31.英傑誕生祝賀舞踏会(1)
ルーマ王国――総面積200万キロ平米を超えるタリアンド半島。
中心にある王都のさらに中心にある巨大な湖。
直径4キロにも及ぶ完全なる円形の湖の名は「アトミック湖」。
その昔、伝説にあった恐怖の白き魔王。
その背丈は見上げるほどに巨大で、額からは金色に輝く二本の角を生やし、顎下には赤い髭。
万里を見通すと言われるその目は金色に妖しく輝き、どのような魔法も跳ね返すと言われたその青い胸当ては海の青よりなお色濃く。
赤がね色の胴巻きはどのようなやりも跳ね返し、朱色に光り輝く剣を背負い、棘付きの巨大な鎖鉄球で城をも粉砕したと謳われた。
他国の選りすぐった総勢十余名にも及ぶ黒騎士の一団をほんの五分で屠ってみせたと謳われる。
初代勇者はその敵を居城ごと、はるか天空からの大いなる大魔法一撃で吹き飛ばした。
そしてその跡地が湖となったと歴史には記されている。
アラニア山脈から流れる二本の河川が北公領で1本に合流。
それが湖の水源となっている。
湖から東公領、西公領、南公領に1本ずつ、そこからの主流が流れている。
この川の流れが国の大動脈となっており、川の流れは国の大動脈と言われるぐらいで、その国の交通の根幹を作るものである。
その湖のさらに中心に立つは王城。
その王城の中、大災厄アヴァドンを撃滅した祝賀舞踏会が今まさに開かれていた。
揃う多家の人間と四公八伯の貴族、そしてその家人たち。
華やかなドレスと貴族服がシャンデリアの光を受けながら、優雅な宮廷楽団の奏でるハーモニーと一緒にくるくるとステップを踏む。
だが、この祝賀パーティーの主役であるはずの公爵令嬢マルガレーテは、そんな華やかなドレスや舞踏には目もくれず、ご馳走にばかり夢中になっていた。
何せ、前世では見たこともない料理が並んでいたのである。
シルクのテーブルクロスが引かれたテーブルには、ギリシア料理のドルマにも似た何かの葉でくるまれた肉料理、薄いクラッカー状の何かに乗った前世でいうカナッペのような料理、そして見たこともないような色合いの卵料理。
どれもこれもマリの食欲的な興味や、美的なセンスを刺激する皿ばかりであった。
「こんばんは。この何ともかぐわしい香りの創造主はあなたかしら?」
「左様にございます、マルガレーテ嬢。王家直属の司厨長グリルと申します」
「今宵の晩餐はまた色鮮やかね。目移りしてしまうくらいよ」
「恐れ入ります。今宵のパーティメニューは王より言付かりましてアヒルのフルコースとなっております」
「料理の説明をしていただいても?」
「もちろんです。それでは卵の前菜から、オヴァル・ロッソ。赤き塩漬け卵のハーブソースになっております」
「まあ私塩漬け卵なんて初めて聞きますわ」
「この中央大陸の東の果てにある大国には、アヒルの卵を塩漬けにして食べるという国がございましてな。話に聞き私も作ってみたのですが、これがどうも塩味が強すぎていけない。塩味をまろやかにするためにビーツジュースに塩を入れたものに卵を浸して見た所、これが大正解でして。半透明に固まった卵に薄っすらと紅色が付いてございます。薄桃色に固まったそれを切り分け、タラゴンを主軸にしたハーブソースの上に添えさせていただきました」
「まあなんて素敵な色合い。食べるのが惜しくなってしまいそう」
「二皿目がこちら、名付けて油肝の盾。我が国をあの大災悪から守っていただいた貴女様の功を盾ととらえ、小麦の皮で作った小さな盾の上によくよく肥えたあひるの油の乗ったレバーを赤ワインでじっくりローストしたものを乗せ、ベリーのソースで仕上げさせていただきました」
「うふふ、こんな美味しそうな盾ならあの毒イナゴ共でなくても一口で食べてしまいそうですわね」
「恐れ入ります。そして本日のオードブルは、そのイナゴも食べてしまおうと、アヒル肉のティタノバージル巻きイナゴ豆包みにございます」
「まあ、イナゴ豆。聞いたことのない食材ですわ」
「キャロブとも申しましてな。乾燥させて鞘ごと食べるのでございますが、その形がイナゴに似ているのでございます。
甘くコクのある味わいでございまして、今宵はそれをペーストにし、まずアヒルの胸肉でくるみ、さらにそれをティタノバージルのピクルスでくるんでおります」
「肉と葉で二重に巻いてらっしゃるのね」
「それを白ワインとバターをブールモンテしたソースで味を含ませるように仕上げました」
「なんて素敵……!あまりに美味しそうで私のお腹が反乱を起こしそうですわ」
「それは大変ですな。存分にご賞味いただき反乱をお静めくださいませ」
真里がグリルと料理談議に花を咲かせている間に、使用人たちによって酒杯が配られ、誰からともなく乾杯の声が上がりだした。
「ルーマ王国の平和に乾杯!」
「初代勇者の再来に祝福を!」
「偉大なる王家の血脈に栄光あれ!」
「さあ、皆さん、大英雄の再来にもう一度、酒杯を捧げようではありませんか!」
「おいおい、“大英雄”はねーだろ。お嬢ちゃんは“令嬢様”なんだぜ。“英雄”って言葉は男を意味する言葉じゃねーか。ここはせめて“大英傑”って言うべきだろう?まあ、“大英傑”って言っても、お嬢ちゃんのケツはまだ発展途上の小ぶりだがな、ガッハッハッハ!」
北公渾身のギャグであった。
だが、パーティー会場は恐ろしいほど静まり返った。
マリは二重の意味で驚愕していた。
一つは、ああこの世界にも親父ギャグはあったのだということ。
そして二つ目は四公爵家の一角ともいえる北公が、ここまで下品なギャグをオフィシャルな場で口にするとは思っていなかった、という驚愕である。
北公の粗野な言葉遣いには諸侯会議の時から驚かされていたが、まさかここまで下品な下ネタにも近いような、前世だったら確実にセクハラと言われる類のギャグを口にするとは誰も思っていなかったのであろう。
ドン引きである。皆一様にドン引きである。
「まあ、ふふ、北公閣下ったらなんて愉快なお方。当家の父は真面目さの塊のような方だというのに。全く、厳格という言葉が貴族服を着たら、私きっと見分けがつかないと思いますわ」
「ガハハハ!おい東のお前、娘にこんなに言われておるぞ」
「ですが北公閣下、私は父のそんなところが一番の美徳だと思っております。それに、私の背中の下についてる二つの双球は、仰る通りまだまだ発展途上ではございますが、領民の皆と農業の苦労を分かち合っております。ゆえ、硬さには自信がございましてよ。そう、小麦の倉庫を守る歩きミミズクの尾羽のように、父が時々口にする黒く硬いもののように」
「歩きミミズクというと、あの小麦の蔵を守る夜の番兵のことでございますかな、令嬢殿。しかしその番兵の尾羽がそれほど硬いとは知りませんでした」
「博識な西公閣下が知らぬとは意外ですが、歩きミミズクの尾羽はそれこそ硬く鋭く、一級のドワーフの職人に研がせれば髭剃りとなり、戦の時は何よりも的を貫く矢羽となると一部軍事関係者には有名な話でございます」
「まあ、南公閣下。そうだったんですのね。私も知りませんでしたわ。ためになるお話のご教授、ありがとうございます。ふふふっ」
「下品極まりないわしの乳兄弟である北公の戯れ事、たちまちに知的な話にすり替えてしまった。まこと、我が麗しの姪御殿は才媛じゃな。
……ところでのう、ライゼン」
「はっ、陛下」
「お主の娘、我が愛しの姪御殿の婚約者は決まっておるのか?昨年デビュタントを迎え、立派なレディとなっているはずじゃが」
「いえ、残念ながら未だ決まっておりませぬ」
「そうか。その才、その実力、そして何よりもその強さ。ぜひ我が王家に嫁入りしてもらいたいものじゃ。しかし……第一王子はすでに二人の婚約者がいる身。第二王子にお主のような力強き才媛を渡しては、王家の不和を招く原因になってしまうかもしれぬ。難しいことよのう」
「ああ、うちのところにもぜひ嫁に来てほしいもんだがよ。うちのバカな息子たちは、あんたの成し遂げた“七色に輝くガラスの大地”って話にすっかりビビっちまってよ。ほんとにへにゃちんなガキ共だぜ」
「北公殿、ご令嬢の前でその発言いかがかと、もう少し言葉を繕いなさいませ。しかし、我が愚息共も北公殿のところと同じく、すっかりあなた様の才媛ぶりに気を呑まれている次第でございます。もう後継ぎとして少し覇気のある息子でいてもらいたいものです」
「我が家にも男児がいることはいるのでございますが、何せ去年5つになったばかり。さすがに勇者の再来と言われる才媛の婿としては幼すぎましてな」
「ふむぅ、困ったものじゃのう。どれ、八伯の皆よ!この美しき才媛を己の妻にする度胸のある者は挙手せよ!」
ガヤガヤと唇の動く八伯諸侯。
その中から一人、右手を高々と上げる長身痩躯の若者がいた。
髪は白銀、シャンデリアの魔法光を照り返し、顔はホリ深く白人しか見たことのないこの世界でもまるで一級の彫刻家が彫り上げたような端正な面立ち。
年の頃は20~25歳くらいだろうか、他の諸侯と比べても文字通り頭一つ飛びぬけている。
「おお、アイゼンボルグ卿。アラニア山脈の西方を守りし、鉄の城の名を冠する辺境伯たるそなたが一番槍か。良きかな、良きかな」
王の朗らかな言葉の後に、長身痩躯の男の見かけの年齢にそぐわない低く落ち着いた声が響いた。
「恐れ入ります陛下。昨年引退いたしました我が父の次代としてアイゼンボルグ家の名跡を受け着いたばかりの若輩者たるこの身ではございますが、マルガレーテ嬢の御年を考えますれば他の伯爵家当主の中では私めが一番年齢が近く、そして私に今のところ伴侶たる相手のいない独身の身にございますれば……」
「うむうむ、確か卿の先代は昨年肺病で体を病み、そちに次代伯爵家を任せたのであったな。ふむ、わしの目から見てもなかなかの器量良しじゃ。のう、どう思うライゼンよ」
「はっ、陛下。かの地、西の守りを治めるジークフリート伯ならばうちのお転婆娘も難なく御してくれるかと存じます」
王と父が自分と関係の無い所で勝手に話を付けている最中に、その縁談の当人であるご令嬢は目を皿のようにして銀髪の青年の顔を観察していた。
(うわ、背たっか!堀ふっか!ダビデも裸足で逃げ出しそうな特濃……いや超激濃ソース顔。でも結構イケメンよね)
『声紋分析、照合率98%。間違いない、こいつこそ三虎六一式改の正体を言い当てた人間だ』
(あら、レクシス。起きてたの?あんたさっきから大人しいから寝てるのかと思ったわ)
『失礼な。あの時のセリフの声紋データを基に参考人の割り出しともう一つ、何者かがキミにスキャニングをかけていたのでね。それからの防衛対策にほぼすべてのリソースを割り振っていたのだが、参考人が確定した分今やっと会話できる容量までリソースの回復ができたのさ』
(あら、それはまたご苦労様)
その時、真里の脳内に昔の電話の呼び出しベルのような音が鳴り響く。
それは、この世界では決して聞こえるはずのない音であった。




