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勇者祭3 ゾエ編  作者: 牧野三河


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第69話


 マサヒデが安宿に戻ると、カツジロウがテーブルに湯呑を置いて、マサヒデを見上げた。


「あ、あの」


 マサヒデが笑顔で頷いて、対面に腰を下ろし、懐から『十三花』と書かれた本を出す。


「ありました。借りて来たんですが、図書室の規則でして、お貸しする事は出来ないです。又貸しになってしまいますから」


「あ、そうですか。ええと、読んでも」


「どうぞ。そう厚い本でもないですし、写していきます? 大して時間かからないと思いますが。紙と筆は用意しますよ」


 は!? とカツジロウが顔を上げた。


「う、写しても、良いのですか!?」


 マサヒデは失笑して、ひらひら手を振る。


「構やしませんって。大体、元はあなたの曾祖父様の作でしょう。ひ孫のあなたが写して行ったって、誰も文句は言えませんよ。売り物の本にして残してるんです。誰かに読んでほしくなきゃ、そんな事しやしません。さて、カオルさん」


「は」


「紙と筆をお願いします」


「は」


 す、と頭を下げ、カオルが下がって行く。


「あ、そうそう。あのですね・・・」


 マサヒデが険しい顔をカツジロウに近付け、口に手を添え、手で招く。カツジロウも怪訝な顔を寄せる。


(その本、すごく貴重で、金貨100枚は軽く超えるそうです)


 カツジロウが驚いて声を上げそうになり、目を見開いて口を押さえる。


(墨とか落とさないように、気を付けて下さい)


 こくこくとカツジロウが頷き、湯呑をそっとテーブルの隅によけた。



----------



 マサヒデとカツジロウが座るテーブルには、カオルがボディーガードのように立ち、鋭い目を周りに巡らせている。

 女中も少し離れた所から、マサヒデの茶のおかわりなどを持って来て、カオルに渡し、カオルからマサヒデに渡す、といった風。


 テーブルではカツジロウがすらすらと筆を走らせ、書き写しては首を傾げたり、頷いたり・・・何かカツジロウに感じる所もあるのだろうが、今は写す方を急いでもらった方が良いと、マサヒデはじっと黙っている。


 中程まで写した所で、クレールが上から下りてきて、カオルの前に立ち、マサヒデと、不乱で筆を走らせるカツジロウを興味深げに見る。


「何をしてるんですか?」


「貴重な本を写しておられます」


「本?」


 カオルは一瞬止めようかと思ったが、元々レイシクラン家の本。クレールが覗いても何の支障もない。すっとカオルがどくと、クレールがマサヒデの隣に座り、カツジロウが真剣な顔で写している句集を見て、声を上げた。


「あ! 海生庵ですね!」


 は! とカツジロウが顔を上げると、目の前に少女が座っている。

 マサヒデは手を少し前に出して、


「お気になさらず、続けて下さい」


 とは言ったが、カツジロウの目はクレールに釘付け。

 もしやこの風貌、いや、間違いなく・・・

 カツジロウが慎重に筆を置き、背を正してクレールの方を向いた。


「貴方様は、クレール=フォン=レイシクラン・・・様。では?」


「はい!」


「あっ! やっぱり! 大変な失礼を致しました!」


 カツジロウがテーブルに手を付いて頭を下げる。


「私、カツジロウ=マツイと申します! この、海生庵=マツイのひ孫です!」


「ええーっ!?」


 驚いて声を上げるクレール。

 カツジロウは真剣な顔を上げて、一度、ちらっと本に目をやり、クレールに目を戻した。


「実は、この十三花という本だけが、どうしても見つからなくて。もしや停泊中のレイシクラン家の船の図書室にはと思い、先程、トミヤス様に借りてきて頂きました」


「そうだったのですか・・・」


 カツジロウが渋い顔をして、拳を握る。


「実は、家にあった曽祖父の本は、父が全部オークションに出してしまいまして・・・それで探していたのです。父は文芸などに全く興味はないもので」


「ううん、なるほど」


「私も物書きで、ぎりぎりですが生計を立てております。この年まで・・・恥ずかしい事に、もう40を半ばを過ぎております。売れるまでは、父のすねをかじって暮らしていました。ですから、父に文句の言いようもなかったのです。やっと物書きで食えるようになったので、元の本はなくてもと、出版された本は集める事は出来たのですが、これだけが見つからず、というわけでして」


「40を過ぎて・・・ですか」


 カツジロウが苦い顔で笑い、頬をかく。


「はい。ご先祖様はいざ知らず、貴様に文才などないと、何度も突き返されましたが、やっとです。大した発行部数もありません。何とか、ぎりぎりの生活です」


 マサヒデの、カツジロウを見る目が変わった。

 これまで、この男は何度書いたのだろう。


「何作品、書いたのですか?」


 はて? とカツジロウが首を傾げる。


「さあ・・・家に帰れば、今まで書いた物も残っていますから、数えられますが」


「覚えていないほど、書いたと」


「まあ、はい。いや、たまに今まで書いたものを引っ張り出して読み返してみると、顔が赤くなりますよ」


「・・・」


 くす、とクレールが笑った。


「カツジロウ様は、ひいお祖父様の事を知らないのですね」


「と、言いますと?」


「海生庵が俳句を知ったのは35を過ぎて。それから学び、同人誌に寄稿し始めたのは、カツジロウ様と大して変わらない年齢ですよ」


「・・・」


「40を過ぎて。人族の方々から見ると、今まで何をと仰られる方も多くおられると思いますが、気になさる事はございません。その句集、どう思われます? あまり上手くはないものが目立つと思われませんか?」


 カツジロウが頷く。


「いや、まあ・・・実は、それで少し不審に思っておりました。本当にこれが海生庵の句なのかと」


「うふふ。でも、そこに広がりがあるのです」


「広がり・・・ですか? 恥ずかしながら、自分は俳句ではなく、小説の方で。正直に言いますと、実は良く分からない所が多いです」


「なるほど。小説」


 む、とクレールが頷く。


「すごくすごく頑張って、一作品、一作品、不朽の名作と書いております。違いますか?」


「それは勿論」


 クレールがにっこり笑って、ふわりと手を挙げて、


「俳句は融通無碍。その時、その時で出来る、謂わば出来心で構わない、器の広いものなのです」


「出来心・・・器の広い・・・」


「ですからこれだけの文字で出来上がる。頭をひねり、湯気が出るほどに考えに考えて出来る、そういうものではないと、私は感じております。ただただ、ふわっと心に感じただけのもの。閃きのように鋭いものを磨きに磨いて出来上がる、そういうものではないと、私は考えて・・・いえ、感じております」


「ふわっと・・・閃きではなく・・・」


「そうして見てみますと、稚拙な表現が深く見えてきます。ゆったりと受け入れられます。そして、句風が見えてきて・・・作者が見えてきて・・・見ていたものがどんなものなのだろう、と考え得るようになり、たった5、7、5の字に喜怒哀楽をもが深く感じられてきて・・・分かりませんよね」


「・・・」


「では、この稚拙と見える句。何故、同じ同人誌に寄稿していた皆様が、選んで載せているのでしょう。この同人誌に寄稿していた方々には、文学賞を授かっておられる方々も多くおりますね。それらの方々を唸らせ、これと選ばれ、さらに評まで頂いているのが、その十三花の句集なのです」


 カツジロウが肩を落とした。


「な、なるほど・・・皆様は、俳句が見えていた・・・受け入れられていた。私には、まだ見えていないし、俳句という文学を受け入れられていない」


 クレールが柔らかく笑って頷く。


「そうです。ですけれど、今、それが自覚出来ました。ですから、次の句を見ると、ひいお祖父様の句の素晴らしさを感じられるはず。評を見るのは、こういう見方をする人もいるのですね。でも私はこう見ました。それで良いのです。どんなに世に名の売れた方の評であろうと、無視しましょう。あなたの感じた事が評なのです」


「あ、なるほど!」


 マサヒデが声を上げ、ぽん、と手を叩く。


「カツジロウさんもそうやって小説を書いたら良いのでは? ふわっと」


「は?」


「私は武術家で、文学はさっぱりですけど、武術によく言われる事で、水の心の如くとか。居着きにならないようにとか。いわゆる融通無碍ですよね。それが出来ないといけないって」


「・・・」


「武術家も腐る程いますけど、ふわっと浮かんだ。それで良いのでは。最初からこうしてこうしてこう、とかがっちり考えず、ふわっと。ひいお祖父様がそれで成功しているなら、カツジロウさんもそれで良いのでは、と思いますが。閃いた! これだ! これを磨きに磨いて、なんて堅苦しく考えずに、ふわふわで」


「ふわふわ・・・ぷっ」


 クレールが笑う。だが、カツジロウは真剣な顔でマサヒデの言葉を聞いている。

 マサヒデはクレールを肘で小突いて、


「あなたがずっと努力してるって、周りの皆は口で笑ってても、頭では分かってますって。金になってないから笑ってるだけです。私達武術家も同じです。どんなに努力してても、勝てない人は笑われる。弱いなあ、お前はいつになっても俺の下だ。やっと強くなった。勝てた。でも、稼げなきゃやっぱり笑われます」


「・・・」


「孤独ですよ。一緒に稽古してくれる人はいても、結局のところ、自分が勝てなければ。自分が強くならなければ。そうやって、一振り一振り素振りして、稽古して。しかも稼げないと、笑い者。例え天下無双になっても、食い扶持もないのか、なんて後ろ指。世の人の多くは、結果を金で見ます。実際、食えなきゃですから当然ですね」


「はい」


「ご存知の通り、私の父上は剣聖。ですが、その看板に比べれば、道場は小さいです。笑う人もいます。武術の世界だと、トミヤス流を嫌う人も多いです」


「剣聖の道場でもですか」


「はい。さて、カツジロウさんは、40過ぎてもまだ書いてる。私、剣の才はもてはやされてますが、40過ぎて、まだ剣を握っているか分かりません。握っていても、今のように自分を磨こうとしているかどうか。カツジロウさんの周り、若い頃に文才があるって言われてたけど、まだ書いてる人っています?」


「いや。いません」


「だと思いましたよ。あなたは、何作品書いたか分からないくらい、ずっと書いてる。凄いですよ。いくらでも書けるって事ですよね。昔のを読んだら顔が赤くなる。それって、それだけ物を書くのが上手くなった。そうじゃないですか? これ、さり気なく自慢ですよね? クレールさん」


 クレールが笑顔で頷いた。


「うふふ。そうです!」


「帰ったら、また、どんどん書いて下さい。それ、写すまで待ってますから」


「は、はい! では、失礼を」


 カツジロウが筆を取り、すらすらと書き写し始めた。

 少しして、ふとマサヒデは疑問に思って、クレールに尋ねてみた。


「ところで、海生庵って、どんな人なんです?」


「一言で言いますと、勲一等文学賞を賜った俳人です。あ、寺子屋の教科書とかには載ってないですけど」


「勲一等・・・」


 国王陛下から下賜される文学賞の一番上。

 つまり、この国で一番の俳人であった、という事だ。

 と、そこまでは知らないが、勲一等と言えば、どえらい人であるのは確かだ。

 マサヒデとカオルの喉が、ごくっと鳴った。


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