第3章 第48話 帰りたい場所
翌朝――松雲の書斎。
「杏とも調べた。葵を連れて令和へ渡り、こちらへ戻ることはできる」
松雲の言葉に、紗江はほっと息をついた。
腕の中では、クロが大人しく身を預けている。
「よかった……。ありがとうございます」
松雲は静かに頷き、机に広げていた書付を重ねて伏せた。
それから、葵へ目を向ける。
「葵。気持ちは変わらぬのだな」
葵は、その眼差しを真っ直ぐに受け止めた。
「はい。両親の姿を、この目で見てまいります」
膝の上で、葵の手がわずかに握られる。
「名乗るつもりはありません。あちらで暮らすつもりもございませんから」
一度言葉を切り、静かに続けた。
「ただ……二人が息災でいるのか。それだけを確かめたいのです」
松雲は、黙って葵の言葉を受け止めた。
その決意は、すでに聞いている。
それでも、送り出す今になって、もう一度確かめずにはいられなかった。
やがて、静かに頷く。
「……分かった」
それから、紗江へ目を向けた。
「紗江殿、葵を頼む」
「はい。必ず、葵様と一緒に戻ってまいります」
紗江はクロを抱いたまま、力強く頷いた。
「葵」
呼びかけられ、葵が顔を上げる。
松雲は何かを言いかけたが、やがて静かに口元を緩めた。
「……気をつけてな」
葵はその眼差しをしっかりと受け止め、深く頷いた。
「はい。行ってまいります」
紗江がクロを胸に抱き直し、葵がその背にそっと手を添える。
松雲は、二人を見つめたまま動かなかった。
「クロノス」
次の瞬間、眩い光が書斎を満たした。
光の中へ消えていく葵を、松雲は瞬きもせずに見送った。
やがて光が消え、二人と一匹が去った書斎に静寂が戻る。
松雲は、葵が立っていた場所から目を離せなかった。
(生みの親をその目で見たら……)
長い年月を隔てても消えなかった思いを、松雲は知っている。
情の深い葵が、その二人を前にして、果たして背を向けられるだろうか。
必ず戻ると、紗江は言ってくれた。
今はただ、二人が無事に帰ってくることを願っていた。
光が薄れると、紗江と葵は令和の街に立っていた。
絶え間なく響く、聞き慣れない音。
大勢の人々が行き交い、目の前を見慣れぬ乗り物が凄まじい速さで通り過ぎていく。
「……これが、令和か」
葵は足を止め、静かに辺りを見渡した。
天を突くかのようにそびえる建物。
昼間だというのに光を放ち、次々と姿を変える文字や絵。
その下を、人々は足早に行き交っている。
葵はしばらくその様子を見つめていたが、やがて紗江へ目を向けた。
「そなたには、見慣れた景色なのだな」
「はい。私の暮らしていた街です」
紗江の答えに、葵はもう一度、目の前の街を見渡した。
「……話には聞いていたが、これほどとはな」
そのとき、一台の車が目の前を走り抜けた。
葵はその姿を目で追った。
「あれは何だ?」
「車といいます。人を乗せて走る、鉄の駕籠のようなものです」
「馬も人もおらぬのに、なぜ動く?」
「それは……説明すると長くなります」
紗江は少し困ったように笑った。
葵も、わずかに口元を緩める。
「そなたも、初めて江戸へ来た折には、このような心持ちだったのか」
「はい。分からないことばかりでした」
紗江は葵を見上げた。
「ですから、今日は私についてきてください」
そう言って、葵の手をそっと取る。
葵は一瞬その手へ目を落としたが、やがて静かに握り返した。
見知らぬ時代の中で、その温もりだけはよく知っていた。
紗江は、あらかじめ調べておいた住所を頼りに葵を案内した。
賑やかな大通りを離れ、静かな住宅街へと入っていく。
先ほどまで辺りを見回していた葵も、次第に口数が少なくなった。
一歩進むごとに、両親のもとへ近づいている。
そう思うと、周囲の景色さえ目に入らなくなっていった。
やがて紗江は、一軒の大きな屋敷の前で足を止めた。
立派な門構えの奥に、手入れの行き届いた庭が見える。
「……ここが」
葵の声が、かすかに震えた。
「はい。葵様のご両親がお住まいになっている家です」
葵は何も言わず、門の向こうを見つめた。
(……この中に、父上と母上がいる)
胸の鼓動が、痛いほどに高鳴る。
門の向こうまで、ほんの数歩だった。
今すぐ駆け寄り、呼びかけたい。
けれど、自分は姿を見るだけだと決めてきた。
葵がゆっくりと息を整えた、そのとき――玄関の扉が開いた。
犬の引き綱を手にした一人の女性が、庭先へ姿を現す。
年の頃は、四十代半ばほどだろうか。
足元の犬に何かを語りかけ、柔らかく笑っている。
その姿を見た瞬間、葵の胸が強く跳ねた。
覚えている顔ではない。
それでも、目を逸らすことができなかった。
やがて、その後ろから一人の男性が出てきた。
女性へ何かを語りかけると、その肩にそっと上着を掛ける。
女性は振り返り、嬉しそうに微笑んだ。
何げないそのやり取りを、葵は息をすることさえ忘れて見つめていた。
(……あの方たちが、私の……)
視界が、たちまち滲んでいく。
どのような声で話すのだろう。
どのように笑うのだろう。
知りたいと願いながら、思い描くことしかできなかった二人が、今、目の前にいた。
女性は犬の背を優しく撫でながら、ふと夫へ目を向けた。
「ねえ、あなた……葵、どうしているかしら」
自分の名が聞こえた瞬間、葵は息を詰めた。
男性は一度目を伏せ、それから静かに妻の肩を抱き寄せた。
「……きっと、元気でいるよ」
「そうね……」
女性は小さく頷いた。
「ちゃんと食べているかしら。病気などしていないかしら……」
「大丈夫だ。あの子は、きっと元気でいる」
自分にも言い聞かせるような、静かな声だった。
葵は唇を噛んだ。
父も母も、今なお自分を思ってくれている。
自分の知らない幾度もの朝に、こうして名を呼んでくれていたのだろうか。
「……母上……父上……」
震える声が、かすかにこぼれた。
堪えていた涙が、頬を伝って次々と流れ落ちる。
呼びかけたい。
今すぐ二人のもとへ駆け寄り、自分はここにいると伝えたい。
その衝動を抑えるように、葵は強く拳を握った。
紗江が、そっとその手に自分の手を重ねる。
「お二人とも……お元気そうですね」
「ああ……」
葵は涙を拭うこともせず、ただ両親を見つめていた。
(父上、母上……私は、生きています)
声にすれば、届いてしまいそうな近さだった。
(大切な人たちに支えられ、今日まで無事に生きてまいりました)
胸の内で一言ずつ告げながら、葵は二人の姿を目に焼きつけた。
やがて、両親は犬を連れ、門へ向かって歩き出した。
紗江は葵の手をそっと引き、道の端へ寄った。
二人が、すぐ近くを通り過ぎていく。
そのとき、母親がふと足を緩めた。
何かを確かめるように、葵の顔へ目を向ける。
葵の胸が、大きく震えた。
「……どうした?」
夫に尋ねられ、母親はわずかに首を傾げた。
「いえ……」
その視線が、もう一度だけ葵へ戻った。
葵は動けなかった。
名を呼ばれたら、すべてを忘れて返事をしてしまう気がした。
けれど母親は、静かに会釈をしただけだった。
葵も、深く頭を下げた。
顔を上げたときには、二人は並んで歩き始めていた。
その背中が道の角へ消えたあとも、葵はその場を動かなかった。
ただ、二人が去っていった先を見つめていた。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……ありがとう、紗江」
「いいえ……」
紗江は、その手を離さないまま首を振った。
葵は頬に残る涙を拭い、もう一度、両親の住む家を見つめた。
「二人が息災でいると分かった。今も、私のことを思っていてくださった」
声が詰まり、しばらく言葉が続かなかった。
「……それだけで、十分だ」
紗江は何も言わず、隣に立っていた。
握った手に、葵の指がわずかに力を込める。
「本当に、来てよかった」
葵はもう一度だけ屋敷を振り返り、胸の内でそっと呼びかけた。
(父上、母上……どうか、いつまでもお達者で)
そして、静かに前を向く。
「さあ……帰ろう」
今度は葵のほうから、紗江の手を取った。
「はい」
紗江は頷き、それから少しだけためらいながら葵を見上げた。
「あの、葵様。その前に……少し、お付き合いいただけませんか?」
「どこへだ?」
「私の家の近くに、ラーメン屋さんがあるんです」
「らあめん?」
聞き慣れない言葉に、葵が首を傾げる。
「私の大好きなお店です。せっかく令和へ来たのですから、葵様にも食べていただきたくて」
葵は、まだ涙の残る目で紗江を見た。
その顔に、ようやく小さな笑みが浮かぶ。
「……そなたの勧めならば、行ってみよう」
二人は紗江のアパートへ立ち寄った。
クロを部屋に残し、紗江の頼みで葵は刀も置いていくことになった。
葵はいつもと違う腰元へ目を落としたが、何も言わず、紗江のあとに続いた。
ラーメン屋へ入るなり、威勢のよい声が飛んできた。
「いらっしゃい!」
紗江と葵は、並んで席へ腰を下ろした。
「チャーシュー麺を二つと、餃子を一皿。それからライスを一つお願いします」
紗江が慣れた様子で注文すると、店の主人が二人の着物姿を珍しそうに見た。
「近くで時代劇の撮影でもしてるのかい?」
「いえ。今日は二人で、着物で出かけてきたんです」
紗江が笑って答える。
葵は意味が分からないまま、話を合わせるように頷いた。
ほどなくして、湯気を立てた二杯のチャーシュー麺が運ばれてきた。
丼を覆うように並んだ焼豚と、立ち上る香りに、葵が目を見張る。
「これが、らあめんか……」
「はい。熱いので、気をつけてくださいね」
葵は箸で麺を持ち上げ、慎重にひと口すすった。
続いて、紗江にならってスープを口に運ぶ。
次の瞬間、その目が大きく見開かれた。
「うまい!」
思いがけず響いた声に、主人が顔を上げる。
「このようにうまいそばは、初めて食べたぞ!」
主人は嬉しそうに笑った。
「そりゃどうも。たくさん食べてってください」
葵は真剣な顔で頷くと、再び丼へ向き直った。
紗江の口元にも、自然と笑みが浮かんだ。
「葵様、餃子もおいしいですよ」
「これも食べてよいのか?」
「もちろんです」
葵は餃子をひと口食べ、しばらく黙り込んだ。
それから、手元の餃子をまじまじと見つめる。
「……これも、うまい」
そのあとは、ほとんど言葉を交わす暇もなかった。
麺をすすり、餃子を頬張り、ときおり紗江に勧められて飯にも箸を伸ばす。
「葵様、ずいぶん気に入られたのですね」
「ああ。令和とは、まことに恐ろしい時代だ」
「え?」
紗江が箸を止めると、葵は至って真剣な顔で言った。
「このようにうまいものが、町中で食べられるとは。毎日通いたくなるではないか」
紗江は思わず吹き出した。
食事を終える頃には、葵の表情もすっかり和らいでいた。
立ち上がると、店の主人へ声をかける。
「主人、とても美味であった。礼を申す」
「そりゃよかった。また来てくださいね」
葵は懐へ手を入れ、一両小判を取り出した。
「これで足りるか?」
差し出された小判を見て、主人が目を丸くする。
「……ずいぶん本格的なものを持ってるねえ」
「ちょ、ちょっと、葵様!」
紗江は慌てて葵の手を押し下げた。
「それは、ここでは使えません!」
「これでは足りぬのか?」
「そういうことではなくて……こちらのお金で払わないと」
紗江は急いで財布から紙幣を取り出した。
「私がお誘いしたのですから、ここは私に払わせてください」
葵は小判と紙幣を見比べ、不思議そうに眉を寄せる。
「そのような紙が、金になるのか……」
「令和では、こちらがお金なんです」
「まことに、分からぬことばかりだな」
葵は小判を懐へ戻しながら、紗江の支払いを最後まで見守っていた。
店を出たところで、紗江がふと思いついたように足を止めた。
「葵様、皆さんにもラーメンをお土産に持っていきませんか?」
「あれをか? 運ぶうちに冷めてしまわぬか」
「お湯を注ぐだけで食べられるものがあるんです」
「……湯を注ぐだけで?」
葵は、今出てきた店を振り返った。
「令和には、そのようなものまであるのか」
紗江は楽しそうに頷いた。
「ほかにも、おいしいものがたくさんありますよ。少し見ていきましょう」
近くの店へ入ると、葵は棚に並ぶ色とりどりの品物へ目を向けた。
紗江は買い物かごを手に取り、カップ麺を一つ持ち上げる。
「これです。この中にお湯を注いで、少し待つと食べられるんですよ」
葵は受け取り、軽さを確かめるように手の上で動かした。
「これが、先ほどのそばになるとは……」
「お店のものとは少し違いますけれど、こちらもおいしいんです」
葵はしばらく容器を眺めていたが、やがて棚へ目を戻した。
「では、皆の分を頼む。誰か一人だけ食べられぬのでは、気の毒だからな」
「はい」
紗江がかごへ入れていくと、葵は隣の棚に目を留めた。
「紗江、こちらは何だ?」
「ポテトチップスです。お芋を薄く切って、揚げたお菓子ですよ」
「芋か。それならば、皆も食べやすかろう」
さらに紗江がチョコレートやクッキーを見せると、葵は一つずつ説明を聞き、かごへ加えていった。
「葵様、こんなにたくさん?」
「皆に、心配をかけたからな」
葵の手が、かごの縁にそっと触れた。
「私が沈んだ顔をしていたせいで、気を遣わせてしまった。帰ったら、皆でこれを食べながら、令和の話をしようと思う」
紗江は葵を見上げ、柔らかく微笑んだ。
「きっと、喜んでくださいますね」
「ああ。ただし、そなたも一緒に説明してくれ。私一人では、何をどう食べるのか分からぬ」
「はい。お任せください」
葵は頷き、もう一度かごの中を見た。
「……先ほどの、芋の菓子をもう一つ入れておこう」
「葵様も、召し上がりたいのですね」
紗江が尋ねると、葵はわずかに笑った。
「皆に勧める以上、私も味を知らねばなりまい」
紗江は笑いながら、もう一袋をかごへ入れた。
会計を済ませると、土産は大きなレジ袋いっぱいに二袋になった。
葵と紗江は一袋ずつ手に取り、店を出た。
買い物を終えた二人は、クロの待つ部屋へ戻った。
葵は土産の袋を置き、預けていた刀を腰に差した。
「葵様、令和はいかがでしたか?」
紗江が尋ねると、葵はわずかに考えた。
「驚くことばかりであった。だが……来てよかった」
そう答え、窓の外へ目を向ける。
あの街のどこかで、父と母が暮らしている。
今頃は散歩を終え、家へ戻っているだろうか。
葵はしばらく遠くを見つめていたが、やがて紗江へ向き直った。
「では、帰るとしよう。松雲様がお待ちだ」
紗江は優しく微笑んだ。
「はい。帰りましょう」
紗江は足元に置いていた袋を腕に掛け、クロを抱き上げた。
葵も土産の袋を手に取り、空いている手を紗江の背にそっと添える。
「クロノス」
眩い光が、二人と一匹を包み込んだ。
――江戸、澄月庵。
書斎に光が満ちた。
待ち続けていた松雲が、弾かれたように顔を上げる。
光が薄れたその先に、それぞれ土産の袋を持った紗江と葵が立っていた。
紗江の腕には、クロが抱かれている。
「葵……」
松雲が立ち上がる。
葵はその顔を見ると、袋を脇へ置き、深く一礼した。
「ただいま戻りました、松雲様」
松雲は、すぐには言葉を返せなかった。
葵の姿を確かめるように見つめ、それからようやく口を開く。
「……おかえり」
張り詰めていた声が、かすかに震えた。
「ご両親は……」
「お元気でした」
葵の目に、再び涙が浮かぶ。
「二人で、犬の散歩へ出かけられるところでした。父上が母上の肩に上着を掛けて……とても、仲睦まじいご様子で」
松雲の口から、深い息がこぼれた。
「……そうか。よかった」
「私のことも、今なお案じていてくださいました」
声を詰まらせた葵を、松雲は黙って見つめた。
「……名乗らなかったのか」
葵は静かに頷いた。
「何度も、呼びかけそうになりました」
その手が、わずかに握られる。
「けれど、二人が息災で、私を忘れずにいてくださった。それを、この目で確かめることができました」
松雲は目を伏せた。
「……つらい思いをさせたな」
「会えて、嬉しかったのです」
葵は涙を拭い、松雲を見つめた。
「連れていっていただけて、本当によかった」
そして、一歩近づく。
「そのうえで、帰ってまいりました。私が生きていく場所は、ここです」
その声に、迷いはなかった。
松雲の瞳が揺れる。
葵の肩へ手を伸ばし、そっと触れた。
「……戻ってこぬかもしれぬと、思っていた」
ぽつりと、言葉が落ちた。
「生みの親に会えば、そばにいたくなるのではないかと……そればかりを考えておった」
葵は、その手の震えに気づいた。
「松雲様」
「……すまぬ。送り出すと決めておきながら、私は……」
その先を言えずにいる松雲へ、葵は静かに首を振った。
「私は、松雲様のもとへ帰りたかったのです」
松雲の手が、葵の肩で止まる。
「幼い私を育て、今日まで導いてくださった。松雲様と過ごした日々も、私にとって、かけがえのないものです」
葵の目から、一筋の涙がこぼれた。
「どうか、これからも……」
言い終える前に、松雲が葵の肩を強く抱き寄せた。
「……よう帰った」
葵もまた、幼い頃に戻ったかのように、その背へ腕を回す。
「はい。ただいま戻りました」
今度は顔を伏せたまま、そう答えた。
松雲は何も言わず、葵を抱く腕に力を込めた。
葵も、その手を離さなかった。
紗江は土産の袋をそっと脇へ置き、少し離れた場所から二人を見守っていた。
頬を伝う涙を拭い、そっと微笑む。
腕の中のクロは、目を閉じたまま、紗江に身体を預けていた。
やがて葵から腕を解いた松雲が、その小さな姿へ目を向けた。
クロが、うっすらと目を開く。
その一瞬、片方の瞳だけが金色に光った。
松雲の視線が止まる。
だが、紗江も葵も、それには気づいていなかった。
松雲は静かに歩み寄り、クロの背へ手を添えた。
「クロも疲れたのであろう。しばらく、私が預かろう」
「はい。お願いします」
紗江から受け取ると、クロは松雲の腕の中に大人しく収まった。
「二人も、少し休むとよい」
その言葉に、葵と紗江は揃って頭を下げた。
二人は土産の袋を一つずつ取り上げ、ともに書斎を出ていく。
その姿を見送ってから、松雲は腕の中へ目を落とした。
クロは、再び目を閉じていた。
松雲は何も言わず、その背をゆっくりと撫でた。




