第48話
四半刻後。
イザベルとラディの部屋に、捕らえた者が連れ込まれ、カオル、イザベル、レイシクランの忍が、点穴に鍼を打たれて、立ったまま身動きの取れなくなった軍服男の荷物を改めていた。
ラディは追い出されて、マサヒデ達の部屋。
イザベルがナイフと拳銃を取り、男に見せるように持ち上げ、ふらふらさせる。
「認識票がない。部隊章もない。ぱっと見に分かる物は持っておりませんが、間違いなく、これは白露特殊部隊の者です」
「何故それが」
「まずこの拳銃」
イザベルが窓を開け、引き金を引く。
ばすん! と枕を思い切り叩き付けたような音。
「発砲しましたが、鉄砲ほどの音はしませんでしたね。少し離れておれば分からない。これは特殊な拳銃で、白露特殊部隊が使う物です。当然、市販はされておりません。特注品。そしてこのナイフ」
切先を床に向けて、くいっと鍔の辺りを押さえると、かすん! とナイフの刀身が床に突き刺さる。柄からはバネが飛び出ている。
「・・・」
カオルも自分のナイフに同じ細工をしている。思い付きであったが、まさか白露の特殊部隊も同じ細工の物を使っているとは。
「これも特注品。簡単に手に入る物ではありません。ふたつも揃っておれば、まず間違いなく。念の為、他の物も吟味致しましょうか。カオル殿、この拳銃は頂いておいては? リボルバーより平たく、嵩張りませんし。替えのマガジンもここに」
「あ、それは良いですね」
イザベルが銃口をつつく。
「この音の出ない細工、サイレンサーと申しますが、通常は銃口に刻みを入れ、4、5寸の・・・まあ、綿入りの筒のような物をつけるのです。これはそれがない。この銃の中に、最初から細工で着けられているのです」
「なるほど」
「銃弾の速度は下がりますが、反動が少なくなり、扱いやすくなります。下がると言っても、目に見える速度ではございません。威力は下がりますが、白露の拳銃は元々大型の弾を使いますので、そこは十分。耐久性も信頼出来ます」
拳銃をカオルに渡し、ナイフを取り上げて柄頭をくるくる回すと、柄頭が外れ、ずるっと長いバネが出てくる。
「ナイフ。このように柄の中は空洞で、バネが入っております。柄頭の内側でこのバネが飛び出てしまわないように止めてあります」
「おお、工夫されておりますな」
レイシクランの忍が興味深そうに覗き込む。
「ううむ、しかし、随分とバネが長いですな」
「このくらいでないと、刀身がまともに飛ばないというわけです。刀身は手裏剣より重いですから。この刀身にはないですが、穴を開けて軽くしてある物も見られます」
目の前で呑気に得物を吟味されている男が、喉を「え、う」と小さく鳴らす。
イザベルがちらりと男を見て、しゃがんで、床に突き刺さったナイフの刀身に柄を押し付け、かちりと刀身をはめる。
「これは良い物を頂けました。こちらも研究にもらっておきましょう」
鞘に納め、ナイフはレイシクランの忍に渡す。
そして、男の服、肩の辺りを摘んで引っ張る。
「さて、この服。おやあ? 雪用の迷彩ではない。これでは外で目立ちましょう。上着は外にありましょうか」
む、とレイシクランの忍が頷く。
「探して参りましょう」
「いえ、恐らくバックアップがいるでしょう。その者が既に持って帰っていると思います」
「バックアップ」
カオルとレイシクランの忍にぴりっと緊張が走ったが、イザベルが小さく手を振る。
「もう引いておりましょう。さて、この者はどこの所属かが問題。白露の特殊部隊は、軍は勿論、近衛、保安省、情報省など、色々な所に配置されており、各隊がそれぞれ独自の教育を受けておりますが、まとめて白露特殊部隊と呼ばれまして・・・所属が問題です」
「ふむ。所属で部隊名を変えておらぬのですか」
カオルが顎に手を当て、イザベルが頷く。
「はい。装備は同じでも、どこの所属かで王女を始末しようとした、という問題の中身が変わってきます。軍であれば、戦を起こしたい軍部が強硬手段を取った、であるとか・・・」
じろ、とカオルが男を睨む。
「日輪国の者に始末された、いざ開戦と理由が出来る」
「如何にも。仮に近衛でありますと・・・」
王直属の近衛。戦争を反対する娘を・・・
考えたくはないが、そういう事だ。
カオルが男を睨んだまま頷く。
「口を割らせましょう。どこの所属にしろ、同じ国の者に命を狙われているとは大事。場合によっては、王女にはこのまま日輪国に亡命して頂いた方が良いかと」
イザベルも男を見て頷く。
「私もそう思います。情報を引き出しましたら、白露の領事館にこの者を送りつけてやりましょう」
「いや、イザベル様、それは悪手です。この者は居なかった事にされ、次々と送られてくるに違いありませぬ。ここは報道に報せてやるのは如何でしょう」
「報道に?」
カオルがにやりと笑う。
「白露の報道は、ほとんど国が握ってしまっているそうですが、当国は違います。政に巻き込まれ、自国から暗殺者が送られる。嗚呼、なんと不幸な王女でございましょうや。我が国の国民からは注目を浴び、どこへ行ってもあの王女と皆が目を向ける。国民からも憐れみの声が上がりましょう」
ぱちん! とイザベルが楽しそうに手を叩く。
「ははは! なんと手の出しづらい事!」
「ゾエはシラタ伯爵が巨額を投資し、通信が小さな村にも。明日にはゾエ中に広まりましょう。此奴はゾエ報道に連れて参りましょう。さて、まずは口を割らせねば・・・」
レイシクランの忍が頷いて、懐から小壺を取り出した。
----------
どうせ報道に報せるので、盗聴されても問題ないと、急ぎ通信を使うこととなった。
カオルは冒険者ギルドに走り、通信機の前で座っている。
半刻ほどして、画面の向こうに慌てた顔のミスジ外務大臣が現れた。
「やや! サダマキ殿か!」
「ミスジ様、このような時間に申し訳もございません。ですが、危急の用でございます」
「一体、ど、どのような? 何が? 大事とは?」
早口に口を回しながら、ミスジが座る。
「ゾエに白露帝国のアナスターシャ王女が来られているのはご存知でしょうか」
は! とミスジの顔色が変わった。
「もしや王女に何か!?」
カオルが頷き、
「先程、暗殺者が侵入しました。賊は我らが捕らえております」
「なんと!?」
「しかもその賊、白露の特殊部隊の者です」
「なな、な、な、何!?」
「白露は影護衛などと言い張るでしょうが、王女の身が危険です。王女には亡命を勧めたく思いますが、ミスジ様には、これをどうお考えなさいましょうか」
「む・・・ううむ・・・」
険しい顔でミスジが黙り込んだ。
日輪国は難民などの亡命は受け入れ姿勢を取ってはいるが、実の所は建前に近く、受け入れられる亡命者は非常に少ない。年に10人、20人程度だ。
アナスターシャは白露帝国の第一王女。この亡命を受け入れるとなると・・・
「サダマキ殿、それは難しい。今、白露帝国の王女という者の亡命を受け入れするとなると、一気に白露帝国との関係が悪化しよう。白露側はこれ幸いと人質を取られたなどと報道を敷くと考える。例え王女自身が声を上げようと、言わされていると言い張るは明白。下手をすると開戦派が強硬策に出る怖れがある」
むう、とカオルが唸る。
亡命はアナスターシャが望んでも難しいか。
「やはり・・・こちらでは、捕らえた者を報道に報せて、薄幸の王女と大きく報道してもらうつもりです。白露では報道を規制されましょうが、当国では大きく広める事が出来ます。すぐに米衆や大中心からも声は上がると思われます。数ヶ月もせぬうちに、白露にも真実の声が届きましょう」
ううむ、とミスジが腕を組む。
「悪くはないが・・・すぐには危険は去らぬ。それが白露帝国に届くまでは時間もかかろうし、それを聞いた者は、慌てて次に次にと刺客を送り込んでくると思うが」
「刺客ですか」
「まあ、それはサダマキ殿達がおれば問題はないが、解決するまで王女の側に張り付いておられるかな?」
「ううん・・・」
しばしの沈黙の後、お、とミスジが明るい顔になった。
「あ、良い案を思い付きましたぞ」
「お聞かせ下さい」
「昔から、貴人は病になると、どこへ参るかな」
何を言い出すのか? はて、とカオルが首を傾げる。
「病ですか? 神社などで平癒の祈願などでしょうか・・・」
「それもあるが、もうひとつ浮かびませぬかな?」
「ううん・・・」
ミスジがにっこり笑って、
「ゾエには温泉が200以上もあるそうでな。これは世界一でございますぞ」
「む!」
流石、ミスジは頭の回転が早い。咄嗟の閃きは舌を巻くものがある。
「王女が自国の者に襲われたとなれば、そのご心痛は想像も出来ぬ。気鬱の病にかかるも当然。されば湯治などされては如何。山中の秘湯などもございまして、そのような所へ行くには、それは時間もかかりましょうが、美しき雪の中の秘湯は気鬱を晴らすにぴたり」
カオルもにやりと笑う。これは面白い。上手い策ではないか。
「秘湯。ふふふ。秘湯ですか」
ミスジがにやにやしながら頷く。
「うむ。そのような場所で目立っては、甚だしく迷惑でございますなあ。王女はお気を使われるお方。されば目立たぬように動きましょう」
本当は我儘を言い放題なのだが。
「流石はミスジ様です。感服致しました」
ぐ、とカオルが頭を下げる。
「王女は我儘で有名でございますから、気の向くままに湯治に参りますぞ。どこへ参るのやらさっぱりですな」
気遣いあるのか、我儘なのか。
おかしくてカオルは笑いを堪えられない。
「ふ。ふふふ」
「白露への報告はお任せ下され。雪の中の秘湯、皆様も一緒に心ゆくまで楽しんで参ると宜しい。すぐに解決しましょう」
----------
酔って寝ている所を起こされ、アナスターシャはすこぶる機嫌が悪かったが、部屋に入った途端に顔が変わった。
イザベルが立ったまま動けない男の顔を掴み、アナスターシャの方へ向け、
「王女。この者の顔に見覚えはございませぬか」
「ない。ないが、その服装、軍の者じゃな?」
「特殊部隊の者です。所属は分かりませぬ。白露帝国の特殊部隊は、各省庁にも配置されておりますゆえ」
「ふむ」
「先程、王女の部屋で、ベッドに銃を突き付けておりました所を捕らえました」
は! とアナスターシャが頬を染めて顔に手を当てる。
「何!? よ、酔い過ぎたか? 全く気付かなんだ・・・」
何が恥ずかしいのやら。
「王女・・・落ち着きなされませ。白露の特殊部隊が王女に手をかけようとしたのです。今お帰りになるのは危険です」
「む・・・ファッテンベルク。私に亡命せよと申すか」
カオルが椅子から立ち上がった。
「この先は別の部屋で」
----------
アナスターシャの部屋に戻り、カオルがミスジと相談した事を話す。
「なるほどのう。亡命は受け入れてもらえぬか」
「はい」
「で、ここで潜伏せよと」
カオルが首を振る。
「いえ。王女にはご病気にかかって頂きます」
「何?」
アナスターシャが怪訝な顔になる。
「同じ国の者に命を狙われるとは、なんという事か。王女は心を悩ませ、気鬱の病にかかられます」
「はあ?」
カオルがにやりと笑う。
「ゾエには温泉地が200以上もあるそうで。この数なんと世界一」
温泉? この女は何を言っているのだ?
「そうなのか? それが?」
「気鬱を治すに、湯治などは如何。秘湯と呼ばれる湯などもございます。帰る頃には肌の美しさもそれはもう」
ぽかんとしていたアナスターシャが、意を汲んでげらげら笑い出した。
「は・・・ははははは!」
「秘境の秘湯ともなれば、ドレスで行くわけにも参りませぬ。目立たぬ服装も、至極当然の事。別に隠れようとしてそのような格好をするわけでもない、と」
「うむうむ! 良い! 良いの!」
「明日1日で、私共が皆様の服と馬車を揃えます。騎士の方々の分も揃えます」
「後は温泉を転々としておれば良いのじゃな」
カオルがにっこり笑って頷く。
「天候の許す限り、長の滞在を避け、ゾエの各地の温泉をお回り下さいませ。温泉案内地図なども売っておりますゆえ。1日1箇所の温泉でも、半年以上です」
ぐ、とアナスターシャが腕を組み、満足気に頷く。
「良かろう! サダマキ、中々の案じゃ。ミスジ殿に感謝を伝えておいてくれ」
「は!」




