第57話
クスシ温泉、外の森の中。
(定時の合図がないが)
遠眼鏡を覗けば、スナイパーもスポッターも、位置は動いていない。
スナイパーは寝転がって温泉に銃を向け、スポッターも横で寝転んで遠眼鏡を覗いている。何の異常もない。
実は既に死んでいて、形を作られているだけだが、遠眼鏡ごしには分からない。
(ぎりぎりの所か)
撃てる、撃てないの、ぎりぎりのライン。今、合図を出す余裕はないのだろう。
始末はもう時間の問題だ。
こちらは撤収準備に掛かるべきか・・・
「?」
一瞬、雪かと思った。
が、それは紙。
ふわりと最後の特殊部隊員の前に落ちてくる。
字・・・? 『天誅』
「何っ!?」
ぴたりと背を木につけて、ゆっくりと周りながら周りを見回す。上も見るが、鬱蒼とした森は完全な暗闇。何も見えない。
「・・・」
風もなく、虫も動物もおらず、何の音もしない。
「良い動きであるな」
ぱ! と声の方に銃を向け、ばすすすす! と盲撃ちに発砲し、弾倉を投げ捨てて新しい弾倉に変える。
「そこではない。見当違いだ」
「く!」
背中をつけている木の、真後ろから声が聞こえる。
ぱ! と木を回りながら銃口を向けたが、何も居ない。
そのまま横っ飛びに別の木に移り、目だけ左右に動かしながら深呼吸。
「ほおう・・・ここまで平常心を保っていられるとは・・・」
「度胸は鍛えられておるな」
「と言うても、腕がこの程度ではな」
「ははは!」「ははは!」「ははは!」
森の中に笑い声が響く。
「はーっ・・・はーっ・・・すうーっ! はーっ・・・」
ざす。
足音! ぱ! と特殊部隊員が銃を向ける。
ざす、ざす、ざす・・・
闇の中から、人影が・・・
「このような時間にどうした? 道に迷うたか?」
「お前は!?」
ファッテンベルク!?
宿の中に居たはずでは・・・
「三途の川への案内は任せよ。そろそろ時間である」
「むうわああ!」
大声を上げて引き金を引いたが、発砲されない。
「何っ!? く!」
くす、とイザベルが笑う。
「そこは叫びながら銃を乱射する場面ではないのか?」
「ち!」
ここでジャムか! ボルトを引こうとした時、は! とした。
人差し指が・・・動かない!
引き金を引いたつもりで引いていなかった!?
ぱ! と中指を入れて、銃口を向けようとしたが、既にイザベルは剣を抜いていた。
「うむ。良い。慌てず中指に替えたな。この距離なら、それでも外れはしまい。だが、悲しい哉。我の剣は抜かれておった」
引き金を引く前に剣が落ちる。
ばつん! と音がして、特殊部隊員の頭が割れた。
「時間だ」
がんと特殊部隊員を蹴ると、血と脳漿が飛び、木にべちゃっと貼り付く。
イザベルが剣を拭いて納めると、ささっと忍達が横に立った。
「イザベル様、ちとお願いが」
「装備品が気になるか」
「は」
イザベルがにっこり笑う。
「なあに、我らしかおらぬゆえ、好きなだけ見よ。分からぬ物は訊きに来い。口の中や腹の中にも仕込んでおるかもしれぬで、身体も調べてみると良いかもしれぬ。腕の中に筒を埋め込み、ワイヤーを仕込むような輩もおるし」
「ううむ、白露の特殊部隊はそこまでしますか」
「白露だけではない。まあ、暗殺に来るような輩は、どこにどうして何を隠そう、と頭を捻るものよ」
「おや。此奴の頭からは湯気が出ておりますぞ。考えすぎましたかな」
「ははは! 上手い事を言うな!」
特殊部隊員の割れた頭からは、ゆらゆらと薄く湯気が立ち上っていた。
----------
さらりと大部屋の襖が開き、カオルが入ってくる。
お、とマサヒデが顔を上げ、
「あ、カオルさん! 終わりましたか!」
「は、はい」
かちかちと歯を鳴らしながら、カオルが王女の前に座る。唇が青い。
「どうした? 寒そうじゃが、雪に隠れておったのか?」
「いえ、いえ。露天風呂は、ぬるすぎます。お控え下さいませ」
「はあ?」
「追手は、排除、致しましたが、露天風呂は、寒いです」
「そうか・・・? いや、助かった。すぐ内湯に浸かって参れ。お主、顔が白いぞ」
「は・・・は・・・失礼、致します」
カオルが立ち上がり、歯を鳴らしながら部屋を出て行く。
入れ替わりに、アナスターシャの騎士達が入って来た。
ぐったりしたジンノジョウを、両側から肩を回して・・・
「どうしたっ!?」
王女が声を上げ、マサヒデも慌てて駆け寄る。
「ラディさん!」
「はい!」
ラディが箸を放り投げて、椀を転がして駆け寄ってくる。
「あいや! 大丈夫でございます! 怪我ひとつございませぬ!」
騎士が声を上げる。
「どうしたんです!?」
ジンノジョウを抱える左右の騎士が目を合わせ、溜め息をついて、
「その・・・サダマキ殿を覗こうとして、またたびの煙をくらいました」
「・・・向こうに転がしておいて下さい。イザベルさんは?」
「ファッテンベルク様は、遺体を離れた所に運ぶと」
「む、そうですか。ふう・・・王女、もう安心して夜を過ごせますよ」
----------
「はっ!」
1刻程後、ジンノジョウが跳ね起きると、そこは大部屋であった。
皆が手を止めてジンノジョウを見る。
「あれっ? あれっ?」
アナスターシャがじろりとジンノジョウを睨み、
「働き、ご苦労」
「ん? ん? あ、ああ! うんうん、まあね! 俺の手にかかりゃあさ」
「で?」
「でって、何が?」
「サダマキの身体はどうであった? 私よりも胸は大きかったか?」
つつつ・・・とジンノジョウの目が逸れる。
「・・・さあ・・・どうですかね・・・王女の胸は見た事ないし・・・」
皆から向けられる冷たい目線。
シズクとトワダとトモヤの3人はにやにやしている。
「そうか。で、サダマキの胸は見たか」
「いえ・・・」
「サカバヤシ。何ぞ余興に芸を見せよ」
呼び方がジンノジョウからサカバヤシに戻ってしまった。
「はい・・・」
座の真ん中に来て、綺麗に袴を捌き、ジンノジョウが座る。
ゆっくりと頭を下げ、
「ん、おほん! えー・・・不祥ジンノジョウ=サカバヤシ、余興を務めさせて頂きます。皆様にお楽しみ頂けましたら幸いに存じます。されば王女、その箸をひとつ」
「む」
「私めに思い切り投げて下さいませ」
「思い切りか?」
「全力で願います」
よいしょ、とアナスターシャが立ち上がって、膳から下がり、
「参るぞ」
「は」
ぶん! とアナスターシャの手が振られ、箸が飛んで行く。
少しだけ、ジンノジョウの顔が動いたように見えた。
ジンノジョウが腰から刀を抜くと、鯉口が切られていて、くっと納める。
「あれ、すまなんだ。顔を狙ったが」
す、と小さくジンノジョウが頭を下げる。
「いやいや。顔を狙われておりました。さ、箸をお改めに」
「んー? まさか斬ったのか?」
怪訝な顔で、王女がマサヒデの膳の前に転がった箸を見に歩いて来る。
マサヒデもアルマダも、口を開けて転がった箸を見ている。
ナガタニも膳から身を乗り出して、箸をじっと見ている。
「何じゃ、何じゃあ。斬れておらぬではないか。はーあ。面白く」
箸を拾い上げようと、指先が触れた瞬間、ころりと箸が転がる。
転がった箸は、割り箸のように、縦に2つに斬られていた。
驚きの顔で、アナスターシャの手が止まる。
「・・・」
シズクが盃を止め、ごくりと喉を鳴らす。
「ジンノジョっ・・・まじかよ・・・」
「嘘・・・」
「えっ・・・」
クレールとラディも目を見開く。
しーん、と座が静まり返ってしまった。
「王女、お楽しみ頂けましたでしょうか」
「う、うむ・・・み、見事である・・・」
ジンノジョウが手を付いて、
「では、これにて、座興をシメさせて頂きます」
ぐぐ、と深く頭を下げた。
「はっはっは! ジンノジョウ君、お見事!」
皆が喉を鳴らし、目を見開く中、トワダ一人が笑って手を叩いていた。




