9.科学令嬢の危険な魔法実験(1)
王都から帰った父ライゼンボルグはお小言パワーが大幅ダウンしていた。
止めはしないからくれぐれもそういった行動を外部に見せないように、実験も人目につかない場所でするようにとだけ念を押すように繰り返し――合間に何度もこめかみを揉んでいた。
母ディートリヒからは危ないことはしないようにと一言だけ。
「つまり見つからなきゃ好きにやってオッケーってことよね!」
『今世のキミのご両親も災難だな』
「あら、国王陛下の勲章を賜ったのだもの、喜ぶべきよ。レクシスく~ん、不敬罪で~す!」
『私が罪に問われるときにはキミも道連れだぞ、マリ』
静かな空間に真里の上機嫌な声だけが響く。
秘密書庫以上に静かなここは、公爵城地下1キロメートルに作られた秘密実験室。
入り口は真里の部屋に本人しか開けられないよう隠されており、人目に付くことも危ないこともない彼女にとってより自由な空間だ。
『ところで今日は何をするつもりなんだ』
「主人公には定番アイテムってのがあるのよ。実際あったら便利そうだし、前世でも欲しいなって思ってたものなの」
『またキミが子供の頃にハマっていたという異世界転生ジャンルの作品の話か』
「か弱い乙女が大荷物背負って歩くわけにもいかないしね。だから作るの、無限収納を!」
無限収納とは名の通り、無限に物が入る収納である。
真里が見てきた作品の中でも、小さなポーチにドラゴン一頭の肉を収納したりと、様々な作品、場面に登場してきた憧れの品だ。
「ああいうのは遺跡のアイテムだったり、空間魔法の使い手が付与で作ったりってのが定番なんだけど。残念ながら、この世界の魔法体系に空間魔法はないのよ」
『改変でキミの言う空間魔法にできそうなものはデータにないがどうするつもりだ』
「そこは科学知識を使わないと。ポシェットに入るサイズのワームホールを作っちゃおうと思ってね」
『本気で言っているのか?』
「本気も本気よ、超本気。ほら、この地下実験室を作るときに出た大量の土があるじゃない?」
視界の隅に茶色い正方形の物体が映る。
土を耕す魔法からの改変魔法――土を固める魔法で作られたブロックだ。
「これを圧縮して圧縮して圧縮し続けたら……ブラックホール発生するでしょ?」
『まさか二つのカーブラックホールからワームホールを作り出すとでも言うつもりか?流石に危険な実験だ、宿主の安全保護のため中止を提言する』
無機質な声の奥から緊張感が伝わってくる。
頭の中で、宿主への緊急警告のためのサイレンまで鳴り出すが、それでも真里の瞳は好奇心に輝いたまま。
「危険な状態にならないように実験を終えればいいだけじゃない」
『前世地球の高度な実験室でも100%の安全を保障できない。それをこんな場所で行うなど、いくらスマートブレインの補助機能を使っても……』
「理論上は改変魔法を規定回数繰り返すことでいけるはず。さあ、やるわよレクシス」
『こうなってこちらの提言を聞いた試し無し、か』
安全保障で彼女が言うことを聞くのは他の研究者が一緒にいるときだけ。
一人では一瞬も止まってはくれない。
レクシスに蓄積された膨大なデータが提言など無駄だと計算結果を出していた。
『本当にとんでもない宿主だよ、キミは。仕方ない、データにある神と呼ばれるもの全てに祈らせてもらおう……』
「何それ、スマートブレインジョーク?」
あんたも冗談を言うのねなんて軽い調子で返しながら、真里は実験を開始すべく己の両の手に魔力を集めていった。
何色もの光がくるりくるりと空中で回転し、時折紋様のような形が浮かび上がる。
「使う魔法は解っているわね」
『承知している。改変魔法データより呼び出し済みだ』
「じゃあ始めるわよ。固めた土をさらにぎゅっと固めるための……アースコンプレッション!」
呪文を唱えた瞬間、質量はそのままに、土のブロックの体積が半分になる。
「さあ、このまま土のブロックを1400万分の1まで圧縮していくわよ」
『シュバルツシルト半径を超えるまでに必要な呪文の行使は約23回。魔力は持つか?』
「できる相棒が効率よく使わせてくれれば大丈夫!アースコンプレッション!」
ぎゅち……ぐぐ……と小さくなり続ける土のブロックが異音を立てる。
紙を小さく折りたたみ続けるのと同じ。
繰り返せば繰り返す程、それを成すために必要な労力は大きくなっていく。
『大分心拍数が上がってきているぞ』
「問題ない、まだいけるわ。それより両方とも状態は安定してる?きちんと見ててね」
『了解、観測にリソースを回そう』
「ほんと頼りになるわねあんた……アースコンプレッション!10回目!」
再び、真里の両の手に同時に、二つのアースコンプレッションの呪文が起動する。
同時に発生しなければどちらかがどちらかのブラックホールを飲みこんでしまうからだ。
『呼吸が荒いな。呪文詠唱が辛いなら補助を増やすが』
「大丈夫よ、いけるわ。せーの……アースコンプレッション……!これで15回目!」
真里の額に汗が滲んでくる。
この世界で冴島真里としての意識が目覚めてから初めて感じる本気の疲労感。
圧縮され続ける物質からの抵抗か、連続で魔法を行使しているからか、指先に熱と痺れを感じる。
(この実験に必死になる感覚……50くらいの若かりし頃を思い出すわね、たのしー!)
並みの……いや才能有りと言われる魔法使いたちでも苦痛を感じるような状況。
それでも彼女の口元は愉快そうに歪み、怪しげな笑い声すら漏れだしていた。
「むふふ、ちょっとでも失敗したらこの太陽系が消滅する……たまらないわね。全ての運命が私の手の中にあるって全能感すら感じちゃう」
マルガレーテのまだ幼さの残る可愛らしい少女の顔に浮かぶのは、女科学者・冴島真里がマッドババアと恐れられていた表情そのものだった。




