第8話 万象の魔女
本作は全話執筆済みです。
完結まで毎日1話ずつ更新する予定ですので、安心してお楽しみください。
「…これは少し厄介だね。」
イリスはそう呟くが、その声には余裕がにじみ出ていた。
竜はどうやらイリスを脅威と認識したようで、こちらに突っ込んできた。イリスは反射的に防壁魔法を構築し、その攻撃を受け止める。
竜は周囲を一切気にせず暴れる。周囲の木々はその余波で倒れていき、防壁魔法にも幾度か強い衝撃が加わっていた。
「イリスさん!あと3回か4回、大きな衝撃が加われば、防壁魔法の基盤の魔石が焼き切れます!」
「わかった!それじゃあ私を狙わせる」
そういうと、再び数十の魔法陣を浮かばせて熱線を何度も当て続けた。効果はほとんどなくはじかれるが、竜の目標は完全にイリスに固定されていた。
(少なくともターゲットはこっちに移った。さて、熱線がはじかれた。てことは、光線系の魔法は効かないと判断するべきだね。あの鱗、鏡のようになっているのか、それとも魔法を反射するのか、どっちだろう。)
そう考えた後、再び詠唱を始めた。
「水よ凍てつき、鋭き槍となれ」
「雷よ走れ、彼の身を撃て」
「大地よ隆起し、槍となり貫け」
「風よ集え、鋭き刃となれ」
「炎よ生まれ、彼の身を包め」
氷の槍が飛んでいき、雷撃が竜に落ちる。地面が槍となって竜を刺そうとし、風は刃となって切り裂き、炎が竜の体を包み込む。
氷の槍と地面の槍はどちらも砕かれ、風の刃は受け流された。雷撃は少し効いたようだが、特に弱った様子は見られなかった。しかし、炎で直接焼かれるのはどうやら効いているようだった。
(なるほど、鱗そのものの物理的な強度が高いんだね。でも、熱を完全に遮断できるわけじゃない。なら、全身を継続的に加熱すれば、鱗の内側まで熱を通せるはずそうなると、強力な火で焼き切るのが最適かな。)
「熱よ集い、炎となれ。紅蓮の焔よ、天を焦がし地を焼き尽くせ。燃え盛る炎よ、わが眼前の敵を焼き尽くせ。」
巨大な炎が起こり、竜を包み込む。効いてはいるが少しだけだった。
(これでは時間がかかりすぎるかな。あと1、2分維持すればおそらく殺せるけど、それだけ待ってたら、森林に延焼しかねない。となると、もっと強力な方法を使うしかない。
強力な炎…火の熾精霊ならおそらくできる。けど私、精霊と契約してないんだよね。しょうがない、魔法で命令することにしよう。)
イリスは杖を地面に突き立てると、1つの魔法陣を地面に広げた。そして詠唱する。
「五英傑が一人、万象の魔女、イリス・フォン・ホーハイト・ファルケンハインが名をもって火の熾精霊に命ず、その炎をもって竜の身を焼き尽くせ。」
そう唱えると、炎の形をとった火の熾精霊があらわれ、竜の身を焼き尽くし始めた。
(おっと、やっぱり熾精霊は結構な魔力持っていくなぁ。3分持てばいいかな、まあこの調子ならあと少しで殺しきれるから問題ないかな。)
竜は最初暴れていたが、だんだんと動きは弱まっていき、とうとう墜落した。墜落した場所にイリスは即座に向かい、生命反応を確認した。走査魔法を使ったところ、竜が死んでいることが確認できた。
熾精霊が話しかけてきた。
「我に命令するとは、傲慢な人間よ。」
「ごめんね。契約している時間がなかったんだ。」
「ふん。即席で我を従わせるとは、五英傑の名は伊達ではないな。」
「助かったよ。ありがとう。」
「次は、もう少し礼儀を尽くすがよい。」
会話を終えると熾精霊はその姿を消した。イリスがエリーゼたちの元へ戻り、これで完全に終わったよと告げると、防壁魔法は解除された。
エリーゼは焦っていた。寮の部屋で家柄とか関係なくしようといったのは、てっきりイリスが地方貴族か新興エリートの家系、要するに自分より下だと思っていたからだった。立ち振る舞いが訓練された貴族のものではなかったので、高位貴族だとは全く考えなかった。
だが実際は宮中伯にして五英傑の一人。ノルトマルク連邦が誇る、5人の英雄。国内で最も優れた5人の魔術師、それが五英傑だった。
確かに、1月に前任の五英傑が引退して15歳の少女が、イリス・フォン・ホーハイト・ファルケンハインという名のものが新たな五英傑の一人になったことは知っていた。だが、ただ同じ名前だとてっきり思っていた。まさか五英傑の一人であるイリスなどとは少しも考えなかった。
これまでどう接してきたかが思い返される。イリスと呼び捨てにしてきた。ほかにもいろいろ思い浮かぶ。これでは、侯爵家の名に泥を塗ったようなものだった。
(これまでの行い、謝罪しないといけませんわ。ただの侯爵令嬢が五英傑に無礼なことをしたなど、大問題ですわ。)
イリスが戻ってくると、エリーゼは話しかけた。
「ファルケンハイン宮中伯閣下、これまでの無礼をお許しください。エリーゼ・フォン・ヴァイセンベルクの名の下にこれまでの行いを謝罪いたします。」
「えっ、エリーゼ、急にどうしたの?」
「私、てっきり閣下を地方貴族か新興エリートかと思って、名前で呼び合おうと提案してしまいました。それからも、閣下を呼び捨てにしたなど、いくつも無礼な行為をしたと自覚しております。処分をなされるのであれば、どうか、ヴァイセンベルク侯爵家はお見逃しください。侯爵家は私の行為に一切関係ありません、すべて私の責任です。」
「いやいや、ちょっと待ってよ。処分なんてしないよ?それに、呼び捨てとかも無礼だなんて思ってなかったよ。それどころかうれしかったもん。」
「閣下の寛大なお心に感謝いたします。」
「えっと、だからさ、これまで通り接してくれない?」
「いえ、それは無理でございますわ。あなたは連邦が誇る五英傑のおひとりです、侯爵家の令嬢である私とは身分が天と地ほどの差があります。そのようなお方に、これまで通りの接し方をするなど、無礼にもほどがあります。」
「…エリーゼもそうなるの?私が宮中伯だって、五英傑だって知ったら、そうやってよそよそしくするの?」
「…いえ、そういうことではありません。ですが、貴族社会において礼儀は必須です。それを弁えない行為などをおこなってしまえば、家の名に泥を塗ってしまいますわ。」
「エリーゼ…。」
「お二人とも、一度お話をやめてはいかが?」
「エリカ殿下。」
「お二人のおっしゃることはどちらも理解できますわ。エリーゼ令嬢は、五英傑相手に無礼な行為などは行えないと、そういうことで?」
「はい、そういうことでございます。」
「そして、イリス閣下は対等な関係で接してほしいということで?」
「うん、その理解であってるよ。」
「それでしたら、すぐに解決することは無理ですわ。どちらの言い分も理解できますわ。イリス閣下、貴族社会において上下の身分差は絶対です。それはお分かりで?」
「…それは分かってるよ。」
「あなたは五英傑にして宮中伯でもあります。王家を上回る地位にあなたはいらっしゃるのです。それなのに普通に接してほしいと頼むのは、少々酷なことですわ。」
「…うん。」
「とはいえ、普通に接してほしいという気持ちも、理解できないわけではありません。わたくしも、王女と知られたら急に距離を離されたことなど、何度もありますから。」
「王女様もあるんですね。」
「高位の身分を持つ者にはつきものですわ。ですから、今日無理やり解決しようとすることはやめなさい。相応の時間が必要ですわ。ひとまず、フローラ先生の指示に従って下山しましょう。」
下山途中、二人の間は気まずい空気が残っていた。




