第62話
ゾエ、森の中の秘湯、クスシ温泉。
宿に戻り、釣ったわかさぎを揚げてもらい、昼餉を済ませた後、マサヒデ達と王女達が集まる。
「王女。この宿はもう出ましょう。追手は始末しましたが、最後にここにいた、というのは伝わっているでしょう」
「そうさな。次はどこにしようかの」
カオルが頷いて、温泉案内を開く。
「この近くは他にも多く温泉がありますが、少し離れた方が良いと存じます」
「ふむ。どの辺りが良いと見る」
カオルが見開きのゾエの地図を開き、現在のクスシ温泉に指を置く。
「今はここ、ゾエの南西になります」
「うむ。やはり反対の北東部まで抜けるか?」
「・・・」
皆が腕を組む。
それが良いとは思うが、何日かかることやら・・・
途中で天候が変わりでもしたら、雪の中で野宿になりかねない。
「もう昼です。本日はこの湖周りの別の宿になさいませ。天気を見て・・・」
つつつ、とカオルが指を動かし、
「北へ、北へ・・・真ん中辺りから、東に抜けて、また北へ・・・内陸を東に行く方が良い、とは考えますが・・・」
「何故、東が良いと考える」
「白露帝国から侵入してくるなら、近いのは西の海岸です・・・が」
アナスターシャが頷き、眉間に皺を作って腕を組む。
「ううむ。相手もこちらが雲隠れしたとなれば考えてくる。読み合いじゃな」
「はい」
「どちらにせよ、ここはウスケシの港からそう離れておらぬ。離れた方が良いの」
「はい」
「ふむ。まあ、それは次の宿で考えるとするか。さて・・・」
アナスターシャが皆の顔を見渡して、すっと立ち上がった。
「そのままで聞け。皆の者、これまでの護衛、大儀であった。このアナスターシャ、皆の名は終生忘れぬ。一段落したら、必ずや礼の使いを送るぞ」
ぱん! と手を叩き、明るい笑顔を作った。
「私の護衛の任はここまでじゃ。解散せよ」
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がらがらと走る馬車の中。
ジンノジョウは椅子に座りきれず、奥の荷に頭を預けて寝転んでいた。
ふわ、とシズクがあくびをして、
「なーんか、さっぱりしてたね。最後まで守り通せとか言うかと思ってたけど」
いやいや、と、トワダが首を振る。
「何、そうもいかんと王女も分かっておるのよ。内心は不安で一杯に決まっておろうが、堪えておるのじゃて。うかうかと国に護衛を送ってもらうことも適わぬでな」
ナガタニが眉をひそめる。
「送られたのが、護衛の顔の暗殺者ですか」
「そういう事じゃ。が、もう心配はいるまい。そろそろ着く頃じゃろう」
「何がでしょう?」
「ほれ。サダマキ殿の同僚じゃ。情報省か、外務省か、軍か・・・日輪国の中で王女が暗殺されたなど、たまったものではないと思わぬか? しかもあのような忍まがいの者じゃ。犯人は分かりませぬ、などとなれば、なんと言われような? 恐ろしや」
「ああ、なるほど!」
「ご同僚は、目の色を変えて、ぴりぴり護衛に勤しむであろうの。王女の居所は、サダマキ殿が同僚に伝えておろうで、とんで来るじゃろう。その後は、忍の者を引き連れて温泉巡り。うっかり暗殺に来たものは、これじゃ、これ」
ぴ、ぴ、とトワダが首の前で手刀を振る。
クレールがにっこり笑って頷いた。
「流石トワダ様! その通りです! 1日が欲しかったんです! 既に外務省にはお伝えしております!」
「はっはっは! ナタノスケ、王女に謁見の機会と、見事に釣られたのう!」
ナガタニがやられた、と渋い顔で頭をかいた。
「いやあ、はい・・・」
「ここはヒラウチ温泉で曲者を見た時に、ああ、そういう事か、と、気付かねばならぬ所ぞ」
「いや、申し訳もございませぬ」
「じゃが、王女には顔も覚えてもろうたし、良い経験にもなったな。あのような者達を相手にする事はそうそうなかろう。のう? ジンノジョウ殿」
ジンノジョウが顔に被せた笠をどけ、にやっと笑って、
「覗けなかったのは心残りですけどねー! なんつって!」
「はっはっは!」
「帰ったら忍探しでもしてみますよ。ウスケシにゃ何人いんでしょ」
トワダがにこにこ笑う。
「ま、探すに困らぬ人数はおるかのう。道を歩けば何処にでもおる」
ジンノジョウが顔をしかめた。
そんなに居るのに、今まで全く気付かなかったとは。
「うへえ・・・ナガタニさん、一緒にやる?」
「いや、私は急いで金を稼ぎませんとなりませんから」
「金? 困ってんのか?」
ナガタニがにっこり笑い、首を振った。
「そうではありませんん。私、トミヤス道場に行くのです。5年の予定です。トミヤス道場で腕を磨いたら、首都で5年」
「へえ! 武者修行か!」
「はい。そんな所です」
ジンノジョウも、ナガタニの笑顔を見て、笑顔になる。
「今、トミヤス道場は親父が行ってんだ。来年の夏くらいまで居るって話だから、ついでに絞ってもらいなよ。サカバヤシ流は抜刀だけじゃないんだぜ」
「はい」
ははん、とシズクが笑う。
「剣術だけじゃないぞお。弓もやってるし、こないだ馬術も始めたし! トミヤス道場行けば、何でも出来ちゃうぞ! マツさんが来たら、魔術も教えてもらえるぞ!」
「マツ・・・とは?」
「マサちゃんの、最初の奥さん。クレール様は2番目。大魔術師だよ」
大魔術師! これにはナガタニも驚いた。
「なんと!? トミヤス殿の奥方は、大魔術師でしたか!」
「そおだよー。ねっ! マツさん口説いて、一月もしないでクレール様を口説いたんだよねー!」
ジンノジョウがおかしそうにぱちぱち手を叩く。
「ははっ! やるねえ!」
「だろー? ジンノジョウも見習えよ。今のままだと、あんた嫁取り出来ないぞ」
「はっはっは! 俺はもっとおとなしい嫁さんが良いんだ! 嫁さんが2人も大魔術師だなんて、おちおち呑みにも行けねえよ!」
シズクがラディをつつく。
「な、ラディ、ジンノジョウどう?」
す、す、とラディの目が泳ぐ。
「・・・」
「おい。言わせるなよ」
げらげらと馬車が笑いに包まれ、ふん、とジンノジョウが笠を顔に被せた。
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クスシ温泉の宿を出て、ヒラウチ温泉へと戻って既に夕方。
このまま戻れば、ウスケシに着くのは夜となる。
マサヒデ達は一旦、馬を止めた。
「アルマダさん、どうしましょう? ここで野営もありだと思います」
アルマダが首を傾げる。
「ううむ・・・」
カオルは少し考え、
「寒いですが、無理してもウスケシに戻るべきかと。天気が変わってしまうと、ここで足止めになってしまいますし、サカバヤシ様、トワダ先生、ナガタニ様もおられます。食料は積んではありますが」
イザベルが顔を上げ、
「では、皆様のご意見をお聞きしては?」
「そうしましょうか」
マサヒデは馬を馬車の裏に進めて、中を覗いた。
「ジンノジョウさん、トワダ先生、ナガタニさん」
3人がマサヒデの方を向く。
「ここで野宿するか、夜になりますが、ウスケシに戻るか、どっちにします?」
「戻ろうぜー」
「どちらでも良いですよ」
「こたつに入りたいのう」
「ん、では戻りましょうか。トモヤ! 馬車を出せ!」
「おうさ!」
がら、がら、と馬車が進み出し、マサヒデも前に出た。
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ゾエ組3人を送り、宿に帰って来たのは夜中。
馬、馬車を停め、ぞろぞろと中に入り、部屋に戻って行く。
マサヒデとクレールも部屋に入り、服を着替えてベッドに座り込む。
「ああ、寒いですね」
どてらのように布団を被ると、クレールも布団に潜り込む。
「王女、もう大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ! カオルさんよりも腕利きの方が、たくさんつきます」
「うん・・・」
生返事をして、マサヒデも横になる。
「ちょっと寂しいですね」
「ええーっ!」
くす、とマサヒデが笑う。また勘違いの嫉妬だ。
「しょっちゅう大声をあげて、賑やかでしたから」
「うふ、うふふふ・・・」
マサヒデとクレールの脳裏に、アナスターシャの声が響く。
「こう言ってはなんですけど、王女様って感じはしませんでしたね」
「はい」
「そう言えば、マツさん以外の王族と、こんなにのんびりと過ごした時間はなかったですねえ。王子は緊張しましたし。あの王女は緊張しませんでしたよ。トモヤも将棋だ、なんて言えるくらいですから」
「うくく」
「ふふ。もう遅い。寝ましょうか」
「ふふ。はい」
目を閉じると、マサヒデはすっと眠ってしまった。
クレールは王女を思い出して、またくすっと笑った。
カオル以上の腕利きの忍に囲まれ、温泉巡り。戻る頃には、肌はつやつやだ。




