ってくれたの、本当にうれしかったの。」
「それは、私が身分を勘違いしていたからでして。」
「うん、そうなんだと思う。でも、それでも嬉しかったの。やっと、対等な関係の友達ができたって。宮中伯でも五英傑でも気にしない友達が。」
「だからさ、一つ提案。公的な場では閣下とかで呼んでもいい、でも、私的な場ではさ、これまで通りイリスって呼んでほしいの。宮中伯とか五英傑としての私を否定してほしいわけじゃない。それでも、私はイリスだから、イリスって呼んでほしいの。対等な友達として。
階級に違いがあっても、そんなことを気にしない友達になってほしいの。もちろん、無理には言わない。無理に言ったらそれも命令になっちゃうから。
公的な場でイリスって呼ぶのが憚られるのは理解できるから、それはしょうがないし、無理にとは言わない。でも、こういうさ、二人だけの場所とか、ただの友達として居れる間はさ、イリスって呼んでほしい。
これは私からのお願い、だから断ってもいいよ。命令はしない。ただの、友達からのお願い。」
エリーゼは悩んだ。公的な場では敬称で呼んでもいい、でも私的な場所ではイリスと呼ぶ。本人が嫌がっているのに、敬称で呼び続けることもそれは一つの無礼なのではないかと考えた。それに、エリーゼ自身も、以前のようにイリスと笑い合える時間を失いたくはなかった。
「…閣下が、いえ、イリスがそう望むのでしたら。」
「あっ、やっとイリスって呼んでくれた!」
イリスの喜び方は相変わらず無邪気で、子供らしかった。思わずエリーゼは苦笑する。イリスはどうしたのと聞くと、やっぱりイリスはイリスだと返された。
「ですが、公的な場ではこれからも閣下と呼ばせていただきますわ。」
「ん~まあそれはしょうがない。エリーゼも、侯爵家としてのメンツとかいろいろあるだろうし。」
「配慮に感謝しますわ。」
「友達なら当然じゃない?相手が困ってるなら助ける、自分が困ったら助けてもらう、そんなものじゃないかな?友達って」
「あら、イリスも時にはいいことをおっしゃるんですわね。」
「ちょっと~、その言い方はひどくない?私のことなんだと思ってるの?」
「五英傑で宮中伯、そして、年に似つかわしくない無邪気さを持つ、わたくしの友達ですわ。」
「え~なにそれ~。でも、友達って言ってくれたから許す!」
「そういえば、昨日の式典は見事でしたわよ。」
「昨日って、特待生の?」
「えぇ、トレッキングの最中に命を顧みず友人を助け、竜を討伐。特待生になるにふさわしい行動ですわ。」
「でも、バッジがじゃらじゃらするのいやなんだよね~。」
「普段は、特待生の徽章だけですからそこまで気にしなくていいのでは?昨日のような式典でしたら、五英傑の徽章と宮中伯の略章が必要ですけど。」
「んー…まあ普段は一つで済むだけで良しとするか~。」
「普通の生徒からしたら、喉から手が出るほど欲しいものだと思いますけどね。」
「え~そんなに特待生になりたいものかな?」
「学校内で最高の名誉とされるのですよ?ほしいと思うのが普通ですわよ、特に貴族ですと。」
「あぁ~確かに、貴族ってやたらめったら名誉を大事にするもんね。私にはよくわからないかな。」
「あなたも貴族のおひとりでしょ?それどころか、最高位の」
「そうは言われても、もとは平民だし。」
「お父様が宮中伯でいらしても?」
「パパはそんな、宮中伯を誇りに思ってなかったからね。好きな研究してたらなんかもらえた程度、おまけ感覚に思ってたよ。」
「では、イリスが名誉を気にしないのは、お父様譲りかもしれませんね。」
「確かにね。それはそうと、これからもよろしくね、エリーゼ。」
「えぇ、こちらこそよろしくね、イリス。」
「あっ、そうだ、エリーって呼んでいい?」
「では私はイリと呼ばせていただきますね。」




