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元禄美装録  作者: 月島 桃


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第3章 幕間 令和からのお土産

「紗江、今日の夕餉に、皆とあれを食したいと思うのだが、頼めるか?」


葵の言葉に、紗江は一瞬首を傾げた。

すぐに思い当たり、顔をほころばせる。


「カップ麺ですね。もちろんです」

「菓子もあったな。蓮や隼人、お蘭たちにも食べさせてやりたい」

「皆さん、きっと驚きますね」


葵は頷いたが、少しためらってから続けた。


「ただ、一つ頼みがある」

「はい」

「向こうへは、紗江一人で行ったことにしてほしい。私も共に行ったことは、皆には伏せておきたいのだ」


紗江は葵の顔を見つめ、静かに頷いた。


「分かりました。私が買ってきたお土産ということにしますね」

「……すまぬ」

「いいえ。では、今夜は私からお渡しします」


葵の表情が和らいだ。


「それと、これを」


葵は懐から紙に包んだ金を取り出し、紗江の前へ置いた。


「皆への土産代だ。受け取ってくれ」


紗江は包みを見つめ、それから葵へ顔を上げた。


「ありがとうございます」


両手で受け取る紗江に、葵は頷いた。


「では、今夜の支度を頼む。食し方も、皆に教えてやってくれ」

「はい。お絹さんに、お湯をお願いしてきますね」


――その日の夕刻。


座敷に集まった蓮たちは、膳の上に並んだ見慣れぬ品を眺めていた。

色鮮やかな筒形の器に、文字や絵の入った袋。

光を受けてきらりと輝く包みもある。


隼人は膳へ顔を近づけ、器に描かれた絵を覗き込んだ。


「紗江、これは何?」

「皆さんへのお土産です。私のいた時代から買ってきました」


「これが、食べ物なのですか?」


お蘭が尋ねると、紗江は頷いた。


「はい。こちらはカップ麺といいます。お湯を注いで、少し待つと食べられるんです」

「湯を注ぐだけで?」


蓮が不思議そうに眉を上げる。


紗江は蓋を途中まで開け、中を見せた。

乾いた麺の上に、小さな具が散らばっている。


「このままでは硬いのですが、お湯を入れると柔らかくなります」

「煮なくてもよいのか」

「はい。この器の中で出来上がるんです」


無刄もわずかに身を乗り出し、黙って中を覗いた。


お絹が湯を運び、紗江とともに一つずつ器へ注いでいく。

やがて、座敷にふわりと香りが広がった。


「おお……」


蓮が早くも箸を取った。


「まだですよ。蓋を閉じて、三分ほど待ってください」

「もう、よい匂いがしているが」

「麺が柔らかくなるまで、もう少しです。頃合いは私が見ますから」


蓮は名残惜しそうに箸を置いた。

葵はその様子を見て、口元を緩める。


「蓮。そう見つめても、早くはできぬぞ」

「この香りを前に待てというのは、なかなか酷にございます」


隼人が小さく吹き出した。

だが、その隼人も、蓋の隙間から漏れる湯気をしきりに気にしていた。


待つ間、お蘭はそばに置かれた菓子の袋をそっと持ち上げた。


「この包みも、変わっておりますね」


指先で触れると、かさりと音がした。


「紙でも、布でもないような……」

「中のお菓子が湿気ないようになっているんです」

「まあ。食べ物だけでなく、包みまで違うのですね」


お蘭は感心したように袋を裏返した。


その隣では、蒼馬がカップ麺の器の側面を眺めている。


「これほど細かな文字を、器にまで記すのですか」

「食べ方や、中に何が入っているかなどが書いてあります」

「なるほど」


蒼馬は頷き、今度は底を確かめようとした。


「あ、傾けるとお湯がこぼれますから」

「……失礼いたしました」


慌てて器を戻した蒼馬に、葵が笑った。


やがて、紗江が皆を見回した。


「もう大丈夫です。蓋を開けてください」


待ちかねたように蓋が開かれる。

白い湯気が立ち上り、乾いていた麺が汁の中でほぐれていた。


隼人は箸で麺を持ち上げ、目を丸くする。


「本当に、柔らかくなってる」


蓮は一口すすり、勢いよく顔を上げた。


「これはうまい!」


お蘭は熱い麺を少しずつ冷ましながら食べ、お絹は汁を口にしては、感心したように頷いていた。


その向こうで、無刄も黙々と箸を動かしている。

やがて一度手を止め、器の中へ目を落としたまま呟いた。


「……このように美味なものは初めてだ」


蓮が顔を上げる。


「無刄が、食べ物を褒めたぞ」

「私とて、うまければそう申す」


無刄は短く答え、再び麺をすすった。

葵は嬉しそうに紗江と顔を見合わせた。


麺を食べ終える頃には、皆の関心は菓子の袋へ移っていた。


紗江がポテトチップスを皿へ出すと、葵が薄い一枚をつまみ上げた。


「ずいぶん薄いな」


慎重に口へ運ぶ。

ぱり、と軽い音がした。


葵はしばし黙り、もう一枚取った。


「どうですか、葵様」

「……皆も食べてみよ。やめられない旨さだ」


蓮が笑い、自分も手を伸ばす。


「それでは、私も確かめねば」


二人の手が交互に伸び、皿の中身は見る間に減っていった。


「葵様、蓮! それでは皆の分がなくなっちゃうよ」


隼人に言われ、蓮は伸ばしかけた手を止めた。

葵も皿を見下ろし、気恥ずかしそうに笑う。


「……すまぬ、つい。残りは皆で分けてくれ」


葵が皿を中央へ戻すと、隼人はさっそく一枚取った。

ぱり、と頬張り、目を丸くする。


「ほんとだ。これ、おいしいね」


もう一枚取ろうとして、ふと手を止める。

隣のお蘭へ皿を渡すと、今度はクッキーを一枚取り、葵へ差し出した。


「葵様、クッキーなるものでございます」


急にかしこまった隼人の口調に、葵が笑った。


「うむ。いただこう」


葵が受け取るのを見届けると、隼人も一枚口へ運んだ。

さくり、と軽い音がする。


「……これもおいしい」


隼人は嬉しそうに、手元のクッキーを眺めた。


その傍らで、蒼馬は空いたカップ麺の器を両手で包んでいた。


「蒼馬、どうした」

「この器が、気になりまして」


葵に問われ、蒼馬は手元へ目を向けた。


「最後まで、汁が熱いままでした。それなのに、器はさほど熱くならぬのですね」

「そうですね。おかげで、最後まで美味しくいただけました」


お絹も、自分の器を持ち上げた。


「中身は熱々でしたのに、こうして手で持てるのですから。不思議な器でございますね」

「軽くもある。これならば、持ち運ぶにもよさそうだ」


蒼馬が感心したように頷く。

お絹は器を眺め、ぱっと顔を明るくした。


「明日から、汁物はこちらの器を使いましょう」


紗江は一瞬きょとんとしたあと、慌てて口を開いた。


「あ、それは……こちらの器は、一度使ったら捨てるものなんです」

「捨てる?」


お絹の手が止まった。

蒼馬も、思わず紗江を見る。


「これほど便利なものを、一度でございますか」

「はい。向こうでは、そうしているんです」


お絹は器を眺め、きっぱりと首を振った。


「もったいない。洗って使いましょう」


その言い方に、葵が小さく吹き出した。


「お絹なら、そう申すと思った」

「まだ使えるものを捨てては、罰が当たります」


お絹は皆の空いた器を、大切そうに重ねた。

紗江も笑いながら、その手伝いをした。


食後の茶が運ばれると、紗江は残りの菓子を皿へ並べた。

お蘭は小さなチョコレートを口に入れ、驚いたように唇へ指を添える。


「まあ……」

「いかがですか?」

「甘くて、少しほろ苦くて……噛む前に、溶けてしまいました」


その言葉に、お絹も一つ口へ運んだ。

しばらく味わい、お蘭と顔を見合わせる。


「これは、お茶が進みますね」

「はい。もう一つ頂いてもよろしいでしょうか」

「もちろんです」


紗江は嬉しそうに皿を寄せた。


「隼人。少しは茶も飲め」


蒼馬が湯呑みを寄せる。

隼人は素直に受け取り、一口飲んだ。


「ほんとだ。お茶にも合うね」


隼人はクッキーをもう一枚取り、今度は茶と交互に味わった。


菓子の皿が行き交い、そのたびに声が上がる。

紗江は次々に尋ねられる食べ物の名を、何度も繰り返した。


葵は茶を飲みながら、その様子を眺めていた。

店先で菓子を選んでいたときには、まだ思い浮かべるだけだった顔が、今は目の前で笑っている。


空になった皿を眺めていた紗江が、ふと顔を上げた。


「あっ……」

「どうした、紗江」

「松雲様と杏さんをお呼びするのを、忘れていました」


葵の手が、湯呑みを持ったまま止まった。


「……そうであった」


二人は顔を見合わせた。

蓮が、そっと残りの菓子を確かめる。


「カップ麺も、お二人の分はあります」


紗江の言葉に、葵は頷いた。


「すぐにお呼びしよう」


ほどなくして、廊下の向こうから羽音が聞こえた。


「皆さんで、美味しいものを食べていたんですってね」


杏が白い羽を揺らしながら、座敷へ入ってきた。

腰に手を当て、頬を膨らませている。


「私たちに内緒で」

「杏さん、ごめんなさい。皆さんにお配りするのに夢中になってしまって……」


紗江が頭を下げると、その後ろから松雲が姿を見せた。


「こらこら、杏。こうして呼んでくれたのだから、そう申すな」


そう言いながらも、松雲の目は、膳に用意されたカップ麺へ向いていた。


「して、これがその土産か」

「はい。紗江の時代の食べ物だそうです」


葵が席を勧める。

紗江は松雲の前へ器を置き、食べ方を説明した。

湯を注ぎ、蓋を閉じる。


松雲は腕を組んで待っていたが、やがて器へ顔を寄せた。


「もう、よいのではないか」

「まだです、松雲様」


蓮が答えた。

隼人が横を向き、笑いをこらえる。


ようやく蓋を開ける頃合いになると、松雲は箸を取り、立ち上る湯気を眺めた。


まずは汁を一口。

それから麺をすすり、ぴたりと動きを止める。


「……ほう」


もう一口すすった。

葵が顔を覗き込む。


「いかがですか、松雲様」


返事がない。

松雲は麺を持ち上げ、今度は具を確かめていた。


「松雲様?」

「うむ。少し待て」


葵は紗江と顔を見合わせ、笑みをこぼした。


その傍らでは、杏が両手いっぱいの大きさのチョコレートを抱えていた。

端をかじると、膨らませていた頬がゆっくりと緩む。


「甘ーい、杏はこれが好きです」


もう一口かじり、今度はにこにこと笑った。


「杏さん、そちらは苺味のチョコレートです」

「お茶もどうぞ」

「ありがとうございます」


紗江が小さな茶碗を寄せても、杏はチョコレートを手放そうとしなかった。


「杏。先ほどまで、あれほど怒っておったのに」


松雲に言われ、杏は顔を上げた。


「松雲様こそ、先ほどからそればかり召し上がっているではありませんか」

「これは、麺がのびぬうちに食さねばならぬからだ」


もっともらしく答える松雲に、皆が笑った。


やがて汁を飲み干した松雲は、器を置き、満足そうに息をついた。

そして、紗江へ顔を向ける。


「紗江」

「はい」

「これは、まだあるのかな」


蓮がとうとう声を上げて笑った。


「松雲様もお気に召したようですね」


杏もチョコレートを抱えたまま、くすくすと笑っていた。

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