3.蜂蜜色の豊穣(1)
レクシスが覚醒を果たしたデビュタントから早4日。
マルガレーテの日常は以前より多少自由なものとなっていた。
魔法の才を示し立派な成人と認められたことで、一通りを修めたと見なされ、朝から晩まで授業が詰め込まれることもない。
侍女も連れず、真里は城の奥へと向かっていた。
成人した一族の者しか入室を許されない、重要資料や上級魔導書の収められた書庫。
これからは自ら書庫で魔導書を読み解き研鑽に努めよ。
相変わらず表情筋の固い父からその言葉と共に鍵を受け取った。
古びた本が並ぶ薄暗い部屋の隅の一人掛けのソファ。
すっかり定位置となったそこに大量の本を抱えて座り、
今日も相棒と共に楽しい詰め込み教育を開始する。
『……理解した。魔法とは魔法力という力を媒介にイメージを具現化させる技術なのか』
「アニメとかで言われていたのとあまり違いはないわね、解りやすくていいわ。1呪文に1イメージって固定されすぎな気はするけど」
『固定概念を覆すのは難しいものか』
「そういう物だって社会で育つとそうとしか考えられなくなるの。昔の私の生徒にもそういうタイプの子がいたわ。ああ、次はこっちの山を読んでいくからよろしくね」
『了解した』
パラパラと素早くページを捲る姿を他人が見れば、ただ読むふりをしているだけにしか見えないだろう。
魔術書を丁寧に読み、文字にされた事象を頭の中で詳細なイメージとして固め、呪文によってそれが瞬時に想起できるようになるまで訓練を積む。
1冊につき習得まで普通は1年、早くても半年はかかるもの。
それがこの世界の常識だが――真里は普通の魔法使いではない。
真里の目を通して、もう一つの優秀な脳にも知識が蓄積されていっていた。
「まあ、ぶっちゃけ言っちゃえばチートよね」
『突然何だ、チーター行為はどの媒体でも禁止行為に当たるぞ』
「いいのよ、転生者には特典があるものなんだから。私はただ、神様にもらわずに自力でそれを持ち込んだだけ」
笑って読書を再開する。
各系統に分かれた魔導書凡そ500冊。
前世には無かった新たな知識が真里にとっては楽しくてたまらなかった。
書庫に籠っていれば魔法訓練に励んでいると判断され、父親が静かなのもいい。
『全魔法書記録完了。文字列から類推される魔法イメージを視覚イメージに変換中……変換中……変換を完了』
「ご苦労様」
顔を上げた先には壁に掲示されたこの国と周辺地域の地図。
測量技術がそれ程発達していないのか、海岸線は正確さより芸術性に寄っているがそれでも前世地球と作りが似ている。
『王国の東を守る公爵家か。よくもまあ三千年の間安泰だったものだな』
「まあこの王国、上に山脈で蓋された半島だからね。侵略しようと思ったら海から来るしかないもの」
『なるほど、海なら遠距離攻撃の術式でワンサイドゲームの演出ができるというわけか』
「だから魔法文明が発達したし、魔法を扱う貴族家は発展した」
あまりに魔法使い――貴族に都合のいい国だ。
かつてマルガレーテの歴史教師が無駄に装飾しつつ語っていたなと思い出している間、脳内の相棒は別の場所に目をつけたらしい。
『国の中央が王都、その四方を守る四つの城塞都市がそれぞれ公爵家。海岸を守るのが八つの伯爵家か。なかなか数学的にもシステマティックな構成だな』
「え、どういうこと?」
『例えば公爵家が王家に反乱しようとする。公爵家は隣り合う二領の公爵家と同盟を組もうとして王家に反逆しようとするが、残る一つの公爵家と王直属軍は四大公爵家の一家と手を組めば圧倒できる。だから公爵家は数学的に他の公爵家と友好関係を続けねばならないし王家には忠誠を誓わなければいけない。他の八伯家もそうだ。データを見る限り、数学的に上手く軍事バランスを利用して内乱が起きないようにしている。この制度を作った初代国王の発想力は高く評価できる』
「へえ、あんたが随分な褒めっぷりね」
『私は人間の才能を褒めることに耳朶を踏むほど狭量ではない。しかし魔法書の他にも色々と読んだが、この国を含め、このエウロペニア地方という地域の文化技術力の発展はどうにも歪な印象を受ける。一部が発展していて、その他全ては魔法頼り。古代ローマと中世ヨーロッパ文明を無理に寄せ鍋にしたようだ、と例えても良いだろう』
今日のレクシスは随分とおしゃべりだ。
文化的な歪みは真里にとっても気になっていた事項で、彼の発言に聞き入っていると、くぅ……と小さく音が鳴った。
書庫には真里とレクシスのみ。
音の発生源になりそうなのは自分たちしかいない。
『おやマリ、キミの腹からとても可愛らしい空腹を知らせる人間固有のサイレンが鳴っているぞ』
「うっさいわね。15歳の乙女の腹の虫を指摘するのはマナー違反」
『前世からの総換算では年齢は百を超える。一般的にそれを乙女と呼ぶか否かは……』
「だからうっさいって」
再度のツッコミの声に、くぅ……とレクシス曰くのサイレンが被る。
「はぁ……お腹空いたぁ。この3日熱中しちゃってロクに食べてなかったわね。厨房で頼めば何か作ってもらえるかしら」




