第63話
その日、トミヤス道場。
首都ウキョウまでレイシクランの豪華客船に送ってもらったジンノジョウの父、サカバヤシ流夢想派宗家、ジンゴロウ=サカバヤシが到着していた。
馬で2週間かかる所を駆けに駆け、早い到着であった。
「ふう!」
息をつき、ぱたぱたと旅の汚れが着いた服を叩いていると、中から門弟が出てくる。
ジンゴロウは笠を取り、丁寧に頭を下げ、
「む、これは失礼致した。手前、ジンゴロウ=サカバヤシと申します。カゲミツ殿はおられますでしょうか」
ぎょ! と門弟が背を仰け反らす。
「もしや!? いや、あの・・・サカバヤシ流の宗家の!?」
「恥ずかしながら」
「・・・ど、どうぞっ・・・ご案内致します」
カゲミツは門前に誰か来ると、ぴんと察して門弟を出すのだが、まさかサカバヤシ流宗家であったとは・・・
門弟が胸を鳴らしながら、道場にジンゴロウを案内し、おどおどした声で、
「カゲミツ様は、今は稽古の時間で・・・」
「あいや、構いませぬ。お時間が取られるまで待ち申す。知らぬ仲でもありませぬゆえ、到着だけをお伝え下され」
「は。さればこちらへ」
小部屋に通され、ジンゴロウは荷物を下ろし、胸を高鳴らせる。
カゲミツが魔の国で1、2と言われる武術家と戦い、その覚書を預かった。
それを聞き、慌てて飛び出てきたのだ。
(如何な武術であろう!)
竹筒から水を飲み、乾いた口を濡らして、正座して待っていると、ぱん! と戸が開き、お! とジンゴロウが顔を向け、笑顔になった。
「ジンちゃん!」
「カゲやん!」
カゲミツの顔がほころぶ。
「ひっさしぶりじゃねえかあ! 変わんねえなあ!」
「カゲやん、歳くったなあ! 貫禄出てきたぜ!」
カゲミツが顔をぺたぺた触り、照れ笑いを浮かべる。
「そう? あーもう、あんたら歳食わねえからなあ! で? で? どうしたんだよ、連絡もしないで。代稽古にゃ息子さんが来るって話じゃねえか」
ジンゴロウがにやりと笑った。
「マサヒデ君から聞いたぞおー。クノ! 全方不敗流!」
「ああっ!? あの野郎! 口が軽い・・・」
「見せてくれるだろ? 覚書、もらったそうじゃないの」
ぺちん! とカゲミツが額に手を当てる。
「仕方ねえなあ・・・見せてやるよ。ジンノジョウ君に見せて驚かすつもりだったのによ! 計画バラバラじゃねえか・・・」
「まあまあまあ、タダとは言わねえから。俺が代稽古するからさ。一緒に研究しようぜ。な? 良いだろ?」
「ううん、まあ、それは助かる。いや、面白えんだよ。虫人族じゃねえと無理ってのもあるんだけど、使えるのも結構あるぜ」
「ある!? 俺ら猫族でも使える?」
「おお、使える使える! あ、でもよ、稽古ん時はカゲやんはやめてくれよ。俺もサカバヤシさーんて呼ぶから」
ジンゴロウが軽く手を挙げて、ばん! とカゲミツの肩に手を置き、片目を瞑る。
「分かってる分かってる!」
「で、いつまで居る? 長く居るつもりならさ、マサヒデの嫁紹介するぜ。マツさんてんだけど」
「え、まじ? 大魔術師って話、聞いたけど。レイシクランの子よりやべえんだろ」
「おお、とんでもねえ大魔術師。すげえぞ。山ひとつ軽く吹き飛ばせるくらい。いっぺん、酒に酔っちまってさあ、立ち会いした事あんだよ」
「おいおい! 嫁相手にかよ」
「ここからここから! 俺、死にそうになったんだぜ。とんでもねえ魔術使うんだって。手も足も出ねえ」
「まじかよ!? カゲやんがか! とんでもねえな!?」
カゲミツがぱあっと明るい顔で笑い、ぱちん! と手を合わせた。
「そう! そおーうだ、マツさん所に俺の孫もいるぜ。まだタマゴだけど」
「は!? カゲやん、お祖父ちゃんになったの!?」
「そーだよ! まー、あのタマゴ見たらビビるぜ。ここだけの話だがよ・・・」
カゲミツが顔を寄せ、口に手を当てて、
「コヒョウエ先生さ、タマゴ見た時ビビって、脇差抜きそうになったぜ」
「はあ!? それどんなタマゴ!? てか、コヒョウエ先生がビビったって」
「すげえぞおー」
「ちょっとちょっとお・・・見てえな、お孫さん」
「それとよ、道場、馬術教えるようになったの!」
「馬? そーれは金かかったろー・・・そんな儲けてんの?」
「いやいや、マサヒデがいい野生馬見つけてきたの! 見た? マサヒデの馬」
「あー・・・見たような、見てねえような・・・慌てて出てきたから、あんま目に入ってなかった」
「なんだよ! そこは見とけって! 悔しいけど、ありゃ俺の馬も負けるわ」
「まじかよ。てか、息子に負けるなよ」
「仕方ねえだろー。あいつが先に見つけちまったんだからよ。あ、牧場見てきた?」
「いや、見てねえ」
「通って来たろー! ここから町までの道沿いにあったろ!?」
「いやあ、全然。もうすっ飛ばしてここに来ることしか頭になかったし」
「見とけってー。あそこもすげえ馬あんだから! まあ、マツさん紹介する時についでに見てけよ。じゃ、道場行こうぜ。しばらくここで代稽古って紹介すっから」
「ん、うん、代稽古って緊張するよな。ちょっと待って・・・」
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「やめ! 全員並べ!」
「「「はいっ!」」」
ざざ! と門弟達が木刀を置いて綺麗に並んで正座する。
間を抜け、カゲミツとジンゴロウが上座に立つ。
「よーし、すげえ客人を紹介するぞ。こちらはジンゴロウ=サカバヤシ先生。言わずと知れたサカバヤシ流夢想派の宗家だ。顔を拝めるだけでもありがてえのに、何としばらく代稽古をしてくれるそうだ」
む、とジンゴロウが重々しく頷き、軽く頭を下げ、
「ジンゴロウ=サカバヤシと申します。不祥の息子に代わり、しばらくこちらで代稽古を務めさせて頂きます」
「「「宜しくお願い致します!」」」
「俺の旧友でもある。腕は、まあ言わなくても分かると思うが、おい。お前、ちょっと見せてもらえ。見えるかどうか分からんが、全員、瞬きするな」
「は!」
門弟が木刀を持って立ち上がる。
「よし。サカバヤシ先生にお相手して頂ける事を光栄に思え。ではサカバヤシ先生」
「はい」
ジンゴロウは懐手にして、門弟の前に立つ。
「はじめ」
は! と何人かの門弟が気付いた。
ジンゴロウが左手の親指で鯉口をくっと納めたのが見えたのだ。
しかし、右手は懐手のまま・・・のはずだったが、懐から出して抜いたのだ!
その動きは見えなかったが・・・
「てえい!」
と、門弟が声を上げると、がらん、と木刀が落ちる。
「うっ!? あれっ!?」
「はいそれまでー! サカバヤシ先生、前より速くなったな」
「なに、雷の速さにはまだまだ」
「あっ・・・ありがとう、ございました・・・」
斬れた木刀を拾い、門弟が下がって行く。
「サカバヤシ先生の代稽古には文句はねえな・・・って、あっ。ジン・・・先生」
「ん?」
「うち、三尺刀はねえぞ」
「え!? ないの!?」
「仕方ねえ・・・ホルニさんに適当に作ってもらうか。隣町のオリネオに腕利きの鍛冶屋がいんだよ。紹介がてら、後で行くか」
「ううむ・・・申し訳ない。カゲミツ殿であれば、長尺刀のひとつふたつはあると思っておったが」
「いやあるけど! 稽古に使うわけねえだろ。鞘割れたり欠けたりしたらどうすんだよ。代稽古ってんだから、持ってこいよな・・・来るなら先に連絡しろって。こっちで用意しとくんだから」
「いや・・・これは申し訳ない・・・」
「仕方ねえな。午後は自主練。俺達はオリネオに行くぞ。三尺刀の注文出さねえとよ。サカバヤシ先生、ついでにマツさんと、孫も紹介するから」
「うむ」
「三尺刀が出来るまでは、適当に見てやってくれよ」
「うむ・・・」
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さっと昼餉を済ませ、カゲミツとジンゴロウは休む間もなく道場を出て来た。
稽古用の馬を1頭ジンゴロウに貸し、2人でオリネオへ。
「なあ、ジンちゃん。あんたから見て、マサヒデどう? 忖度なしに」
「んー・・・」
ぽっくり、ぽっくり・・・
ジンゴロウが顎に手を当て、少し上をむいて、
「今のままじゃあ、カゲやんにゃあ一生かかっても追いつけねえなあ。まあ、達人って呼ばれる人にはなるし、剣聖にもなれるけど・・・その中でも上の方に行けるかって言うと、ちょおっとどうかなって感じかな」
「ほんとに忖度しねえな」
「じゃあ、ジンノジョウ、どうよ」
「大体おんなじだあな」
「やっぱりー? でも息子自慢じゃねえけど、同じ人族だったとしたら、マサヒデ君より上行くと思うんだよね」
「んー・・・」
「何だよ。親の贔屓目だって言うわけ?」
「・・・まあ、どっこいどっこいじゃねえかなあ・・・」
「それ、親の贔屓目じゃねえの?」
「そうかい?」
「そうだって。でも、旅に出して正解じゃねえ? がらっと変わるかもよ。俺もそれ狙ってジンノジョウ出したんだから」
「あ、やっぱり? ところで、マサヒデってゾエで何してんの?」
「いや、全然知らん。うちに来たらクノの話したろ。びびってすぐ出てきたからよ。道場巡りでもしてんじゃねえかな・・・あ! そうだ! カゲやん知らねえと思うけど」
「何々?」
「イン。シャオフェン=イン。知ってるだろ? 神槍イン」
「もしかして、ゾエに来てんの?」
「来てるどころかだぜ。亡命してゾエに居着いてんの!」
「うっそ、まじかよ!? よく亡命受け入れてくれたな!?」
「高弟のチャンショウ=リウって子も連れて来たんだけどさ」
「うんうん」
「あれ、殺し屋だぜ。軍にいたって言ってたけど、暗殺やってたな。殺しの仕事やってるやつの雰囲気、ぷんぷんしたもん」
「おおー・・・さすがインの弟子だな」
かくっとジンゴロウが肩を落とし、
「カゲやん・・・さすがっていう所かよ。ま、ゾエ来たら紹介状書いてやるよ」
「ゾエかあ・・・」
「クレールさんから船借りろって。すぐだぜ。首都まで1日だった」
「は!? 何々、それマサヒデ使ってんの!?」
「じゃねえの? やばいぜあれ・・・」
達人の親達が、ぽくりぽくりと馬を並べて歩いて行く。
旧友の話は尽きる事はなく、オリネオまで歩いて行く。




