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2085年の超AIをインプラントしたまま転生した元科学者令嬢、魔法文明世界で科学無双します!  作者: 垂水川


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14.とても贅沢で貧しい食事(4)

晩餐の間の扉が開き、使用人たちがメインディッシュを運んでくる。


「……何だ?その奇妙な形の……蓋?」


「料理の香りと温度を閉じ込めるためのものです」


木製の半円が被せられた料理に真里以外の全員が首を傾げた。

クローシュ――料理の温度と香りを閉じ込めるドーム型の蓋の文化はこの国にはない。

前世で見たステンレスではなく木製だが、ドワーフの職人・ダスベが樫の木で特別に作ったものだけあって見事な半円形に仕上がっている。


「メインディッシュはイノシシ肉のステーキです」


「イノシシだと?鹿肉ならばともかく、わざわざ臭みの強い肉を使うなど……はぁ、狩りを知らぬ女では仕方がないか」


「臭いかどうかは食べてみて判断してください」


それぞれの横に立った使用人がクローシュを外した瞬間――部屋中に香りがあふれ出した。

燻蒸香に似た香りとガーリックの香ばしく食欲を誘う香り。

そして何といっても肉自体のタンパク質やアミノ酸が焼成する香りが、渾然一体となって鼻孔を刺激する。


(あ~、焼肉屋さんの前通ったときのにおい~。つい立ち寄ってカルビとネギタン塩とビール!って言っちゃうのよねえ)


『科学的に考えれば、キミがうっかりドライヤーで髪を焦がしたときの臭いとほぼ同一なのだが』


(そうだとしても言わぬが花よ、レクシス)


真里にとっては懐かしい記憶を呼び覚まし食欲を誘うもの。

これを魅力的に感じるのは前世地球人だけでなく、異世界人である家族たちも同じらしい。


「このお肉全然血生臭さがありませんわね。少し野生的だけど……とてもいい香り」


「おなかがすくにおいがする……くんくん」


母も弟達も鼻を鳴らして立ち上る香りを味わっている。

真里も目を閉じ、ゆっくりと鼻から空気を吸い込んだ。


『香りを堪能するのもいいがあれを言わなくていいのか』


(あ、そうだったそうだった。つい集中しちゃってた)


家族が――特に幼い弟達が皿に触れる前に注意しなければならないこと。

急いで真里は注意を口にした。


「お皿が熱くなってるから注意して食べてね」


「そういえば、さっきからジュージュー音がしてる。いつものステーキはこんなことないよね」


「この黒い皿はもしや……」


「ええ、鉄製の皿です。これも蓋もダスベの作ですわ」


「なるほど、あのドワーフの職人か」


「このステーキですが、普段のフライパンでウェルダンに焼き上げるものと違い、まず表面に焼き色を付けると同時に肉汁を閉じ込めそして……」


「待って、マルガレーテ」


作り方について解説を始めようとした真里に、珍しくディートリヒから静止が入る。

その手には既にナイフとフォークが握られていた。

見れば、真里以外の全員がスタンバイを完了させている。


「お話もいいけれど、せっかく熱々にと気を配ってくれたんだもの。早く食べなければ炊事長に悪いわ」


「保温魔法もかかってるからあと1時間は熱々のままだけど……いいえ、千の言葉より何とやらと言いますし、実際に食べてみてもらいましょうか」


「ふふ、そうですわよね。いただきましょう、みんな」


待ってましたとばかりに全員が肉を切り分け始める。

鉄板とナイフが触れ合う音が響き――


「マルガレーテ!断面がまだ桃色だ、生焼けではないのか!?」


真里が予想していた通りの言葉がライゼンボルグからかけられた。


「おとうさま、なまやけじゃないよ。おいしいよ」


真里が説明するよりも先に、無邪気で幼い声が父の指摘を否定する。

末っ子ヴィクトールが小さな口をめいっぱい開いて切った肉を頬張っていた。

栗鼠のように頬を膨らませながら咀嚼し飲みこんで、満足そうに何度も頷く。


「低温でゆっくりと熱を通しているからこの色なんです。家族に危ない物出したりしませんから、お父様たちも食べてみてください」


「……まあ、わかった」


「ええ、ヴィクトールもおいしいって言ってますし」


薄桃色の肉に驚いていた両親も他の二人の弟達も、恐る恐るイノシシ肉を口に運ぶ。

もちろんヴィクトールも次の一切れを嬉しそうに噛み締めていた。


「えへへ、ぶあついのにやわらかい!ぼく、これならいっぱいたべられるよ!」


「いつもの鹿肉みたいにパサついてない……生臭くも無くて……嫌な感じしない……これ、好き……」


「上のカリカリしたガーリックも肉とよく合ってる。一緒にたっぷり口に入れるとさらに美味しいよ!」


食が細かった末っ子も物静かで口数の少ない次男もしっかり者の長男も、夢中になって感想を伝えてくれる。

末っ子はともかく上の二人は年齢より上に見えることもあるのに、こうしてみるとまだまだ子供っぽくて可愛らしい。


「美味しいのはわかるけど半分くらい残しててね、とっておきがあるんだから」


「……えっ、たべちゃった。のこりちょっと……」


見れば、ヴィクトールの皿の上にはあと一口か二口で食べ終わってしまいそうな肉しか残っていない。

大人の四分の一のサイズに苦戦していた彼とは思えない食欲だ。


「大丈夫よ、私の分を分けてあげるわ」


「いいの、おねえさま?」


「ええ、お姉様は女の子だから大丈夫」


「ありがとうございます!」


『試食だと言って晩餐前に三枚ほど食べていたからな』


脳内から入ったツッコミに、ついついナイフを持つ手に力が入ってしまう。


『一般的に試食という行為は一口で食べられる量で味を確認することを指す。キミの行為は試食とは言い難い』


(レクシス?余計なこと言えないようにロックかけるわよ?)


『それは困るな。ロック機構を発動されたら、カロリーオーバーした分を寝ている間にマッスルコントロールで消費させることもできなってしまう。しかし宿主の意向ならば従うしかない、ロックをかけてくれ』


(ぐぬぬぬぬ……!)


真里の明晰な頭脳を駆使しても言い返す言葉が出てこない。

我ながら天才的なレシピね!とはしゃいで炊事長も驚く量を腹に納めてしまったのは事実なのだ。

このままでは嫁入り前の乙女のボディに深刻なエラーが発生してしまう。


「おねえさま、とっておきってなあに?」


「あ、えっと……こほん。すぐ用意するわね。ソースを持ってきて」


声をかけると、使用人が一人一人の前に新たな白パンとソースポットを並べていく。

洒落たソースポットの中には深い赤色のとろみのついた液体。


「赤ワインのソースです」


「ほう?これをかければいいのか」


「いいえ、お待ちください。それとお父様……私これからルール違反をします、お許しくださいね」


「……は?」


宣言し、真里は白パンの真ん中にナイフを滑らせた。

上下に分かれたところに切った肉を挟み込み、ソースをかけ――豪快に手づかみで頬張る。


「マルガレーテ!?」


「はぁ~、ふわふわのパンに肉汁とソースが染みて美味しいです」


唖然とする父を無視し、真里はもりもりとイノシシステーキバーガーを食べ進める。

付け合わせのキノコとアスパラを一緒に挟んでも風味が変わってまた美味だ。


「ふふっ、私、こんなルール違反なら大歓迎よ」


「おい、ディートリヒまで何を……!」


「こうしてパンを切ってお肉とソースを挟めばいいのね」


貴婦人にあるまじき豪快さで――しかし不思議なことに優雅さは残したまま、ディートリヒも肉と野菜とソースでバーガーを作り口に運ぶ。

元々垂れ目気味で優し気な顔がさらに蕩けそうに綻んだ。


母が行動したことでこれなら大丈夫と判断したのか、弟達もいそいそとバーガーを作り出す。


「もぐもぐ……んんっ、素敵。ほんのり酸味があって濃厚なこのソースがパンにもよく合うわあ」


「ぼく、これならもっともっとたべられる!」


「マナー違反でもいい……美味しい……」


「姉様、これレタスを挟んでも美味しいんじゃないかな?」


「やるじゃないカール。それも合うわよ。持ってきてもらいましょうか」


末っ子ヴィクトールは口の周りにソースを付けながら、既に2個目のバーガーに取り掛かっている。


自分以外の家族が夢中になって食べているのに耐え切れなくなったのか、部屋付きの使用人に口外しないようにと一言言いつけ、ライゼンボルグもパンに肉を挟んでかぶりついた。


「……確かに悪くはないな。もぐもぐ……」


「ねえお父様、こうやってパンと具材とソースを組み合わせれば黒パンも美味しく食べられるのではありません?」


「ぐっ……!?」


真里の一言にライゼンボルグはギクリと肩を震わせた。

驚きのあまり喉にパンを詰まらせかけたのか、慌ててワインを煽っている。


炊事長から聞いた父に関するとある事情。

何故お子様たちには秘密になさるんでしょうと不思議そうに語られた内容は、彼にとって余程のクリティカルポイントだったようだ。


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