116 だったら私、魔王になるわ
今、私は紫の法衣を纏ったひげ面の男に抱かれている。もちろん抱かれるといっても変な意味ではなく「犬の私が抱っこされている」状態だ。
ひげ面の男、つまり宗祖様は私たちが住む家の一階にあるだだっ広い部屋に壇を起き、その上に立っている。
目の前には、ざっと100人ぐらいの人々。ほぼ全員が白い法衣を来て、熱い眼差しで私と宗祖を見つめていた。
「皆の者、紹介しよう。こちらが、我が真王教団改め『真王教』を導いてくださる、魔王様だ」
バカみたい、って思った。トイプードルを抱いたひげ面の紫色の服を来た大の大人が、これまた100人ぐらいのいい大人の前で『魔王様』とか言ってる。アタマおかしいんじゃないの? と思うのが普通の感覚だと思う。
だけど、この場では違うみたい。100人ぐらいの人たち、たぶん全員が教団の信者たちは、ある人は真剣な眼差しで、ある人は抑えきれない喜びの表情で、私をじっと見つめている。
「我が経典には、いずれ犬の姿をした魔王様が降臨し、我らを導いてくださるとある。そして先日、我が教団についに魔王様が訪れてくださった。預言者である宗祖、私の夢においでくださった魔王様が、こちらだ。皆の者、礼!」
その言葉を受け、100人の信者たちが一斉に床に体を投げ出した。体を伸ばし、膝と肘と頭を全て床に付け、さらに両手は拝む姿をとる。いわゆる五体投地だ。
リアルで五体投地なんて、初めて見たよ。しかもこの人たち、私に向けて拝んでいるんだよね……?
信者たちのその姿を見て、宗祖は満足げな顔をしたあと、言葉を続けた。
「いよいよ我々『真王教』が天下を取る日が近づいてきた。さて、信徒どもよ。これからの真王教について、魔王様からの命令を下す」
五体投地している100人もの信者は微動だにしない。
「ひとつ。『真王教』は本部をここ鎌倉から、東京に移す」
「ひとつ。この旧本部に、魔王様の僕となる動物を集める」
「ひとつ。政治団体『真王党』を結党し、来年の衆議院選挙に出馬する」
どれひとつとして、まともではない。信者の間から、低いどよめきが起こっている。私だって、さっきこのことを聞かされていなければ、驚いたに違いないよ。
◇◇◇
話は早朝、瑠璃ちゃんの部屋に遡る。ミニチュアシュナウザーのカールは、魔王のチカラに納得できない私に、さらに説明を続けていた。
「魔王様は、人間を操ることができます。そのチカラは、魔王様がいま想像されていらっしゃる以上のものなのです」
「……そんなの、できるわけないじゃない。操る? 催眠術とかそういうの? ほんとアニメの見過ぎじゃないの?」
「魔王様のチカラは、太古の昔より絶大だと言われております。まず魔王様は、人間や動物の夢に入り込み、夢の中で命令することによって、自在に操ることができます」
「……ウソでしょ?」
夢に入り込むってだけでも非常識なのに、夢の中で命令し、それで人間や動物を操ることができるの? それこそ夢物語としか思えないし、信じられるわけがないでしょ。
「また、人間や動物の体の不調を、そのチカラによって元に戻すことができます。わかりやすく言うと、魔王様には『怪我や病気を治癒するチカラ』がございます」
「ウソ……」
病気を直せるって? おかしいよ、それ。アニメやマンガに出てくる治癒能力者じゃん。魔王ってなんでもありじゃん……ダメダメ、信じないよ。そんなわけないじゃん。
「また、魔王様は思念によって、対面した人間や動物を直接操ることもできます。洗脳することもできますし、念動力、いわゆるテレキシネスも使うことができます」
……デタラメすぎる。チートすぎるって言うんだっけ? それじゃあ魔王って、万能じゃん。誰も敵わないじゃん。あまりにも魔王って都合良すぎない?
あ、待って。さっき『怪我や病気を治癒するチカラ』があるって言ってたよね。それってもしかして、私の飼い主である彼女にも……?」
「カール。瑠璃ちゃんって何かの病気なのね? だから私の魔王のチカラで、それを直すことができる、そういうことなの?」
「さすがは魔王様! おっしゃる通り、左様でございますなぁ」
カールは少し小馬鹿にしたような言い回しと表情で言う。ホント、こいつムカつく。魔王のチカラでぶっ飛ばしてやろうかな? やり方ぜんぜんわかんないけどさ。
「瑠璃お嬢様は『急性リンパ性白血病』という病名でした。どうやら母である朋美大師から遺伝したようですな。朋美大師も白血病で長期入院中ですしな」
「急性……白血病?」
病気のことはあまり詳しくないけど、白血病ってたしか、血液のがんだったよね……
どうして急に……遺伝なの?
「それって、手術すれば治ったりとかしないの?」
「ま、難しいですな。普通は化学療法を使って長期に渡って治療するみたいですがね。80%ぐらいは長期生存するらしいですよ? 逆にいえば20%は助からないってことですがね」
カールは口角を片方だけ釣り上げ、皮肉そうな表情を作る。
「……私が魔王として覚醒すれば、瑠璃ちゃんの病気を治せるの?」
「まあ昔の魔王はそうだったようですし、間違いないでしょうな」
「だったら」
魔王が何なのか、どんな意味を持つのか、私にはまだよくわからない。でも私が魔王として覚醒すれば、瑠璃ちゃんの病気を治せる可能性が高いのだ。
「私、魔王になるわ」
他に悪いことをしなければ、何の問題もないはずだ。
私さえ気を付けていれば、勇者であるポメくんとの対立も起こり得るはずもないんだし。
カールは満面の気持ち悪い笑みを浮かべ、大仰な仕草で答えた。
「さすがは魔王様! ではチカラの覚醒のために、しばらくは私めの指示を仰いでいただきたく存じますが、よろしいですかな?」
そんなの、是非もないじゃない。他の選択肢なんて、私には与えられていないんだし。
そして私は、この日行われる信者の全体会合で「宗教法人の名義を『真王教』に変えること、私がその真王教を実質率いていくこと(でもしばらくはカールの言いなりみたいだけど)、他に引越しすることなどを説明された。
「待ってよ、病気はいつ治すことができるの?」
「お焦りめされるな、魔王様。それはいずれできるようになるでしょう。私の指示さえ聞いていただければ、ですがね」
「早くしないと、瑠璃ちゃんの容体が……」
「ですから! 焦って事を仕損じることもございます故、とにかく私の言う事を聞け、と言っているのです!」
コイツ、絶対私のこと舐めてる。悔しいけど、今は仕方ない。私はまるで瑠璃ちゃんを人質に取られているかのような状態なのだから。
とにかく早く、魔王のチカラを覚醒させないと。
やり方はさっぱり見えないが、私は改めて決意した。
でも私の決意は、色んな意味で甘かった。それを知った時には、もう遅すぎたと思うぐらいに。




