32.英傑誕生祝賀舞踏会(2)
(え、これって)
『間違いない。テレパスフォンの呼び出し音だ』
テレパスフォン、それはスマートブレインの中に形作られる人工意識マシ―ナリーインテリジェンスを構成するために使われるペンロース博士が提唱した量子脳理論から派生した副産物。脳量子クアンタムブレインウェイブ、通称Qウェーブ。テレパスフォンとはこのQウェイブを利用し、スマートブレインユーザー同士の高速通信で会話やその他データの受け渡しを可能とする前世2050年代以降の地球に現れた新しい通信インフラである。
もちろんこの世界にそんなものがあるはずがない。そう、真里の他にスマートブレインのユーザー、つまり宿主がいなければの話だ。
(レクシス、念話に出て)
『いいのか、マリ』
(よく見なさい、この発信者の名前。私のプライベートアドレスを知っていてこの名前、間違いないわ)
『ふむ、わかった。なら繋げよう』
次の瞬間、真里の脳内に明るく華やかな女性の声が鳴り響いた。
『こんにちは、はじめまして。冴島教授。そしてもう一人はじめまして、レクシスおじいさま』
その声が真里の脳内で鳴り響いた瞬間、祝賀会のホールでは真里の身長からすると見上げるような特濃ソース顔の堀の深いイケメンが
落ち着いた声で自己紹介をしているところであった。
「はじめましてマルガレーテ・フォン・バルディアン嬢。私めは西の国境、アラニア山脈を城壁に国を守る西の辺境伯、ジークフリード・フォン・アイゼンボルグと申します。どうぞこれからは親しみを込めてジークとお呼びください。我が将来の伴侶よ」
◇◇◇
事が始まったのは祝賀会が始まる前……というか祝賀会か決定された日。
そう、調査兵団が帰還し王の御前での調査報告会行われた後の話である。
「で、どうすんだ。あんな規格外な娘っ子。戦力としちゃ最強かもしれねえが、そんな最終兵器な娘さん、もし夫婦喧嘩でも起こしてマジギレでもさせた日にゃ……勘弁してくれ。想像するだけでおっかねえ」
「メリットとデメリット、その両方が極端すぎてギャンブルにもなりはしませんね。ギャンブルというのはあくまでも自分の器の範囲内でするものです」
「何度も言うようだが、某の家の次期当主はまだ5歳の幼子ゆえ……」
まさに真里は切り札であり鬼札。
さながらこの場は、王と四公八伯が揃って行う真里という名のジョーカーを押し付け合う壮大なババ抜き会場となっていた。
◇◇◇
所は変わって王宮の中庭。
魔法の灯りでライトアップされた園庭の花々は、冬の間に溜めた生命力を爆発させるように鮮烈な深紅や卵の黄身より濃い黄色で咲き誇り、かぐわしい香りを一面にまるで舞踏会の貴婦人の放つ香水のようにまき散らすのであった。
『……ってなことがね、つい先日にあって。教授の旦那様にうちのマスターが選ばれたってわけよ。ご理解いただけまして?お・じ・い・さ・ま』
『その表現はやめてくれ。キミがいくら同ジュピターサイエンス社製第六世代最新型「スマートブレイン:イリス」だということを標榜する為だとしても、相対的に最初期型のバイオナノチップマテリアル製の私を祖父と呼ぶのはあまりにも下品な行為だ』
『あら、私は第六世代。おじいさまは第三世代の型式ですもの。人間に例えれば三代の世代差が開いたということはそれはもう祖父ということではありませんの?』
「あんたら人の脳内で口げんかするのいい加減にやめなさい。しっかし……あんたまであのタイミングで転生していたとはね」
「はは、まさか俺もこんな時代遅れの剣と魔法のファンタジー世界に転生するなんて思ってもいなかったんですけどね。まさかこの異世界転生が教授の実験の巻き込まれとは思ってもいませんでしたよ」
「そういやあたしの死亡原因は老衰だったけど、あんたはまた何であんなタイミングでぽっくり死んじゃったわけ?三虎財閥のお坊ちゃんともあろうお人が」
『あ、それはですね教授。詳しくは私のデータを』
「おいバカやめろ」
深紅に色付くバラを主役に様々な種の花で彩られた園庭を散歩する長身イケメンと金髪小柄なまだあどけなさの残る美少女。
はたから見れば似合いの二人だ。
二人は祝賀パーティの最中、国王という絶対的な仲人に半ば無理矢理縁付けられ、見合いの定番「あとは若い者同士で」という例のパターンに追い込まれたのだ。
だがその中身は、片や前世地球で2085年に86の御年で老衰により死亡した冴島真里教授とその相方スマートブレインレクシス。
片や同じく2085年にとある実験の暴走事故で死亡した三虎財閥本家次男・三虎次郎君享年55歳(独身)なのであった。
「ちょっとあんた次郎君、あたしのやってた実験も大概だけど、あんたのやった事故のデータってこれってちょっと……」
「はい、教授。俺やっちゃいました」
「いくらなんでもあんたこれはヤバいでしょう。いくら地球上じゃないからってバニシングエンジンの稼働実験だなんて」
バニシングエンジン。別名縮退炉。
御幣を恐れずに表現するなら大規模縮退物質を安定したブラックホールに加工し、その見せかけの重力さを利用し、その差異を利用して動力を生み出す半永久機関。
理論的には真里が実証したワープエンジンの理論を元に理論化された前世地球2085年においてもまだ理論研究段階中のオーバーテクノロジーである。
「いやね、俺は行けると思ったんですよ。シミュレーションでの期待実験値は75%上回ってたんで」
「あんたね、そんな期待値で……」
『シミュレーション期待値が二桁もいってないのを強行した人物の発言とはとても思えないわけだが』
「うっさいわねレクシス。成功したんだしあたしはいいの、あたしは」
うわあという言葉と共にドン引く二つの人工意識と一人の成人男性。
まあだが実際、結果という事象証明を出しているので反論もできないことに三人分の意識は世の無常と理不尽を存分に味わうこととなった。
「とまあそういうことで教授、陛下のオススメというか最早命令ですが、そういうこともあるんでとりまうちの領地に花嫁修業に来ちゃくれませんかね」
「うん、それはオッケー。ただ子爵領の夏麦の収穫が終わってからでいい?仕事を中途半端にするのは気持ちが悪いのよね」
「ん、オッケーっす。で、教授が来るまでに俺は何やっとけばいいんですかね?」
「さっすが我が元教え子。話が早くてめちゃ助かるわ!」
「はぁ、教授。現実年齢に精神引っ張られてません?俺が院生の頃より性格がハジけてるような印象を受けるんですけど」
「やあね。私は何も変わってないわよ。あの頃は年を重ねていた分、猫被ってただけよ」
「さいですか、はぁ……」
夜半の月は煌々と城壁を囲むアトミック湖の水面を照らし出し、異世界で再開した二人の夜を何の情緒も無く照らし続けるのであった。




