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勇者祭3 ゾエ編  作者: 牧野三河


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第70話


 その晩。


 アルマダが鮭の刺身をつまみながら、酒を少し呑み、カツジロウの話を聞いて、頷きながら、腕を組んだ。

 そして、ゆっくりと天井を見上げた。


「ううむ・・・そろそろ、米衆連合に渡りましょうか」


 本の話を聞いて、何故?

 確かにここに居着く理由はないが・・・


「何故でしょう。もう少しここに居てもと思いますけど」


「ここの皆様が、マサヒデさんに馴れてきましたね。このままだと、近い内に厄介事が運ばれてきますよ。お願い、トミヤス様、と」


 シズクがフォークでステーキを突き刺し、


「良いじゃん! 私は面白いなら何でも良いな」


 と言って、口に運ぶ。


「目的を忘れてはいけません。魔王様が待ってますよ」


 ぴたっと運びかけたステーキが止まった。


「・・・そうだった」


 シズクがもっちゃりと肉を口に放り込み、めしめしと噛む。


「善は急げ。明日には宿を引き払い、船に戻りましょう。サカバヤシ道場とトワダ道場に挨拶したら、さっさと出ましょう」


「しばし」


 カオルが手を挙げた。


「出る事に反対はありませんが、少しお時間を頂きたく」


「何か用でも?」


「ここには米衆の忍がおります。一筆頂いて参りましょう。さらっと書いてくれれば宜しいのですが、あの様子、とぼけたりごねるかも」


 そうだった。ここの教会の牧師、エイダは、米衆の工作員だ。


「ああ。そう言えば・・・口止め料にという話でしたね」


「はい。向こうで厄介事に巻き込まれた時、役に立つでしょうし、米衆の忍は数だけはおりますから」


 数だけ、という所に力を入れ、にやりと笑う。


「何か頼まれ事もあるかもしれませんが、先の事を考えれば、小さな保険でも作っておいた方が良いかと」


「分かりました。マサヒデさん。明日は挨拶回りですよ」


「はい」



----------



 翌朝、ゾエ新教会。


 教会のど真ん中に置かれたこたつに、むっすりした顔のエイダ牧師と、涼しい顔をしたカオルが座っている。


「何の用だい」


「私共、そろそろゾエを出ようと」


「はーっ! せいせいするねー!」


「セント大永劫と、ロストエンジェルの教会に一筆紹介状を書いて頂く」


「いいともいいとも!」


「灰蘭にも一筆」


 にこにこしていたエイダの顔が、途端にむっすりと変わった。


「・・・」


「口止め料、という事で」


「信用出来ねえな」


「書かねば、明日にはあなたの名がその筋に、と」


「書いたらその筋に伝わらん」


 カオルが途中で割り込む。


「既に知れております。こうはっきりと言うのもなんですが、エイダ様、いや米衆は当国の忍を軽く見過ぎでございます」


「・・・」


「私の言う『その筋』とは、貴方の潜入しております犯罪組織で・・・で、一筆」


 はあっ! と面倒そうに声を出し、エイダが拗ねた顔で横を向く。


「わあーった! わあーったよ・・・今日1日くれ。領事館の連中に話つけるから」


「良いお返事を待っております。今日中には港の船に移りますので、そこへ」


 カオルがごとりと拳銃をこたつに置く。


「!」


 エイダが目を見開く。これは自分の拳銃・・・

 そっと足に手をやると、長い牧師のスカートの下のホルスターが空。


「落とし物にはお気を付け下さい。次はどこで何が落ちるか」


「分かった! 分かったから! ちっ・・・」


 舌打ちをしながら、エイダが拳銃をこたつに隠す。


「そうそう。私、まだ新人でございまして。上司からは『ひよこ』と馬鹿にされております」


「嫌味かよ」


 ふ、とカオルが鼻で笑う。


「ひよこに敵わぬようでは・・・ふふ」


「けっ!」


「見られておりますのをお忘れなく。当国に悪い影響がなければ、平和に潜入工作をこなせますので・・・それでは失礼」


 カオルが立ち上がり、むっすりした顔のエイダを見下ろし、思い出した、と手を叩く。


「おっと。口止め料だけとは申しません。ひとつ有力な情報を提供致しましょう」


「何だよ」


 カオルが座り直し、声を潜める。


「先日の白露の王女の件など」


 む、とエイダが教会の入口を見て、身を乗り出す。

 米衆連合に白露帝国の情報は、どんな小さな情報も売り物になるのだ。

 エイダも声を潜める。


「何? どんな情報?」


「白露の特殊部隊を始末したのは・・・」


 ごとり。かたり。にやり。

 白露帝国特殊部隊の拳銃とナイフが置かれる。


「私です」


 エイダの身が固まった。


「・・・」


「クレール様の宿に侵入者と、驚いて始末してしまいましたが・・・よもや狙いが王女であったとは露知らず。そうそう、米衆の諜報や特殊部隊は、どのような装備を持っておりますやら・・・気になりますね」


 ふわりとカオルが袖を拳銃とナイフに被せ、すっと袖を引くと、こたつの上から拳銃とナイフが消えた。


「ふふふ。我々の目と耳は、10里(40km)先まで届きます。その10里の中で、誰かがこの拳銃とナイフのように消える事も造作なく」


「・・・あんたらに武器の提供するような真似はしねー。私らは武器商人じゃあないのさ」


「紛争地域では、白露と米衆の装備が、公開されている輸出数以上に出回っておりますそうな」


「コピー品さ」


「でしょうね」


 はあ、とエイダが溜め息をつき、頬杖をついた。


「でもさあ。正直に言って、私が灰蘭によろしくーって言っても、大して変わりないと思うよ。良い返事は来ると思うけど、表ヅラだけさ。口利きあるから開放! 後つけて人が居ない所でぱーん! なんて普通だぜ」


「これも良い縁になるかもと、ほんの少々考えて頂ければ良いのです」


「どーかなー。上は腹黒い奴ばっかだぜ。私が言うのも何だけど、接触してきたら気を付けなよ。私だって、はっきり言ってミューラやあんたより、灰蘭が来る方が緊張するぜ。殺されるかな、大丈夫かな、組織に情報流されてないかな、ってさ」


「それは私も同じです」


 頬杖をついたまま、にやっとエイダが笑った。


「ふふっ。あんた、気に入ったよ」


「ふふふ。その言葉、信用出来ません」


 エイダが苦笑して、こめかみに指を当てる。


「私もさ。自分で自分が相手を信用してるのか、分かんなくなるよ」


「では・・・」


 からら、と拳銃の弾薬を転がし、カオルが立ち上がった。

 は、とエイダが拳銃を出して弾倉を抜くと、弾倉が空。


「ま・・・あんたとは仲良くするさ。ビビらせんなよ。私ゃ手品見ると喜ぶタイプじゃない。怖がっちまうタイプなんだ」


「私もです」


「じゃあな、ひよこちゃん」


「良いお返事をお待ちしております。うずらタマゴさん」


「・・・あんた、人にあだ名付けるの下手って言われないかい?」


「そうですか?」


 エイダが呆れ顔で、こたつに顔を乗せる。


「絶望的だよ・・・日輪国のカオルはあだ名つけるのが下手だって情報、高いよ」


「ふふ」


「にひひ」



----------



 夕刻。


 マサヒデ達はサカバヤシ道場、トワダ道場に挨拶を終え、シルバー・プリンセス号に戻っていた。

 一度は部屋に入ったが、すぐに出て来て、甲板からウスケシの町を眺める。


 遠くに見える大時計。

 白い屋根が並ぶ町並み。

 この雪ともすぐにお別れ。


「どうかされました?」


 マサヒデは隣に立つクレールの肩に手を置き、


「戻って来る頃は、また雪景色でしょうか」


「どうでしょう?」


「ここ、平和な町でしたね。雪が多かったからでしょうが、襲ってくる人がいなかった」


 ぷ! とクレールが吹き出した。


「ぷぷ・・・王女様が狙われたのに、平和ですか?」


「それは別にして。白露の事で、ゾエの問題ではなかったんですから」


「まあ、そうと言えばそうですけど」


「マチダ殿が・・・ずっとゾエに居着いたのも、この穏やかさがあったからですかね・・・」


「・・・」


 余命、3ヶ月。帰ってくる頃には、もうマチダは居ない。


「ナガタニさんは、どうなってますかね・・・」


「トミヤス道場で待ってますよ!」


「そりゃあそうでしょうけど、どれだけ腕を上げているか」


「マサヒデ様には追いつけないと思います」


「何故」


「米衆連合はどうなるか分かりませんが、魔の国に行けば間違いなく『実戦』が続きますから・・・」


 ふうー、とマサヒデが白い息をつく。


「私、もう斬る事をためらいませんよ。覚悟がない。それでも良いと考えていましたが・・・ここまで来て、やっと・・・」


「あの」


「勿論、寸止め、降参を一番に、ですけど。何でもかんでも斬ってって訳ではないですよ。ただ、もう頭を抱えたりしません。私、弱いです。強くならなければ」


「・・・」


「何と言うか・・・ゾエって、寒いですけど、温かい所でした。口にすると変ですけど。米衆連合も、ここみたいに温かい所だと良いですね」


「はい」


 明朝、出港。

 目指すは米衆連合・・・

 ふっとマサヒデの顔が曇る。


「大事なこと、忘れてましたよ」


「どうしました? あの、船は待たせても」


「いや。ロストエンジェル、か、セント大永劫の港」


「どうかしましたか? 変な噂でも聞かれましたか?」


「伯爵がいるではありませんか・・・パーティーが・・・」


 しんみりしていたクレールの顔が、ぱっと明るくなる。


「あーっ! そうでした! 私も忘れてました! 今すぐ船を出しましょう!」


 はあー、と白い溜め息。

 目指す米衆連合の港には、龍人族の大貴族が待っている。

 世界有数の大都市、魔族だらけの大都市で、断ることの出来ないパーティー。


「暗くなってから出るのは危ないですから、予定通り、明日の朝ですよ」


「うーん! 待ちきれません!」


 拳を握って喜ぶクレールを見て、マサヒデが苦笑する。


 港と反対の、大洋に目を向ける。

 この広い海の向こうに、米衆連合国。

 全く別の国で、全く違う旅が待っているのだ。



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 勇者祭3・ゾエ編 完

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