第49話
「私は気に入りません」
カオルとイザベルの報告を受けたアルマダが首を振った。
「アルマダさん・・・それはちょっと」
はっきりと断ったアルマダに、マサヒデが困った顔を向ける。
「ハラムィ陛下でないにしても、王族を手に掛けようなどとする相手です。そんな事に関わると碌な事になりませんよ。そのくらい、マサヒデさんにも分かりますよね」
「そうかもしれませんが」
「しれませんではなく、そうです。ハラムィ陛下も承知の上でという事も、十分に考えられる。そうですね? カオルさん」
カオルが下を向いて頷く。
「は・・・」
アルマダは、それ見ろ、とでも言わんばかりの顔。
「嫌です。今後、大国に睨まれながら生きていくなどと。王女にはお付きの騎士がいるではありませんか。後は彼らにお任せなさい。準備を整えてあげるだけで十分です。それ以上は後に禍根を残します」
マサヒデがアルマダに手を差し出す。
「そんな。少しくらいは良いではありませんか」
ぱ、とアルマダがマサヒデの手を払う。
「白露帝国に目をつけられたらどうなると思います。一緒について行く? 王女の誘拐容疑をかけられるのがオチです。政府を通じて我々を差し出せと言ってきたら、断りきれません。下手をすると、我々は国外追放どころか、逮捕されて白露帝国の強制収容所送りです。公開斬首もありえます。イザベル様、そうではありませんか?」
「は・・・」
イザベルも俯いて返事を返す。
アルマダが俯いたイザベルを見て、マサヒデに目を向け、
「おやめなさい。今日の事は、レイシクランの宿に武装した者が不法侵入してきたので、で許されます。これ以上は駄目です。どうしてもと言うなら、カオルさんが変装してついて行きなさい。我々は無理です。マサヒデさんも絶対について行ってはいけませんよ。分かりましたね」
「あ、じゃあ魔の国まで一緒に」
「駄目です。白露と睨み合っている米衆連合国を通るんですよ? 今度は米衆が王女を奪いに来ますよ。ついでに米衆に潜伏している白露の諜報員まで襲ってきますよ。相手に出来ると思います? 海の上でも安心出来ませんよ。米衆の領海に入った途端、海軍が大砲を向けてお出迎えに来るに決まってます」
取り付く島もないが、全く言う通りだ。
「う、ううむ・・・」
「王女達だけで温泉巡りをしてもらいなさい。ミスジ様も我々がいつまでも付いていられないからと、この案を考えてくれたのでしょう。そうですね? カオルさん」
「は」
「では、最初から我々が付いていなくても良いではありませんか。冷たいようですが、放っておきなさい。クレール様、それが賢明な判断だと思いませんか?」
「思います・・・」
クレールも下を向いてしまった。
「護衛が必要であれば、ミスジ様を通して情報省を頼りなさい。何人も送ってくれますよ。いや、もうとっくに手配がされているでしょう。我々の出る幕ではありません。いや、出てはいけない幕です。そうではありませんか?」
「はい・・・」
「では、我々は知らぬ存ぜぬで通します。以上です」
アルマダは上着を取って部屋を出ていってしまった。
マサヒデ達は何も言い返せず、項垂れてしまった。
「ああもはっきり断られるとは思いませんでした」
クレールも肩を落とし、
「ううん・・・でも、ハワード様の仰ることは、全くその通りですよ」
カオルも溜め息をつく。
「確かにそうです。我々が護衛をする必要はありませんし、途中まででも護衛についているとなると、目をつけられます」
イザベルが顔を上げ、
「マサヒデ様、どう致しましょう。やはり、我々はこのまま黙している方が良いでしょうか」
マサヒデが溜め息をついて腕を組む。
「ううむ・・・あ、そうだ。サカバヤシさんに頼んでみましょうか? 雪かき雪下ろしでうんざりしてるでしょうし」
「いや、それはサカバヤシ様が白露に目をつけられますが」
「ですよね。ううむ・・・どうしましょう・・・」
「あっ」
と声を出してカオルが顔を上げた。
「そう言えば、ミスジ様は、我々も一緒に温泉を楽しんでこいと仰っておられました。白露への報告も任せろ、と」
「ふむ? ミスジ様が・・・我々も一緒にと。という事は?」
カオルが頷く。
「しばらくは我々が護衛をせよとの意では? 私達は大丈夫なように、ミスジ様が計らって頂けるのではございませんか?」
「なるほど。それ、確認してきて下さい。一緒に居ても大丈夫と分かれば、アルマダさんも来てくれますよ」
「は!」
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当然ながら忙しかったようで、ミスジからの返事が届いたのは翌朝の事であった。
冒険者が届けてくれた封を開き、カオルが頷く。
「ありがとうございました」
依頼料を払い、朝餉を食べるマサヒデ達のテーブルに歩いて行く。
「明日は温泉に参りましょう」
「はあ?」「?」
昨夜、話を聞いていなかったシズクとラディが顔を上げる。
マサヒデが笑顔で頷き、
「ああ、大丈夫でしたか」
「我々は護衛につくわけではなく、温泉を珍しがり、会いたかったトミヤスが温泉に行くと聞き、王女が我儘を言ってついて来たのです。それで仕方なく、一時的に、我々が側におるだけです」
「はあ?」「?」
シズクとラディの頭に疑問符が浮かぶ。
クレールが不安そうな顔で、
「それで通りますか?」
「王女の我儘は今に始まった事ではありませんので・・・」
視線を感じ、カオルが隣のテーブルを見ると、アナスターシャがカオルをじっとりと見ている。
「んっ! おほん。実際にミスジ様がどう伝えるかは分かりませんが、一緒に温泉に行ってくれれば、後は全く大丈夫との事です」
「そうですか。アルマダさん」
マサヒデが隣のテーブルのアルマダに声を掛ける。
「聞いてましたよね」
「ええ。大丈夫との事なら、喜んで供を致しましょう。アナスターシャ王女、ご安心下さい。我らが命に替えてもお守り致します」
昨夜の厳しい顔はどこに消えたのか、アルマダが輝くような笑顔でアナスターシャに力強く頷く。
「ハワード、やけに嬉しそうじゃな」
「当然です。王女の供につけるなど、この上ない名誉です」
「私の騎士より剣術を取ると言っておったくせに」
さら、とアルマダが前髪を払う。
「明日は一時の気の迷いが出るだけですよ。マサヒデさん、ついでにサカバヤシさんとナガタニさんもお誘いしては如何です? 王女からお声がけされたとなれば、喜んで来るでしょう」
「そうですね。あ、王女、サカバヤシさんとナガタニさんはご存知ですか?」
アナスターシャが首を振る。
「いや知らぬ。何者じゃ」
「サカバヤシさんは、サカバヤシ流という居合の頂点の流派の、次期宗家です」
あっ! とアナスターシャが驚いて、
「イァーイ! 知っておるぞ! し! とカタァーナーを抜いたら、すぱーっと棒が切れておるやつじゃ! それの頂点か!?」
「それです。ナガタニさんという方は、一剣流という流派の高弟。一剣流は、昔はこの日輪国の王宮剣術指南役になった程の流派です」
王宮剣術指南役になったのはオノダ一剣流。
一剣流ゾエ派は分派なので、正式には違うが、元は同じ一剣流だから構うまい。
「何とな!? 王宮剣術指南か!」
驚くアナスターシャを見て、マサヒデが嬉しそうに頷く。
「昔はですがね。今はヤナギ車道流ですが」
「むう! その2人、騎士に引き抜けぬか!?」
「ははは! 無理でしょう。どちらも私達と同じ、剣術馬鹿ですよ」
かくっとアナスターシャが肩を落とす。
「なんじゃ・・・でも、会うのは楽しみじゃの」
「じゃあ、お二人を誘うのは私が行ってきますよ。カオルさん、イザベルさん、準備は頼みます」
「は」「ははっ!」
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サカバヤシ流本道場、縁側―――
「めんどくせえなあ! やだよ!」
ジンノジョウが口を尖らせてそっぽを向く。
「雪かき、雪下ろしをしなくて済みますよ」
「む・・・」
「毎日で疲れてるでしょう?」
確かにそうだが、お偉方にお呼ばれなど、面倒この上ない、という所だろう。その気持ちはマサヒデにはよく分かる。
「そうだけどよ。めんどくせえよ・・・王女様のお相手なんてよ。どうせ何か見せろとか言われるぜ。俺の剣は見世物じゃねえっての」
「それだと道場潰れますよ。武芸者は武の芸者、です」
「んなの分かってるよ・・・」
「良いじゃないですか。白露帝国に良い宣伝になりますよ」
「ううん、まあなあ、そりゃそうかもしれねえが」
「だって、王女、私の事は知ってたのに、サカバヤシの名は知りませんでしたよ。何者じゃ、なんて言ってましたよ」
じろっとジンノジョウがマサヒデを睨む。
「煽ってんのかよ、それ」
「違いますよ。日輪国の剣術には、こんな凄いのもあるって見せてやれって言ってるんです。私には、ジンノジョウさん程の抜き打ちは出来ないですし」
「そうかい」
「どっちみち逃げられませんよ。もう王女は会いたいなあ、楽しみだなあって言ってるんですから。王女はお忍びなので、とあるお偉方の護衛を頼まれたとか言って。服も正装でなくて良いですから」
ジンノジョウはむすーっとしながら舌打ちをして、ごてん! と縁側に寝転がる。
「ち! ああもう・・・分かったよ・・・行くよ! 何時!?」
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一剣流ゾエ派、トワダ道場。
マサヒデ、ナガタニ、トワダが奥の間に集まった。
ナガタニが湯呑に茶を注ぐ。
「で、改まってご相談とは」
「明日、白露帝国の王女と温泉に行きましょう」
「・・・」
ちょろちょろちょろ・・・
「あっ! これは、これは失礼を・・・」
ナガタニが手拭いを出し、湯呑からあふれた茶を拭く。
トワダも懐紙を出して額を拭い、
「何と? トミヤス殿、何と申されたかな? も一度頼む」
「明日、白露帝国の第一王女、アナスターシャ・・・ええと、何とかって王女と、温泉に行きましょう」
「・・・」
「王女は剣術にいたくご興味がありまして、では一剣流はどうか、と話してみました。ナガタニさん、どうです? トワダ先生も宜しければ是非」
「お、お話なされたのか・・・?」
「はい。ご都合が悪ければ、お断りしますが」
ぶんぶん! とトワダが首を振る。
「いやいや! 参る参る! ナタノスケ、行くな!?」
「勿論です!」
良かった。ジンノジョウは嫌がっていたが、この2人は喜んでくれた。
トワダも来てくれるなら、尚のこと心強い。
「今回、王女はお忍びで来てますから、名を出せないが、お偉方の護衛を頼まれた、とか言って、王女の事は出さないで下さいますと助かります。目立たないよう、服装も正装ではなく、普通に温泉に行ってくる、くらいの格好で頼みます。馬車もありますから」
うむ! とトワダが頷く。
「承知致した。して、明日のいつ、どこに参れば?」




