20.公女様の農業革命(5)
バルザック子爵が見慣れたホストリビングに戻ると、そこには見慣れないテーブルが置かれていた。
見かけはよくある木製のテーブルだが、天板の中央に丸く区切られた箇所があり、そこに小さな取っ手が付いている。
さらには天板の下から床にまで垂れた柔らかそうな毛布。
その前に立つ公爵家のお嬢様と何度も視線を行き来させてしまう。
「おかえりなさいませ、バルザック子爵様」
「変わった形のテーブルですな。これは一体……?」
「勝手に置いてしまってごめんなさい。でもこの時期にはお役に立つと思いますので。さあ、座ってみてくださいな」
「は、はい。それでは失礼いたします」
備え付けられた椅子に腰かけるとテーブルにかけられた毛布が足に触れる。
中に何か詰められているのか、随分とやわらかな感触だ。
「ふふ、子爵様。こうして中に足を入れてみてくださいませ。」
真里がやってみせるのを真似て、バルザック子爵は毛布を膝にかけ足をテーブルの下へと入れる。
その瞬間――彼の足は春の陽気に包まれた。
何事かと不思議そうな息子と孫にも慌てて座るように促す。
「わっ、あったかいです……!」
孫が嬉しそうに声をあげる。
成人して数年、すっかり子供の頃の面影は無くなったと思っていたのに、それは子爵の脳裏におじいしゃまと甘えてきていた幼い日々を思い起こさせるものだった。
「さっきまで寒い中で訓練をしていたのでしょう。こたつでしっかり温まってください」
「こたつというのですね!」
「こたつ……何とも素晴らしい道具ですな。どのような仕組みかお聞きしても?」
「ええもちろん、原理は簡単です」
真里がテーブル中央の取っ手に手をかけ、そこを引き上げた。
中には金属製の籠とその中で赤々と光を放つ焼けた石。
「暖炉で焼いた石を入れて保温の魔法をかけています」
「なるほど……しかし、いくら金網があるとはいえ、焼けた石を入れて安全性の方は?」
「ふふ、大丈夫です。そこもしっかり考えて作っておりますわ」
まもなく子爵の座を譲る予定の息子まで興味津々といった様子で質問をしている。
それに淀みなく答える少女の声は、短い春と夏にだけこの地にやってくる小鳥のように軽やかだ。
曰く、この道具は魔道こたつ。
掛けられた柔らかな布の正体はアヒルの羽毛を使った羽毛布団。
天板の中央のくぼみに取り付けられた籠に暖炉で焼いた石を入れ、天板と保温の魔法、それからテーブルを覆う羽毛布団で温かさを閉じ込める道具なのだという。
内側からは石綿と布で火傷対策をされており、熱くなりすぎることなく、40~45度の心地のいい温度に保たれる。
「なるほど、よく考えられた道具ですな」
「ちゃぶ台型や掘りごたつも考えたのですけど、この脚の長いテーブル型がみなさん一番使いやすいかと思いまして」
「ちゃぶ……?」
「いいえ、なんでもありません。それより、せっかくですので内側からも温まってください」
合図を送ると、メイドが盆を持って入ってくる。
湯気の立つカップが四つ。
外で呪文を唱え続け、たっぷりと冷気を吸い込んだ体には嬉しいもてなしだ。
「おや、この白い飲み物、ミルクかと思いましたが……違うようですな?」
「随分と甘い香りがしますね」
「味もとても甘くて美味しいです。初めて飲むはずなのに懐かしいような……お嬢様、これは?」
「大麦で作った甘酒です。こたつで飲むのによく合うかと」
その言葉通り、穏やかな甘みが体に沁み込むようで、飲み込んだ瞬間にバルザック子爵はほぅ……と吐息を漏らしていた。
暖炉とワインでは味わえない、じわりじわり体の芯から温められていく感覚が心地いい。
「しかしながらお嬢様、これには一つだけ難点がありますな……」
「あら?どうしました、子爵様?」
真里が不思議そうに小首をかしげる。
「この老体がここから動くことを拒否してしまいそうでして……こたつとは魔性です」
挨拶をして真里が席を立っても、バルザック親子三代はこたつの温かさに浸り続けていた。
◇◇◇
『それにしてもマリ、キミにも優しい人間らしい思いやりの心というものが備わっていたんだな』
「失礼ね。公爵家の長女として、寄り子である老子爵とその一族が寒空の下魔法で労働してきたことへの心からの労いよ」
『……で、実際、あの魔道こたつは何のために用意したんだ?』
相棒は一切信じることなく問うてくる。
労いの気持ちだって無くはないというのに失礼なスマートブレインだ。
「いやね、バルザック子爵様自ら仰っていたじゃない」
『なるほど、自発的な封印か。流石はKOTATSU。アメリカ北部やカナダでも数千万人の被害者を出した人間をダメにする悪魔の発明』
「この寒い中にこたつを与えられてごらんなさい。最低限の排泄以外、それすらあの中で行うような強者もいたくらいよ前世では」
『そこまでしたということは、キミ自身は誰にも邪魔されず根を詰めて何らかの作業をしたいのだと推論できるわけだが?』
失礼ではあるが、やはり彼が一番真里の思考を理解している。
「11月の風猪イベントの後くらいにさ、夜中にちょこっとお空飛び回ってセレニア連山の地形や地質調査やってた時があったじゃない。あの時に偶然見つけた王国初期の頃の…多分1900年位前の奴かな。遺坑を見付けたでしょ?あの中でこの世界では使われてない金属元素の鉱床がたっぷりあったのよね」
『ああ、あのたっぷりの酸化アルミの鉱床だな』
レクシスの記憶機能で保管された視覚データが脳裏に蘇った。
まさに宝の山だ。はしたなく舌なめずりしてしまいそうになる。
「あれを使わないなんて勿体ないと思わない?」
『仕方あるまい。この世界にはまだ実用化されている電気炉などないわけなのだから』
「まあそうよね。まあでもせっかくだから、分子抽出魔法モレキュールクリエイトをさらに改変。元素抽出魔法アルケミックアブソープションを使って……」
『マリ、採掘総量が10トンを超えたあたりで行き掛けの駄賃というには多すぎると思うのだが』
「まあまあ、あの時も空飛んでて思ったでしょう、クッソ寒いなあって。だからあのときのあれを上手く使ってお部屋でのんびり強化外骨格でも作ろうかなあって」
『貴族のお嬢様が部屋の中で没頭する作業にしては少々物騒な気がするがな』
それからの真里は年末に年越しそばを作ろうとするまで、本当に必要最低限以外外出どころか部屋から出ることもしなかった。
ちなみにアヒルの油をたっぷり吸った焼ネギと歯ごたえを残しつつも柔らかく煮られたアヒル肉、ポルチーニの入った年越しそばは子爵家の皆にも受け入れられ、是非これを領の名物にと強請られたほどだがそのおいしさの中にも真里は画竜点睛を欠いた怨嗟の声を吐露するのであった。
「ああ、七味欲しい……」




