第6話:名古屋の密室と消えた設計図(前編)
割れ散った大壺の破片を前に、工房内は凍りついたような静けさに包まれていた。
青ざめた顔で立ち尽くす親方・源三郎に対し、先ほどから妙に大げさに取り乱している一番弟子・清吉の心の中では、冷徹な計算と焦燥が渦巻いていた。
(――早くこの場を収めてくれ……。壺の底に隠されていた政府の新型機関車の設計図さえ手に入れば、私の勝ちだ。あの東京からの密使にこれを渡せば、莫大な金が手に入る……!)
蓮はこめかみを押さえながら、蒼生の耳元に小さく囁いた。
「神山さん……あの清吉という男、壺を割ったのは親方の不注意に見せかけるためです。そして、彼の目的は割れた壺の破片そのものではありません。壺の『底板』に隠されていた、何か重要な紙切れです」
蒼生はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、懐から真鍮の時計を放り投げるようにキャッチした。
「なるほど。伝統ある名古屋の陶磁器工房を舞台にした、国を揺るがすスパイの隠れん坊というわけか。面白い」
蒼生は一歩前へ踏み出し、鮮やかな手つきで周囲の破片を指し示した。
「そこまでだ、清吉くん。あなたが慌てて隠そうとしているその懐のふくらみ、そしてその指先についた『陶土とは違う粘着剤の匂い』……。その大壺は、単なる美術品ではなく、国家機密を隠すための『二重底の密室』だったのさ」
清吉の顔から血の気が一気に引いた。
「なっ……何をふざけたことを! これはただの事故だ!」
「事故にしては、割れ口が綺麗すぎるね。ハンマーの角で内側から叩き割らなければつかないヒビだ」
蒼生が詰め寄ったその時、工房の外でけたたましい汽車の警笛が鳴り響いた。名古屋ステーションからの出発を告げる合図だ。
「……くそっ!」
追い詰められた清吉は、懐から設計図の束を掴み出すと、そのまま裏口へと全速力で駆け出した。
(※本作に登場する組織、事件、機密文書、およびスパイ工作に関する描写はすべてフィクションであり、実際の歴史上の出来事や実在の人物・団体とは一切関係ありません)




