第七話:文化祭前夜、雨の美術室
短い夏休みが明けて新学期が始まり、慌ただしい準備期間を駆け抜けて迎えた十月、文化祭前日の夜。
奇しくも外は、秋の冷たい雨が激しく叩きつける嵐のような夜だった。明日の一般公開に向け、学校中が最後の仕上げと熱気に包まれていたはずの時間だ。
「……嘘、でしょ……?」
美術室で静かに作業をしていた葵の、絶望に満ちた泣きそうな声が静まり返った校舎に響いた。
古い木造校舎の窓の隙間から雨漏りが発生し、葵が数ヶ月かけて不眠不休で描き上げた巨大な背景画の中央が、無残に絵の具ごと濁って溶けかけていた。
「葵、落ち着け! タオル、タオル持ってこい!」
俺は慌てて雑巾を掴んで駆け寄ったが、一度水分を含んだ油彩とアクリルの混ざった画面はすでに修復不可能なほど流れてしまっていた。
目の前が真っ暗になるような絶望的な空気の中、美術室の重いドアが激しい音を立てて勢いよく開いた。
「葵! 大丈夫か……!」
音楽室から駆けつけたのか、楽器ケースを抱えた奏多がずぶ濡れのまま飛び込んできた。
さらにその背後からは、学級委員の莉子や、俺がこの数ヶ月の学校生活の中で必死に声をかけ、友達になっていったバスケ部や他クラスの仲間たちが次々と駆けつけてきた。
「神宮寺から連絡もらったぞ! 絵がやばいって聞いたんだ、手伝う奴、ここに全員並べ!」
クラスメイトの頼もしい大声に、葵は驚きで目を丸くし、やがて大粒の涙をこぼした。
「みんな……なんで……?」
「当たり前だろ! 神宮寺の頼みだし、何よりお前の努力を台無しにさせるわけにいかないからな!」
激しい雨音をかき消すようなクラスメイトたちの笑い声と熱気の中、俺たちは夜を徹して背景画の修復作業に没頭した。
病気の痛みなんて忘れてしまうほどの、人生で一番熱くて眩しい夜が、そこにあった。




