142 魔王の存在意義
「まことに、ヌシは物を何も知らん女じゃな」
3本足のカラス、八咫烏は黒光りする羽をバサバサと羽ばたかせ、イラついたような口調で私に話しかけた。
ちょっと、失礼なんですけど! これでも前世では一応、そこそこいい大学に合格しているんですけど。私は文句を言おうと口を開きかける。
「喋らんで良い。ヌシの考えていることはすべてわかっておる」
「そんなワケないじゃん、神様じゃないんだし! じゃ、今私が何考えてるかわかる? 当ててみて!」
私はカラスが想像もしないようなことを頭に思い浮かべてみる。
「ヌシは……本当に阿呆じゃな。カラスを目の前にして、ジュージューと網の上で焼ける焼鳥を頭に思い浮かべるなど、どういう了見なのじゃ?」
「えっ!? あたり! ヤタさん、すごーい!」
「ヤタさんと呼ぶな! 八咫烏様、と呼べい!」
八咫烏は深いため息をついた。
「まあ良い。では順を追って説明しよう。まず、ヌシの質問は『魔王って何?』じゃったな」
「そうそう! ヤタさんは……」
「八咫烏様、と呼べと言ったであろう!?」
「ゴメン! ヤタ様は、なんでも答えてやるってさっき言ったよね? だったら、知りたいんだよね」
怪しげなカラスだけど、私の中にある『魔王のチカラ』のせいなのかわかんないけど、私にはこのヤタ様が、単なる喋るカラスではないということがわかっていた。
もっと言うと、絶対逆らえないというか、この人(カラス?)の言うことは全部正しいとか、まるでDNAに刻まれているかのような感覚なんだ。
「ヌシに理解できるような言葉で話してやろう。魔王とは、歴史にダイナミズム生み出す存在のことじゃ」
「……ヤタ様、ぜんっぜんわかんないんですけど」
「まあ聞け。そもそも生命とは何じゃ? この地球上には、なぜ生命が生まれた? 時間とは何じゃ? 神とはなんじゃ? これを説明できるものは、永遠に現れぬ」
「……」
正直、何のことかぜんっぜんわかんない。このカラスちゃん、何が言いたいんだろ?
「この星に生命が生まれた理由は、ワシにもわからぬ。ただワシがわかるのは、生命が進化を続けるためには、何か『きっかけ』がないとダメなのだ、ということじゃ。ワシはその『きっかけ』を作る役割を持った存在なのじゃ」
「……きっかけ?」
「そうじゃ。人間は如何にして進化してきたか、ヌシも聞いたことがあるであろう? 遥か太古の海で原生生物から魚類の原型となり、陸に上がり、徐々に進化を遂げてきたのが人間じゃ。進化の過程で『何か』が起こったからこそ、その『何か』に対応すべく、生命は進化を遂げてきたのじゃ」
「何かって、うーん、例えば、隕石が落ちてきたとか?」
「お、そうじゃな。一時期、この星じゅうに住んでおった恐竜じゃが、あの巨体のままではこの星の重力に対して効率がわるかったのじゃ。だが、巨大な隕石の落下によって恐竜は絶滅した」
昔呼んでた本に書いてあった気がする。たしか、私たちの先祖だった哺乳類は、当時ネズミみたいな存在だったんだよね。でも、巨大隕石でも生き延びることができたんだって。
「話を戻そう。現在のホモ・サピエンスに進化した人類じゃが、狩猟生活から農耕生活に変わり、富を得て集団が大きくなり、やがて国の原型のようなものを作るようになった。それは世界中、スピードの差こそあれ同時に起こってきたのじゃ」
「……また難しくなってきたよ、ヤタ様」
「ヌシに問題を出そう。現在のこの星は、貧富の差が各所に起こっておる。富める国と貧しき国、これはなぜそうなっているのか、ヌシにはわかるかの?」
「難しいクイズだね……」
ええと、お金持ちの国って言ったら、アメリカとか? あと日本も? あ、石油が掘れる国はお金持ちだった。うーんと、答えは資源の差、かなぁ。あ、でも日本って資源のない国なんだよね。お魚はいっぱい獲れるけどね。
「答えは、ヌシの考えた通り、ではないのじゃ」
「え、違うの?」
「その答えが『何か』じゃ。一つ一つ、事例は違う。偶然による発明があった場所もある。気候に恵まれ、農作物が豊富に取れた場所もある。一人の天才が、それまでの文化を大きくを変えた場所もある」
「……うーん、難しいね」
「その『何か』を人為的に起こすのが『魔王』なのじゃ。魔王は、歴史を乱す存在なのじゃ。それによって、人類は更なる進化を起こし、より良い状態を求めていくのじゃ」
なんとなく、ふんわりだけど、ヤタ様の言うことがわかったような気がした。
ワザと事件を起こして、それを乗り越えることで、人はもっと進化していく、っていうことなのかな。そんな感じで合ってる?
「合っておる、魔王よ」
「でもさ! だったら私、疫病神みたいなものじゃない? 人類全体はいいかもしんないけど、私の人生はどうなるのよ? 私、ごく普通の人間として暮らしたかったよ!」
人間として、の私はもう自分で終わりを迎えてしまった。でも、でも!
トイプードルとして生まれた私は、幸せになる権利はないの?
好きなオス犬と、幸せに暮らすっていう未来はないの?
「……ワシには、何も決められん。ワシは、その『魔王』、つまり人間にとって災厄を起こす存在を、選んで導くために存在しておるのだから」
「ちょっとヤタ様! アンタが、私を選んだってこと? ちょっと! 今からでも辞退させていただきたいんですけど!」
「無理じゃ。お主を選んだ理由は、ない。偶然じゃ。だがその偶然は、必然でもある」
「だから何を言ってるか全然わかんないんだってば! 私、もう魔王やめる。決めた!」
「お主は、魔王を止めることなどできんのじゃ。いい加減に、それを理解せぬか!」
やだよ! 私である必要、全然ないじゃん。超低確率の、すっごく悪い宝くじの一等を引き当てちゃっただけじゃん。そんな権利、いらないのに!
だけど、次のヤタ様の言葉に私は心から驚いたんだ。
「一つだけ、ヌシ自身の苦しみから逃れる手があるぞ。勇者に、魔王の存在を消して貰えば良い」
「……勇者って、モフのこと?」
勇者に、魔王の存在を消してもらう……? それって、私がモフに倒されるってことだよね。
「……だから、そんなのイヤだってばあああ!!!」
その場から全力で駆け出した。魔王である私の全力は、正確にはわかんないけど、とにかくすごいスピードだ。多分、サーキットを走るフェラーリより速いと思う。
だけど、私が駆け出した先には八咫烏が立ち塞がり、魔王である私をピタリ、と止めた。
「何するのよ、バカガラス! もうアンタなんか二度と会いたくない。どっか行っちゃってよ!」
「聞け、魔王よ。ヌシが何を考えているか、ワシにはわかると言ったであろう」
「うるさいうるさいっ!」
「ヌシは、魔王じゃ。今世では、ヌシより力をもつ存在など何もないのじゃ」
だから何なのよ。人間に、悪い事件を起こすだけの疫病神なんて役割、死んでもイヤ。だったら、私自身が死にたいよ。幸せな人たちに不幸を起こすなんてゴメンだよ。
「聞けと言っておる!」
八咫烏は、急にその存在を増した。私には、普通のカラスサイズから奈良の大仏サイズぐらいまで巨大化したように見えた。
「《《魔王に不可能はない。それをよく考えて行動するのじゃ 》》」
「…………」
言い終えた八咫烏は、私の前から不意に消え去った。
気がつくと、私はどこかの広い公園に佇んでいた。近くに、大きなビルが立ち並んでいる。多分、さっきまでいた新宿の近くの公園なんだろう。
私、これからどうすればいいんだろう。
『平成の魔王』である私、トイプードルのプーは、どう生きればいいんだろう?




