第67話
アルマダ達が道場で稽古をしている頃、宿では―――
「ううん・・・」
イザベルの居なくなった部屋で、ラディが頭を抱えていた。
机の横には、山と積まれた兵書。
これをまとめておいてくれと言われたのだが・・・
(分からない)
ペンを取り、メモに書く。
『すごく少ない人数で勝ちました。凄いです』
「く・・・」
どうまとめれば良いのか、さっぱり分からない。
アルマダかカオルが居れば・・・
アルマダはイザベルと一緒に出て行ってしまったし、カオルは居合の稽古中だ。
イザベルのまとめた物を見てみれば、合戦図の推移が見事に書かれている。
だが、自分が兵書の図を見ていても、さっぱり推移が分からない。
とん、とん。
「はっ! あ、はい!」
「うぉーい」
がちゃ、とドアが開き、酒徳利を抱えたトモヤ。
「おう、ラディどん! どうじゃ、おんしも一杯・・・」
ラディどん。
完全に酔っている・・・
「なんじゃあ? 魔術のお勉強かあ」
ふらふらとトモヤが机に寄ってくる。
「あ、いえ。イザベル様に兵書をまとめておけと」
「兵書お~?」
どん、と徳利を置いて、トモヤが兵書を覗き込む。
「ふうん・・・ふんふん・・・」
「分かるのですか?」
「うむ・・・ちと待たれい・・・これ、この最初の図を描いて」
「はい」
ず、ず、と線を引き、書かれている絵図をそのまま写す。
凸の字に数が書いてあり、それを小さく下に書く。
トモヤがそのひとつに指を置いて、すーっと弓形に滑らせ、
「まずこれ。これがこう動いてくる。こう線を引くのじゃ」
「はい」
「で、これ。反対側にこう動いてくるの」
「はい」
「良し。今引いた2本の線に、1と書いておきなされ。数字の1」
「1と、1。はい」
「で、線の先に凸の字の頭を敵陣に向けて書くのじゃ」
「はい」
トモヤがその凸の字の周りをぐるりと指で回す。
「ここが林の中じゃ。ここで待ち伏せておったのじゃな」
「あ、なるほど・・・」
「じゃが、ここで左右から挟まれたとて、敵方の陣は2万もおるの。右500と左に300。奇襲出来たとはいえ、突っ込ませたらあっという間に返り討ちじゃ」
「はい。刃が立たないと思います」
トモヤはお猪口に酒を注ぎ、どん、と徳利を置く。
「さて。ラディ殿ならばどうする」
「林に隠れたまま、鉄砲で撃って驚かせます」
うぐっとトモヤが酒を呑み、ぶはあ! と息を吐いた。
う、とラディが顔をしかめる。
「良くない! 鉄砲は良くない! まずは弓じゃ」
「何故でしょう?」
「最初は驚くが、すぐバレてしまうぞ。あ、あそこじゃと何千人と駆け込んでくるわい。弓鉄砲もばんばん飛んでくる。そこで弓じゃ。音がせぬ。あれ! どこから射られたのじゃ!」
とんとん、とトモヤが森の後ろに指を置く。
「ここが高くなっておるからして、弓ならここじゃと敵将は見るぞ。逃げやすいしの。凡将ならばここに伏兵を置くのじゃ。が! 敢えて敵に近い林を選んだ所に、この戦の妙があるのじゃ。ほれ、敵陣からこう出てくる」
すうっとトモヤが林を回るように指で線を引く。
「あ、なるほど。木があると追いかけられないから、回ってくる」
「そう! 大して広い林でもなし、林を挟んでおっては向こうも見えぬし、急いで追いかけるなら迂回した方が早いと見る。さて、敵将はこうして左右に分かれ、しかも背中を見せて、えっちらおっちら坂を登っていくぞ」
「ここで後ろから」
「ではない。くるっと後ろを向いたら、何千という兵が林の中に駆け込んでくるわい。ここに隠れておるとバレてしもうては、逃げ場がなかろうが」
「確かに」
「やり過ごしておるとじゃ。ここでこれ」
小さな凸の字、50。
丘の上から、丘の向こう側をずーっと迂回して線が引かれていく。
「このたった50の兵。これがこの戦の、もうひとつの妙じゃ」
「と言うと」
「線を辿っていくぞ。ほれ、逃げておる、逃げておる。これを追いかけて、敵将は丘の向こうじゃ。丘を挟むゆえ、本陣が見えなくなっておるぞ」
「ううん・・・」
「ここで上に置いてあるというのが絶妙じゃ。逃げる時は下り坂じゃで、この50が早い。敵方から見ると上り坂じゃで、追いつけぬというわけじゃな」
「なるほど!」
「で、本陣の左右は完全に開いたのじゃ。敵も離れて行く。この間、息を潜めてこの伏兵達は大将の居る場所を目をこらして探しておったのじゃ。見つけた! ここで鉄砲じゃ! ばーん! 大将首、取ったり! 大混乱じゃ! そこにこちらの本陣が突撃じゃ! あれえ~! 慌てて逃げて行ってしもうた。と、これがこの合戦じゃの」
「ううん・・・なるほど・・・」
ラディは驚いた顔で合戦図を見て、トモヤは得意気な顔を更に赤くして、へらへら笑っている。
「この50を追いかけて行った敵将も、鉄砲の音で驚き足を止めたぞ。どうしたどうした。早馬が駆け込んでくる。なんじゃと! 大将が死んでしもうたと! 慌ててとって返した頃には、林の伏兵もおらなんだ。ああ何ということじゃ・・・と、死んでしもうた大将を抱え、泣きながら帰っていくのじゃ! はっはっは!」
トモヤは笑いながら、お猪口を持ってふらふらしている。
「もしここで大将が死んでいなかったら」
「どうしようもなかろうて。じゃがの、そもそも兵力が違いすぎるわい。援軍も来ぬとなれば、籠城なぞいくらしておっても無駄じゃ、無駄。長くもって1ヶ月じゃ。それでは相手も引きはせぬ。勝算が少なくとも、出てくるのが正解じゃ。いざとなれば逃げる事も出来るしの。城をぐるりと囲まれてしもうては、逃げるも出来んわ」
「ううん!」
「ええと・・・どこじゃ・・・」
トモヤが酔っ払った目で、首を前に出したり後ろに下げたりしながら、ページをめくっていく。
「ほぃい、あったあった。まあ軍記物にはよくある話じゃの。家臣が皆籠城を考えておったが、若い殿様は野戦じゃと出て行ってしもうたと。阿呆じゃ、阿呆。この家臣共は皆が阿呆じゃ。戦を知っておるつもりで知らん。援軍の望みのない籠城なぞしてどうする。あっという間に踏み潰される人数差じゃ。敵方が城攻めを諦める程に時間稼ぎも出来はせぬ」
「・・・」
「これじゃ、これ」
トモヤが開いたページを読むと、確かに家臣が皆籠城を唱える中、1人野戦を主張する、と書いてある・・・
「でも、戦乱期なんですから、家臣の皆さんは何度も戦をしているのでは」
「違う! 違うぞ、ラディ殿! それはの、身体の動かし方を知っておるだけで、頭の使い方は知らんのじゃ。じゃから籠城、籠城と言い張るのじゃ。籠城されると大変じゃ。されば儂らも籠城しておれば良いのじゃ、なぞと単純に考えてしまうのじゃ」
「なるほど・・・」
「人数差は20倍。引くもならず、援軍も来ぬと分かっておる。追い詰められておると言うに、籠城なぞ阿呆らしゅうてやっておれるか? 何の考えも無くとも、華々しく討死で城を飛び出た方が楽に死ねるわ。何か良い策が? こんな籠城中に浮かぶものか。ヘタレの考えじゃ。先延ばしにしておるうちに、日干しになってしまうわ」
「それも書いておきます。ええと、ヘタレの考え・・・」
トモヤがにっこり笑う。
「おうおう! それが良いぞ! では書き終えたら下に参られませい! 教えてやったのじゃ、酒に付き合うてもらうぞよ!」
「え」
「待っておるぞ! わははは!」
笑い声を残して、トモヤは部屋を出て行った。




