第61話
そして翌日―――
「本日はわかさぎ釣り対決でございます!」
「はい・・・」
クレール1人が異常に盛り上がっている。
「シズクさんは氷が割れてしまうので、待機!」
「ええっ!?」
「こちらで騎士の皆様とお酒でも呑んでて下さい!」
アルマダの騎士とアナスターシャの騎士は、それぞれ馬車と馬の見張りだ。
酒が置かれているが。
「あ、じゃあ待機する」
「あれを御覧下さい!」
クレールが指差す方に、氷の上で手を振る宿の下男。
「あちらに穴を開けて頂きました! そこから釣り糸を垂らします!」
「ほう」
「今の季節、氷の厚さ、なんと4尺もあるそうです」
「え! そんなにあるんですか!?」
「ですので、シズクさん以外は歩いても平気ですよ! マサヒデ様、ものすごく釣れるんですって! 入れ喰いだそうです!」
「おお! 入れ喰いですか! 楽しみになってきました!」
クレールがジンノジョウ達ゾエ住人の方を見て、
「皆様はわかさぎ釣りのご経験は?」
「ねえなあ」
「ないです」
「ござりませぬのう」
「宜しい! 公平な勝負ですね! 竿は宿の方がお貸し下さいますので、参りましょう!」
「レイシクラン様、私もでございますか」
アナスターシャが顔に手を当てる。
「勿論でございます」
「その、なんと言いますか・・・とても寒そうですが」
皆が氷の湖を見る。
湖は広く、周りに何も無い。しかも氷の上。
「昨日は乗り気でしたのに、何か?」
じろり。
「あいや! 楽しみでございますが、氷が割れたら怖いなあと!」
白露帝国の王女も、世界の食料事情を握っているレイシクランには流石に低姿勢。
「大丈夫ですよ! 今の季節、氷は4尺もあるそうです! 馬が乗っても平気です! ちょっと離れてないとあれですけど」
「あれとは」
「どぼんです。落ちたら即死です」
「まじ!?」
「即死!?」
「それは嫌じゃー!」
「ささ、参りましょう! 転ばないよう、足元にはお気をつけて! 氷が割れたら死にます!」
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皆が用意された腰掛けに座り、拳ほどの大きさの穴を覗き込む。
「うわ・・・凄いですね。本当に、これ氷が凄く厚いですよ・・・」
アルマダ達も覗き込み、おお、と声を上げる。
底が深いと言うより、底が遠く見える。
クレールがにっこり笑って、
「3桁は釣れるそうですよ!」
「ええっ!?」
3桁! 100匹以上も釣れるのか!?
そんなに釣ってもと思ったが、ここにはいくらでも食べられる者がいる。
それで張り切っているのだろうか・・・
「ですよね?」
クレールが穴を開けてくれた下男の方を見ると、下男も頷き、
「ですなあ。ただ、タナを見つけませんと坊主でございますが」
「タナ?」
「わかさぎがおる深さの事ですな。決まった深さの所に、それはもう大量の群れが。そこにばしっと糸を垂らせば、ほいほいと釣れるわけでございます。そこが分かりませぬと、すっからかんで」
「そういう訳です。皆さん! いっぱい釣って下さい!」
「はい! 質問!」
ジンノジョウが手を挙げる。
「はい! サカバヤシ様!」
「対決って言ってたけど、優勝したら何かもらえるの?」
すっとクレールの目が泳ぐ。
「・・・他にご質問は!」
「何もねえのか!?」
「他に! 他にご質問は!」
「いつまでやるんです?」
「え!? ええと・・・」
「1刻くらいにしましょうよ。寒いですし」
「はい! 1刻です! では開始!」
「え! もう!? 適当すぎない!?」
「開始です! 始まりましたよ!」
皆が納得いかない顔で竿を取る。2尺程(60cm)のしなりのある細い枝。
マサヒデが下男の方を向き、
「小さい竿ですね?」
「わかさぎは小さいですし、アタリもつつんと小さいので、逆に大きい竿では釣りづらいのですな」
「ほうほう」
「手元の糸巻きから糸を伸ばしまして、垂らすと」
「針が5本もついてますけど」
「タナに入るとそこにがつがつと来ます訳で」
「へえ! どのくらい釣れますかね?」
「今日は晴れてますんでねえ。曇ってる日のが良いですなあ」
「晴れてると駄目なんですか?」
「ちいとシブいかもしれませんな。半刻で20って所ですかね」
「え、じゃあ100匹釣ろうと思ったら、2刻半?」
「でございます」
皆の目がクレールに向けられる。
くる! とクレールが向こうを向き、シズクに手を振って、
「シズクさーん! 楽しいですよー!」
「おーう!」
シズクの声が返ってくる。
「・・・まあ、やりますよ」
「頑張って下さい!」
ついー、ついー、と糸を伸ばし、穴に下ろしていく。
「・・・」「・・・」「・・・」
皆、黙って糸を垂らす。
「あの、何か喋っていただいても」
「先生・・・道場では何やってるんでしょうね・・・」
ぽつっとナガタニが呟く。
「儂らが悠長にしておる間にも」
「はーい! 楽しいですねー!」
ジンノジョウが頬杖をついて、
「奥方、そりゃいくら何でも無理矢理すぎんだろ」
「しっ!」
「急に喋れったって、話す事なんてねえよ。大体、釣りなんだから集中してねえと」
「はいっ! サカバヤシ様、減点1!」
「減点とかあんの!? 何それ!?」
「むんっ!」
しぱ! とカオルが竿を振り上げると、針にわかさぎが刺さっている。
「はい! カオルさん1点!」
「ありがとうございます」
「おおー・・・」
ジンノジョウが釣れたわかさぎを見て、
「あれ? 腹に刺さってるぞ? なんだ、他のはバレたのか」
「いえ、私はこう釣るので・・・今のでタナという所が分かりました」
餌も付けず、カオルが糸を垂らす。
「こう釣るって」
「・・・こうです!」
しぱ! とカオルが竿を振り上げると、ぴちっとわかさぎが氷の上に落ちる。
「え、どゆこと?」
カオルが刺さった針を外しながら、
「針の上に来た時に上げるのです。自然と刺さりますので」
「まじ!?」
「・・・」
カオルは眉を寄せ、険しい顔で竿を見つめている。
「ここっ!」
ぴちっ!
「はい! カオルさん3匹目ですよ! 皆さん頑張って下さい!」
「勝てるわけねえだろ!?」
ジンノジョウが声を上げている向こうでは、マサヒデは糸を少しづつ上げながら、
「アルマダさん来てます?」
「来ないですねえ・・・王女は?」
「来ぬなあ・・・トワダ?」
「来ませんなあ・・ナタノスケ?」
「全くです」
と、その時。
「あ! あ、あ! 来ました! 来ましたよ!」
マサヒデが声を上げる。
竿の先がびくんびくんと引っ張られている。
くるくると糸巻きを回して上げると、小さな魚。わかさぎ!
「おお、さすが釣り好きですね」
「トミヤス殿、流石です」
「ううむ、何じゃこの悔しさは」
「よしよし、どんどんいきますよ・・・」
と、マサヒデが糸を垂らす。
クレールがぱちぱち拍手をして、
「いやー! 面白いですねえ!」
むっとアルマダとナガタニが顔を上げる。
「そんな直接的な盛り上げ方、あります?」
「レイシクラン様、面白いなあって言うのは流石に無理が」
「あははは! シズクさーん! 釣れてますよー!」
「・・・」「・・・」
きりきりきり・・・
「あ。釣れておる」
「はい! トワダ先生1匹目ですよ!」
「先生、それ死んでませんか? 跳ねませんよ?」
「ほんとじゃのう・・・まあ良いか」
「・・・」「・・・」「・・・」
また沈黙の時間。
きりきりきり・・・
ジンノジョウが糸を巻き上げて、首を傾げる。
「釣れねえなあ・・・なあんでだあ?」
「サカバヤシ様、集中です。手に感じるのはアタリの感覚ではなく、水の流れです」
「水う?」
「魚が近付けば水が動きます。その瞬間を狙い・・・」
しぱっ!
「こうです!」
「化け物かよ!」
カオルの足元の桶には、わかさぎがどんどん増えていく。
「もうあんた1人で釣ってりゃ良いんじゃねえの?」
びし!
「はい! サカバヤシ様、減点2!」
「ええー!?」
「さあ分からなくなってきましたよ!」
ジンノジョウがカオルの足元の桶を指差す。
「ぶっちぎりだろ!? 俺もう減点2だぞ!? 1匹も釣れてねえのに!」
「さあーサカバヤシ様がここから追い上げますよ!」
「無理に決まってんだろ!?」
ナガタニが竿を上げ、
「釣れました!」
「ナガタニ様1匹目!」
「おお、釣れた!」
「王女も1匹目! サカバヤシ様、ハワード様、差を付けられましたよ!」
「いいよもう・・・」
「サカバヤシ様、減点3!」
「俺、酒呑みに行くわ」
「駄目です! 100匹釣るまで終わりません!」
「1刻じゃねえのかよ!?」
「今変えました!」
「奥方ー!」




