第66話
翌日、ウスケシの安宿。
(また雪・・・)
アルマダが溜め息をついて、窓の外を見る。
こういう天気の時は、マサヒデとカオルは部屋で居合の稽古。
つ、つ、とページの横を指の腹でなぞる。
自分はこうして、暖かな暖炉の前で本を読むだけか?
「ふう」
溜め息をついて、本を閉じて立ち上がる。
シズクか、イザベルは来るだろうか。
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ラディの部屋では、分解された白露特殊部隊の長鉄砲が、綺麗に床のシートの上に並べられていた。
イザベルとラディがそれを挟んで座っている。
「ううむ、やはりだ。製造番号がどこにもないな。製造工場の名くらいは刻んであるはずだが、それすらない」
「はい。しかし、これでは整備に支障が出ませんか?」
「製造工場は決まっているのよ・・・どこかに隠れてな。製造数から予想するに、1つしかあるまい」
「ううん・・・」
「お前の八十三式よりはましだぞ。あれは1丁1丁を職人が丁寧に手掛けておるが、そのせいで同じ部品でも、組み上げてみると合わない、という事がままある。それが八十三式の大きな欠点でもある。お主の父上程の名人でも、全く同じ刀は打てぬようにな」
「なるほど」
「だが、全ての部品を丁寧に職人が手掛けたなど、まさに芸術品とも言える・・・」
イザベルが並べられた弾薬をひとつ摘み、眉を寄せる。
「しかし、この弾薬だ・・・2、3、カオル殿に提供し、軍に届けてもらうか。すぐに同じ物を作ってくれるだろう。分けてもらえるかどうかは分からぬが」
「どう、特殊なのでしょう?」
「この弾薬、弾が遅い。音速を超えないから、があんと音がせぬ。鉄砲の音というのは、火薬がばんと鳴る音と、音速を超えた時の大きな音。これで音が響く」
「なるほど」
「そして、八十三式の弾と比べれば分かるが、弾頭が大きい。大きいから重い。重いから、がつんとくる。速度はなくても、威力は十分だ」
「ううん・・・」
「だが、遅い上に重いから、遠くまで飛ばぬ。クロスボウに近い軌道だ。狙撃も遠くからは無理だな。まあ、慣れても狙えるのは3、4町(300~400m強)であろう。それ以上は弾がブレて狙えぬ。八十三式であれば、達者なら20町でも狙える」
「・・・」
「ううむ・・・」
ここでイザベルが腕を組んで唸る。
どうしたのかとラディがイザベルの言葉を待っていると、ドアがノックされた。
「む・・・どなたか」
「ハワードです」
イザベルがちらりとラディを見て、
「どうぞ」
「失礼・・・」
ドアを開けたアルマダが、驚いて足を止める。
「それは・・・白露の長鉄砲ですか?」
「はい」
ぱたりとドアを閉め、アルマダが少し離れて立つ。
「分解したのですか」
「はい。こうすれば、アタッシュケースに簡単に入ります。運ぶにも良いと考えておりましたが・・・」
「何か不都合でも?」
イザベルが頷いて、
「次は米衆連合国。白露の特殊部隊の武器など持ち込んでは・・・入国検査で見つかると、少々面倒かと考えまして。勇者祭の者が持ちうる得物ではございません」
「確かに。折角入手は出来ましたが、置いていきますか」
「しかし惜しい。手元に1丁は置いておきたいと・・・私の影働きにも役立ちます」
くす、とアルマダが笑って、
「ふふ。影働きでは、カオルさんに良い所を持っていかれていますか?」
「・・・」
「そこはカオルさん達、忍の皆様にご相談なさい。密輸などお手の物でしょう。危ない時もさっと隠してくれますよ。それか、イザベル様の持ち物にして、堂々と持ち込むのはどうです」
私の持ち物で、堂々と? イザベルが怪訝な顔を向ける。
「堂々と?」
アルマダがにやっと笑い、
「あなたのお父上は軍人でしょう。あなたも元軍人。入国審査時には堂々と、白露の特殊部隊を蹴散らしてやったので、首代わりにお土産に持って行く、と言えば。米衆の軍もあなたの事は知っているでしょうし、白露の恥を聞けば喜びますよ」
「ふふふ。なるほど。流石ハワード様です」
「ま、申請が通らず没収となった時に、カオルさん達にお頼みなさると良いと思います。例え没収されても、ファッテンベルクの持ち物です。出国時には必ず返してもらえるでしょうし、いくつかあるのですから、1丁は軍に提供しようと持ちかけては」
イザベルが難しい顔をして、首を傾げ、
「・・・それは・・・やめておいた方が良いかと」
「何故です?」
「我々が提供したのは必ず漏れます。白露を敵には回したくありません」
おや、とアルマダとラディが顔を見合わせる。
「何故漏れると?」
「どちらも忍が大したものではありません。毎日情報の盗み合いをしております。この国のようにほぼ漏れない、という事はございませんので」
「おやおや。これは手厳しい。では、提供はやめておきますか」
「はい。米衆軍から話を持ちかけられたら考えましょう。盗まれた体にして提供するなど・・・」
「良いですね。では、イザベル様。一緒にトワダ道場に参りませんか?」
「は?」
アルマダが窓を見る。今日も雪だ。
「雪が降ったら身体を動かさない、というのは飽きました。多少雪を被っても構いませんから、稽古が出来る場所へ行きましょう。イザベル様も腕が鈍りますよ。マサヒデさん達は、今も居合の稽古中なんです」
「参ります」
「では、シズクさんも呼びますか」
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そして、一剣流ゾエ派トワダ道場―――
暇だからと、トワダもどてらで火鉢に手を当てながら、アルマダ達の稽古を見ている。
シズクが棒を立ててアルマダの前に立ち、
「ハワードさんさあ」
「何でしょう?」
「ほら、前にジロウさんと立ち会いした時、覚えてる?」
「勿論」
「木刀ぶっ飛ばしたでしょ? あれどうやったの?」(※勇者祭583話)
「ああ・・・」
アルマダがさっぱりとした笑顔で、イザベルを手で招く。
「イザベル様。ちょっとこちらへ」
「は!」
素振りを止め、イザベルが歩いて来る。
「逆袈裟に構えて下さい」
イザベルが木剣を肩に上げる。
「こうですか?」
「結構です。で、私はここでしたね」
アルマダがイザベルの右に立ち、すっとイザベルの木剣と顔の隙間に、自分の木剣を差し入れる。
「シズクさん。この状況ですね」
「うんうん。ここでばちーん! て落として、木刀がばんばん跳ねた!」
トワダが興味深そうに、後ろで身を乗り出している。
アルマダがイザベルの腕を指差す。木剣の刃の真下。
「本来なら、ここで腕を落としてしまいます」
「だね」
「ですが、木剣とはいえ、思い切り落とすと両腕が痛いですね」
「そりゃあね」
「ですので」
くい、とアルマダが木剣を傾けると、刃がイザベルの親指に向けられる。アルマダがイザベルの握りの上に指を持って来て、
「実はこうしていました。腕ではなく、木刀を狙いたかったので、ここです。手に当たるかもと、ひやっとしましたが」
「なるほどー!」
イザベルは何が起こるか分からないので、どきどきしている。目の前にアルマダの木剣があるのだ。
「で、こうします」
す、とアルマダの腰が沈んだ瞬間、がつん! とイザベルの木剣が跳ねて、かん、かん、と音を立てて跳ねて止まる・・・
「これ! なんで!? 全然振り上げてないじゃん!」
「・・・」
じんじんする手を前に落としたまま、イザベルも目を丸くしている。
アルマダが木剣を引き、
「これは、一見すると腰を落とした重みと見えますが、大事なのは踏み込みです」
「え?」
アルマダが足元を指差す。
「その場でぐっと地面を押す。当然、地面から反発する力はありますね」
「ん? ん? あるかな・・・ま、うん」
うん、うん、とシズクが足を踏みつける。
アルマダがしゃがみ込み、シズクの膝の下に指を当てて、
「ここまでは感じますね? 地面からくる力」
「うん・・・多分? よく分からんけど、まあ膝にはくるね」
アルマダがすすーっと指を上げてきて、
「足の力、膝の力を抜いて、踏みつけてみると、多分、太もも辺りまで感じるはずです。この辺り」
ぐ。ぐ。
は! とシズクが驚いて、
「ああ! うんうん! 分かる分かる! 来てる来てる!」
アルマダがにっこり笑ってシズクを見上げ、
「でしょう? 力を抜くと、地面からくる反発が登ってきます。で、足から・・・」
腰、腹、腕、とアルマダの指が登ってきて、最後に手。
「ここまで持って来るというわけです」
「はあー! そんな事してたんだ!」
「腰まで持って来るのは、結構すぐに出来ます。そこから上に伝えていくのが難しい。ま、この力を使って、更に体重をかけて撃ち落としたわけですね」
アルマダが自分の足を指差し、すーっと太もも、腰、腹、肩、手と動かしてきて、
「このように力が伝わってくる。そこに体重も乗ったので、がつんといける。ただ体重だけでは、私では無理ですよ」
イザベルが首を傾げながら、とん、とん、と床を踏む。
アルマダがそれを見て小さく笑い、
「脱力出来ていないと、力が関節で止まってしまいます。今、膝で感じているはず。脱力と言っても、抜きすぎず、固めすぎず、自然になるという所が肝要です。剣という重い物を持つので、意外と感じているより身体は強張っています。なので、脱力しきった、ぎりぎりだ、という所が、実は丁度良い所なのですね。ま、あくまで私の感覚ではですが」
「はい」
ですけど、とアルマダが小さく笑い、首を振った。
「教えはしましたが、これはイザベル様にもシズクさんにも必要ない技術です。忘れて結構。龍人族の武術家でも相手にしようと言うなら、考えても良いと思いますが」
「何故、我々には必要ないのでしょう?」
「こんな事をしなくても、私より遥かに強い撃ち込みが出来るからです。イザベル様は、マサヒデさんに教えられた振り上げを、100回振って100回出来るまで練習なさい。縦横斜め、どこからでも出来るように。イザベル様は、撃ち込みを強くするより、速くする事が大事です。勿論、速く振るのではなく、速く振り上げるです」
「は!」
シズクが首を傾げ、むーん、と手刀を振る。
「これ、マサちゃんもやってる?」
「勿論。剣を振るというのは、腰からと思いがちですが、この足からが基本ですよ。前に踏み込む、後ろに下がる、右、左。その場で腰を落としただけでも。どう動いても、地面からの反発は来ます。下から力は来ているんです。止めてしまったら勿体ないでしょう? 強い踏み込みを毎回膝で止めていたら、膝も痛めますよ」
シズクが首を振って、かくっと肩を落とす。
「やっぱ、トミヤス流って感覚派なんだね。説明されても分からん。いや、頭では分かるんだけど、全然身体がついていかないよ」
「頭で分かるなら、後はついていくようにする。それが稽古です」
「ううむ・・・」
「ふふ。イザベル様は忘れて結構ですよ」
「はい・・・ううむ?」
イザベルは難しい顔で、ぐ、ぐ、と床を押し込む。
その3人の様子を見て、ううむ、と後ろのトワダが小さく唸る。
アルマダもマサヒデも、小さなうちから教えられたから身に付いたのだ。
これは超上級の技術。何年もの時間をかけて身に付く繊細な技術。
今、アルマダはこれを『基本』と言った。
これがトミヤス流の基本なのか・・・




