第68話
ウスケシの安宿。
マサヒデとカオルが稽古を終え、げっそりした顔で下りてくる。
相手をつけた居合稽古は、精神を削るものだ。それも真剣で・・・
カオルは疲れ切った顔で椅子に座り、水をがぶがぶ飲んでいる。
マサヒデはトモヤと、アルマダの騎士達の所に歩いて行き、ぽんとトモヤの頭を軽くはたいた。
「おう、トモヤ。ご機嫌だな」
「おうおう! これはトミヤスの神童様! お主も1杯どうじゃ」
「いらん」
そう言って、ぐったりしているラディに目を向ける。
「珍しいな? ラディさんはどうしたんだ?」
「ははは! 授業料といった所かの!」
「授業料・・・? そうか。で、アルマダさんは?」
「稽古に行くと言うて、イザベル殿とシズク殿を引き連れて出て行ってしもうた」
「稽古に? 雪が降っておるではないか」
「全くじゃ。元気じゃのう」
ふふ、とアルマダの騎士のサクマが笑った。
「マサヒデ殿に負けたくないと出ていったのです」
「私に?」
「ここでは素振りも出来ませんからね。トワダ道場を借りてくると」
「ふむ? トワダ道場に?」
はて? とマサヒデが首を傾げる。
「どうなされました?」
「いや、稽古場が欲しいのなら、港に行けば、船があるではありませんか」
「あっ・・・」
港に停泊しているクレールの船、シルバー・プリンセス号には、訓練場もあるのだ。
数秒の間を置き、トモヤと騎士達がげらげら笑い出した。
「わははは! あのアルマダ殿も焦ってしもうたか!? ははは!」
「ははは! あ、いやいや! 分かりませぬぞ! こっそりトワダ様からお教えでも授かりにと!」
「ないない! それならシズク殿は連れて行かぬ! 口が軽いでの!」
「そうですなあ! ははは!」
マサヒデもくすくす笑っていると、宿の戸が開いた。
噂をすれば? と皆の目がそちらに向く。
アルマダではなかったが、あれはいつぞやナガタニを連れて来た冒険者。
(雪の中、冒険者は大変な事だな)
と、テーブルに顔を戻し、
「その余ったお茶下さい」
とサクマに手を出すと、後ろから冒険者の声。
「私にゃその酒を頼みますよ」
マサヒデ達が冒険者の方を向く。
「や! トミヤスさん。お届け物ですぜ」
「は」
また人を連れている。
細面の、若く見えるがもう40は超えているだろうか? 武術家には見えない。
「どちら様です?」
「怪しいお方じゃございませんよ・・・っとっと」
冒険者がぐいっとお猪口を開けて、トモヤに返す。
「ありがとござんす! ま、お話はご本人から。あたしゃここに連れて来るのが仕事なんで・・・はい。毎度」
冒険者は男から金を受け取り、
「そいじゃ失礼しますぜ! ご馳走様でした!」
と、くるっと回って出て行ってしまった。
残された男がマサヒデを不安気な顔で見ている。
「あの、私に何か?」
「あなたが、トミヤスさん?」
「そうですが」
「奥方様の、レイシクラン様にお願いがありまして」
す、と皆の目に警戒の色。
明るかったテーブルが、ぴりっと静かになる。
向こう側のテーブルでぐったりしていたカオルも、鋭い目を男の背中に向けている。
「どういった?」
「港に停泊中の船には、図書室があると」
「図書室? ありますが、それが何か?」
「私、本を探しております。私の曽祖父が書いた本です」
「本ですか」
「私はカツジロウ=マツイと申します。私の祖父は、海生庵=マツイという物書きです。ゾエを回りましたが、その本が見つからず。レイシクラン家の蔵書であれば、発行の少ない物も、もしかしたらと思いまして」
トモヤがにっこり笑い、男にお猪口を差し出した。
「おう、そなたもマツイ殿か! ワシもマツイじゃ! 同じ姓であるし、おひとついかがか?」
「あ、いや、ありがたいのですが、酒はあまり・・・」
「つれないのう・・・」
ふん、とトモヤがそっぽを向いて、ちびりとお猪口を傾ける。
マサヒデが首を傾げて、少し考えた。
こういう用事で、あの厳しい船長が乗船を許してくれるか?
マサヒデが首を振る。
「マツイさん。多分、あなたは船には入れないです。私達はクレールさんと関係があるので、船に乗ることを許されています。ですが、あなたは他人です。クレールさんが許しても、私的な用事では、船長が許可を出さないと思います。あれはクレールさん個人の船ではなく、レイシクラン家の船ですから」
「そうですか・・・」
「ですが、あるかどうかは私が確かめる事は出来ますので、行ってきましょう。本の題名を教えて下さい」
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シルバー・プリンセス号。
この船に戻るのは、随分と久しぶりの気がする。
タラップを上っていくと、船員のサムがにっこり笑って出迎えてくれた。
「これはトミヤス様! ええと・・・お一人様という事は、お戻りというわけでは」
「ええ。残念ながら、まだ安宿暮らしですよ」
タラップの下では、カオルが馬に跨ったまま待っている。
すぐに出る、という事だ。
「忘れ物でも?」
「いや。ちょっと頼まれ事で、本を探しに来ました。もしかしたら、ここの図書室にあるかなって思って」
「私が行って確かめて参りましょう」
「ああ、いや。私が行きますよ。まだ図書室って使ってませんし、顔ぐらい出さないと」
「ははは! 分かりました。ではごゆっくり」
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図書室のドアを開け、おおっ、と声を上げそうになった。
天井近くまで高い本棚が奥まで続いている・・・凄い蔵書だ!
これなら、カツジロウが言っていた本もあるかもしれない。
きょろきょろ見回すと、受付のような所があり、眼鏡の女がこちらを見ている。
あれもレイシクラン一族の者だろうか?
「失礼。私、トミヤスです。クレールさんの夫の、マサヒデ=トミヤス」
司書がにっこりと笑って、頷いた。
「存じております。どのような本を探しに?」
「古い・・・と言っても、人族では古いという本です。ええと、あなたもレイシクランの方?」
「はい。古今の本は私にお任せ下さい」
「おお、頼もしい。では、海生庵=マツイという方の、俳句の本ってあります?」
お! と、司書が驚いた顔をマサヒデに向ける。
「あら! トミヤス様、中々のチョイスです! あ、クレール様のお使いですか?」
マサヒデが苦笑する。
「いえ。そのマツイという方のひ孫さんです。曽祖父の本が見つからないって。ここならあるかもと」
「海生庵=マツイのひ孫さんですか・・・ううん、人族はもうひ孫さんが産まれているんですね」
「ええ。本の題名は十三花」
「十三花・・・初期の作品ですね。2作目か3作目か・・・少々お待ち下さい」
司書は立ち上がって奥まで歩いて行き、しばらくして一冊の本を持って来た。
「こちらです」
少し古そうだが、そう高そうな本でもなく、厚みもなくすぐ読めそうだ。
受け取ってぱらぱらとめくると、何やら俳句らしきもの。達筆すぎて分からない。
ひとつひとつに誰々評と、その句への意見のようなものも書いてある。
「へえ。普通の本ですね。特に珍しいって感じでもなさそうですが」
「まだ海生庵が同人誌に寄稿していたものをまとめた物ですね。発行部数が少なく、現在はオークションでしか入手出来ません。高値で出ておりますよ」
「高い・・・珍しいんですね。どうじんしって何です?」
「同じ趣味の方々が集まって色々と書き集め、自費で出版する本ですね。こういった俳句、詩、小説、絵物語まで」
「へえ・・・では、私も色々な剣術の技術を皆でまとめて、同人誌を作ってみましょうか」
くすくす、と司書が可笑しそうに笑う。
「そういうのも同人誌になるとは思いますが。あ、でもトミヤス様の書いた本であれば、飛ぶように売れると思いますよ」
「でもそれって、文学が凄いのではなく、剣術で名が売れてるからですよね」
「はい」
「それで売れるって、何か違うような気がしますよ・・・あ、でも、技術を広める、残すっていう意味では良いのかな・・・それで、これって借りても良いですか?」
「はい。ですけど、そのひ孫さんへの又貸しはおやめ下さい」
「勿論です」
ぴ! と司書が真面目な顔で指を立てる。
「それと! 非常に貴重な本という事はお忘れなく。そちら、金100枚は軽く超えるお値段の本です」
「ええっ!?」
驚くマサヒデを見て、司書がにっこり笑った。
「ふふ。雪の中に落としてしまわないよう、お気を付け下さい」
「はい・・・気を付けます・・・」
マサヒデは『海生庵句集 十三花』と書かれた質素な本を、慎重に手拭いでくるみ、恐る恐る懐に入れて、船を下りていった。




