第64話
ここはオリネオの町。
マサヒデの父、剣聖カゲミツと、ジンノジョウの父、サカバヤシ流宗家ジンゴロウが馬を下りて歩いて行く。
町の門を潜ってすぐが魔術師協会。
「ここが魔術師協会な。マサヒデの嫁のマツさんが居る所」
「ここお?」
向かいの冒険者ギルドを見て、魔術師協会に目を戻す。
看板は出ているが、ただの平屋。
冒険者ギルドは大きなホテルくらいの大きさ。
「カゲやん、こう言っちゃなんだが、小せえぞ」
「マツさん1人で十分なんだよ。1人でこの町、全部捌いてんだぞ」
「そっか・・・そりゃそうか。大魔術師だもんな・・・そう考えるとすげえな」
「だろ? まあ、マツさんは後な。先に三尺刀の注文済ませよう」
「ああ・・・」
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ホルニ工房前。
「ここが噂の鍛冶屋ってわけ」
「・・・こう言っちゃ何だが、小せえぞ」
「なあに、市井に埋もれた達人って奴だ。あのな、帰ったらホルニさんの作、見せてやるよ。ミカサ上工並だぞ」
「まじ!? 現代刀匠で?」
「ああ。何本か増えてると思うから、良いのあったら買ってけよ。刀の店売りはしてねえんだ。これって人にしか売ってくれねえし、注文も受けねえ。一級の職人だぜ」
「へーえ・・・」
がらり。
「ちわー」
「あ! カゲミツ様!」
カウンターのラディの母が顔を上げる。
「どうもー! ちっと、稽古用の刀、注文に来たんだ」
カゲミツがジンゴロウを親指で差して、
「これ、俺の古い友達ってやつ。抜き打ち名人。ジンゴロウ=サカバヤシ」
「お前な・・・」
ジンゴロウが渋い顔で頭を下げ、
「サカバヤシ流宗家、ジンゴロウ=サカバヤシと申します」
「宗家! これは、また・・・」
くす、とカゲミツが笑って、
「奥方さん、俺もトミヤス流宗家。しかも初代宗家」
「あ、あっ・・・そうでした・・・」
「ははは! 中、邪魔して良いかい」
カゲミツが鍛冶場の戸を指差す。
中からは「かあん! かあん!」と、槌の音が響いてくる。
「どうぞどうぞ! 火にはお気を付け下さいませ」
がらりと戸を開けると、むわっと熱気。
ホルニが凄い目で黄色く熱せられた鋼を叩いている。
何度か叩き、鏨を入れ、折り返してまた叩き、ふうー・・・と息をついて顔を上げ、
「あっ! カゲミツ様!」
「おう、ホルニさん! 客連れて来たぜ!」
ぐ、とジンゴロウが頭を下げた。
「サカバヤシ流、ジンゴロウ=サカバヤシと申します」
「むう! サカバヤシ流の・・・」
ホルニの目が驚きで見開かれる。
「しばらくトミヤス道場に逗留致します。代稽古を致しますので、稽古に使う刀を打って頂きたく」
「3尺3寸の?」
「あ、ご存知で。刃はいりませぬ。抜く、納めるの稽古が出来れば良いのです。撃ち合うでもないので、安い鉄で結構。数打ちで何本か」
む、とホルニが頷き、
「承知致しました。その、時に・・・」
「む。何か」
ホルニが目を泳がせ、声を小さくして、
「娘とはお会いに・・・」
「はっはっはー! ホルニさあん、ラディちゃん心配で心配で、なあ!?」
カゲミツが笑いながら、ホルニの肩を叩く。
「背の高い?」
「はい」
くす、とジンゴロウが笑った。
「ほとんどすれ違いで喋りは致しませんでしたが、お元気でしたぞ。可愛いコートを着ておりましたな」
「可愛い・・・さ、左様で・・・」
ホルニが手拭いを出し、ごしごしと顔を擦り、ぱあん! と頬を張った。
「いやはや、お見苦しい所を。おほん! ご注文、確かに承りました。上がりましたら、トミヤス道場にお届けに参ります」
「宜しくお願い致します」
「ははは! じゃ、今日は顔合わせって所でな。また今度、こいつにあんたの刀、見せてやってくれるかい。これからマツさん所にも挨拶に行くからさ」
「は・・・」
「おい、行くぜ。ホルニさん、仕事中だからな」
む、とジンゴロウが頷き、軽く頭を下げた。
「それではまた後日、改めて参ります。本日はこれにて」
「は。わざわざのお運び、感謝致します」
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魔術師協会。
玄関に手を掛けたカゲミツを、ジンゴロウが止める。
「カゲやん、ちょ、待って」
「何」
「平常心、平常心」
言いながら、帯を整え、襟を正し、髪を撫でて・・・・
「何? ジンちゃん、ビビってんの?」
「正直言うと、ちょっとビビってる、えれえ大魔術師なんだろ?」
カゲミツが、ははあ、と面白そうに笑う。
「まあねー。すげえんだから。嫁自慢しちゃう? 元陰陽頭。王宮魔術師のトップってやつ。従六位下? だったかな?」
「官位持ってんの!? 王宮魔術師のトップとか!?」
「もう返上してるけど」
「おいおい。緊張さすなって・・・ちょ待ってって」
刀の位置、脇差の位置・・・
おほん、と咳払いして、
「うし・・・ん! いいぞ、カゲやん。開けてくれ」
「ビビんなよ」
がらり。
開けると、手を付いたマツ。
「あら、お父上」
「よう! 元気?」
「勿論ですとも! そちらのお方は・・・」
ジンゴロウが「ん、ん」と小さく咳払いして、
「お初にお目に掛かります。ジンゴロウ=サカバヤシと申します」
「サカバヤシ・・・ああ!」
ぽん、とマツが手を叩き、
「あの、ジンノジョウ? 様、のお父上でございますか?」
「は。その節は息子がお騒がせ致しました」
「これは失礼致しました。改めまして、マツ=トミヤスと申します。ささ、お父上、サカバヤシ様、ここでは何ですから、お上がり下さいませ」
「はーい」
「失礼致す」
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こおん!
ししおどしの音が響く。
カゲミツは普通の茶だが、ジンゴロウにはマツが茶を点てている。
す・・・と絶妙な所で茶筅を止め、ふわっと上げると、綺麗に泡が立つ。
「お見事」
「大した腕ではございませんが」
ジンゴロウがすっと椀を取り、ゆっくりと回して、
「ううむ・・・」
「お分かりになりますか?」
「いや。恥ずかしながら、さっぱりでございますが・・・」
椀はぐにゃりと曲がった形で、見た事もない。
だが、触っていると分かる。歪んでいるのに、しっかりと安定している。
「茶碗の値はさっぱり分かりませぬが、これは高いと見えます。初めて見る」
「うふふ」
ずずっとカゲミツが茶をすすり、
「何だ、ジンちゃん、茶器なんて分かるの? 適当言ってんじゃねえの?」
「ジンちゃん」
マツが驚いた顔で、ジンゴロウを見ると、は! とジンゴロウがカゲミツを見て、
「おおい! やめろよなあ!」
「いいよ、他人じゃないんだから・・・マツさん、こいつ俺の古い友達だから。堅っ苦しい仲じゃねえんだ」
ジンゴロウが渋い顔をして、
「参ったな・・・カゲやん、他でうっかり呼ぶなよ」
「カゲやん」
またマツが驚き、カゲミツを見ると、カゲミツが笑って、
「くくく。ま、こうやって呼び合う仲なのさ」
「・・・」
ジンゴロウが渋い顔のまま、茶を喫して、すっと懐紙で茶碗の縁を拭い、
「結構なお点前」
と、椀をマツに戻した。
くすっとマツが笑い、
「お粗末でございました」
と、椀を引く。
「そうでした。サカバヤシ様、御刀は大丈夫でしたか?」
ジンゴロウが怪訝な顔をして、
「御刀?」
と聞き返した。
は! とカゲミツが気付く。
ジンノジョウは刀を斬られた事を話していないのだ!
「ジンノジョウ様の御刀が壊れてしまっていて、私が直しました」
慌てて口に指を当てたが、時すでに遅し。
「何!?」
「お父上が斬られてしまったんですよね。柄だけ斬り落とすなんて流石です。そうすれば抜けませんもの」
きりきりきり・・・とジンゴロウがカゲミツの方にゆっくり顔を向ける。
「カゲやん・・・」
「し、知らねえって! 抜き打ち勝負って来たから! 後から気付いて・・・マツさんに頼んで直してもらえって」
マツはにこにこ笑ったまま。
「凄い御刀だったんですね。ご先祖様伝来の御刀と聞きました」
「ええ・・・それはもう・・・」
カゲミツは目を逸らして固い笑みを浮かべ、
「な、凄いだろ? マツさん、何でも元通りに直せちゃうんだぜ・・・」
「ああ」
「な、な? 元通り! だから怒るなって! 息子さんも悪気があったわけじゃねえって」
「悪気なくサカバヤシの太刀を持ち出したりするものか!」
びくっとマツが驚いて肩を竦める。
声が大きいだけではなく、凄い気迫!
「でーすよねー・・・あはははー・・・」
カゲミツは固い笑みのまま・・・




