ダニーへ、ダンゴハネムシちょうだい?
セルバスに小言を食らったレヴィは、すっかりしょげていた。
エイダンと部屋を出ると、なぜか廊下の柱の陰に、ぴょこりと身を隠す。そして、じーっと扉のほうを覗き見てから、数秒後、柱から飛び出した。
「エイダン、いまの見てた? 俺、ちゃんと隠れられてた?」
「うん、全然」
「ええー」
「っていうか、なんで隠れる練習してんの」
セルバスに「隠れ方が甘い」と指摘されたのを、レヴィは律儀に受け止めていた。叱られた内容の、いちばんどうでもいい部分だ。
「だってセルバスさま、細い柱だと護衛が丸見えだって。だから、次はもっと太い柱で……」
「そこじゃないと思うよ」
「え?」
「精霊やっつけるとか言うから怒られたんだよ。そもそも精霊はやっつける対象じゃないから。」
「……やっつけるんじゃなくて、捕まえるだった」
「どっちも大差ないし」
二人がそんな話をしながら来賓棟へ戻っていく頃、執務室では、ハーブティーの二杯目が注がれていた。
*****
「それで、実際のところは、どうなんだ」
「率直に言えば、そう悪くありません。むしろ、想定より脈があります」
「ほう」
「二度、霊力の塊が沼に引き込まれました。しかも、片方はデナーリスが本気で固めた高濃度のものです。あれを丸ごと呑み込んで、何も起こらない……。何かが、そこにいます。確実に」
セルバスの眉間の皺が、また一段深くなる。
「危険は」
「今のところ、ありません。向こうから出てくる気配もない。じっと栄養を溜めている――そんな印象です」
と、そこで扉が軽くノックされ、返事を待たずに開いた。入ってきたのは、白髪をきっちりと結い上げた老婦人である。肩には青いインコを一羽とまらせ、片手には湯気の立つ小鍋を提げていた。
「お茶菓子が足りないでしょう。焼き菓子を持ってきたわよ」
「カルハサ神殿長。ちょうどお呼びしようかと」
この広大な神域を治め、“沼地の魔女”の異名を持つ老神殿長である。物腰こそ穏やかな祖母然としているが、防御魔法にかけては神皇国でも指折りの実力者だ。肩のインコが「オキャクサマー」と間の抜けた声で鳴いた。
「レヴィちゃんの沼のこと、でしょう?」
神殿長はよっこいしょと腰を下ろすと、いきなり核心に触れた。セルバスが居住まいを正す。
「伝承では、あの湿原には中級精霊が眠っているとされています。名前は――もう、誰も正しくは覚えていないのだけれど。湿原の水を清め、旅人を沼に沈めぬよう守っていた、と伝わっているわ」
「守り手だった、と」
「ええ。でも、人と精霊の縁が細くなって、泥の底で眠ってしまった。ここ五百年、姿を見た者はいません。……それを、レヴィちゃんが踏んづけて起こしかけているのね」
ふふ、と神殿長は可笑しそうに笑った。
「起きるなら、それは良いことです。ただし――」
「中途半端に起こして、また眠られては困る、ですか」
ウェイロンの言葉に、神殿長がゆっくりと頷く。
「機嫌を損ねたまま二度寝されたら、次はいつ起きるか分からない。起こすなら、きちんと満たして、笑顔で迎えてあげたいわねぇ」
沈黙が落ちた。セルバスは冷めかけたハーブティーを一息に飲み干すと、腹をくくった顔を上げた。
「――申し訳ないが、他の候補地も今か今かと我々の来訪を待っています。ここで粘るか、そこそこで見切りをつけるか。ウェイロン、お前の判断は」
「こちらから仕掛けましょう。せっかく、五百年ぶりに目を覚ましかけているのです。このままというのは本位ではありません」
優雅に微笑む大神官様の言葉に、セルバスは深々とため息をついた。
「……分かった。ただし、万全の態勢を敷く。半端は許さん」
「もちろん。となると――そろそろ、皆を呼び戻す頃合いですね」
ウェイロンの一言に、セルバスの片眉があがる。散り散りになっていた庇護者たちを、一つ所に集める。問題は、記者対策だ。
「……記者対策を急げと、部下に伝えておく」
「あなたの部下には、苦労をかけます」
*****
その頃、来賓棟の自室に戻ったレヴィは、机に向かって真剣に何かを書いていた。エイダンが覗き込むと、そこには交換日記が開かれている。
『ダニーへ、羽のはえたダンゴムシちょうだい。名前はダンゴハネムシです。』
下手くそな羽のはえたダンゴムシの絵の下に、もう一言だけ書き添えられている。
『食堂のおじさん、おいしいミートパイ作ってくれる。みんないつ来る?』
それを見たエイダンは何も言わず、ただ、くしゃりとレヴィの髪をかき混ぜた。




