第54話
ヒラウチ温泉。
女衆が湯から出て、小屋で着替えていると、ナガタニの声が聞こえた。
「トミヤス殿ー! 曲者を捕らえましたー!」
「む・・・やはりか」
ぎらりとイザベルの目が光る。
カオルも頷く。視線は感じていた。
やはり先程見えた剣の光は、ナガタニとトワダが曲者を始末したものだった。
「追って来たのですね・・・昨夜の者と合わせ、2人。イザベル様」
イザベルが頷いて、顎に手を当てる。
「今回は人数は多くないと思われます。3人から5人。追加はすぐには参りますまい。昨晩のうちに失敗の報が届いたとしても、おかわりが届くには2日はかかるはず。海上に待機しているとしても、1日は掛かりましょう。その間に秘境の湯に隠れ、転々と宿を変えればもう追えませぬ」
「残りは1人から3人。今夜が勝負ですね」
「はい。王女、今夜を乗り切れば」
「うむ」
アナスターシャが頷くと、イザベルはさっと着替え、ぴしりと襟を正した。
「カオル殿。参りましょう」
「はい」
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マサヒデ達が手足を縛られた男を囲み、切先を突き付けている。
イザベルとカオルが近付いて行くと、ナガタニが頷いた。
「ファッテンベルク様、お見事な読みです。向こう岸におりました」
「やはりですか」
「木の上におりまして、ぱっと見た目は全く分からず。怖ろしい隠形の術です。トワダ先生が気付いておらねば、危うい所でした」
「木の上と・・・」
なんと木の上に居たか。
枝葉の隙間から狙いにとは、中々に訓練を積んだ者だ。
「はい。縛り上げておいたのですが、どうやったのか、縄を解いて抜けておりまして。足の腱を斬っておらねば、逃げられておりました。この雪なのに、足跡も完全に消されており、どこから来たのかもさっぱりです」
「ふむ。では検分と参りましょう。さて」
イザベルが長鉄砲を取り上げる。
「この長鉄砲で、軍か情報省の特殊部隊と絞られました」
カオルが長鉄砲を見て、怪訝な顔で首を傾げる。
「珍しい物ですか」
「はい。私も見た事はございますが、触るのは初めて」
イザベルが頷き、木に向けて引き金を引くと、ばすす! と音がした。
「これは!?」
マサヒデが驚いて声を上げた。皆、驚いて木に空いた小さな穴を見つめる。
「引き金を引いているだけで、連続で発射されます。そしてこの音。木や雪に吸収され、聞こえづらい。川の向こうでは、私やサカバヤシ様でも音が聞こえておったかどうか」
「ううん」
カオルが唸って長鉄砲を睨む。
イザベルが引き金から指を離し、脇に抱える。
「折角ですから頂いておきましょう。ですが、使い捨てになります」
「使い捨てですか?」
マサヒデが言うと、イザベルが、かしゃ、と弾倉を抜いて、くいっと弾薬を1発押して抜き、指で摘んで立てる。
「この弾薬が白露の特別製。製法は固く秘され、当然ながら入手は出来ません。市販の弾薬は使えませぬ」
「なるほど・・・それで使い捨て」
「大きさも、長鉄砲にしては短めです。ラディの八十三式に比べると随分と短い。潜入時などに少しでも邪魔にならぬよう、小さく作られております。バラせば隠して運ぶにも容易で、アタッシュケースに収まります。隠密、潜入工作に特化した部隊の者です」
アルマダが頷き、剣先で男をつつく。
「ふむ。鉄砲使いの忍と言った所ですか」
イザベルが弾倉に弾薬を戻し、かしゃりと弾倉を入れて頷く。
「その認識で間違いございません。拳銃も頂いてしまいましょうか。良い物です。この拳銃の方は、弾薬は市販の物が使えますので」
ホルスターから拳銃を取り出し、木に向け、
「これもこの通り」
ばすん!
「音が小さく、バレづらい作りになっております」
マサヒデが拳銃を見て、首を傾げる。
「結構大きな音に聞こえますが」
「この長鉄砲と同じです。通常の鉄砲の音と違い、外ですと、遠くまで響かないのです。あのような林の中から撃たれると、もう分かりません。室内でも、部屋を隔てておりますと聞こえない事もままございまして」
「へえ・・・」
よく出来た物だ。皆、まじまじと拳銃を見つめる。
「それと、普通の鉄砲は発砲した時に火花が見えます。暗闇でその光は致命的。が、この拳銃はそれが見えません。そこでも発見しづらい作りになっております」
「なるほど。忍働きにうってつけと」
「その通りです」
そう言って、イザベルが屈んで長鉄砲と拳銃を置き、ナイフに指を置く。
「このナイフも良い物です。なんと刀身が飛ぶのです」
「へえ! 本当ですか? それは面白いですね!」
イザベルが鞘からナイフを抜き、地面に向けて、鍔の辺りの突起を指差す。
「ここを押しますと」
どす! ナイフの刀身が飛び、地面に突き刺さった。
長いバネが柄から飛び出ている。
「おおっ!」
「これは面白いですね」
「あ、すげえ!」
「このような物が!?」
「ふうむ!」
皆から声が上がる。
マサヒデがしゃがみ込み、ぐいぐいと刀身を引っ張る。
「あ、結構深く刺さってますよ。手裏剣よりも威力がありますね」
「ほうほう?」
ジンノジョウもしゃがみ込み、ナガタニも興味深そうに覗き込む。
「よっと」
マサヒデが引き抜いて土を払うと、ジンノジョウが目を近付ける。
「おお? これ結構良い鉄じゃねえか?」
ナガタニが頷く。
「白露の鉄は、質が良いと有名ですからね。いや、この刀身だけでも・・・」
マサヒデがひょいとナイフの刀身を立て、皆を見回す。
「誰か欲しい人います?」
「欲しい!」「私が!」「儂!」
ジンノジョウ、ナガタニ、トワダが声を上げる。
アルマダとラディも、小さく手を挙げる。
「じゃあ、これはくじ引きにしましょうか。イザベルさん、他に面白い物、あります?」
イザベルがナイフの刀身を押し込みながら、倒れた男を見て、ちょっと首を傾げ、手を伸ばす。
「これも使い捨てですが、このような物など」
す・・・
ぎょ! と皆が目を見開く。
すっとジンノジョウが下がり、恐る恐る指を差して、
「あ・・・あのさ・・・それって、爆弾じゃねえの?」
イザベルは涼しい顔で頷く。
「はい。ですので、使い捨てですが。万が一という時の為」
「俺はいらねえ」
「結構です」
ジンノジョウとナガタニが手を振る。
「どなたか?」
皆が首を振る。
「カオル殿は?」
「あ、私は自前の物がございますから。イザベル様がお持ちになられては」
「では、私が」
「おい! ちょっと待てよ!」
「は?」
イザベルが手投げ弾をポケットに入れる所で手を止めた。
「サカバヤシ様、お気が変わられましたか?」
「いや、そうじゃなくてさ」
ジンノジョウがカオルの方を向き、
「カオルさん? あんた、自前があるって?」
「はい。ございますが」
んん? んん? とジンノジョウが左右に首を傾け、カオルを見る。
「あんたあ・・・ぽくねえけど、元軍人とかなの?」
「いえ」
くす、とトワダが笑う。
「なあんじゃ、ジンノジョウ君、まだ気付いておらなんだのか?」
「え。何をでしょう?」
「忍じゃ、忍。サダマキ殿は忍じゃ」
「ええっ!?」
「なっ!」
「なんじゃと!?」
ジンノジョウ、ナガタニ。アナスターシャまで声を上げる。
「ちょっと! トワダ先生! し! しー!」
マサヒデが慌てて口に指を当てる。
カオルも焦った顔で、周りをきょろきょろ見渡す。
2人の顔を見て、トワダが面白そうに笑う。
「ほおれ、尻尾を出しおったぞ。顔に出るとはまだまだじゃ。なあに、誰もおらん。秘密、秘密じゃ。ここにおるは、皆が身内同然じゃ。なあ、トミヤス殿」
「う、ううむ・・・まあ・・・」
トワダは嫌らしい笑みを浮かべながら、剣を持っていない方の手で指を立て、
「あれか? 300人組手の時の忍じゃろう? 最後の方におった」
「は・・・」
「はっはっは! じゃと思うておったわ! 王女、頼もしき味方がおられて良かったではございませぬか!」
アナスターシャが腕を組み、カオル、マサヒデと睨む。
「ううむ! 気付かなんだわ・・・トミヤス、お主、忍を飼っておったのか!」
「いや、飼っているわけではないですよ。剣術の弟子ですから」
「上手い誘い方をするの。一般で忍を飼うには金がかかりすぎる」
「そういう訳ではないです。半ばカオルさんの方から押しかけてきた感じですし」
「ほおう! 日輪国の忍にはトミヤス流が広まるか!」
「まあ・・・ええ、そうなるかもしれませんね・・・」
ふう、とマサヒデとカオルが溜め息をつくと、トワダがにやにや笑って、未だ驚いているジンノジョウを見た。
「やれやれ、ジンノジョウ君も、まだまだ修行が足りんのう」
「ああ、いや・・・すんません。お恥ずかしい」
「忍なぞ、ウスケシのそこら中におるぞ。探してみるも良かろうて」
「えっ!? まじすか!?」
は、とトワダが小さく溜め息をつく。
「なあんじゃ、こんな事も知らんかったのか? そこそこ大きな町に行けば、どこにでもおる。見つけても、お前さん、忍か? などと尋ねてはならんぞ。忍が仕事を失うでの」
「はい・・・」
「ところで、皆、忘れてはおるまいの?」
「何を?」
トワダがにっこり笑い、林を指差す。
「温泉卵よ! 良く出来ておる頃合いじゃ! ほれ、王女も行って参りなされ」
「おお、そうじゃ! 湯上がりの温泉卵は絶品じゃと! 参ろう!」
「おっと待ったあー! 牛乳、牛乳! こいつも忘れちゃいけねえ!」
ばたばたと女衆がジンノジョウに続いて行く。
女衆の中、カオルだけが残った。
トワダがカオルを見て、転がされた男を見下ろす。
その顔からは、先程までの笑みが消えていた。
「さて・・・此奴には、サダマキ殿が忍と知れてしもうたな」
「は」
「ま、早いか遅いかだけじゃで、ここで構わんと思うての。此奴も影働きの者、失敗した、捕らえられたとなれば、運良く国まで帰れても・・・じゃからな」
「は」
「ナタノスケ。此奴を担いでこい。ここは丁度良く広い川。流れもあるしの」
「はい」
「トミヤス殿。先程のナイフ、試してみても良いかな?」
「はい」
頷いて、トワダの手にナイフを渡す。
トワダが鞘から抜き、ナイフを眺めて頷く。
「うむ。流石、白露の鉄は質が良い。見ただけで良く分かる。さ、皆が戻る前に済ませるか」
トワダとナガタニが早足で橋の方に歩いて行く。
マサヒデはそれを見送りながら、雲切丸を納めた。
「カオルさんも、温泉卵を食べに行きなさい」
「は」
さりげなく汚れ仕事を引き受けてくれた。
あのナイフはトワダに譲ろう。




