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「アリシア様、こちら我が国からの祝いの品でございます」
「このエメラルドなど、アリシアの瞳とぴったりだぞ」
ホールの中央で招待客と話し込んでいる父王に代わって傍らにいるクリスが、そう言って首飾りを合わせる。
「まあ、ありがとうございます。エルマン伯爵、ミシェラン王国への書簡ではわたくしが喜んでいたと伝えて下さいね」
「もちろんでございます。いや、それにしても、噂以上にお美しいですな、王女殿下は」
「まことに。『妖精姫』とはまさにこのことでございますな」
「オーギュスト伯」
次兄のクレイグが新たに歩み寄ってきた男の名を呼ぶ。
「お兄様、こちらの方は?」
僅かに顔を顰めたクレイグの表情の変化に気づかなかった振りをして、アリシアは訊ねた。
「……ザカルド王国の使者、オーギュスト伯爵だ。ご挨拶なさい」
クレイグがアリシアを守る様に、クリスとは逆の位置に立つ。
促されたアリシアは、一歩前に出て花の蕾がほころんだ様な笑みを浮かべ、
「本日はわたくしの誕生パーティーにお越し下さり、誠にありがとうございます。アーシェスタ国王ダレイオスが第二王女、アリシアでございます」
見事なカーテーシーをする。
頭を下げているから表情は見えないが、オーギュスト伯爵の纏う雰囲気が少し和らいだ気がした。
社交デビューしたとはいえ、アリシアはまだ十歳の少女。子どもが背伸びをしている微笑ましさで警戒が薄くなるのは、万国共通と言うことだろう。
「おめでとうございます、王女殿下。これは我が国からのささやかな贈り物でございます。どうぞ、お納め下さい」
後ろに控えていた従者から蓋を取った箱を受け取り、中に入っている布を見せる。
「まあ、何て綺麗な孔雀の羽の模様……」
「ほう、これはまた美しい絹織だ。金、銀を縫い込んだ刺繍が見事だな」
南方を生息域とする孔雀はアーシェスタの気候では飼育出来ないが、一度だけ王宮を訪れる行商人に見せてもらったことがある。
オーギュスト伯爵が差し出した織物は、記憶にある孔雀の羽に勝るとも劣らない美しさだった。
「姫様が身に纏えば、本物の孔雀も目が眩むことでしょう」
「まあ、お上手ですこと」
「いやいや、あながち言い過ぎではないでしょう。ご成長なされば、求婚者の列が途切れることのない、国一番、いや、大陸一の美女となりましょう」
にこにこと愛想笑いを浮かべながら言ったのは。つい先ほどまで自分がいた場所をオーギュスト伯爵に奪われて歯ぎしりしていたミシェラン王国のエルマン伯爵だった。
「ところで姫様、こちらの方を紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」
質問の形を取っているが、これは形式に過ぎない。もちろんですわ、と頷きなながら、アリシアは扇を持つ手に力を入れた。
「こちらは、我が国の第二王子、アルフレード殿下でございます」
横にずれたエルマン伯爵の後ろから、少し長めの栗色の髪を揺らして青年が歩み出た。
「ミシェラン王国第二王子、アルフレード・ティーノ・ティルギンと申します。よろしくお見知りおきを、可憐な姫君」
髪よりも薄い榛色の瞳が、柔らかな笑みを浮かべる顔とは対照的に強い光を放つ。
これは聞いていたよりも手強いかもしれないと、気を引き締めながらアリシアは挨拶を返した。
エバロン大陸北部と中央部の間に存在するアーシェスタ王国は、歴史こそ三百年あまりと古いものの、その実態は吹けば飛ぶ小国の代名詞である。実際、王国史の中では何度も滅亡の危機にさらされている。
人口は五十万人ほど。大陸北西部に位置し、春は短く冬は長い。さらに国土の半分は不毛な岩と山だ。
これらに加えて、三十年ほど前までは歴史はあるが国内資源は乏しく、ろくな産業もない、酔狂な旅人ぐらいがありがたがる雪景色だけが名物だった。
歴史が長いのも、侵略の旨味に乏しく、他国から見向きされなかったからだ。歴代の君主が総じて賢明だったが故に、どうにかこれまで国家としての体裁が維持されてきた。
ところが、三十年前、現国王が先王の急死によって即位した直後、相次いで金鉱山と鉄鉱山、ルビーとサファイアの鉱山が発見され、アーシェスタの国力は一気に飛躍した。
特に、戦争に必須の鉄を産出する鉱山は他国が喉から手が出るほど欲するものであり、アーシェスタの首脳部は侵攻の可能性が大幅に上がったことに真っ青になったが、周辺国の考えは少し違った。
当時の国力差では、最終的にどこの国が勝つにしても被害の方が大きく、疲弊した国内を立て直している間に別の国に攻め入られて滅びる可能性が高かったのだ。それくらいなら、他の国を短期間のうちに征服出来る力を蓄え、時間がかかっても確実に収支がプラスになるようにした方が得策だと判断したのだ。
これに気をよくしたのが即位したばかりの国王だった。彼は大々的に採掘を行い、交易を活発化させて莫大な利益を上げた。その結果、アーシェスタは十年も経たないうちにかつての弱小国家から大陸有数の富裕国となった。
だが、資産が豊富になったからといって、置かれた状況が変わったわけではなく、いまだ侵攻の脅威は消えていない。それどころか、なまじ裕福になったせいで鉱山の価値を証明してしまい、周辺三国は何としてもアーシェスタを手に入れたいと思っているだろう。
北方の雄、エイレスト王国と、大陸中央部の覇権を争うザカルド王国とミシェラン王国の思惑が一致した結果、たまたま生き残っているに過ぎない。
そんなアーシェスタ王国が現在も存在している理由は主に二つ。
一つは、ザカルド王国との国境でもある女神の祝福と呼ばれる山脈である。どこが祝福なんだ、冷遇の間違いだろ、とアーシェスタ国民が腐す名称ではあるが、山を越えたザカルド王国では、裾野に肥沃な大地が広がっているので、あながち間違ったネーミングではない。それにしたってどうなんだとは思うが、既に墓の下になっている過去の人間に文句を言っても始まらない上、既に定着してしまった通称に代わる名が思いつくわけでもないので、渋々受け入れているのが現状だ。
もちろん、行き来出来ないわけではない。遙か昔ではないので、今は整備された街道はいくつか存在する。するが――それらはあくまで個人や行商が利用する道だ。
千や万の兵隊が往来出来る道は少なく、天嶮の要害である山脈と合わせて、長期の防衛戦を可能とする条件を揃えている。無論、アーシェスタの国力を考えれば侵攻を跳ね返すことは不可能だ。山脈さえ越えれば征服は容易い。だが、山を越えるまでに時間がかかりすぎて、その間に自国が侵攻されることを考えると、とてもではないが現実的ではない、という結論が出る。
そしてもう一つは、貴族や王族には馴染み深い、政略結婚だ。
アーシェスタ王国は建国当時から、近隣諸国の王家と婚姻を結ぶことで多くの政治問題を解決し、戦争を回避してきた。生まれてくる王女で国に残る者は、三百年の歴史を見ても一人たりともいない。全て他国へ嫁いでいる。
現国王ダレイオスの第一王女キャサリンも、十年前のザカルド王国との戦争でエイレスト王国から支援を受けた見返りに、当時は王太子だったセドリック王子と婚約している。
国王としては、社交デビューのパーティーで候補を数人に絞り込み、その上で条件を洗い直して正式な婚約に持っていくのが狙いだろう。
アリシアの役目は、紹介される各国王族の中から、誰が最も国益に適う相手かを見極めることだった。
「アーシェスタ王国第二王女、アリシア・サラ・ウェイレットと申します。本日はわたくしの誕生パーティーにお越し下さり、ありがとうございます」
相手も王族で、いずれ結婚する可能性があるとなれば、応対が慎重に過ぎるということはない。
オーギュスト伯爵の時よりも丁寧かつ優雅にカーテーシーをしたアリシアの目は、面白いものを見る眼差しとかち合った。
アルフレードは第二王子だが、第一王子が妾腹で軍人になって継承権を放棄したため、王位を継ぐのが彼だと言われている。
お互いに数いる伴侶候補の一人に過ぎないが、アリシアがそれなりに足場があって愚かでなければいい、と割り切っているのに対して、彼が探しているのは王妃に相応しい器量の持ち主。自然、力の入りようが違う。だが、とアリシアは目に宿す眼光を鋭くした。
(私だって、いい加減な気持ちでここにいるわけじゃない)
二人の間にパチ、と目に見えない火花が散る。
政略結婚というのは、家同士、国同士の駆け引きによって結ばれる。最近市井で流行り始めているというお互いに好き合って結ばれる、いわゆる恋愛結婚など、王族にとっては幻想だ。
だが、当人たちが何もしないわけではない。
少なくとも、婚姻相手を選ぶことが出来る場合には、味方につけても問題がないかを確認し合い、その上で最も利益のある相手と結ぶ。
特に、今のアーシェスタにとって王女の嫁ぎ先は国の命運がかかっている、とまでは言わないものの、それに近いものがある。国内ではやりたい放題の国王が相手を選べ、と命令する程度には重要だ。
――自分の判断がアーシェスタの将来を左右する可能性がある。
アルフレードの眼差しにアリシアが対抗出来たのは、この思いがあったからだった。
「――フッ」
先に沈黙を破ったのはアルフレードだった。
「これは、話に聞いていたより面白い姫君だ」
品定めをしたと言われても、アリシアの微笑みもクリスとクレイグの微笑も、小揺るぎもしなかった。
全員に小国故の意地がある。
生き残るためならばなんであろうとするだろう。
「殿下こそ、聞いていたよりもずっと国王に相応しい器量をもっていらっしゃるようですね」
横に控えていたエルマン伯爵が気色ばむのと対照的に、アルフレードの表情は全く変わらない。そうだろう? と語っている様な笑顔は憎たらしい程の場数を感じさせる。
(一人目は、決まった)
アリシアと同じことをアルフレードも考えたのだろう。
「姫、私はあと十日ほど貴国に滞在させていただきます。その間、一度、ゆっくりお茶でもいかがですか? 我が国の特産であるヘッジズの茶葉を持参しているのです」
キレイな笑みで二人きりで話しましょうと誘ってくる。自国の特産品のアピールも忘れずに。
少し目端の利く者なら当然理解出来る誘い文句だ。現に、オーギュスト伯爵は、ほう、と僅かに思案げな顔をして、控えていた従者に何やら耳打ちしている。
その他にも、アリシアたちの周りで聞き耳を立てていた者たちは、笑顔の裏でミシェラン王国の情報に修正を加え、自分の利益を確保するための算段を立て始めているのが分かった。
一曲ダンスを踊り、ではまた、と言ってエルマン伯爵を引き連れて他の招待客へ挨拶をしに行ったアルフレードがいなくなると、それを見計らっていた様に次々と他国の大使が見合いの相手と思われる王族とともにアリシアの許へ、入れ替わり立ち替わりに挨拶に来た。
アリシアはその全てに笑顔で応え、気に入る方はいましたかと遠回しに問う自国の貴族には明言を避けながら可能性がある相手を仄めかす、という作業をこなした。
やっと一息ついたのは、夜会が始まって二時間以上が経った頃だった。
アリシアはクレイグが渡してくれたジュースを飲みながら、ハァ、と息をはいた。
「お疲れ様、シア」
大広間の隅で壁の花となっていたアリシアは驚いて声のした方を見た。
「ルーファス」
よっ、と手を上げたのは、母方の従兄だった。
「来ていたの?」
「うん、僕は成人前だけど、父さんの従者見習いとして入った」
ルーファスの父、ノーフォーク侯爵は今夜のパーティーに招待されている。アリシアも少し前に挨拶した。
「よくバレなかったわね」
呆れたアリシアに、ルーファスはニッと笑った。
「僕は背も高くないし、声も高めだ。結構鍛えてるのに手足も太くならないし」
確かにルーファスは異様に大人びているが、背はそれほどではない、というか、むしろ低い。本人の言うように線も細いし、繊細な顔立ちと相まって、儚げな感じが永遠の美少年という雰囲気を出し、密かに令嬢や貴婦人たちの間で人気なのだ。
「前も思ったけど、何でそんなに武術を鍛えてるの? 軍人になりたいわけじゃないんでしょう?」
ルーファスは嫡男だ。領地からの収入だけで貴族の体面を保ちながら充分生活出来る。無理に体を鍛える必要はない。
「……さあ、何でだろう」
何度も聞いてきたことを、ルーファスは曖昧な微笑で流した。
その微笑みに触れてほしくないという雰囲気を感じ、アリシアはいつも通りに肩を竦めるだけで終わらせた。
「……それより、婚約者候補と会ったんだろう? どうだった?」
微妙な沈黙を変えようと思ったのだろう、ルーファスが話題を変えた。
「ミシェランのアルフレード王子か、ザカルドのニコラス王子。本命はこの二人ね。他にも面白そうなのは何人かいたけど」
「大方の予想通りか。けど、その二人だとどっちを選んでも面倒なことになるな」
「そうなのよね……国を守るための婚姻で侵攻の理由を作りたくないんだけど……」
ミシェラン王国とザカルド王国は、長年大陸中央部の覇権を争っている。エイレスト王国を含めた三国に挟まれたアーシェスタ王国としては、どこにも肩入れしたくないというのが本音だ。
第一王女がエイレスト国王と婚約している以上、三国の争いにこれ以上関わるのは危険だ。
「かといって、しょっちゅう政変が起きる南方じゃ、繋ぎを作っても無意味、と」
「あんな政情不安で弱肉強食なところ、命がいくつあっても足りないわ」
南方特有の浅黒い肌に精悍な面差しの青年を思い出す。集めた情報では彼が次期国王の最有力候補らしいが、それだけで決めるわけにもいかない。下手をしたら、クーデターを起こされて王子妃だったことを理由にアーシェスタが追い詰められるかもしれない。
アリシアは、フゥ、と息をつくと、近くのテーブルにグラスを置いた。
「どこに行くんだ? 主賓が抜けたらマズイだろ」
「すぐに戻るわ。何か訊かれたら適当にごまかしておいて」
りょーかい、と気の抜けた返事を背中越しに聞き、アリシアはひっそりと大広間から抜け出した。
説明回の様になってしまいました……。何とか読んで下さい。




