10.科学令嬢の危険な魔法実験(2)
2051年日本――。
国が高速道路用に買い入れた真っ直ぐな土地約40キロ。
2000年代前半の緊縮財政により計画が中止され、国交省のお荷物となっていたその土地を有効活用し、
2043年に完成したのは日本初の直線形ハドロン型粒子加速衝突実験装置「イゾルデ」。
全長40キロの真っ直ぐなコースを疾走するのは、電子という名のモンスターカー。
その加速に使われるのは2025年に実証実験に成功した日本自衛軍(当時の自衛隊)のお家芸たるレールガン、それに使われる超強力な電磁石だ。
円形型の同様施設で有名なスイスのセルンでは、両側から電子たちにスタートの青ランプを出し、同じ円の対極側で衝突させる。
それに対し日本のイゾルデは直線のコースを2つ作り、その中心で衝突させる。
円状でない分、カーブで起こるであろうロスが限りなくゼロに近く、より純粋で高精度なエネルギー質量同士の衝突が可能となっている。
世紀の天才、紙一重でマッド、他数限りなく称賛か侮蔑か判別の付きにくい俗称で呼ばれていた冴島真里(当時52歳)がこのイゾルデで行った実験も、規模の大小はあれ基本的には今回の実験と同様のもの。
双極性の軸の傾きを持ったカーブラックホールを作り出し、0.00015秒程人工的に安定した特異点の入り口を生み出す実験だ。
この実験結果を元とし、翌年ワープエンジンの基礎理論を発表し、さらに翌年彼女はノーベル物理学賞を受賞した。
これが冴島真里の最初のノーベル賞。
当時は二個の電子をぶつけて発生させていたカーブラックホールの精製。
今実験に使われている1400万分の1に圧縮された土くれの質量はその比ではない。
「アースコンプレッション!ふぅ……よし、残り三回」
『圧縮作業は順調に進行中だ。魔力残量も……予測より多い。これならもちそうだな』
「はぁはぁ……この呪文、マルガレーテの体と馴染みがいいみたいなのよね。元にしたのがお母様の得意魔法だからかも」
『なるほど、その可能性は計算にいれていなかったな。土を耕す……この世界で言う地属性魔法か』
真里の脳内におっとりと笑う母ディートリヒの顔が浮かぶ。
「慈悲深き貴婦人」の他に大地の守護者、王国トップクラスの地属性魔法魔法の名手と称えられる彼女の得意魔法の一つが土を柔らかく耕す魔法だ。
(本当、素晴らしい力を持ってるのに地属性だけに特化しすぎているのがねえ……)
古来より、この世界では魔法とは大いなる神から与えられた力とされてきた。
強力な地水火風光闇それぞれの属性魔法を扱うことができるのは、血の中に濃い魔力をもつ貴族だけの特権。
基本的にはその内一つの属性魔法に特化し、複数以上の属性を持つものは希少な才覚と称えられる。
それに対し一般平民は血中の魔力が薄く、一般魔法・生活魔法しか行使することができない――。
それがこの世界の住人の常識であり、これまでは誰も疑いを持つことなくそういうものとして扱われてきた。
だが、真里の中には異世界の常識と知識がある。
彼女はレクシスのセンサーを使い、初めて量子力学レベルで魔法というものを観察し実証実験を行った。
そうして彼女は、前世地球でも判明していなかった事実へと辿り着いたのだ。
現世地球で観測されていた四大力と言えば、電磁気力、強い核力、弱い核力、重力を指す。
この四大力を矛盾なく計算できるように統一場理論を確立しようと
人々がいくら研究を重ねてもそれは完成し得なかった。
前世で真里も随分頭を捻った問題だったが、今ならば解る。
(500ピースで完成するはずのパズルを400ピースで完成させられるはずがない、なんてね)
この世界に存在するものの地球含む天の川銀河では検出されたことがない――第五の力「魔力」。
それこそが理論を確立させるための最後の100ピースだった。
この魔力なる力の元となっているのは、「知的意思感応万能粒子」とでも表現すべき、知的な存在に反応し、他の四大力に干渉することのできる魔法の粒子そのもの。
魔力とはこの粒子によって他の四大力を用い、この空間にどれだけ自称改変を行える力があるかを示す指標・指数だと言える。
より強い干渉を行うのに必要なのは確固たる意志の具現の力――つまりはイメージ力。
平民に魔力が少ないと言われている理由も、教育を受けておらず識字率等が低いがゆえにイメージ力が貧困であるため。
上級魔法の使い手と言われる貴族にも問題が存在する。
六属性の魔力それぞれに色があるのは魔法が具現化するときに、そこに集まる元素によって生じる電磁波等が可視化された状態というだけだ。
個人個人の属性というのも、その人間がどの属性をイメージしやすいかであり、成人の儀の属性判定によって使える魔法を固定してしまっているとも言えた。
しかし、前世地球で得た膨大な知識と、スマートブレインによる思考補助を持つ真里に属性や呪文のイメージの制約はない。
「よし……あと一回!」
『状態は安定、ただしギリギリだ。同じ強さで正確に撃ち込め。補助はするが……最後は宿主たるキミ次第だ』
「オッケー、ありがとレクシス。それじゃ最後の……アースコンプレッション!」
結果的に彼女たちは、この世界では初となる双極性カーブラックホールによる特異点を安定して作り出す実験に成功した。
結界魔法で封じられた空間の中、それは光を放ち輝いていた。
「はぁー、できたぁ。流石に疲れたー。さて、ガワのポシェットはどんなデザインにしようかなぁ」
『いいのかマリ。状態の維持管理は私がやるが、キミも1日につき凡そ27分の1の魔力を消費し続けることに……』
残念ながら、そのレクシスの忠告はさらっとスルーされることになった。
「うーん、何でも吸い込むポシェットだから……あ、子供の頃にハマったあのゲームの!なんて言ったっけ、あのピンクの丸いの……」
「それ以上いけない。ここは著作権が存在するかも怪しい文明レベルの異世界だが、あの法務部ならここまでやってきかねない」
その後二人は数時間にわたりポシェットのデザインを話し合った。
真里が無茶なアイデアを出し、レクシスが止めるの繰り返しだったがやっとのことで決着が付き、翌日、ドワーフの職人・ダスベの妻イーダにポシェットの制作依頼を出すことができた。
◇◇◇
「まあまあ、お嬢様のシャトレーンバッグを作らせていただけるなんて光栄です。デザインのご要望はございますか?」
「あーそれが……脳内会議でアイデア全部却下になったのよね……」
意味が解らず首を傾げるイーダは少し丸鼻の幼い少女にしか見えなかった。
知らずにダスベと一緒にいるのを見たら親子だと思っていただろう。
人間に比べ低い身長というのは男性同様だが、ドワーフの女性は筋肉質でもひげ面でもないようだ。
(へえ~!異世界もの作品でも色々パターンがあったけどこの世界はこんな感じなのね)
「ええと、お嬢様?そんなにじっと見つめて……どうなさいましたか?」
「何でもないわ。良いデザインが思い付かなくてね、そこもお願いできたら助かるのだけど」
「はい、もちろんお任せくださいませ!それでしたらちょうどいい素材が……」
工房の奥、様々な色の布が積まれた一角からイーダが持ち出してきたのは白い毛皮。
光の当たり方によって銀にも見えるそれは、随分と手触りが良さそうだ。
「息子が狩ってきた大爪毒イタチの腹皮です。これにお嬢様の瞳の色のビーズを飾れば、公式な場にも合う美しいものに仕上がるのではないかと」
「大爪毒イタチって確か魔物じゃなかった?」
「はい、息子のモールは魔物ハンターとして生計を立てておりまして」
「ふむふむ、なるほど……魔物ハンターねえ」
魔法と共に前世になくて現世世界に存在するものが、通常の動物とは違う存在――魔物。
平和な領都で育ったマルガレーテにとっては本の中だけの存在であり、その魔物を狩るハンターについてもあまり知識は無かった。
(面白そうじゃない、魔物ハンター!)
『何故ハンターにそんなに興味を示す?キミは科学者だろう?』
(あら知らないの、前世の私にはハンターだった時期があるのよ)
『そのような経歴データは存在しない……まさかゲームの話か』
真里は何も答えないが――それこそが答えになっていた。
「イーダ、ポシェットのことお願いね」
「わかりました!ドワーフの細工師のプライドを賭けて、全力で作らせていただきます!」
真里の浮かべた満面の笑みに、自分の提案が気に入ってもらえたと思ったのだろう。
イーダは頬を上気させ力強く答えた。
(せっかく無限収納が手に入るんだもの。色々素材調達してみたいわよ、ね!レクシス!)
『前世から無茶なフィールドワークをしていたキミだが……いや、これ以上の発言は差し控える』
その時、レクシスは存在しないはずの胃の痛みを確かに観測していた。
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