第70話
その晩。
アルマダが鮭の刺身をつまみながら、酒を少し呑み、カツジロウの話を聞いて、頷きながら、腕を組んだ。
そして、ゆっくりと天井を見上げた。
「ううむ・・・そろそろ、米衆連合に渡りましょうか」
本の話を聞いて、何故?
確かにここに居着く理由はないが・・・
「何故でしょう。もう少しここに居てもと思いますけど」
「ここの皆様が、マサヒデさんに馴れてきましたね。このままだと、近い内に厄介事が運ばれてきますよ。お願い、トミヤス様、と」
シズクがフォークでステーキを突き刺し、
「良いじゃん! 私は面白いなら何でも良いな」
と言って、口に運ぶ。
「目的を忘れてはいけません。魔王様が待ってますよ」
ぴたっと運びかけたステーキが止まった。
「・・・そうだった」
シズクがもっちゃりと肉を口に放り込み、めしめしと噛む。
「善は急げ。明日には宿を引き払い、船に戻りましょう。サカバヤシ道場とトワダ道場に挨拶したら、さっさと出ましょう」
「しばし」
カオルが手を挙げた。
「出る事に反対はありませんが、少しお時間を頂きたく」
「何か用でも?」
「ここには米衆の忍がおります。一筆頂いて参りましょう。さらっと書いてくれれば宜しいのですが、あの様子、とぼけたりごねるかも」
そうだった。ここの教会の牧師、エイダは、米衆の工作員だ。
「ああ。そう言えば・・・口止め料にという話でしたね」
「はい。向こうで厄介事に巻き込まれた時、役に立つでしょうし、米衆の忍は数だけはおりますから」
数だけ、という所に力を入れ、にやりと笑う。
「何か頼まれ事もあるかもしれませんが、先の事を考えれば、小さな保険でも作っておいた方が良いかと」
「分かりました。マサヒデさん。明日は挨拶回りですよ」
「はい」
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翌朝、ゾエ新教会。
教会のど真ん中に置かれたこたつに、むっすりした顔のエイダ牧師と、涼しい顔をしたカオルが座っている。
「何の用だい」
「私共、そろそろゾエを出ようと」
「はーっ! せいせいするねー!」
「セント大永劫と、ロストエンジェルの教会に一筆紹介状を書いて頂く」
「いいともいいとも!」
「灰蘭にも一筆」
にこにこしていたエイダの顔が、途端にむっすりと変わった。
「・・・」
「口止め料、という事で」
「信用出来ねえな」
「書かねば、明日にはあなたの名がその筋に、と」
「書いたらその筋に伝わらん」
カオルが途中で割り込む。
「既に知れております。こうはっきりと言うのもなんですが、エイダ様、いや米衆は当国の忍を軽く見過ぎでございます」
「・・・」
「私の言う『その筋』とは、貴方の潜入しております犯罪組織で・・・で、一筆」
はあっ! と面倒そうに声を出し、エイダが拗ねた顔で横を向く。
「わあーった! わあーったよ・・・今日1日くれ。領事館の連中に話つけるから」
「良いお返事を待っております。今日中には港の船に移りますので、そこへ」
カオルがごとりと拳銃をこたつに置く。
「!」
エイダが目を見開く。これは自分の拳銃・・・
そっと足に手をやると、長い牧師のスカートの下のホルスターが空。
「落とし物にはお気を付け下さい。次はどこで何が落ちるか」
「分かった! 分かったから! ちっ・・・」
舌打ちをしながら、エイダが拳銃をこたつに隠す。
「そうそう。私、まだ新人でございまして。上司からは『ひよこ』と馬鹿にされております」
「嫌味かよ」
ふ、とカオルが鼻で笑う。
「ひよこに敵わぬようでは・・・ふふ」
「けっ!」
「見られておりますのをお忘れなく。当国に悪い影響がなければ、平和に潜入工作をこなせますので・・・それでは失礼」
カオルが立ち上がり、むっすりした顔のエイダを見下ろし、思い出した、と手を叩く。
「おっと。口止め料だけとは申しません。ひとつ有力な情報を提供致しましょう」
「何だよ」
カオルが座り直し、声を潜める。
「先日の白露の王女の件など」
む、とエイダが教会の入口を見て、身を乗り出す。
米衆連合に白露帝国の情報は、どんな小さな情報も売り物になるのだ。
エイダも声を潜める。
「何? どんな情報?」
「白露の特殊部隊を始末したのは・・・」
ごとり。かたり。にやり。
白露帝国特殊部隊の拳銃とナイフが置かれる。
「私です」
エイダの身が固まった。
「・・・」
「クレール様の宿に侵入者と、驚いて始末してしまいましたが・・・よもや狙いが王女であったとは露知らず。そうそう、米衆の諜報や特殊部隊は、どのような装備を持っておりますやら・・・気になりますね」
ふわりとカオルが袖を拳銃とナイフに被せ、すっと袖を引くと、こたつの上から拳銃とナイフが消えた。
「ふふふ。我々の目と耳は、10里(40km)先まで届きます。その10里の中で、誰かがこの拳銃とナイフのように消える事も造作なく」
「・・・あんたらに武器の提供するような真似はしねー。私らは武器商人じゃあないのさ」
「紛争地域では、白露と米衆の装備が、公開されている輸出数以上に出回っておりますそうな」
「コピー品さ」
「でしょうね」
はあ、とエイダが溜め息をつき、頬杖をついた。
「でもさあ。正直に言って、私が灰蘭によろしくーって言っても、大して変わりないと思うよ。良い返事は来ると思うけど、表ヅラだけさ。口利きあるから開放! 後つけて人が居ない所でぱーん! なんて普通だぜ」
「これも良い縁になるかもと、ほんの少々考えて頂ければ良いのです」
「どーかなー。上は腹黒い奴ばっかだぜ。私が言うのも何だけど、接触してきたら気を付けなよ。私だって、はっきり言ってミューラやあんたより、灰蘭が来る方が緊張するぜ。殺されるかな、大丈夫かな、組織に情報流されてないかな、ってさ」
「それは私も同じです」
頬杖をついたまま、にやっとエイダが笑った。
「ふふっ。あんた、気に入ったよ」
「ふふふ。その言葉、信用出来ません」
エイダが苦笑して、こめかみに指を当てる。
「私もさ。自分で自分が相手を信用してるのか、分かんなくなるよ」
「では・・・」
からら、と拳銃の弾薬を転がし、カオルが立ち上がった。
は、とエイダが拳銃を出して弾倉を抜くと、弾倉が空。
「ま・・・あんたとは仲良くするさ。ビビらせんなよ。私ゃ手品見ると喜ぶタイプじゃない。怖がっちまうタイプなんだ」
「私もです」
「じゃあな、ひよこちゃん」
「良いお返事をお待ちしております。うずらタマゴさん」
「・・・あんた、人にあだ名付けるの下手って言われないかい?」
「そうですか?」
エイダが呆れ顔で、こたつに顔を乗せる。
「絶望的だよ・・・日輪国のカオルはあだ名つけるのが下手だって情報、高いよ」
「ふふ」
「にひひ」
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夕刻。
マサヒデ達はサカバヤシ道場、トワダ道場に挨拶を終え、シルバー・プリンセス号に戻っていた。
一度は部屋に入ったが、すぐに出て来て、甲板からウスケシの町を眺める。
遠くに見える大時計。
白い屋根が並ぶ町並み。
この雪ともすぐにお別れ。
「どうかされました?」
マサヒデは隣に立つクレールの肩に手を置き、
「戻って来る頃は、また雪景色でしょうか」
「どうでしょう?」
「ここ、平和な町でしたね。雪が多かったからでしょうが、襲ってくる人がいなかった」
ぷ! とクレールが吹き出した。
「ぷぷ・・・王女様が狙われたのに、平和ですか?」
「それは別にして。白露の事で、ゾエの問題ではなかったんですから」
「まあ、そうと言えばそうですけど」
「マチダ殿が・・・ずっとゾエに居着いたのも、この穏やかさがあったからですかね・・・」
「・・・」
余命、3ヶ月。帰ってくる頃には、もうマチダは居ない。
「ナガタニさんは、どうなってますかね・・・」
「トミヤス道場で待ってますよ!」
「そりゃあそうでしょうけど、どれだけ腕を上げているか」
「マサヒデ様には追いつけないと思います」
「何故」
「米衆連合はどうなるか分かりませんが、魔の国に行けば間違いなく『実戦』が続きますから・・・」
ふうー、とマサヒデが白い息をつく。
「私、もう斬る事をためらいませんよ。覚悟がない。それでも良いと考えていましたが・・・ここまで来て、やっと・・・」
「あの」
「勿論、寸止め、降参を一番に、ですけど。何でもかんでも斬ってって訳ではないですよ。ただ、もう頭を抱えたりしません。私、弱いです。強くならなければ」
「・・・」
「何と言うか・・・ゾエって、寒いですけど、温かい所でした。口にすると変ですけど。米衆連合も、ここみたいに温かい所だと良いですね」
「はい」
明朝、出港。
目指すは米衆連合・・・
ふっとマサヒデの顔が曇る。
「大事なこと、忘れてましたよ」
「どうしました? あの、船は待たせても」
「いや。ロストエンジェル、か、セント大永劫の港」
「どうかしましたか? 変な噂でも聞かれましたか?」
「伯爵がいるではありませんか・・・パーティーが・・・」
しんみりしていたクレールの顔が、ぱっと明るくなる。
「あーっ! そうでした! 私も忘れてました! 今すぐ船を出しましょう!」
はあー、と白い溜め息。
目指す米衆連合の港には、龍人族の大貴族が待っている。
世界有数の大都市、魔族だらけの大都市で、断ることの出来ないパーティー。
「暗くなってから出るのは危ないですから、予定通り、明日の朝ですよ」
「うーん! 待ちきれません!」
拳を握って喜ぶクレールを見て、マサヒデが苦笑する。
港と反対の、大洋に目を向ける。
この広い海の向こうに、米衆連合国。
全く別の国で、全く違う旅が待っているのだ。
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勇者祭3・ゾエ編 完
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