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元禄美装録  作者: 月島 桃


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第3章 第55話 己で選んだ絆


――無刃対朧火


谷の一角で、赤い炎と紫色の毒煙が激しくぶつかっていた。


「厄介な炎ね」

朧火が短刀を投げ放つ。


無刃は焔哭の双刃で弾き落とした。甲高い音を立て、短刀が地面に突き刺さる。


「お前の毒ほどではない」

「あーら、ありがとう」

朧火が妖艶に笑う。


次の瞬間、その袖口から紫色の粉が舞った。


「毒か……!」

無刃が大きく後ろへ跳ぶ。

だが、風に乗った毒粉は、その退路を塞ぐように広がっていく。


「逃げても無駄よ。風に乗れば、毒はどこまでも追っていくわ」

朧火が指を鳴らした。

紫色の毒煙が渦を巻き、無刃を取り囲む。


「吸い込めば、三呼吸で身体が動かなくなるわ」

「なら、吸わなければいい」


無刃は短く息を止め、焔哭の双刃を交差させた。


「焔哭――炎喰い」


双刃の間に、漆黒の渦が生まれる。

刃を包んでいた炎が渦へ引き込まれ、周囲の毒煙を巻き込んでいった。


朧火の笑みが消えた。

「何……その力」


無刃は答えず、焔哭の双刃を構え直した。

「その毒は、もう届かない」


「……面白いじゃない」

朧火の目が細くなる。

「なら、これはどうかしら」


両手を広げると、袖の内側から大量の紫色の粉が噴き出した。

その量は、先ほどの比ではない。


毒煙は無刃を取り囲むだけでなく、ほかの者たちが戦う場所へも広がり始めた。


「まずい……!」

無刃が双刃を交差させる。

だが、毒煙はすでに左右へ大きく広がっていた。一か所から吸い尽くすには間に合わない。


そのとき――


「無刃!」

隼人の声が響いた。

「俺に任せろ!」


碧風鎖が大きく振るわれる。

激しい風が谷を駆け抜け、広がりかけた毒煙を押し戻した。


「蓮!」

「おうよ!」

蓮が翠水扇を振るう。


青白い水の壁が立ち上がり、押し流された毒煙を包み込んだ。

紫色に濁った水が、戦いの輪から離れた岩陰へ叩きつけられる。

辺りを覆っていた毒煙は、瞬く間に薄れていった。


「何ですって……!」

朧火の顔から、余裕が消えた。


無刃は双刃を構えたまま、静かに告げる。

「俺たちは、一人で戦っているわけじゃない」


焔哭の双刃に、紅蓮の炎が宿った。


朧火は無刃の向こうにいる隼人と蓮へ目を向けた。

「仲間……?」

その言葉を確かめるように呟き、すぐに唇を歪める。

「夜鴉に、そんなものは必要ない」


「……俺も、そう思っていた」


無刃が地を蹴った。

焔哭の双刃が炎をまとい、朧火へ迫る。


朧火はもう一本の短刀を抜き、無刃の双刃を受け止めた。

火花が散り、炎がその頬をかすめる。


押し合ったのは一瞬だった。

朧火は自ら身を引くと、無刃の脇をすり抜け、背後へ回り込んだ。


「甘いわよ!」

毒を塗った短刀が、無刃の背中へ迫る。


だが――無刃は振り返らなかった。


「蓮!」

「任せろ!」


横合いから青白い水の奔流が飛び込み、朧火の身体を弾き飛ばす。

「くっ……!」

朧火が地面を転がった。


起き上がろうとする、その眼前に無刃が踏み込む。

片方の刃が短刀を跳ね上げ、もう片方が喉元で止まった。

弾かれた短刀が、離れた岩の上に落ちる。


「終わりだ」


朧火は動きを止めた。

喉元の刃を見下ろし、悔しそうに無刃を睨む。


「……裏切り者のくせに」

「そうだ」

無刃はその目を受け止めた。

「俺は夜鴉を裏切った」


朧火の目が細くなる。

それでも、無刃の声は揺らがなかった。


「だが、後悔はしていない」


背後には、蓮と隼人がいる。

振り返らずとも、二人がそこにいることが分かった。


双刃に宿っていた炎が、静かに消える。

無刃は、朧火の喉元から刃を引いた。


「俺が選んだことだ」


朧火は動かなかった。

刃を下ろした無刃を、訝しむように見上げている。


「朧火……お前も自由になれ」


朧火の唇が、わずかに開いた。

だが、言葉は出てこなかった。


ただ、無刃を見つめていた。

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