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2085年の超AIをインプラントしたまま転生した元科学者令嬢、魔法文明世界で科学無双します!  作者: 垂水川


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17.公女様の農業革命(2)

数日ぶりに白っぽい粒状の肥料を持って畑に現れたご令嬢は、次は山の土が欲しいと要望を出してきた。

木の葉が落ちて積み重なった辺りの黒っぽい土――つまりは腐葉土だ。

山のことをよく知る領民の子供たちが手分けして集めてくれたそれも畑へと混ぜ込まれていく。


「よし、ここまできたらpHの微調整ね!」


そこまで済むと、次に真里はあちこちの畑の土に指を突っ込んで歩き回った。

ご令嬢の行動に慣れ始めた農夫たちも流石に首を傾げるが、何をしているのかと聞く前に白い粉薬の入った袋を混ぜ込むようにと渡される。

かと思ったら、別の畑では渡されない。

また別の畑では他より多い量の粉を急いで混ぜるよう指示が出される。


そうして真里がバルザック領に到着してから約10日間。


『……測定完了。ここも理想的な栄養状態とpHとなっている』


(はぁはぁ、無事できた……デスマーチすぎたわ……異世界で農業スローライフなんて幻想かもしれない……)


達成感に農道のど真ん中で飛び跳ねそうになるのをぐっと堪え、ギリギリの令嬢らしさを保って農夫たちに声をかける。


「これで土作りは完了よ、みんなお疲れ様」


「じゃあ早速麦蒔きを……」


「だめ、このまま一か月休ませてからじゃないとせっかくの作業が無駄になってしまうわ」


「でもお嬢さん、もう麦蒔き時期に入ってるんだ。この辺りは冬が早いから急がないと」


「大丈夫だから信じて。もし私のせいで収穫量が下がった場合は責任を持って補填を行うわ」


大人の農夫数人を前にしても彼女は一切ひるまない。

それでも既に9月の末日。

寒冷な山間の村では例年ならば麦蒔きの真っ最中だ、農夫たちが焦るのも無理はない。


「みんな、マルガレーテ様の言葉通りに動いておくれ」


さてどう説明すべきかと考えていたところにバルザック子爵の鶴の一声。

それで渋々ながらも納得させてしまうのだから、この人の良さそうな老子爵はなかなか侮れない。


「この一ヵ月も無為に過ごせというわけではないから安心して。麦蒔き以降の作業に向けて作らなければいけないものがたくさんあるの」


彼に内心で感謝しつつ、落ち着いてくれた農夫たちに指示を出していく。

水車、風車、水路。

用意しなければならない設備はどれもマンパワーを必要とするものだ。

積極的に手伝ってもらわなければ一ヵ月で用意しきるのは難しくなる。


「麦以外を栽培してる畑の人と、鳥の育成に詳しい人。あなたたちには特別に頼みたいことがあるの、手伝ってもらえるかしら」


「あ、うちは代々鶏を育ててますが……」


「じゃああなた。育てて欲しい鳥について指示を出すからあとで話をさせて」


「は、はい!」


「それと……バルザック子爵様。一ヵ月の間、三面ほど畑を貸してください。そこは私が全て担当して……育てやすい麦を作ります」


「はて、育てやすい麦とは?爺にはよくわかりませぬが……お嬢様ならばお任せして良いでしょう」


「ありがとうございます!」


翌日から領地総出で新たな作業が始まった。

夜のうちにレクシスのオートドラフティング機能で水車や風車、灌漑水路の図面を書き上げ、農夫たちにはそれに従って作業をするよう依頼する。


その間、真里がすべきことの一つは小麦の品種改良。

もらってきた種もみを前に、真里は今後の作業を思案する。


「ここで育てているものも公爵領と同じ品種の麦でしょう?」


『ああ、収穫時160センチ程の高さになる古来の品種だ。気候の安定した公爵領ならばそれでも良いだろうが』


「ここ山間部だから風が強いのよね。せめて腰くらいの高さじゃなきゃ影響が出ちゃう」


『実際、領内でいくつか折れた後のある植物を発見した。麦でも同じことが起こるだろうな』


両手の平で種もみの小山を包み込み、ゆっくりと魔力を流していく。


『改変魔法セット完了、いつでもいける』


「遺伝子操作魔法……ジーンコーディネート」


魔力でアミノ酸分解酵素を制御し、遺伝子のアミノ酸塩基を断ち切り、任意のアミノ酸へと作り替える魔法。

DNAを構成する四塩基、アデニン、チミン、シトシン、グアニン。

どこをどう断ち切り、どのように変えていくか。

重要なのはイメージを明確にすることだ。


「前世で火星移民用の植物を作ったときに集めたデータが役にたつわね。レクシスが脳内に3Dデータを表示してくれる通りに直せばいいんだもの」


頭の中に浮かぶ二重螺旋の一部を切り取り、また線を引き直しながら遺伝子を変化させていく。

データ通りにやればいいだけと言いつつ繊細な魔力操作が要求される。

スマートブレインの補助があっても、全ての種もみを組み替えるのはなかなかの重労働だった。

終わった途端、凝った背筋を伸ばしながらベッドにダイブし夢の中へ――入ったと思った次の瞬間には、レクシスの目覚まし機能に叩き起こされていた。


「全然寝た気がしないわ……」


何とか気合を入れ直し、種もみを無限収納に納めると、子爵屋敷からすぐの場所に用意された真里用の畑へと向かう。

100メートル×100メートル、つまり1ヘクタール程の畑が三つ。

屋敷の魔法の灯りが届き、夜まで人目がある場所という辺りにバルザック子爵の気遣いが伺える。

そして、真里のこれからの計画にとってもベストな場所だ。


早朝の涼しい空気を吸い込んで気合を入れ、種もみを筋蒔きにしていく。

印を付けなくとも乱れなく真っ直ぐにできるのはスマートブレインの行動補助の恩恵だ。

途中、子爵家のメイドに軽食を運んでもらいながら、蒔き終えた頃にはもう夕暮れになっていた。

周囲には一日の仕事を終え家に向かう領民たち。

真里と目があうと軽く会釈くらいはしてくれるが、その態度にはやはり壁を感じる。


「明日はみんなどんな顔してくれるかしらね。ふふふ、楽しみ~」


『令嬢らしからぬ表情になっているぞ』


「そこは有能な相棒がすぐに補助してくれるでしょ。頼りにしてるわよ、レクシス」


『……了解した』



◇◇◇



翌日はレクシスの天気予測通りの曇天。

気分の重くなりそうな暗い色の空の下で、真里の表情は妙に晴れやかだった。


自分に貸し出された畑に向け片手を突き出す。


(無改変の魔法を使うのって久しぶりかも)


『記録された魔導書データ呼び出し、セット完了』


「おっけー……サンライト!」


手の平から放たれた白色と赤色の光が上昇し、真里の頭上十メートルほどで螺旋状に混ざりあいながら大きな円を描く。

その円の中心から差し込むのは温かな太陽の光。

三万平方メートルの畑を煌々と照らすその光景に、近くを歩いていた領民たちは一斉に足を止めた。


(ここでもう一つの魔法を……レクシス、準備はいい?)


『治癒魔法を改変。植物育成促進魔法のイメージセット』


「プラントナーサリー!」


ポンポンとポップコーンが弾けるような音が畑のあちこちで鳴り響く。

聞き慣れないその音に驚いたのか、屋敷からバルザック子爵や使用人たちも顔を出した。


「もう芽が顔を出して……まだ伸びてる?」


「あのくらいの状態になるまで一月はかかるはずなんじゃ」


破裂音が鳴り止んで数分、真里は葉の伸び具合を確認する。

鮮やかな緑色の葉が四枚。ちょうど頃合いだ。


「よし、始めましょうか!」


ワンピースの裾を翻し、ブーツもストッキングも脱ぎ捨てる。

裸足になった真里は意気揚々と緑の畑へ踏み出した。


麦踏み。

日本では江戸時代から続く麦の分結を促し倒伏を防ぐための伝統的な農業技法だが、この世界の住人たちはもちろんそんなこと知るはずがない。


「おおおおやめくださいマルガレーテ様!はしたのうございます!こんなことが公爵様に知られたら……」


「ふふ、バルザック子爵様が秘密にしてくだされば問題ございません」


穏やかに見守っていたバルザック子爵も流石に目を丸くする。

彼が声を上げる度、ふさふさの口髭が吐息に舞い上がった。

あのご令嬢は何をしているのかと周囲のざわめきは大きくなり、騒ぎがまた別の野次馬を呼ぶ。

いつの間にか真里の畑の周辺には人だかりができていた。


「お、お嬢様、せっかくの麦に何をしていらっしゃるんです?」


「すごい魔法使いなのはわかったけど、そんなことをしたら麦が潰れて……」


野次馬の中から思いきって真里に声をかけるものが現れた。

踏まれた麦は可哀想にぺちゃりと潰れてしまっている。

そんなことをしていいのかと疑問を持つのは至極当然のことだ。


「安心して。これは麦踏みと言って収穫量の増えるおまじないなの」


「でもこんな風にしちまったら……えっ!?」


植物育成魔法プラントナーサリー。

植物細胞の細胞分裂を促す酵素やホルモンを増大させ、

逆に育成を調整するようなホルモンの働きを抑制する。

元になった人体が対象の治癒魔法も原理はこれと同じだ。


そして、その効果は今も継続している。

真里の言葉を証明するかのように踏まれたはずの麦が起き上がり、速度をまして立派に伸びていった。


「あのお嬢様、有名な慈悲深き貴婦人様の娘なんだってな」


「ああ、公爵家の奥方様か!なるほど、豊作の力を受け継いでいるのか」


「白いおみ足で踏まれた麦があんなに元気に……なんと神々しいお姿だ」


空に描かれた魔法陣、そこから真里と畑にだけ降り注ぐ陽光。

その中をスカートの裾を持ち上げ麦を踏みながら歩く少女。

そして、彼女の足に触れたことでより強く育ち始める鮮やかな緑色の麦。

周囲に集まった領民たちは目の前の光景にすっかり魅入られてしまっていた。


(領民のみんな見てる見てる。予想以上ね)


『ここは王都や領都と違い娯楽がないからな。キミの奇行は良い見世物になるだろうよ』


(奇行言うな!女神とか妖精とか巫女とか?そういう雰囲気でしょ)


わざわざ曇天の日に太陽の光を魔法で呼び出したのも、風や歩行で揺れるスカートを選んで麦踏みをしたのも全ては真里の計画の内。

今育てている麦に領民たちの関心を集めるためのものだ。


(レクシス、サンライトの日照時間設定は大丈夫?)


『きっちり6時間で光合成の最低限のピークタイムはすぎるようにしてある』


(どう?これなら間に合いそう?)


『育成呪文、追加日照、追肥、散水さえ忘れなければ、30日後には立派に狩り取りのできる麦になるはずだ』


(あんなに目を輝かせて見てるんだし、設備作りにも力入れてくれそうね)


その日の麦踏みは噂話で現場にいなかった領民にも伝わったようで、翌日から、周囲が真里に向ける視線があからさまに変化した。


水車や風車、灌漑水路どの建設現場に言っても笑顔で迎えられ、指示を出しても快く頷いてくれる。

畑より少し高い土地に伏流水を利用した溜め池を作り、灌漑水路の水源とすれば良いと進言したときなど気難しそうな老人に拝まれてしまったほどだ。


「いつのまにかお母様みたいな二つ名まで付いてたし……予測以上の効果だったわね」


『それだけこの地での農業が厳しかったと推測できる』


「畑を歩くだけで緑に力を与える裸足の乙女様、なんてね。ふふ、悪くないじゃない」


『しかし……やはり脳内年齢計百歳以上を乙女と呼ぶかについては議論の余地が……』


「あーりーまーせーんー!」


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