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2085年の超AIをインプラントしたまま転生した元科学者令嬢、魔法文明世界で科学無双します!  作者: 垂水川


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18.公女様の農業革命(3)

そうして迎えた10月末日、真里の畑は見事な小麦色に色付いた。

腰の高さで熟成する新しい麦。

背は低いが決して生育不足ではなくぷっくりと実ったそれが約1400キロ――バルザック領の全ての畑に配れる最低量の確保が完了した。


11月頭に麦蒔きを完了させた後がまた慌ただしい。

本来より一ヵ月遅くなってしまった分、真里は一つ一つの畑を巡り植物育成魔法をかけて回った。

裸足の乙女様のお力添えをと頼まれれば、そこを管理する領民と共に麦踏みにも参加する。


(これだけ毎日麦踏んでたら足が緑になりそう……)


『この国で主に使われている木靴で踏めば麦を痛める可能性があるぞ』


(そうなのよね……今は裸足でってことにしてるけど、次の麦踏み時期までには雪靴を導入した方がいいかしら。素材の藁はあるんだし)


時折内心でボヤキながらも、表面上は慈悲を受け継いだ裸足の乙女様ムーブをこなしていく。

努力のかいあって、領地のどの畑も順調に生育を続けていた。


そうして、殆どの畑の麦が10センチを超えたところで真里は新たな戦力を呼び出した。


「アヒルのヒナたちよ。畑を手伝ってくれるから大切にしてね」


「へえ、これがアヒルか」


「名前くらいは聞いたことがあったが実物は初めて見たな」


真里が連れてきた鳥に領民たちも興味津々だった。

平たいくちばしと水かきの付いた脚の黄色い毛玉――アヒルのヒナたちだ。


(ほんとツイてたわね。まさか近くの池に野良アヒルがいるなんて)


『周辺探索で鴨だが鴨でない妙な反応があったが、それが野生に帰ったアヒルとはな』


(前世の実家近くの川にもいたわよ。子供見ると追いかけてくる狂暴野良アヒル)


アヒルとは鴨を家畜化した鳥だ。

バルザック子爵領では飼われていないはずだが、恐らくは他領で逃げ出したものが世代を重ねここまで渡ってきたのだろう。

10月中に暇を見付けては捕獲しに行き、風切り羽を落としてから養鶏業の領民に飼育してもらっていたものだ。


(目立つ違いは足の水かきくらいで、あとは一回り大きな鶏のひよこって感じなんだけど……同じひよこなのに鳴き声がねえ)


『仕方あるまい。キミの言う通り一回り大きいんだ。もちろん声もその分太くなるのは当然のこと。バイオリンとヴィオラの違いのようなものだろう』


(まあいいわ。それでも可愛いし)


真里がパンと手を叩く。


「ヒヨコちゃんたち集合。わたしたちが育てた麦畑に蔓延る雑草と害虫を退治してちょうだい」


「ビョ!」


妙に野太い声で返事をするヒナアヒル隊。

彼らの食うか食われるかではなく、食うだけの戦争が今始まった。



◇◇◇



11月も半ばとなるとバルザック領には霜が降り始めた。


「あはは、おもしろ~い!木靴ってこういう時にはちょうどいいわね」


本日視察予定の畑への道すがら、真里は水たまりに薄く張った氷を踏み割って遊んでいた。

百歳越えの老人どころか15歳の令嬢がするにしても随分と子供っぽい遊びだが、環境の整った2085年の東京ではできなかった遊びだ。

ついつい好奇心と童心を刺激されてしまう。


「霜柱が高い所があったら教えてね、レクシス」


『そこも踏んで楽しみたいということか』


「それもあるけど。霜柱が特に大きくできるところには地下水脈があることが多いの」


『土壌の水分が多いがゆえ霜柱が大きくなる、というわけか』


「そ、乾燥した冬でも土壌水分が豊かな土地を探す伝統的な方法ってわけ。見付けたら記憶しておいて」


『なるほど、伝統的技法……これがおばあちゃんの知恵袋と呼ばれるものか』


「そのデータ、乙女の知恵袋に上書きしときなさい」


相棒の軽口に軽口で返しながら辿り着いたのは、麦ではない植物の植えられた畑。

他の主食に比べて収穫までにかかる日数が少ないからと選んで持ってきた蕎麦だ。

バルザック領の気候が、昼夜の寒暖差を好む特性にあっていたようで、広がった緑の中にところどころ白い花が咲いているのが見える。


「ああ、お嬢様!よくぞお越しくださいました」


「ごきげんよう。立派な蕎麦畑になったわね」


「はい!蕎麦を作るのは初めてでしたが、これは良いものですね」


生育状態の良さのおかげか畑を任せている農夫の表情も明るい。

こちらも少し時期が遅い分を魔法で補い、意気揚々と子爵屋敷への帰路につく。

途中に残っていた水たまりの氷も全て踏み割って楽しむ姿を、領地の子供たちにしっかりと目撃されてしまっていた。


『ところでマリ、あんなにそばを植えてどうするつもりだ?パンには使い辛いが、ガレットにでもするのか?』


「うーん、チーズとソーセージのガレットもお洒落でいいけど、日本人ならやっぱり年末には蕎麦をすすりたいじゃない?」


『年配者には蕎麦を何よりの御馳走と崇拝する層がいるとデータにある。またSUGAMOにでも行きたくなったのか』


「やかましい!それに私的に巣鴨名物はカレーうどん!」


『しかし、本当に年末までに蕎麦を作るつもりか?蕎麦自体はまだいい。二八蕎麦ならば比較的素人でも打ちやすいと言われている。出汁も鴨ガラならぬアヒルガラを用意可能。だが肝心の醤油は発酵に最低一年、通常は二年。魔法で高速醸造したとしても計算上三ヵ月はかかる。年末には間に合わない』


「そこはちゃんとアイデアがあるのよ」


『またキミの思い出の異世界転生作品からの引用をするのか』


「そうでもあり違うともいえるわ。ようは醤油に似た味で、同じようなアミノ酸の複合的なうまみのある液体調味料を作ればいいわけじゃない」


『魚醤ならば最短一ヵ月で作成可能だな』


「惜しいわね。材料はこれ。私が獲ったイノシシ肉の残りで炊事長が作ってくれたベーコンと、領民の子供たちにバイトで集めさせたキノコの王様ポルチーニ。それに麦酢。それと麦芽糖のカラメル。あとは塩と……ああ、あった。これこれ!」


空間収納から取り出した食材を作業机に並べていき、最後に取り出したのは白い粉と、丁寧に封のされた透明な液体。


「モレキュールクリエイトで抽出した塩酸と重曹でーす」


『なるほど、材料から推測が完了した』


「流石は相棒、理解が早くて助かるわ。手伝いよろしくね」


まず真里は子爵家の炊事場から陶器の壺を借り、そこへ塩酸を注ぎ入れた。

ベーコンとポルチーニを入れオートブレンダーの魔法で混ぜれば、どちらの素材も徐々に溶け、形を無くしていく、十分に溶けたところでpHバランスを見ながら重曹を入れ調整。

物を溶かす強酸性から醤油と同じ弱酸性へ。


「あとは味のバランスを見ながら……」


カラメルシロップで微妙な甘さ、塩で塩味、軽く火を入れた麦酢で舌に残る僅かな酸味と穀物の発酵感を演出する。

ある程度味が完成したところで、綺麗に濾して不純物を取り、しっかりと蓋をすれば第一段階は完了だ。


「よし、できた!」


『カラメル色素や塩分濃度酸味料等は前世日本の醤油の成分準拠。まず問題はあるまい』


「半月から一ヵ月で食べ頃ね。ああ、どんな味になるんだろうわくわくしちゃう!」


『いくら味が気になるからといって発酵途中で舐めてしまわないように』


「ペロペロなんかしませーん。……って、そういえば昔いたわね、お店の醤油ペロペロして捕まったバカッターって類の人間」


若かりし頃SNSで見た数々の騒ぎを思い出しかけ――即記憶から削除した。

脳内に蘇ってきた美味しい鴨南蛮の記憶の方が重要だ。


『これは何という名称にするつもりだ。醤油に似せた調味料であって醤油ではない。醤油と呼ぶのは適切ではなかろう』


「それよね、悩むわあ……まあいっか。今のところは醤油(仮)で」


醤油(仮)の壺を眺めながら、真里の表情はこの先に待つ味への期待で緩みきっていた。


――ガタン、と。

その思考を遮るように大きな音を立てて窓枠と窓ガラスが揺れた。


「今日はまた一段と風が強いみたいね」


『いや、それだけではなさそうだ』


「人の声?それも何人も……妙に騒がしいけどどうしたのかしら」


窓から覗いてみれば、山の方の一角に人だかりができていた。

先日真里が麦踏みをしたときより多く――手の空いている領民が一斉に集まってきたといった騒ぎぶりだ。


畑で問題が起きたなら対応しなければならないし、何より、こんな騒ぎを見せられて野次馬根性が燃えないわけがない。

真里はケープを羽織ると慌ただしく部屋を飛び出した。


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