第52話
マサヒデ達がヒラウチ温泉に着く前、ウスケシでは―――
「町方です!」
「道を開けろ! 北町奉行所だ!」
ゾエ報道社の目の前に、磔にされた迷彩服の男。
足元に男の持ち物が入れられた箱。
箱には「この者の身分の証。同心以外触るべからず」と字が書かれている。
そして『天虎』と書かれた封書。
「なにっ・・・本当に・・・」
北町奉行所同心、キタジョウが驚いて目を見開いた。
天虎ことサクゾウ=マチダは、重い病で、もうまともに動けない身体だ。
そして、キタジョウはマチダに犯罪者の情報を流していたのだ・・・
「散れ! 散れ!」
ぱしっと封書を取る。間違いなく、これはマチダの字。
実はカオルが書いた字だが、キタジョウには見分けもつかない。
「・・・」
封を開け、ばらりと中の書を開ける。
報道の記者が寄って来て、書を覗き込もうと首を伸ばす。
「キタジョウさん、何て・・・」
「ちょっと待て。これはちょっとな・・・こいつは・・・しかしな・・・」
キタジョウが磔にされた男を見上げ、もう一度、書に目を戻す。
これは国際問題になりかねない。
だが、書には報道にきっと伝えるべし、と書いてある。
読むべきか、読まざるべきか・・・
だが、あのマチダが病の身体をおして捕らえた悪党。キタジョウの腹は決まった。
「静かにしろ! よく聞け! 天虎から、皆に報せろとご希望だ! 読むぜ!」
記者がさっとペンを取り、ざわめいていた町人達が静まり返る。
おほん、とキタジョウが咳払いして、声を張る。
「この者、白露帝国の軍人也! お忍びで参られた第一王女アナスターシャ様を手掛けんとした大悪党也! 国家反逆罪に処されるべき者也! 天虎が斬らず磔にしたは、この事、白露帝国ハラムィ王に報せんが為! 皆々、反逆者より幸薄き王女守るべし! 王女見し時も、決して口外すべからず! 大悪党、聞かば追って来たる! 皆、優しき心持ち、白露の王女守る事を天虎願う! 以上だ!」
「なんてこった! とんでもねえ大悪党だ!」
「この野郎!」
「旦那! 晒し首にしてやれ!」
わいわいと群衆から怒りの声が上がる。
キタジョウもこれはまずいと思い、手を震わせてぐしゃっと書を握る。
「おいてめえ! これが嘘じゃねえなら、日輪国の法じゃ晒し首は確定だ! 覚悟しときやがれ!」
と、怒りの声を上げる。これは演技。
王女を殺しに来た軍人など、下手に奉行所で裁きを下すと大問題だ。
場所は日輪国とはいえ、間違いなく白露帝国内の内政問題。
白露の領事館や外務省とも相談しないとならない・・・
「よおーし。じゃ、身分の証ってのを見せてもらおうかい」
ぱかりと蓋を開けると、また封書。
奉行所の者のみ読むべし。他に見せるべからず、と注意書き。
記者に手を出して、
「ふうん・・・おい、ちょっと離れろ。これは一般人が見たらやべえってもんかもしれねえ。奉行所以外は目にするなって書いてある。なんせ軍人だからな」
はい、と記者が下がって行く。
中の書を取り出すと、
『この者、白露帝国特殊部隊員也。裁きは慎重にすべし。王女の帰国は難し。しばし日輪国に隠れる』
(特殊部隊?)
キタジョウが眉を寄せる。
マチダがそんな事を知るわけもない・・・
(そうか。天虎を装ったのか・・・情報省か? 外務省か? 軍の諜報部か?)
これはマチダの手で捕らえられた者ではない。
しかし、恐らく本物の暗殺者だ。
記者が箱の中を震えながら指差す。
「だ、旦那っ・・・それ、それ爆弾じゃ!?」
キタジョウが眉を寄せて頷き、箱の中に十手の先を入れてかき分ける。
「ああ。手投げ弾だな。間違いねえ、こいつは軍人だ。だが、この爆弾、日輪国の物じゃねえな・・・これもそうだ。こりゃ何だ? 見た事ねえが・・・こりゃ下手に触らねえ方が良いな。おい、誰か!」
十手を箱から出して、腰に戻す。
「へい!」
返事をして出て来た岡っ引きに、キタジョウが大声で指示。
「事情話して、軍警察呼んで来てくれ! 俺じゃ持ち物が白露の物か分からねえ!」
「へいっ!」
岡っ引きが「通せ! 通せ!」と人混みをかき分けて行った。
キタジョウは磔にされた男に目を向け、ぺ! と唾を吐き、
「どおーやら! 本当に軍人さんみてえだなあ! 軍の拷問は厳しいぜ! 死なせちゃくれねえからな! 覚悟しやがれ!」
「晒し首だ!」
「釜茹でにしちまえ!」
「王女様、可哀想じゃねえかよ!」
「おお! 俺らで守ってやるしかねえぜ!」
群衆が騒ぐ中、キタジョウは難しい顔で磔の男を睨んでいた。
シラタ伯爵はゾエ中に通信網を敷いている。今日中に号外が届くに違いない。
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戻ってヒラウチ温泉。
温泉の対岸で、一剣流ゾエ派宗家のトワダと、高弟のナガタニが林の中。
ここにも小さく開いた穴に、ふつふつと湯気を立てる湯が湧いている。
2人はそこに座り、湯気に手を当てながら、周りを見回している。
「ううむ、ナタノスケ・・・ぬかったの・・・」
「何がでしょう?」
「遠眼鏡を持って来るべきであった。王女が温泉と先に聞いておったに」
「ええ。こちら側からも、向こうを見ておかねば」
トワダが目を細め、首を伸ばす。
「そうじゃのう。遠くて見えぬな・・・」
「大丈夫でしょう。サカバヤシさんに、トミヤス殿もハワード様もおられます」
「いや、そこではない」
「と言いますと?」
「若き女子があれに・・・」
「先生!?」
トワダがにやにやと笑って、ナガタニを小突き、
「なに、分かっておる、分かっておる」
「馬鹿な事を仰られますな!?」
「そうしゃっちょこ張らず、正直に言え。本当は見たかろう? どうじゃ。少しはそういう気持ちもないわけでもあるまい? 少しは。なあ?」
う、とナガタニが目を逸らす。
「・・・まあ・・・それは・・・あ、いや! そのような事はありません!」
慌てるナガタニを見て、トワダがぱちぱち手を叩いて笑う。
「ほれ見よ! わははは! ちと木に登ってみるか? 上からなら良く見えるかもしれんぞ」
「いや、先生、さすがにそれは。我らは王女の護衛でありますし」
むん! とトワダが胸を張り、
「これも護衛の仕事のひとつ! 周りを良く見える所から、周囲を見張る! 当然であろうが! うっかり何かが目に入ってしまうだけじゃ」
流石にナガタニの顔が呆れた。
「せ、先生・・・」
が、トワダはにやにやしながら上を見て、
「ほれ。もう良い席は取られておる」
ぶん! とトワダが石を投げると、がす! と音がして、ばさりと枝が揺れ、雪がざらっと落ちてきた。木に当たった音ではない!?
「何っ!? 先生!?」
ぱ! とナガタニも立ち上がりながら剣を抜き、上を見上げる。
どこだ!?
どすん、と石が落ちた音。
「曲者じゃ、曲者」
もう一度トワダが石を投げると、どさ! と木の目のような黒い服に、白い装束を羽織った者が落ちてきた。全く分からなかった・・・すぐ真上にいたとは。
トワダが立ち上がって、がつん! と首と顎の付け根に蹴りを入れると、曲者が呻いて喪失する。
男の手から転がったのは、遠眼鏡がついた長鉄砲。
「こいつ!? 長鉄砲!? 狙っていたのか!」
ナガタニが剣を構え、ゆっくり周りを見渡す。
トワダもすらりと剣を抜き、こん、と長鉄砲を小突いて男から離す。
「他に気配は感じぬが・・・ま、念の為、こやつを縛り上げたら少し歩くか」
「はい」
トワダが男を見下ろし、はて、と首を傾げる。
「ふうむ。この格好は、どこぞの軍人かな? それとも、上級の冒険者かな? 忍ではなかろう。どこの者かは分からぬが、儂らがおって良かったの。後で王女に褒美をせびってみるか。混浴などどうじゃ」
は、とナガタニの肩が落ちた。
「・・・先生が独り身の理由がよく分かりました」
「ははは! 冗談よ、冗談。足の腱を斬れ。殺すなよ」
「はい」
対岸からは、シズクの笑い声と、クレールの高い声が聞こえる。
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(視線が消えたな)
温泉の中で、カオルが肩の力を抜き、すっと顎まで沈む。
もう安心出来そうだ。
向こう岸に目をやると、剣の光がちらりと見えた。
ナガタニかトワダかが、片付けてくれたのだ。
そんな事はつゆ知らず、アナスターシャはくぴりとお猪口を傾ける。
「時にホルニコヴァ」
「はい」
「お主、トミヤスは客だと言っておったな」
「はい」
「娼婦なのか?」
ばしゃん! とラディが湯を叩き、
「ち、違います! 私の家は鍛冶屋で、父の腕を見込まれて。マサヒデさんの脇差も父の打った物です」
「ほう。トミヤスが選ぶ程の物を打つか」
ふう、とラディが息をつき、湯に沈む。
「カゲミツ様も、お父様の作は喜んで下さいました」
何!? とアナスターシャの目が驚きに変わり、手が止まる。
「剣聖のカゲミツがか!? 余程の腕じゃな」
クレールがにっこり笑って、
「王女、ラディさんもなんですよ! ラディさんが打った小柄も、刀剣年鑑に載るんですよ!」
「とうけん、ねんかん・・・とは?」
「古今の名刀が載っている図鑑です!」
「ほう! そのような物が!」
「凄いんです。私も、ラディさん達に会って、刀に興味を持ったんです! 良い物ですと、時間を忘れて、1日ずっと見ていられますよ!」
「レイシクラン様がそこまでとは・・・やはり刀は違いますか」
クレールが腕を組んで、神妙な顔で頷く。
「違いますねえー。1振り1振り、作者によって味があって、歴史を感じられて・・・単に剣より刀の方が綺麗だからっていう人も居ますけど、打った刀匠の事なんかも知ると、おお、こんな刀が、この人がこんなのを! なんて・・・」
アナスターシャが唸る。
「ううむ・・・して、トミヤスの刀はどんな物でありましょうか?」
「・・・」
皆が黙り込む。
あれは国宝の兄弟刀。
うっかり教えてはまずい。
「えー、ええっとお・・・ですね・・・打った人は分からないんですけど、相当古い物です。1000年以上は前の物じゃないかって見てます」
「なんと!? それだけでも博物館にあってもおかしくない代物でありませぬか! で、やはり斬れますか」
「それはもう。その上、使うのがマサヒデ様ですし。鎧まで斬っちゃうんですよ! それで全く欠けたりしないんです」
「鎧まで!? あんなか細い刃物で!?」
「そうなんです! 凄いですよね!」
「ううむ・・・それ程の代物であったのですか・・・」
アナスターシャがお猪口を置き、ぱちゃりと湯をすくい、顔をこする。
「ふうむ・・・」
「ご興味がございますか?」
「出て参りました。あ、もしや魔剣の類?」
「いいえ! ただの刀! 魔術などはかかっておりませんし、何か宿っているわけでもありません」
「それほどの・・・大剣であっても、鎧ごと斬るのは難しいはず」
「そうですよ! 良い刀というのは、もう違いますよね! ね、ラディさん!」
うむ、とラディが頷く。
「はい。見ているだけで時を忘れ、いつの間にか夜になっていた、などしょっちゅうです」
「それほどか! そうじゃ、サダマキ、お主の刀はどんなじゃ?」
カオルはさらりとした顔で、
「ひとつは800年程前の」
「800年!?」
アナスターシャが驚いて声を上げる。
「はい。モトカネという者が打った作。もうひとつは1000年程前の物で、イエヨシという者が打った作です」
「1000年!? お主もトミヤスも、そんな者を腰にぶら下げておるのか!?」
「はい」
はあ・・・とアナスターシャが口を開ける。
「う、ううむ・・・サムライとは怖ろしいの・・・」
カオルは首を振り、
「王女。年代など関係ありませぬ。刀はあくまで武器。刻まれた時は、あくまでおまけ。斬れる、斬れない。偶然に手にした古い物が、良く斬れる物であったというだけです」
「割り切っておるな」
「しかし、現代の刀匠でも、素晴らしく斬れる物を作れる刀匠がおります。ラディさんのお父上も、その1人」
「どれほど斬れるのじゃ?」
「猪の首を一振りで骨ごと切り落とし、瑕ひとつ付かない程に」
「それが、トミヤスの脇差か?」
「はい」
「む、ううむ・・・ホルニコヴァ、お主の父は何者じゃ」
「ただの鍛冶屋です」
「ほほう! 言うのう!」
ラディが小さく笑い、手拭いで顔を隠した。




