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2085年の超AIをインプラントしたまま転生した元科学者令嬢、魔法文明世界で科学無双します!  作者: 垂水川


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5.蜂蜜色の豊穣(3)

「こんにちは、今日も水汲みご苦労様ね」


この少年の名前はルーク。公爵城の庭園の管理を務める庭師アナキンの息子で今は父の手伝いをしながら庭師見習いということで公爵城に出入りをしている。

今日も庭師見習いとして一生懸命水汲みをしては庭木の手入れや花壇に咲く花の世話などをする父の補助的な仕事をしている。

内心で真里はクスリと笑う。


(なんか将来フォースとか使いそうな名前よね)


『そうするとキミは年齢的にマスターマーリーになるわけだな』


彼は汗と泥で汚れた顔を袖口で慌てて拭いながら覚えたての慣れない敬語をまるで慣れない魔法使いの呪文のように唱える。


「これはマルガレーテお嬢様、お、お声をかけていただき大変きょ、恐縮です。……じゃなかった!ございます!」


「あら立派ね。ちゃんと公爵城で働く者にふさわしい言葉遣いができているわ。でも困ったわね。あなたにそんなに紳士的なしゃべり方をされると私も肩の張った毅然とした喋り方をしなきゃいけないわ。そうだ、こうしましょう。他に怒る大人の人がいないときはもっといつも通りに喋っていいということにしない?その方が私も気楽ですもの」


少年は鳶色の目をまん丸にして恐らく人生で初めての目上で年上の女性からざっくばらんな言葉をかけられ挙動を乱す。


「よ、よろしいのですか、おおおお嬢様!?」


「ええ、もちろんよ。それにそうしてくれないと私が困ってしまうもの」


『流石元大学教授。面目躍如の老獪さだな。自分が困ってしまうと言いながらこの少年に躾けられているであろう礼儀を守らない事は罪悪であるという固定観念を一言の元にすり潰すとは』


(うっさい老獪とか言うな)


容赦の無い饒舌すぎるツッコミが脳内から飛んでくるが……そこは流石貴族の子女。表面に浮き出そうになった青筋を抑え込み、表情筋は少年に対して朗らかな笑顔を演出している。


「井戸からの水汲み?とても重そうで大変ね」


『桶の内径は約9リットル。桶自体の重さを合わせれば、1回水を組み上げる度にこの少年に470カロリーの負担がかかる。しかも1日に何十回もだ。これだけでもキミより年下の少年には過負荷な労働と言えるだろうな』


「ねえルーク、この井戸には井戸櫓も滑車もないようだけどそういうのは使わないの?」


「イド……ヤグラ?かっしゃ……?ごめんなさい、ぼ、僕……わかりません」


「そう、じゃあアナキンさんに許可をもらってルーク、あなたは残り半日、私の実験の手伝いをしてちょうだい」


「は、はいっ」


少年はぽかんとした顔を浮かべた後、元気よく返事をし、庭木の選定をしていた父親の元に一目散で駆けていき、事の成り行きを木の上で太い枝に跨りながら仕事をしている父親に報告する。

あまりの驚きにあわや落下しそうになる父親だったが、何とか踏ん張り、息子に許可を出すのであった。


「さあルーク、案内してちょうだい。公爵城内の使用人の中にいたはずよね、工芸鍛冶担当のドワーフの夫婦が」


「ああ、ダスベさんご夫婦ですね。あの二人なら作業小屋で槌を振るっているか何かを作ってるかどっちかですね」


ドワーフの職人ダスベの親父さんは真っ黒な鉄を叩くときに出る火花除けの仮面をかぶり、荒い呼吸音をしながら丹念に槌を振るっていた。


「ダスベのおやっさーん、お嬢様がおやっさんに頼みたい仕事があるんだって」


「なんじゃいルーク、お嬢様の前じゃろう。おやっさんではなく親父さんと呼ばんか」


「仕事中にいきなりお邪魔してごめんなさい。作業がひと段落したら作って欲しいものがあるの」


一度始めた鉄打ちはその色が赤い内に終えねばならない。

義理堅く私の仕事を優先しようとする親父さんに作業がひと段落するまで槌打つ手を止めてはならないと申し伝え、私はその間にレクシスのオートドラフティングの機能を使いフリーハンドで簡単な井戸櫓と滑車と重りになる石を使った紀元前からあるシーソー式の井戸「シェードフ式」の滑車井戸の設計図を描き上げる。

2300年前の大賢者、滑車の法則を発見したアルキメデス先生に大感謝である。

だが私の手元を覗いていたルークにはいきなり声をかけてきた領主の娘がすごい勢いでさらさらと書き始めたそれの設計図が何を意味しているかさっぱり解っていない。

それはしっかり黒くなった鉄の塊をやっとこで冷まし油の中に沈めた後にこちらの様子を覗きにやってきたドワーフの職人も同じようであった。


「なんじゃお嬢様、井戸に屋根を作るんだったらこんな変な形に組み上げなくても。しかも四隅の柱は地面に対して真っ直ぐに立てるのではなく、この少し斜めに傾いた角度で柱を立てろと?」


「ええそうよ。そしてこの四本の支柱を組み上げるときの子の合わせ目の細工が重要なの。ここを寸分の狂いもなく綺麗に加工できるのならば、これを組み上げたときに一本の釘を使わなくてもいいの」


「なんじゃと、そんな馬鹿な!?」


「嘘かどうかは作って組み立ててみればわかるわ。あとこの仕組みの一番肝になるこの滑車と呼ばれる物なんだけどね、これはすごく重要な部品なの。できるだけ硬くて身のつんだ木材で歪みなく綺麗なまん丸に仕上げてちょうだい。組みあがったら私に直接でもいいけど、メイド長か執事長経由で知らせてくれてもいいわ。できるだけ早めに頑張ってね。特別手当は私の財布から出すから。」


上手く加工出来たら。

この一言は彼の職人のドワーフの心に火をつけるのに十分であった。


「わしに任せておけ。こう見えてもわしはアラニア山脈にその名を轟かすドベルグ一族の中でも5本の指に入る職人じゃ。伊達や酔狂で公爵家に雇われてないということを見せてやるわい」


「まあそうだったの?じゃあ絶対に完璧な仕事をしてくれそうね。期待してるわダスベの親父さん」


『おい、さりげなくプレッシャーをかけるんじゃない』


「さあ行きましょうルーク。あなたにはさっきの設計図が何を意味するものなのか実験して教えてあげるわ」


「はい、お嬢様!」


それからの半日は楽しかった。

木の枝、石、そしてダスベの所から借りてきたロープを使ってルークに一からシーソーと滑車の原理を教えた。

何も知らない青少年に科学の根源的なイロハを解いていくのはやはりとても楽しい。

博物館開催のイベントで子供達にスマートブレインで教えられない体感的な学習を指導した時のような高揚感があった。


それから2日後、彼が汗水流して汲み上げていた井戸の四隅には、四本の支柱がそれぞれ中心の方に5度以下の角度でほんの少しだけ傾いだように見える宮大工の作る見事な組木細工のような井戸櫓が立ち、その中心には直径およそ15センチほどのレクシスが計測しても限りなく真円に近い滑車が両の手となる長いロープの片方に木桶、もう片方には重りとなる岩を結わえ今までよりはるかに簡単に水汲みのできる井戸がそこにできていた。


ルークは何度もすごいすごいと言いながら庭師の父に自慢をする。

お嬢様の作り出した何度使っても擦り減らない魔法と、これを作り上げたダスベ自身も驚いていた。


「本当に釘を1本も使わねえでできちまった。しかも柱が曲がって立ってるのにちっともぐらつきゃしねえ」


そして、二人は口をそろえて言う。


「お嬢様、これは一体何の魔法なんだい」

「お嬢様、これは一体何の魔法なんですか?」


真里は心の底から朗らかに微笑みながら返した。


「魔法じゃないわ、これは科学よ」


 

◇◇◇



その夜、バルディアン公爵夫妻の寝室には異様な空気が漂っていた。


「……あなた?あれは少々叱りすぎだったのでは?」


常に穏やさと優雅さを忘れぬ慈悲の貴婦人。

領民からそう呼ばれ親しまれるディートリヒの笑顔だが、今そこに普段の温かさはない。


「領民は喜んでいたのでしょう?ならばあそこまで叱らなくてもいいではありませんか」


「し、仕方ないだろう、あの娘は公爵家の長女。さらには王国の歴史上、殆ど例を見ない全属性持ちの子だ。王家に見初められれば次期王妃もあり得る。そんな娘が平民の子供と一緒になって井戸遊びなど品位に関わる」


「確かに、そうとも言えますけれど……」


「成人の儀を迎え、これからは嫁入りについても考えなければならないのだ。叱る理由はある」


答えるライゼンボルグの頬はヒクヒクと引きつっていた。

彼を表情筋死んでる堅物父親と評している真里が見れば、驚くか腹を抱えて笑っていただろう姿だ。


「発言にも問題があった。平民の子供が一日水汲みをするだけで大きな一抱えもある黒パン一均分などと……ああ、何と言ったか……キロ?カロリー?とわけのわからない言葉を」


「キロカロリー?だったと思いますわ。何やら必要なもの、だとか」


娘の語っていた言葉を思い出し、ディートリヒは頬に手を当てため息を吐いた。


「アナキンの息子……ルークといったかしら。ヴィクトールと同じ年頃なんですって。そんな子供に重労働をさせていたと思うと……胸が痛むわ」


「魔力を持たぬ平民が肉体労働に励むのは仕方のないことで……」


「あなた方殿方は……!種を蒔くだけ蒔いて世話をしないなど、農夫失格です」


「うぐっ……!」


鋭い指摘に、ライゼンボルグは決して反論できない。

別の人間相手ならどんな正論であろうと厳しい言葉で叩き潰しただろうが、彼は妻にだけは――それこそ妻となる前、初めて顔を合わせたときから弱かった。


「母としては、娘が幼子を思いやる優しい淑女に育ってくれて大変嬉しく思います。あの子もいずれ他家に嫁ぎ母となるのですもの。大事な素質と思いますわ」


「む、むぅ……そういう見方もあるのか」


「そうですとも。あなただって、四大公爵家の一翼を担うお立場であると同時に四人の子供の父親なのですよ?」


そしてディートリヒの方も、夫がそうであることを完璧に把握していた。

普段は夫を立てる妻として振舞い、彼がやりすぎたときには二人になったのを見計らってこうして諫めバランスを取る。

土壌の問題を整える能力は家庭内でも遺憾なく発揮されていた。


「食事の最中に弟達の前で叱ったのも良いとは思えません。先日成人を迎えたばかりの気難しい淑女だというのに。あなたはもう忘れているでしょうけど……6年前の晩餐会の時に実の娘に嫌われたと大泣きしていた子爵様がいらっしゃったでしょう」


「ああ、バルザック家の……あれは酷かった」


「あなたはあのようにみっともなく泣くということは無さそうですけども、似たような目にあっても良いのですか?私は慰めませんよ。近い内に収穫祭もありますから、その機会にでも褒めるべきところは褒めてあげてくださいな。乙女の乱心というのは何時起こるかわからないものです、それこそ竜の吐息のように」


「わ、わかった……考えておこう」


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