第4章 第63話 新しい世界へ
香織に案内され、紗江と葵が着いたのは、大通りから少し入った場所にある撮影スタジオだった。
扉の向こうには、白い壁に囲まれた広々とした空間が広がっていた。
天井からは、見たこともないほど大きな照明がいくつも吊り下げられ、その下では、華やかな服を着た女性がカメラの前に立っている。
衣装を整える者。化粧を直す者。照明の向きを変える者。
大勢の人々が、それぞれの持ち場で忙しなく動いていた。
葵は足を止め、その光景を見渡した。
「ここが、仕事の現場か」
「はい。今は、別の商品の広告を撮影しているところです」
香織は声を落として答えた。
ほどなく、撮影の合間に声が響いた。
「はい、休憩にしましょう」
張りつめていた空気が緩み、カメラの前に立っていた女性が肩の力を抜いた。
カメラの後ろにいた男も、首を回しながら息をつく。
四十代半ばほどだろうか。黒いシャツの袖を肘までまくり、首からカメラを下げている。
広告カメラマンの佐伯圭吾だった。
「佐伯さん」
香織の呼びかけに顔を向けた佐伯は、そのまま動きを止めた。
視線が、香織の後ろに立つ二人へ釘づけになっている。
濃紺のシャツを身につけ、まっすぐに立つ葵。
その隣には、まだ戸惑った様子の紗江がいる。
二人とも、特別な衣装を着ているわけではない。撮影のための化粧を施しているわけでもなかった。
それでも、周囲の光が二人のところだけへ集まっているように見えた。
佐伯は、首から下げていたカメラへ手をかけた。
「高瀬」
「何?」
「あの二人、誰?」
香織は、待っていたように口元を緩めた。
「先ほど電話で話した二人よ」
「例の新商品の?」
「ええ」
佐伯は二人から目を離さないまま、香織のそばへ歩み寄った。
「どこで見つけてきたの」
「偶然、街で」
「街で?」
「二度も偶然会ったの。これはもう、運命でしょう?」
「そんなことはどうでもいい」
佐伯は素っ気なく言い、カメラを構えかけた。
「ちょっと、あの二人を撮らせてくれる?」
香織は得意そうに笑った。
「だから、驚くわよと言ったでしょう?」
「いいから、撮らせて」
「まだ何も説明していないわよ」
「説明はあとでいい。撮りたい」
「佐伯さん、二人の承諾が先」
「ああ、分かっている」
佐伯はようやくカメラを下ろし、葵と紗江の前へ進み出た。
「突然すみません。お二人の写真を撮らせてもらえませんか?」
「私たちをですか?」
紗江が驚いて、自分と葵を交互に指さす。
「はい。今のままで構いません」
「でも、私たちは見学に来ただけで……」
戸惑う紗江の隣で、葵が香織へ尋ねた。
「これも、仕事なのか」
「今はまだ、仕事が決まる前の試し撮りです。撮った写真を見て、CMを担当する方に判断してもらいます」
「なるほど」
葵は佐伯へ向き直った。
「私は構わぬ」
「葵様、よろしいのですか?」
「仕事を得るために必要なのであろう?」
「そうですけれど……」
香織は紗江へ、穏やかに声をかけた。
「無理なことはさせません。嫌になったら、いつでも止めて構いませんよ」
紗江は葵を見上げ、もう一度、佐伯へ目を向けた。
「……分かりました。お願いします」
そう言って、頭を下げた。
佐伯は、白い背景の前へ二人を案内した。
「特別なことはしなくていい。そこに立って、二人で話していてください」
「話すのですか?」
「はい。こちらを意識しなくて構いません」
そう言われても、紗江には何を話せばよいのか分からない。
大きな照明に照らされ、目の前では佐伯がカメラを構えている。少し離れたところには、香織や見知らぬスタッフたちも立っていた。
紗江は隣の葵を見上げた。
「葵様、緊張していませんか?」
「いや」
葵は落ち着いて答えた。
「紗江の方が、緊張しているように見えるが」
「私は、こういう場所に立つのは初めてですから」
「私も初めてだ」
「葵様は、いつもと何も変わりませんね」
「そうか?」
葵が紗江へ顔を向けた。
その瞬間、シャッター音が響いた。
紗江は驚いて、カメラへ目を向ける。
「今、撮ったんですか?」
「こちらを見なくていい。その人だけ見ていて」
「葵様を?」
「そう。二人で話を続けて」
紗江は戸惑いながら、再び葵を見上げた。
「何を話しましょう」
「何でもよいのであろう?」
「そうですけれど……」
葵は紗江の顔を見つめた。
「先ほどから、顔が強張っている」
「だって、皆さんに見られていますから」
「私しか見ておらぬと思えばよい」
「その方が緊張します」
「なぜだ」
本当に分からないという顔で、葵が僅かに眉を寄せる。
紗江は思わず笑ってしまった。
すかさず、シャッター音が響く。
「いい、そのまま」
佐伯はカメラを構えたまま、二人を追った。
紗江が笑えば、葵の表情も柔らかくなる。
葵が何かを尋ねると、紗江は身振りを交えて答える。
いつしか紗江は、カメラを気にせず話していた。
作られた笑顔も、決められたポーズもない。
それでも二人の間には、ほかの誰も入り込めない空気が流れていた。
佐伯の後ろに置かれた画面へ、撮影された写真が次々と映し出されていく。
休憩していたスタッフの一人が、ふと足を止めた。
「誰、あの二人?」
その声に、別のスタッフも画面を覗き込む。
「モデルさん?」
「見たことないけど、どこの事務所だろう」
二人のやり取りを聞きつけ、衣装を整理していた者まで近づいてきた。
「ちょっと、見せて」
画面が切り替わる。
紗江を見つめる葵と、その隣で笑う紗江が映し出された。
「……雰囲気、すごくない?」
いつしか佐伯の後ろには、スタッフの輪ができていた。
だが、葵と紗江は、そのことに気づいていない。
「少し、近づいて」
カメラを構えたまま、佐伯が声をかける。
「近づくのですか?」
紗江が戸惑っていると、葵がためらうことなく一歩近づいた。
二人の肩が触れ合う。
紗江は思わず葵を見上げた。
「これでよいのか?」
「え……はい」
その頬が、僅かに赤く染まる。
佐伯は無言のまま、シャッターを切り続けた。
ここで細かく指示を出せば、この表情は消えてしまう。
今しか撮れない。
画面に新たな写真が映るたび、後ろから小さな感嘆の声が漏れた。
佐伯は振り返ることなく、二人を撮り続けた。
何事かと近づいてきた一人の男性が、人だかりの手前で足を止めた。
仕立てのよいスーツを身につけた、六十歳前後の男だった。傍らには、書類を抱えた秘書が控えている。
この日、別商品の広告撮影を視察するために訪れていた、ビール会社の社長だった。
「何をしているんだ?」
「確認してまいります」
秘書は近くにいたスタッフへ事情を尋ね、ほどなくして戻ってきた。
「飛び入りのテスト撮影だそうです」
「テスト撮影?」
「はい。高瀬社長が、我が社の新商品のCMにどうかとお連れになったお二人だそうです」
「高瀬社長が?」
「どこの事務所にも所属していない、一般の方だとか」
社長は、人々の肩越しに撮影の様子を窺った。
若い男が、隣に立つ女性の話へ静かに耳を傾けている。
女性が笑うと、男の口元も僅かに緩んだ。
社長は空いた場所へ一歩寄り、画面へ目を向けた。
先ほど目にした二人が、そこに映っている。
何気ないやり取りの一瞬が、写真の中では、目を引く一枚になっていた。
「なるほど……」
しばらく画面を見つめていた社長が、人だかりの中へ進み出る。
香織は近づいてくる人物に気づくと、驚いて目を見開いた。
「社長……どうしてこちらに?」
「どうしても何も、今日は撮影の視察だ」
社長は答えながら、カメラの前に立つ二人へ目を向けた。
「それより高瀬社長。随分とすごい二人を見つけてきたようだな」
香織の口元に、自信に満ちた笑みが浮かんだ。
「ええ。私も、そう思っています」
社長はもう一度、葵と紗江へ目を向けた。
「それで、あの二人は、まだどこの事務所にも所属していないとか」
「いいえ」
香織は、間を置かずに答えた。
「あの二人は、今日から高瀬プロモーション所属です」
「え?」
撮影を終え、こちらへ戻ってきた紗江が、驚いて声を上げた。
葵も何のことか分からないまま、香織を見ている。
「高瀬さん、私たち、まだ何も……」
「ええ。ですから正確には、これからお二人に所属をお願いするところです」
香織は二人へ微笑むと、再び社長へ向き直った。
「この二人の仕事については、今後、すべて私を通していただきます」
その声には、芸能事務所の社長としての強さがあった。
社長は一瞬目を丸くしたのち、愉快そうに笑った。
「相変わらず、決断が早いな」
「よい人材を見つけた時に迷っていたら、ほかの事務所に取られてしまいますから」
「確かに、その二人なら放ってはおかれないだろう」
二人の話を聞いていた紗江は、隣の葵を見上げた。
葵も紗江へ目を向けたが、何を尋ねればよいのかさえ分からない様子だった。
その間にも、社長は画面の前へ進み、佐伯が撮った写真を一枚ずつ確かめていく。
CMの担当者たちも、その傍らに集まってきた。
「どう思う?」
画面を見つめたまま、社長が尋ねた。
「まさに、探していたイメージそのものです」
担当者の一人が答えると、ほかの者たちも頷いた。
「私も同じ意見だ」
社長は香織へ向き直った。
「高瀬社長。この二人で進めたい」
「候補ではなく?」
「ほかに誰を探す必要がある」
香織の表情が明るくなる。
「ありがとうございます」
「ただし、本人たちの承諾が先だ。商品と企画については、改めてきちんと説明してくれ」
「もちろんです」
香織は葵と紗江へ向き直った。
「突然のことで驚いたでしょう。詳しいお話は、落ち着いた場所でしましょうか」
「仕事は、決まったのか?」
葵が尋ねる。
「お二人が引き受けてくださるなら」
「そうか」
葵は、どこか安堵したように息をついた。
今朝まで、何をすればよいのかさえ分からなかった。
それが今、自分にもできる仕事を与えられようとしている。
神主の言葉どおり、人との出会いが、思いがけない道を開いたのだ。
撮影スタジオをあとにした紗江と葵は、香織に連れられて高瀬プロモーションを訪れた。
事務所は、大通りに面した小さなビルの一室にあった。
室内は明るく整えられ、壁には所属する俳優やモデルたちの写真が丁寧に飾られている。
香織は二人を応接室へ案内すると、契約書を机の上へ置いた。
「先ほどは、勝手に所属すると言い切ってしまって、ごめんなさい」
「本当に驚きました」
「お二人を、ほかの事務所に取られたくなかったんです」
香織はそう言うと、改めて二人へ向き直った。
「もちろん、所属を無理強いするつもりはありません。内容をご説明しますから、納得できなければ断っていただいて構いません」
紗江は契約書へ目を落としたものの、すぐには手に取らなかった。
「その前に、一つ、お願いがあります」
「何でしょう?」
紗江は隣に座る葵を見てから、香織へ向き直った。
「葵様のこれまでの経歴については、何も尋ねないでいただきたいんです」
香織の表情が僅かに変わった。
「経歴を……?」
「はい。履歴書も提出できません」
「何か、ご事情があるのですか?」
「……はい。でも、その理由も今はお話しできません」
紗江は、まっすぐに香織を見つめた。
「勝手なお願いだということは分かっています。それでもよろしければ、契約のお話を聞かせてください」
応接室に、沈黙が落ちた。
芸能事務所が、所属者の経歴を何も知らないまま契約を結ぶ。
普通ならば、到底受け入れられる条件ではない。
香織は、机の上の契約書へ目を落とした。
この二人には、何か事情がある。
それも、簡単には明かすことのできない事情が。
詳しく確かめるべきだと、社長としての自分が告げていた。
だが、撮影現場で二人へ向けられた視線を思い出すと、このまま帰すこともためらわれた。
いずれ、ほかの事務所から声がかかるだろう。仕事を得られると知って安堵していた葵の顔が浮かぶ。二人が、持ちかけられた話を自分たちだけで見極められるだろうか。
そして何より、二人のこれからを、誰かに任せたくなかった。
香織は顔を上げた。
紗江は唇を結び、答えを待っている。
その隣で、葵も静かに香織を見つめていた。
香織は大きく息を吐いた。
「分かりました」
紗江が目を見開く。
「よろしいのですか?」
「履歴書は求めません。葵さんの過去についても、ご本人が話したいと思うまでは、こちらから尋ねないことを約束します」
香織はそこで言葉を切った。
「ただし、お二人を守るために、どうしても必要なことが出てきた時には、きちんと相談させてください」
「はい。それは、お約束します」
紗江は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは、まだ早いですよ」
香織は微笑み、契約書を開いた。
「これから、お二人には覚えていただくことがたくさんありますから」
香織は、仕事を引き受ける際の決まりや、出演料の支払い、写真や名前の扱いについて、一つずつ丁寧に説明していった。
分からない言葉が出るたびに、紗江が質問する。
香織はそのたびに説明を交え、二人が理解したことを確かめてから、次へ進んだ。
やがて、ひととおりの説明を聞き終えた紗江は、隣の葵を見た。
「葵様は、どうなさいますか?」
「紗江は、この者を信じられると思うか」
紗江は、香織へ目を向けた。
街で偶然出会ったばかりの女性である。
それでも、事情を明かせない二人を受け入れ、質問にも曖昧な返事をせずに答えてくれた。
「はい。私は、信じてもよいと思います」
「ならば、私も信じよう」
葵は迷わず答えた。
香織は、二人を見つめた。
紗江の答えにも、葵の言葉にも、ためらいはなかった。
この信頼を、決して裏切ってはいけない。
「ありがとうございます」
香織は深く頭を下げた。
「必ず、お二人を大切にします」
紗江は契約書を手元へ引き寄せ、自分の名前を書いた。
織原 紗江。
続いて、葵が筆記具を手に取る。
慣れない形に少し戸惑いながらも、教えられた場所へ、ゆっくりと名を書き記した。
徳川 葵。
この日、葵と紗江は、高瀬プロモーションの所属となった。
契約を終えた頃には、すっかり日も暮れていた。
香織は時計を見ると、二人へ笑いかけた。
「せっかくだから、今日はみんなで食事をしていきませんか?」
こうして、そのまま二人の歓迎会が開かれることになった。
場所は、高瀬プロモーションの近くにある小さな和食店だった。
長いテーブルを囲んだのは、紗江と葵、香織、そして事務所で働く者たちだった。
「今日は、新しい仲間が二人も増えたお祝いです」
香織がグラスを持ち上げる。
「葵さん、紗江さん。高瀬プロモーションへようこそ」
「ようこそ!」
皆が笑顔で二人を迎えた。
紗江も慌ててグラスを持ち上げる。
「これから、よろしくお願いします」
「ああ。よろしく頼む」
葵も周囲へ丁寧に頭を下げた。
料理が運ばれてくると、テーブルのあちこちで会話が弾み始めた。
初めは緊張していた紗江も、隣に座る社員に学校のことを尋ねられ、少しずつ言葉が増えていった。
葵はそのやり取りに耳を傾けながら、料理へ箸を伸ばしている。
ふと、向かいに座る女性社員が、その手元へ目を留めた。
「葵さんって……お箸の使い方、すごく綺麗ですね」
「そうか?」
葵は何でもないことのように答えた。
背筋を伸ばした姿勢も、器を扱う手つきも、ひとつひとつの所作が美しい。
言われて気づいた隣の社員も、葵へ目を向けた。
「本当。なんていうか……育ちの良さが出てる」
葵は僅かに首を傾げ、紗江を見た。
紗江は小さく微笑み、手元の器へ目を落とした。
やがて、向かいの女性社員が二人へ尋ねた。
「お二人には、何か夢がありますか?」
「夢、ですか?」
「はい。いつかやってみたい仕事とか、なりたい自分とか」
紗江は少し考えた。
けれど、答えはすぐに浮かんだ。
「私は、服飾デザイナーになりたいです」
「デザイナー?」
「はい。今、服飾の専門学校へ通っています。いつか、自分が作った服を、たくさんの人に着てもらいたいんです」
香織は頷き、紗江へ言った。
「それなら紗江さん、この仕事を頑張って、まずはあなた自身の名前を売りなさい」
「私の名前を?」
「ええ。あなたが多くの人に知られるようになれば、いつか自分でデザインした服を発表した時にも、きっと大勢の人が見てくれるわ」
その言葉に、紗江は目を見開いた。
江戸でも、紫蝶太夫や琴姫が自分の仕立てた衣を身につけたことで、紗江の名は多くの人に知られるようになった。
誰かの目に留まらなければ、どれほど心を込めて作った服も、その存在を知ってもらうことはできない。
今度は、自分自身が、多くの人に服を知ってもらうきっかけになれるのかもしれない。
「私にも、できるでしょうか」
「もちろんよ」
香織は力強く答えた。
「あなたには、人を惹きつける力がある。それに、佐伯さんが撮った写真を見れば分かるわ。あなたが身につけた物には、自然と目が向くの」
紗江は、自分の両手を見つめた。
江戸で着物を縫い、人々に喜んでもらえた時の気持ちは、今も忘れていない。
令和でも、もう一度あの喜びを感じられるのだろうか。
「私、頑張ります」
紗江は顔を上げた。
「いつか、自分でデザインした服を着て、皆さんの前に立てるようになりたいです」
「その意気よ」
香織は満足そうに微笑んだ。
「学校も、必ず続けなさい。芸能界で得たものを、本当に叶えたい夢へつなげるの」
「はい」
紗江は、もう一度自分の手へ目を落とした。
いつか、この手で作った服を着て、カメラの前に立つ。
その日を思うと、自然と胸が弾んだ。
女性社員は、今度は葵へ顔を向けた。
「葵さんの夢は何ですか?」
「私の夢?」
「はい。俳優になりたいとか、やってみたい仕事はありませんか?」
葵は僅かに考えた。
「紗江と、生涯を共にすることだ」
一瞬、テーブルを囲んでいた者たちの動きが止まった。
紗江も目を見開き、葵を見つめる。
女性社員の一人が、胸元を押さえた。
「……ちょっと待って」
隣の女性も、熱くなった頬へ手を当てている。
「そんなこと、真顔で言える人が本当にいるの?」
「羨ましすぎる……」
女性たちの視線が、一斉に紗江へ集まった。
紗江は耳まで真っ赤になり、俯く。
「葵様、皆さんの前で、そのようなことを……」
「夢を尋ねられたゆえ、答えただけだ」
「そうですけれど……」
葵には、自分の言葉が皆をどれほど驚かせたのか、分かっていないらしい。
香織は額へ手を当てながらも、口元には笑みを浮かべていた。
「葵さん」
「何だ」
「今の言葉は、撮影や取材の時には、少し気をつけてくださいね」
「なぜだ」
「世の女性たちが、大変なことになります」
葵は意味が分からないという顔で、香織を見た。
和やかな笑い声が、店の中へ広がった。
紗江は恥ずかしさに俯いたまま、それでも頬が緩むのを止められなかった。




