表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第三部  作者: マスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/12

第34話 枯れた泉の下で、巨獣は息を止めていた

第34話です。


第33話では、《第四泉》と荷運び道の問題を扱いました。


第四泉は、地面の下に薄く広がる湿った層でした。


苔や草の下で、浅い根に水と空気を渡し、第三泉の補助冷却系統も支える、薄層湧出型の泉です。


しかしその上を、長年、鉱石を積んだ獣車が通っていました。


車輪、蹄、鉱石の重さ。


それによって土が押し固められ、水と空気が通らなくなり、第四泉は息ができなくなっていました。


澪たちは、荷運び道を完全に止めるのではなく、丸太や板を使った《浮き道》を作り、泉を踏まずに荷を通す道へ変えました。


これにより、第四泉は完全停止を免れます。


しかし、その先で古い標石が見つかりました。


《ここより軽荷》


《重荷は第五泉回り》


かつて、重い荷は第五泉側の道を通っていました。


ところが第五泉が枯れ、周辺の林が倒れ、道が崩れたことで、すべての荷が第四泉へ集中していたのです。


さらに第五泉の下層には、大型生体反応が確認されました。


第五泉は、ただ枯れたのではない。


水が下層へ消え、何かに吸われている。


今回は、枯れた第五泉と、その下に眠る存在へ向かいます。

第五泉へ向かう道は、かつて重荷道だったとは思えないほど荒れていた。


道幅そのものは広い。


大きな獣車がすれ違えるほどではないが、鉱石を積んだ車が通るには十分な幅がある。


しかし今は、倒木が道を塞ぎ、根が地面を割り、ところどころ斜面ごと崩れている。


かつて敷かれていた石畳は、苔と泥に埋もれ、半分以上が傾いていた。


神代澪は、その道を見て小さく息を吐いた。


「これ、昔は主要道だったんだよね」


カイムが頷く。


「重荷は第五泉回り。山番記録にもある。第四泉の上は軽荷だけだった」


「でも、今はこっちが崩れて使えない」


「第五泉が枯れたあと、周辺の木が倒れた。根が土を掴めなくなり、道ごと崩れた」


ミルカが足元の石畳を叩く。


「道そのものは悪くない。むしろ、昔はかなり考えて作ってある。石の下に水抜きの隙間があるし、荷重を両側の岩盤に逃がしてる」


「第四泉の道より、ずっとちゃんとしてる?」


ライカが聞く。


「本来はね」


ミルカは眉をひそめた。


「でも、今は下の土が抜けてる。見た目より危ない」


澪の調律核にも、同じような表示が浮かんでいた。


《旧第五泉重荷道:崩壊》


《石畳下部:空洞化》


《根系保持力:低下》


《地下水脈:下層へ逸脱》


《地盤陥没リスク:高》


セラフィナが記録板へ危険区域を書き込む。


「以後、青線外通行。石畳中央部への同時荷重は禁止」


「私たちも?」


ライカが聞く。


「もちろんです」


「荷車じゃなくても?」


「人が複数並んで踏めば危険です」


「うわ、道が信用できない」


「信用できない道を、信用できる形に戻すために来ています」


セラフィナの言葉に、ライカは妙に納得した顔をした。


「なるほど」


「納得するんだ」


澪が言うと、ライカは尻尾を揺らした。


「最近、セラフィナの説明、ちょっと慣れてきた」


「それは成長なのか洗脳なのか、判断が難しいね」


「記録しますか?」


セラフィナが真顔で聞いてきた。


「しなくていいです」


軽口は、ほんの少しだけ緊張を和らげた。


けれど、道の奥へ進むほど、空気は重くなる。


鳥の声が少ない。


風の流れも鈍い。


土の匂いは湿っているのに、植物の匂いが薄い。


水があるようで、生きた湿り気がない。


フィリアが胸元に手を当てた。


「ここは、静かすぎます」


「水の声がない?」


澪が聞く。


「声はあります。でも、下から聞こえます。とても深いところから」


ルシェリアが風を読む。


「地面の下に、空気の流れがあります。小さく吸い込まれるような流れです」


「空洞が息をしてる?」


ライカが耳を伏せる。


「それ、怖くない?」


「怖いです」


澪は素直に答えた。


怖くないわけがない。


枯れた泉。


地下空洞。


大型生体反応。


地盤陥没リスク。


ゲームなら、ボス戦前のフィールド演出としては分かりやすい。


だが、ここで戦う相手が本当にボスかどうかは、まだ分からない。


この世界は、そういうところで何度も澪を裏切ってきた。


いい意味でも、悪い意味でも。


「見つけた」


カイムが前方を指す。


道の先に、石で囲まれた小さな窪地があった。


中央には、丸い石組み。


その底に、水はない。


ひび割れた石。


乾いた苔。


枯れた根。


かつて水が湧いていた場所だけが、形として残っている。


第五泉。


そこは、本当に枯れた泉に見えた。


「……水がない」


アオイが静かに言った。


フィリアは石組みの前に膝をつき、手をかざす。


「いいえ」


澪が振り向く。


「あるの?」


「下にあります」


フィリアの顔が曇る。


「でも、上がってこられない。何かが、下で水を抱えています」


調律核が赤く点滅した。


《第五泉:到達》


《湧出反応:なし》


《水脈反応:下層へ消失》


《地下空洞:直下》


《大型生体反応:覚醒傾向》


《生体周辺水分吸収:継続》


《推奨対応:生体排除》


ライカが画面を見て、露骨に嫌な顔をした。


「出た。排除」


澪も同じ顔をしたと思う。


「この表示、信用しすぎると失敗するやつ」


「でも、危ないのは本当だよね」


「うん。危ないのは本当」


ミルカが石組みの縁を確認する。


「下の空洞、浅くない。たぶん泉の真下から斜めに広がってる。ここで強い衝撃を入れたら落ちる」


「つまり、戦闘は最悪」


アオイが盾を握る手に力を込める。


「それでも出てきたら、守ります」


「ありがとう。でもまず、出てくる前に理解したい」


澪は泉の底を見る。


水のない石組み。


枯れた苔。


ひび割れた地面。


その奥から、低い音が聞こえた。


ごおん。


地鳴りのような音。


いや、違う。


これは、呼吸だ。


とても大きなものが、地面の下でゆっくり息をしている。


ただし、その息は苦しげだった。


***


地下空洞へ降りる入口は、第五泉の横にあった。


正確には、入口だった場所の跡だ。


石蓋は割れ、半分埋もれ、根が絡みついている。


カイムが古い山番記録を開く。


「《泉肺穴》とある」


「せんぱいあな?」


ライカが首を傾げる。


「泉の肺の穴、と書いてあります」


フィリアが言う。


「泉が呼吸するための穴です」


ミルカが石蓋を叩く。


「換気口だね。地下空洞の湿った空気を逃がして、外の空気を入れる。完全に塞がってる」


ルシェリアが指先に小さな風を作った。


風は穴の前でふらつき、すぐ下へ吸い込まれる。


「中が酸欠に近いです。風を通さなければ、私たちも危険です」


「中に入るのは最小人数」


セラフィナが即座に言う。


「澪、ミルカ、フィリア、ルシェリア、アオイ。ライカは入口周辺の偵察。カイムは地上側の退避管理」


ライカが不満そうに耳を動かす。


「私、入らないの?」


「狭い場所で高速移動は危険です」


「まあ、それはそう」


「さらに、地上の異変を最も早く察知できるのはライカです」


「よし、任された」


切り替えが早い。


澪は少し笑ってから、石蓋を見る。


「まずは入口を全部開けない。隙間を作って、空気を少しずつ通す」


ミルカが頷いた。


「水と同じ。空気も急に通すと中の乾いた粉が舞う。少しずつ」


「最近、全部少しずつだね」


ライカが言う。


澪は答えた。


「壊れた循環は、一気に直すとだいたい暴れるから」


「名言っぽい」


「実体験です」


ミルカが石蓋の端に工具を差し込む。


アオイが力を添える。


ぐ、と石が動いた。


その隙間から、冷たい空気が漏れる。


次に、湿った匂い。


さらに、土と根と古い水の匂い。


フィリアが目を閉じる。


「苦しい声が、少し軽くなりました」


「よし」


ミルカは少しだけ石蓋を広げた。


ルシェリアが細い風を流し込む。


強すぎない。


乾かさない。


ただ、淀んだ空気を少しずつ動かす風。


調律核の表示が変わる。


《泉肺穴:微開放》


《地下空洞酸素濃度:微回復》


《粉塵舞上がり:低》


《大型生体反応:変化》


《覚醒傾向:上昇》


「起きる?」


アオイが低く言う。


「起こしてるんだと思う」


澪は答えた。


「ただし、暴れないように」


「寝起きが悪いタイプだったら?」


ライカが入口から聞いてきた。


「その場合は、全員で謝る」


「謝って済む?」


「済まないかもしれない」


「じゃあ謝りながら逃げる?」


「それはそれで嫌だなあ」


軽口を言いながらも、全員の表情は硬い。


地下へ降りる石段は、湿って滑りやすかった。


ミルカが先に足場を確認し、アオイがその後ろを守る。


澪は中央。


フィリアとルシェリアが続く。


壁には、古い根が絡みついていた。


ところどころ、根が黒く変色している。


だが、第27話の黒色菌糸のような過負荷ではない。


もっと乾いて、細く、力を失った黒さ。


「根が、息を待っています」


フィリアが呟く。


「水じゃなくて?」


「水もです。でも、ここでは空気が足りなかった」


石段を降りきると、広い空洞へ出た。


澪は、思わず言葉を失った。


そこには、巨大な生き物がいた。


亀に似ている。


だが、普通の亀ではない。


背中は岩盤のように広く、苔と枯れた根が張りついている。


甲羅の上には、石柱のような突起がいくつも並び、その間を細い水脈が走っていた。


頭は地面に半分埋まり、目は閉じている。


前脚のような部分は、太い根と一体化している。


眠っているようで、苦しんでいるようでもあった。


調律核が表示する。


《大型生体:識別更新》


《旧分類:水脈捕食体》


《新規候補:石肺亀》


《機能:地下空洞支持/湿気循環/浅層水脈攪拌》


《状態:酸欠/過乾燥/防衛吸水》


「石肺亀……」


澪は小さく呟いた。


「亀なんだ」


ライカが上から小声で言う。


「聞こえてるよ」


「入口からでも見える。でかい」


ミルカは目を見開いていた。


「この空洞、こいつの背中と周りの岩で支えてる。無理に動かしたら、天井が落ちる」


「倒せば泉が戻るどころか、道ごと崩れる」


澪は調律核を睨む。


最初の推奨対応は生体排除。


だが、排除すれば空洞が崩れる。


また、初期表示だけでは見えない正体。


この世界のシステムは、事実を表示する。


けれど、意味まではすぐに教えてくれない。


「水を食べてるんじゃない」


フィリアが石肺亀へ近づきすぎない距離で膝をついた。


「息ができなくて、身体を冷やすために水を抱え込んでいます」


ルシェリアが頷く。


「呼吸孔が塞がり、空気が通らなくなった。熱と湿気がこもり、甲羅の水脈が詰まっています」


ミルカが周囲の壁を調べる。


「昔は、石肺亀の甲羅を通った水が、第五泉へ押し上げられてたんだ。こいつが地下水を混ぜて、空気を入れて、泉へ戻してた」


「生きたポンプ?」


澪が言う。


「いや、生きた肺かな。名前通り」


石肺亀の甲羅が、わずかに上下する。


そのたびに、空洞の中の湿った空気がゆっくり動く。


しかし、動きは弱い。


空気が入らない。


水の逃げ道も詰まっている。


だから石肺亀は、自分を守るために下層の水を抱え込み、第五泉へ上がるはずの水を止めてしまっていた。


敵ではない。


でも、放置すれば泉は戻らない。


「どうする?」


アオイが聞く。


「息をさせる」


澪は言った。


「水を出せって命令するんじゃなくて、先に呼吸を戻す」


ミルカが頷く。


「泉肺穴をもっと開ける。ただし急に開けると乾いた空気が入りすぎる」


ルシェリアが言う。


「風の通り道を二つに分けましょう。入口から入る風と、奥から抜ける風。片道だけでは、粉と熱がこもります」


フィリアが石肺亀の甲羅を見る。


「水脈も、出口が必要です。甲羅の上の細い水路が、根で塞がっています」


「根を切る?」


アオイが聞く。


フィリアは首を横に振った。


「切れば痛みます。湿らせて、ほどきます」


澪は頷く。


「役割を分けよう。ミルカは空洞の支えと水路。ルシェリアは風。フィリアは根と石肺亀の状態。アオイは落石と防衛。私は全体を見る」


「ミオさんは無理に前へ出ない」


アオイが即座に言う。


「はい」


「返事が早いですね」


「さすがに学習しました」


本当は前へ出そうになっていた。


だが、ここで足を滑らせたり、石肺亀を刺激したりすれば、洒落にならない。


澪は調律核を開き、空洞の構造を確認する。


泉肺穴は一つだけではなかった。


主穴が塞がり、補助穴も二つ埋もれている。


さらに、石肺亀の甲羅を伝う水路の先に、第五泉へ向かう細い上昇路がある。


そこが、枯れた根と泥で詰まっていた。


《復旧候補》


《一:泉肺穴の段階開放》


《二:甲羅水脈の湿潤解除》


《三:第五泉上昇路の微開通》


《注意:同時急開放時、空洞内圧変動》


「また段階開放」


ライカの声が上から響く。


「ライカ、聞こえすぎ」


「耳がいいので」


「じゃあ地上で補助穴探して」


「了解!」


ライカが走り去る気配がした。


***


作業は、戦闘より神経を使った。


まず、地上側でライカとカイムが補助の泉肺穴を探す。


古い石標。


わずかに湿った苔。


地面から漏れる冷たい空気。


それを手がかりに、埋もれた穴を見つける。


見つけたら、全部開けない。


落ち葉と泥を少しずつ退かし、細い風だけを通す。


地下では、ルシェリアが風を受け取った。


入口から入る風。


補助穴から抜ける風。


それを石肺亀の顔や甲羅へ直接当てず、空洞全体をゆっくり回す。


「強く吹かせれば早いですが、乾きます」


ルシェリアが言う。


「今日は、早さより安定」


澪は答えた。


「もう何回目かわからないけど」


ミルカは甲羅の水脈を覗き込んでいる。


そこには、細い溝のような水路があった。


だが、枯れた根が絡み、泥が詰まり、水はほとんど動いていない。


フィリアがネレイアの水を一滴ずつ落とす。


根はすぐにはほどけない。


だが、少しずつ柔らかくなる。


「無理に引っ張らないでください」


フィリアが言う。


「根が痛がります」


ミルカは工具を止めた。


「力技禁止ね。わかってる」


「ミルカさん、力技好きですか?」


「構造が許せば好き」


「正直ですね」


「ドワーフだから」


その言葉に、少しだけ笑いが生まれた。


石肺亀の閉じた目が、わずかに動く。


笑いに反応したわけではないだろう。


しかし、呼吸は少しだけ深くなっていた。


調律核が更新される。


《泉肺穴:二箇所微開放》


《空洞内酸素:回復傾向》


《石肺亀防衛吸水:弱化》


《甲羅水脈閉塞:一部緩和》


「いい感じ」


澪が言った瞬間だった。


空洞の奥で、低い音が鳴る。


ごご。


床が震えた。


アオイが即座に澪の前へ出る。


「下がってください」


石肺亀の前脚が、わずかに動いた。


その動きで、壁の一部から小石が落ちる。


ミルカが叫んだ。


「起きかけてる! でもまだ水路が開いてない!」


「起きるとまずい?」


「このまま動くと空洞が崩れる!」


石肺亀の呼吸が荒くなる。


空気が入ったことで、身体が動き始めた。


だが、甲羅水脈と上昇路が詰まったままでは、抱え込んでいた水を逃がせない。


つまり、息だけ戻して出口がない。


また、順番の問題。


「フィリア、石肺亀に伝えられる?」


澪が聞く。


「やってみます」


フィリアは両手を甲羅へ向けた。


直接触れない。


水の粒を介して、声を届ける。


「起きてください。でも、まだ動かないでください。水の道を作っています」


石肺亀の喉の奥から、低い音が響く。


それは鳴き声というより、岩盤そのものが返事をしているような音だった。


フィリアの顔が少し歪む。


「怖がっています」


「こんなに大きいのに?」


ライカの声が地上から聞こえた。


「大きくても、苦しいものは苦しいです」


フィリアが答える。


澪はその言葉を聞きながら、調律核を見る。


第五泉上昇路。


つまり、石肺亀の甲羅から地上の泉へ水を戻す細い管。


ここを開けなければ、石肺亀は水を抱え込んだまま苦しむ。


しかし急に開ければ、下層に溜まった水が吹き上がり、枯れた泉の石組みを壊す。


「上昇路を、針穴から開ける」


澪は言った。


「第一泉と同じだね」


ミルカが頷く。


「ただし今度は下から上。圧が読みにくい」


「ライカ、地上の第五泉へ戻って。水が出たら、石と落ち葉で受けて。噴き上がるほど出たら、すぐ知らせて」


「了解!」


「カイムさん、地上側の退避線を。誰も泉の正面に立たせないで」


「わかった!」


「アオイ、落石が来たら私たちじゃなく石肺亀の頭側を守って」


アオイが少し驚いた顔をした。


「石肺亀を、ですか」


「頭を打って暴れたら全員危ない」


「了解しました」


「でも、アオイも無理しないで」


「はい。そこは守ります」


ミルカが上昇路の根詰まりに工具を当てる。


フィリアが根を湿らせ、ルシェリアが風を一定に保つ。


澪は調律核の圧力表示を見つめた。


《第五泉上昇路:微穿孔》


《下層水圧:中》


《吹上リスク:注意》


《石肺亀防衛吸水:低下》


ミルカが小さな穴を開けた。


一瞬、空洞が静かになる。


次に、上の方からライカの声が響いた。


「出た! 水、出た!」


「量は!?」


「ちょろちょろ! でも黒くない! 透明っぽい!」


澪は胸を撫で下ろしかけた。


だが、その直後。


石肺亀が、大きく息を吸った。


空洞の空気が、ぐっと動く。


壁の根が震える。


甲羅の水脈に、急に水が走った。


ミルカが叫ぶ。


「圧が上がる!」


調律核が赤く点滅する。


《石肺亀覚醒反射》


《抱水放出:増加》


《第五泉上昇路:容量不足》


《吹上リスク:高》


「穴が小さすぎた?」


澪が言う。


「違う! 石肺亀が安心して水を返そうとしてる!」


ミルカが叫ぶ。


「いいことだけど、急すぎる!」


地上からライカの声。


「水、増えた! ちょっと待って、泉の石が浮いてる!」


まずい。


石肺亀は敵意ではなく、安心して水を戻そうとしている。


だが、長く止まっていた水が、一気に戻れば泉が壊れる。


「嬉しくて暴れるな、みたいな状況?」


澪は思わず呟く。


ルシェリアが冷静に言った。


「例えは軽いですが、構造は近いです」


「認められたくなかった」


「ミオさん、指示を」


アオイの声で、澪は現実に戻る。


「出口を増やすんじゃなくて、途中で受ける!」


「どこで?」


ミルカが叫ぶ。


「甲羅の水脈の横! 使ってない溝がある!」


ミルカが振り向く。


「あれは古い副水路! 苔で埋まってる!」


「そこに流して、甲羅の上で一回溜める。地上へ全部上げない」


フィリアが頷いた。


「石肺亀へ伝えます。水を一度、背中で休ませてください」


「ルシェリア、甲羅の上を乾かさない程度に風を回して。水を冷やす」


「承知しました」


「アオイ、落石警戒!」


「はい!」


ミルカとフィリアが副水路を湿らせながら開く。


水が、上昇路へ直行せず、甲羅の横へ広がった。


甲羅の苔が、乾いたスポンジのように水を吸う。


水の勢いが落ちる。


地上からライカの声が変わる。


「水、落ち着いた! 石も止まった!」


調律核が青く明滅した。


《甲羅副水路:再通水》


《抱水放出:分散》


《第五泉上昇路負荷:低下》


《吹上リスク:低下》


《第五泉湧出反応:微回復》


澪は大きく息を吐いた。


足元が少し揺れた気がして、壁に手をつく。


「ミオさん」


アオイがすぐに気づく。


「大丈夫。ちょっと、気が抜けただけ」


「休憩を」


「今は石肺亀の様子を」


「休憩を」


「……はい」


アオイの圧が強い。


セラフィナがいない地下でも、管理は受け継がれていた。


澪は近くの安定した岩に座った。


石肺亀の巨大な目が、ゆっくりと開く。


暗い琥珀色の瞳。


そこには、敵意はなかった。


ただ、長く苦しんでいたものが、久しぶりに空気と水の流れを感じたような、深い疲労があった。


フィリアが静かに頭を下げる。


「おはようございます」


石肺亀は、低く鳴いた。


空洞が震える。


だが、今度の震えは崩壊ではなかった。


地下の肺が、ゆっくり息を吹き返す音だった。


***


地上へ戻ると、第五泉の底に水があった。


量は少ない。


手を浸すほどもない。


けれど、乾き切っていた石組みの底に、透明な水が薄く溜まっている。


枯れた苔の一部が、水を吸って色を戻し始めていた。


ライカがしゃがみ込んで見ている。


「本当に戻った」


「まだ、ほんの少しです」


フィリアが言う。


「でも、戻りました」


カイムはしばらく言葉を失っていた。


やがて、第五泉の縁に手をつく。


「ここが戻れば、重荷道も戻せるのか」


ミルカは首を横に振る。


「すぐには無理。地盤がまだ弱い。石肺亀の呼吸、水脈、根が戻ってから。道はその後」


「そうか」


「第四泉みたいに、仮道は作れるかもしれない。でも重荷を戻すのは段階的に」


「また段階か」


カイムが苦笑する。


澪も同じように笑った。


「この山、段階的じゃないとだいたい壊れるので」


セラフィナが地上で待っていた。


記録板には、すでに第五泉周辺の規約案が書かれている。


「第五泉管理案。第一、泉肺穴の完全閉鎖禁止。第二、泉肺穴の急開放禁止。第三、第五泉上部での重荷通行停止継続。第四、石肺亀覚醒観測。第五、地下空洞上部への集団立入禁止」


ライカが覗き込む。


「石肺亀、規約入りした」


「当然です」


「霧背鹿に続いて、亀も」


「森側観測者が増えました」


澪は少し笑った。


「このままだと、最終的に人間より森側の出席者が多くなりそう」


セラフィナは真面目に頷いた。


「可能性はあります」


「冗談だったんだけど」


「必要なら検討します」


「検討されるんだ……」


ガランとナラも第五泉へ到着していた。


ガランは水を見て、深く息を吐いた。


「第五泉が戻れば、重荷道もいずれ戻る。そうすれば、第四泉への負担も減る」


ナラが腕を組む。


「でも、また重い荷を戻しすぎれば、こっちが潰れる」


「わかっている」


ガランは珍しく素直に言った。


「道は、通す前に見る。泉も見る。荷も半分からだ」


「記録します」


セラフィナが即座に言う。


ガランは苦い顔をしたが、もう反論はしなかった。


調律核が光る。


《第五泉:微湧出再開》


《石肺亀:覚醒安定》


《泉肺穴:二箇所微開放》


《第五泉上昇路:部分回復》


《第四泉踏圧集中:将来的緩和条件発生》


《源流森林調律ルート:第八条件一部達成》


《条件名:泉の肺を開く》


「八条件目」


澪は表示を見つめる。


第一泉。


第二泉。


第三泉。


第四泉。


第五泉。


第六泉。


六つの泉に、それぞれ応急処置が入った。


まだ全部が仮。


まだ全部が一部達成。


それでも、六泉は完全停止を免れつつある。


その時だった。


地面が、かすかに震えた。


第五泉の水面に、小さな波紋が広がる。


一度。


二度。


三度。


まるで、遠くの鼓動が水へ伝わっているようだった。


フィリアが顔を上げる。


「六つの泉が、互いを呼び始めています」


調律核が自動で地図を展開した。


六つの泉。


第一泉、段階開放。


第二泉、濁り低下。


第三泉、冷却水帰路。


第四泉、踏圧軽減。


第五泉、微湧出再開。


第六泉、公開管理。


それぞれの点が、淡く光る。


そして、その線が、一つずつつながっていく。


《源流六泉:相互反応》


《六泉同期条件:仮成立》


《雲見の母樹根系:反応》


《霧背鹿同期率:上昇》


「いいこと……だよね?」


ライカが不安そうに聞く。


澪は表示の続きを待った。


次に出た文字は、青ではなかった。


赤だった。


《警告》


《六泉同時同期により、上流森林帯全体へ水脈再接続が発生》


《現在の森林保持力:不足》


《急速再接続時、斜面崩落/黒色菌糸過負荷/霧背鹿暴走の可能性》


「……また」


澪は思わず呟いた。


六つの泉を一つずつ助けてきた。


しかし、それらが一斉につながるには、森の受け皿がまだ足りない。


水が戻る。


根が反応する。


菌糸が動く。


霧背鹿が同期する。


それは希望であると同時に、危険でもあった。


《推奨対応》


《六泉同期を一時的に抑制》


《または、雲見の母樹根系へ受け皿を形成》


《残り時間:六時間》


カイムが息を呑む。


「六時間?」


フィリアが尾根の方を見る。


「雲見の母樹が、呼ばれています」


遠くで、霧背鹿が鳴いた。


その声は、今までで一番長く、山全体へ響いた。


喜び。


痛み。


焦り。


すべてが混じった声。


澪は、第五泉の小さな水面に映る空を見た。


六つの泉は、息を吹き返した。


だが、まだ森はその水を受け止められない。


次にやるべきことは、泉を開くことではない。


戻ってきた水を、森へどう受け渡すか。


雲見の母樹。


霧背鹿。


黒色菌糸。


六泉。


すべてが、一つの場所へ集まり始めていた。


「尾根へ戻ろう」


澪は立ち上がった。


「今度は、六つの泉を一つにしすぎないために」

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第34話では、《第五泉》と、その下に眠っていた大型生体反応の正体が明らかになりました。


第五泉は、ただ枯れた泉ではありませんでした。


水脈が下層へ消え、その先に地下空洞があり、そこには《石肺亀》と呼ばれる巨大な生体が眠っていました。


最初の表示では、水脈捕食体、つまり水を奪う存在のように見えていました。


しかし実際には、石肺亀は泉を食べていたわけではありません。


地下空洞を支え、湿気を循環させ、浅層水脈を攪拌し、第五泉へ水を押し上げる役割を持つ存在でした。


いわば、第五泉の地下にある「生きた肺」です。


ところが、泉肺穴と呼ばれる呼吸孔が塞がり、地下空洞は酸欠と過乾燥に近い状態になっていました。


石肺亀は自分の身体を守るために、防衛的に水を抱え込み、結果として第五泉へ水が上がらなくなっていたのです。


今回も、単純な討伐では解決しません。


石肺亀を排除すれば、地下空洞そのものが崩れ、第五泉だけでなく重荷道まで失われる可能性がありました。


そこで澪たちは、まず泉肺穴を段階的に開け、地下空洞へ風を通しました。


さらに、石肺亀の甲羅にある水脈を湿らせ、根をほどき、第五泉へつながる上昇路を針穴のように微開通させました。


ここでも重要なのは、急に開けないことです。


呼吸だけ戻して水の出口がなければ、石肺亀は苦しみます。


逆に、水の出口を急に開ければ、抱え込まれていた水が一気に噴き上がり、第五泉の石組みを壊してしまいます。


そのため、甲羅の副水路を使い、水を一度背中で休ませてから第五泉へ戻す形にしました。


これにより、第五泉にはわずかな水が戻りました。


まだ完全復活ではありません。


しかし、枯れていた泉に水面が生まれました。


第五泉が戻れば、将来的には重荷道の一部も復旧できる可能性があります。


それは、第四泉への荷重集中を減らすことにもつながります。


今回のテーマは、「枯れた泉にも、呼吸が必要だった」です。


水を戻すには、水路だけでは足りません。


空気の道。


根の道。


圧の逃げ道。


湿気を保つ場所。


そうしたものが揃って初めて、泉は生きた形で戻ります。


そしてラストでは、六つの泉が相互に反応し始めました。


第一泉、第二泉、第三泉、第四泉、第五泉、第六泉。


それぞれに応急処置が入り、六泉同期条件が仮成立しました。


しかし、それは同時に危険でもあります。


六つの泉が一斉につながれば、上流森林帯全体へ水脈再接続が起きます。


ところが、現在の森林保持力はまだ不足しています。


急速に水が戻れば、斜面崩落、黒色菌糸の過負荷、霧背鹿の暴走が起きる可能性があります。


水が戻ることは希望です。


しかし、受け皿がなければ、その希望は災害になります。


次回は、尾根へ戻り、《雲見の母樹》の根系と六つの泉の同期をどう受け止めるかへ進みます。


六つの泉を一つにするのではなく、一つにしすぎない。


源流森林編の大きな調律へ向かいます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ