118 私に紹介したい者って誰なの?
あーあ、ガチでヤバいよ私。ついに魔王に覚醒しちゃったよー。
覚醒して『真の魔王』となったのは自分自身が一番よくわかっていた。だけど、私自身の考え自体が変わったわけじゃないんだ。
頭の中で考えていることは、今までとそんなに変わんない。死ぬ前はごく普通の女子大生で、半年ほどトイプードルとして暮らしていた小型犬、それが私。
でもね。何だか使命感があるの。頭の中にいろんな悪巧みが浮かぶの。そしてその衝動を押さえられない時があるの。まるで自分の体が自分のものではないみたいに。
別に変な声が聞こえるとか、そんなんじゃない。二重人格(犬格?)になったわけでもない。ポメくんのことは好きだし、古い言葉でいえば、彼と添い遂げたいと思ってる。うん。
でもね、それはダメなんだってわかるんだ。だって、彼は魔王を倒すためにこの世に遣わされた『勇者』。私にとって、彼はラスボスなんだ。
大好きな相手がラスボスって、マジ残念。めっちゃ軽い表現だけど、そうでも思わないとやりきれない。
とにかく私は魔王として、この生を生きていくしかないって自分でわかるんだ。否応なしに。
◇◇◇
「マオちゃん、有栖川公園に散歩行くよっ!」
真王教の新しい本部兼、宗祖の自宅は渋谷区広尾の住宅街だった。
私の治癒能力ですっかり回復した瑠璃ちゃんが、満面の笑みでリード紐を手にした。
私が持つ魔王のチカラのひとつ「治癒能力」は、部位欠損や老化を除く、ほとんどの怪我や病気を治癒することができるんだ。
一度に一人または一匹しか治せないし、連続で使うと私の精神が保たない(疲れすぎちゃって眠っちゃうし、すごくお腹がすくんだ!)けど、これってすごいよね。もちろん、死んじゃった人や動物には効かないけどね。いくら魔王でも死んだ者を復活させるのは無理ってことか。
とにかく、私は魔王に覚醒してすぐに、この治癒能力を使うことにした。
病室で瑠璃ちゃんのベッドに乗っかって、詠唱? 呪文? そんなのを唱えたの。やり方は勝手に頭の中に知識として入っていたのはとても不思議だった。
(星よ、この者の生命力を高めたまえ)
星って何だろ? よくわかんないけど、地球全体からいろんなパワーをもらうみたい。いよいよ私もファンタジー世界の住人になっちゃったな……なんて自虐も湧いてくるけど、今はそれどころじゃないし。
詠唱を唱えると、瑠璃ちゃんの体が緑色の光に包まれた。その光は数分彼女を取り囲んだ後、徐々に光が弱まって消えていった。
すると、さっきまで急激なビートを刻んでいた心音を知らせる機械の電子音が落ち着いてゆく。病室の床にはまだお医者さんと大林さん、そしてカールが気絶している。彼らより早く目を開けたのは、さっきまで命の危機にあった瑠璃ちゃんだった。
「……ん……」
瑠璃ちゃんは普通に朝目覚めた時のように目をパチクリさせ、ガバリとベッドの上に起き上がった。
「あれ? みんな、なんで床で寝てるの?」
危篤状態だったのは演技だったと言われても納得してしまうほど、瑠璃ちゃんは元気そうに見える。そんな彼女に、私はダッシュして飛びついた。
「うわっ! マオちゃん、なんで病室いるの?」
「ワンワンワンワン!!」
「ちょ、ちょっと! くすぐったいってば!」
私は瑠璃ちゃんの顔をペロペロと舐めた。目から大粒の涙を流しながら。
瑠璃ちゃんの病気が治って、本当に良かった。これだけでも、私が魔王になった意義はあると思えるよ……!
◇◇◇
大林さんの車で有栖川公園に行き、しばらくは瑠璃ちゃんと一緒に遊んでいた。昨日からの私たちのブームは、瑠璃ちゃんが木の枝を遠くに放り、私がそれをダイビングキャッチするというものだ。
「行くよ、マオちゃん。ほらっ!」
「ワン!」
私はダッシュしつつ、横目で枝の動きを見る。私の目には、不規則に回転しているはずの動きが、正確に予想できる。これも、私の魔王としてのチカラのひとつ、なのかな。
「ワフッ!」
「すごいマオちゃん、5回連続キャッチだぁ!」
枝投げをしばらく続けていると、私たちが遊んでいる広場に1匹の犬が歩いてくるのが見えた。首輪はつけているけど、リード紐を持った人間は周囲には見当たらない。まあ私は、その犬が公園に入ってくる前から来ることを知っていたけどね。
知り合いや敵意を持った人が、ある範囲内に来た時になんとなく察知できる能力。これも魔王のチカラのひとつなんだ。
その犬は、私と瑠璃ちゃんの近くに寄ってくると、お座りをして舌を出して息をした。
「あ、カールくんも散歩なんだね」
「ワン!」
それは「魔王の使徒」ミニチュアシュナウザーのカール。相変わらずどうやってここまで移動してきたのか、さっぱりわかんないけど。
「じゃあマオちゃん、カールくんと遊んでて。わたしブランコで遊んでくる!」
駆け出す瑠璃ちゃんの後ろ姿を見る。つい先週まで命の聞きがあった人間とは思えないような回復状態で、担当の医者(真王教の信者さんね)も「信じられません。さすが魔王様です」と私にひれ伏していたほどだ。
「カール、何しにきたの?」
「お散歩中に大変恐れ入ります。実は魔王様に今晩、ご紹介したい者がございます」
カールは病院で目を覚ました後、私を見るなり平伏した。まるで床に頭をめり込ませんばかりの勢いに、私の方が驚いちゃった。だってさっきまで、私にヒドイことばっかり言ってたヤツだよ?
「……そのお姿、纏う雰囲気。無事に覚醒をされたようで何よりです、魔王様」
「……なんで、それがわかるの?」
「私めは歴代の魔王様にお仕えしてきた『魔王の使徒』でございます。これまでの数々の無礼な言動や行動、大変申し訳ございませんでした」
歴代の魔王に仕えてきたって、これまたビックリ情報だけど、まあなんとなくわかる。だからコイツ、いろんなことを知ってるし、変なチカラもいっぱい使えるんだ。
でも私に『絶叫砲』とかいうチカラを使った時は、ぜんぜん効かなかったけどね。
「私に紹介したい者って誰なの?」
「いえ、魔王軍の幹部である四天王でございます」
「四天王って、クマとかおっきい犬だっけ?」
「左様でございます」
うーん。面倒だけど仕方ないか。
魔王軍なんて別にいらないけど、魔王になっちゃった今となってはお仕事みたいなものだもんね。
よし! 会ってみて四天王にちゃんと言っておこう。
「悪いことしちゃダメだよ」ってね。私は平和な魔王様を目指すんだ!
なんて甘いことを考えていた私だけど、その夜の面会はそんな簡単にはことが進まなかったんだ。




