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勇者祭3 ゾエ編  作者: 牧野三河


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第65話


 オリネオ魔術師協会。


 うっかりサカバヤシの太刀を斬ってしまった事をバラされたカゲミツが、肩をすぼめて湯呑を取る。


「ま、まあまあ・・・ジンちゃん、そう怒るなって。前より綺麗になってるはずだから。元の形に直しちゃうんだから」


 ふうー、とジンゴロウが息を吐き、


「・・・そうだな。お前を怒るのは筋違いだな。悪いのはジンノジョウだ」


「そうだよ! マツさんビビらせんなよ・・・」


「ふう・・・」


 ジンゴロウがマツに向き直り、頭を下げた。


「大きな声を出して申し訳ございませんでした」


「い、いえ・・・大事な御刀ですから・・・仕方ありません」


 カゲミツが無理に顔を明るくして、


「な、な、マツさん、孫見てもらおうぜ!」


「あ、はい! サカバヤシ様、私の子を見てやって下さいまし」


 マツが振り向いて、さらっと床の間の袱紗を取る。


「うっ!?」


 下から現れたのは、禍々しさの極みにしか見えないタマゴ。

 黒く、鱗のようなものでびっしりと覆われ、鱗の隙間には赤黒い色。

 これがタマゴ!?


「のっ」


 呪いと口に出しかけて、ぐっと飲み込む。

 これは呪いのかかった物の類ではないのか・・・?

 もしや魔獣のタマゴ!? またカゲミツのいたずらか!?


(平常心!)


 心に言い聞かせて、ん、と居住まいを正す。


「む。これがお子でございますか。私も魔族ではございますが、タマゴを見るのは初めてです」


 おや、とマツが不思議そうな顔で、


「あら? 流石はサカバヤシ様です。皆様驚かれますのに・・・」


「常日頃、平常心を保つように心がけておりますゆえ」


 ぷ! とカゲミツが吹き出し、ぱん! とジンゴロウの背をはたく。


「格好つけちゃって! 何が平常心だ。馬鹿言うなよ。さっき怒鳴ったくせによ」


「む・・・」


「ビビったんだろ? なあなあ、正直に言えって!」


 カゲミツもマツもにやにやとジンゴロウを見ている。

 ふ、とジンゴロウが肩を落とし、苦笑を浮かべた。


「まあ、正直に言いますと、少々・・・」


「やーっぱり!」


 手を叩いて喜ぶカゲミツ。マツもくすっと小さく笑う。


「して、お子の名は?」


「テルクニでございます。お父上が名付けて下さいました」


「どうどう? 良い名だろ?」


「うむ。カゲやん、名付けの趣味だけは良いよな」


「だけって言うなよ。剣術もまあまあいけてるクチだぜ」


「まあまあな」


「はははは!」「はははは!」


 達人2人が声を上げて笑う。

 この2人がまあまあであれば、他の者は何と言ったものか・・・

 笑って良いものかどうか、マツが困って薄笑いを浮かべていると、くるっとカゲミツがこちらを向く。


「なあなあ、マツさん! 頼みがあんだよ」


「あ、はい。何でございましょう」


「あのさ、俺と立ち会った時のあの術! ジンちゃんにかけてみてよ!」


 う!? とジンゴロウがカゲミツを見て、マツを見る。

 「死ぬところだった」「元王宮魔術師のトップ」

 カゲミツの言葉が、ジンゴロウの頭に浮かぶ。


「何!? おい、やめろ! マツ殿!?」


「うふふ。構いませんよ。サカバヤシ様、危険は一切ございませんから」


「おやめ下され!?」


 言って、はっ、とジンゴロウが気付いた時には、周りから音が消えていた。

 カゲミツもマツも、目の前で笑っている。


「な、何を!?」


 カゲミツが腹を抱えて、転がってげらげら笑っている。

 マツも口に手を当てて、くすくす笑っている。

 が、笑い声が聞こえない。


「おい!?」


 と、ごろごろと転がっているカゲミツに手を伸ばし、はっとした。

 手の平に感じる空気の流れがおかしい。

 そっとカゲミツに手を伸ばしていくと、すうっと通り抜けてしまった。


(何!?)


 マツの肩に手を伸ばすと、やはりすり抜ける。

 横に置いてある茶碗も触れない。

 直ぐ側に見えるのに、全く気配というものがない。


(くそ!)


 静かすぎて、きーん、と耳鳴りが酷く鳴る。

 自分が動く衣擦れの音と、身体を伝わってくる呼吸の音。

 筋肉の音、細胞ひとつひとつの音まで聞こえてきそうな、文字通りの静寂。


「よおし落ち着けー」


 静けさを誤魔化すように声に出す。


「んー・・・」


 刀を鞘ごとカゲミツに突き出す。何の手応えもない。


「ん」


 肩に抱えるように、背中の壁に向けてみる。


「んんっ!?」


 壁に当たった感覚がないのに、止まった。

 後ろを向いた瞬間、手の感覚がおかしくて目が回りそうになる。

 ぐ、ぐ、と押し込むのに、反発がない。ないのに、止められている。


「すー、んー、んなわきゃあない・・・」


 壁に手を伸ばし、ぐいぐいと押してみる。


「・・・」


 やはり、なんの反発もないのに、手が止められる。

 手の感覚についていけず、くらくらしてきてしまった。

 額に手を当てて首を振る。


「馬鹿な」


 と、ぴん! と空気が変わり、音が耳に入る。

 はっ! とカゲミツを見ると、こちらを指差して、笑い声を上げる。


「ぎゃーははははは! ビビった!」


「うふふ。お父上ったら」


「・・・」


「固まってる、固まってる! ジンちゃん! ほら、起きて! もう夕方ですよ!」


「・・・」


「サカバヤシ様? お加減は?」


 ぽん、とマツがジンゴロウの肩に手を置くと、びく! とジンゴロウがマツを見る。


「うふふ。ご気分が優れませんか?」


「・・・参りました・・・」


「ぶはははははは!」


「ぷ!」


 カゲミツが大声で笑い、マツも吹き出してしまった。



----------



 ジンゴロウの気分も落ち着き、改めてマツが茶を点てる。


「お父上。サカバヤシ様もですけれど、ご質問、宜しいですか?」


 カゲミツがまんじゅうを口に入れながら、


「あに?」


「何なりと」


「そこまでお強くなりたいと思いますのは、何故?」


 カゲミツとジンゴロウが顔を見合わせる。


「負けたくないから」


「ふむ。私は楽して勝ちたいからですか」


 ほ? とマツが小さく首を傾げる。


「楽をして勝ちたいからと申されますと?」


「全力、全力、で刀を振っておれば、すぐに疲れますゆえ」


 マツが首を傾げる。


「はあ・・・どういう事でしょう?」


 ジンゴロウが腕を組み、庭を見る。

 侘びた、良い庭だ。マツの品の良さが窺える。


「そうですなあ・・・例えば、1町(約110m)のかけっこ競争を致します」


「はい」


「1町なら、全力でも駆けられましょう。だが、1町駆けた所にまた別がおりましたと。また1町。まあなんとか全力で駆け抜けられたと致します。また1町。他の者が立っております。流石にもう走れない」


「はい」


「だが、歩きなら10町、20町と歩けますな」


「はい」


「では、歩く速さを駆ける速さと同じに致しましょう、とこういう事です。こちらは歩いておりますが、相手は全力。楽して誰にも負けませぬ。分かりますかな?」


「ううん・・・分かるような、分かりませんような・・・」


「まあ、歩く速さが走るよりも速くなれば、もはやかけっこでは負け知らずという訳です」


「はい」


「さて、刀を振る速さが誰よりも速ければ、誰にも触れられず勝てますかな」


「まあ、場合にもよりますが、そうだと思います」


「全力の1割で、振りの速さが誰よりも速ければ? 1割の力なら、楽に何度も振れますから、残り9割も力が残っております。駆けるも跳ぶも自由自在。100人、1000人とかかってきても、あくびが出るほど楽ですな」


 分かったような、分からないような・・・

 カゲミツがにやりと笑い、


「こういう事! こいつもかけっこで負けたくねえってわけ! 負けたくないってだけ!」


「ふふ。ま、そういう事です」


 ジンゴロウが笑って茶を飲む。


「要は負けず嫌いと言う事ですか?」


「まあ、その通りですか」


「マサヒデ様は、いざ勝負ときたら、私の負けで良いからと、お相手になさらない事がありましたが」


「おお! 楽しておりますな! カゲやん、中々やるな」


「へへ。だろ?」


「ジンノジョウなら突っかかっていきましょうが・・・ううむ、マサヒデ君、やるな? やっぱジンノジョウ、負けちまうかな・・・・」


「ほらな? 親の贔屓目じゃねえって言ったろ?」


 ふん、とジンゴロウが口を尖らせて横を向く。

 くすっとマツが笑った。

 達人も人なのだ。


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