第45話
翌日。
大吹雪はどこへ行ったか、空はからりと晴れ渡っていた。
これで今日は出掛けられると思ったが・・・
「まじか」
「ううむ・・・」
窓の側に立ったシズクとイザベルが小さく声を上げる。
窓の真下、腰辺りまで雪が積もっている。
当然、これでは馬も馬車も動けない。
「言ったろうが。今日は動けぬのじゃ」
後ろからアナスターシャが声を掛ける。
昨日は昼から呑んでいて、夜はここに泊まると言い出したのだ。
女中は慌てたものだったが・・・
「どうしたファッテンベルク。お主も寒さに強いとあれほど豪語しておったに」
「あいや、私の故郷は寒いことは寒いですが、これ程に雪は積もらず」
「ふうん。雪に驚いたか」
「は・・・いや、驚きました」
アナスターシャはつまらなそうに首を振る。
「白露では当たり前の事じゃがのう。おい、鬼。雪かきでもしてきてはどうじゃ。お主なら軽いものじゃろう。えらく儲かるぞ」
「え、まじ?」
儲かると聞いて、ぴん、とシズクの顔が変わった。
アナスターシャは窓の外を指差す。
「嘘は言わぬ。ほれ、この雪の深さを見てみよ。人族がこの中を歩けると思うか。そもそも雪かきに出るのも難しいのじゃ。ファッテンベルクは歩けるかの?」
「ううむ・・・おそらく。雪がどのくらい重いかは知りませぬゆえ」
アナスターシャが楽しそうに笑う。
「これではドアも開けられぬわ。窓から出ねばの。かと言って、出たら出たで足が埋まってしまうしの。そこへ救いの鬼が出て、雪をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。あれよ救いの鬼が来た! となるのじゃ。ははは!」
「むむ」
アナスターシャが腕を組み、店の奥を顎でしゃくる。
「試しに、店の前の雪を全部よけたらいくらじゃと、この宿の女中と掛け合ってみよ。そのまま通りを進むのじゃ。進む先で、雪をどけたらいくらじゃと言いながらの」
「さすが王女! 行ってくる!」
どたどたとシズクが奥に走って行く。
「ファッテンベルク。お主も手伝ってきてはどうじゃ。貧乏生活から抜けられるぞ」
「これは手厳しい。されども、貧乏生活は真の話です。今も日に金貨が1枚ずつ落ちていきますゆえ」
にやにやしていたアナスターシャの笑みが止まった。
「何? もしかして大借金でも抱えておるのか?」
「いえ。私の剣は、剣聖カゲミツ様よりお借りしております。借賃は、日に金貨1枚」
「それ程の剣なのか?」
「はい」
「もしや魔剣などの類か?」
くす、とイザベルが小さく笑う。
「それでは日に金貨10枚でも足りませぬ。ただの剣であります」
「なんじゃ、魔剣を貸し出せばそんなに儲かるか」
どたどたとシズクが出て来て、アナスターシャに満面の笑みで手を振る。
「すげえ仕事だあ! 王女様、ありがと!」
シズクがばたんと窓を開け、雪の中に跳び込む。
跳び込んで、はたと動きを止め、首を傾げて、
「あれっ」
「どうした、シズク殿」
「ね、イザベル様。この雪って、どこに置いたら良いんだ?」
「はて? そう言えば・・・」
見回せばどこも雪だらけ。
アナスターシャが腰に手を当てて、にやりと笑う。
「どこぞに雪捨て場があろう。そこまで持って行くのじゃ」
「まあじで!? 道ないのにどうやって持ってくのさ!?」
「この雪ならそりで持って行くのだ。海に放り投げても良かろう。海に捨てても海は凍らぬ。近くに雪捨て場がないなら、港まで持って行くのじゃ」
イザベルがシズクに頷く。
「シズク殿、待っておれ。我が尋ねてこよう。あいや、クレール様を呼ぶか。火の魔術で溶かしてもらおう」
は! とアナスターシャが笑い、手を振る。
「いいや、ファッテンベルク、それはならぬと思うぞ。雪かきに魔術は厳禁であろう。火事の恐れもあるし、溶けた雪が凍れば道が滑って事故があるゆえな。この国ではどうか知らぬがなあ」
「ううむ、それも尋ねて参ります」
「厳しいー!」
「ははははは!」
シズクの悲痛な声と、アナスターシャの笑い声が響いた。
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シズクとイザベルは雪かきに出て行った。
アナスターシャはイザベルのつなぎ姿を見て「なんじゃそれは」と驚いていた。
「おはようございます」
「うむ」
優雅に紅茶を飲むアナスターシャの前に、アルマダが座る。
「雪が止めば帰ると聞きましたが、何時頃? お見送りを許して頂けましょうか」
「ううむ・・・まあ、今日は無理じゃな。帰れぬ」
アナスターシャが顎で窓をしゃくる。
アルマダが窓の外を見ると、シズクが雪をスコップで放り投げている。
「・・・あれはシズクさんですか? 雪かき?」
「外を見てこい」
「はあ・・・」
かつかつと靴を鳴らし、アルマダが窓に近付く。
シズクの周りは雪が無くなっているが、周りは腰程まである雪で囲まれている。
(なるほど)
これでは外を歩けない。馬も馬車も・・・
「むっ!?」
声を上げ、慌てて窓から飛び出すと、シズクが驚いて顔を上げた。
「おはよ?」
「後で!」
泳ぐように雪をかき分け、宿の横の馬の繋ぎ場に行く。
皆の馬はここに留めてあるのだが・・・
「ああっ!?」
屋根があるので埋まってはいなかったが、まるで雪から顔を飛び出したように、ひょっこりと馬達が中から顔を出している。完全に閉じ込められた状態だ。
はっとして、奥の馬車に目を向ける。
幸い、幌は潰れてはいなかったが、完全に車輪が雪に埋まっている。
隣に停めてあるアナスターシャの馬車も埋まっている。
「なっ、何という事だ・・・」
顔に手を当て首を振り、雪をかき分けて戻って行く。
シズクが戻って来たアルマダを心配そうな顔で見る。
「ど・・・ハワードさん? どうしたの?」
ばさ、とアルマダが顔に当てていた手が落ちた。
「馬が埋まってしまいました」
「ああーっ!?」
「馬車は潰れていませんでしたよ。運が良かった」
「やっべえー・・・すっかり忘れてたね・・・」
アルマダが周りを見渡す。
「こんなに降るとは思いませんでしたよ」
ああ、とシズクも肩を落とし、繋ぎ場の方に顔を向ける。
「そいや、さっき宿の人も言ってたよ。まだ本格的に寒い季節じゃないのに、ここまで降るのは珍しいって」
「先に、繋ぎ場の屋根の雪と、馬車の上の雪を払ってもらえませんか。もし雪の重さに耐えられずに、潰れてしまったら大変です」
「そうする。幌、潰れなくて良かったよ」
「上に高い形ですから、厚く積もらなかったんでしょう。良い馬車ですよ」
「だね。ハワードさん、中戻って着替えなよ。洗濯しないと」
「あっ・・・しまった。ああ、慌ててしまいました」
溜め息をついて、アルマダが窓から中に入り、溶けた雪を垂らしながら部屋に戻って行く。
「ふふふ」
その有り様を見て、アナスターシャがにやにや笑っていた。
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マサヒデ達も起きてきて、テーブルに座る。
「おはようございます」
珍しく、アルマダが渋い顔で沈んでいる。
「どうかしたんですか」
「馬が埋まってしまったんです」
うまがうまった・・・
マサヒデの隣の椅子を引いたクレールが、口に手を当てる。
「うくっ」
マサヒデはたまらずにげらげら笑い出し、
「ははは! なんですそれ! ははははは!」
「ははっ! うぐほっ、げふげふっ!」
アナスターシャもむせて笑い、ハンカチを出して口に当てる。
クレールが顔を真っ赤にして、口に手を当てている。
「ぷぷぷ・・・た、大変ですね・・・」
「大変ですよ! 笑い事ではありませんよ!」
アルマダの大声に、笑っていたマサヒデがはっとして、
「ちょっと、屋根がありましたが、もしかして」
「ええっ!?」
クレールが驚いて声を上げる。
アルマダが手を挙げ、
「ああ、いや・・・潰れてはいませんでしたよ。ですが、完全に閉じ込められてしまいました。外は腰まで雪です。今日はどこにも行けませんよ」
「そんなに積もってるんですか」
「参りました。昨日のうちに、船に戻っておくべきでしたね」
は! とマサヒデがまた驚いた顔をする。
「あっ! 馬車は!?」
アルマダが首を振る。
「潰れてはいませんが、埋まってしまっています。動かせはしません」
「ううむ、参りましたね」
「全くです。クレール様、魔術で雪を溶かすのも厳禁だそうですよ」
「ええっ!?」
そうしようと考えていたクレールだったが、魔術禁止?
「溶けた雪が凍って、氷の道になってしまう。人も馬も滑って転んでしまいます」
「う、ううん・・・駄目ですか」
アルマダが悲痛な顔で首を振る。
「私、朝風呂に行きますよ。先程、雪の中を歩いて汚れましたから・・・」
溜め息をつき、アルマダは着替えを取りに部屋に戻って行った。
マサヒデ達が窓を見ると、外ではシズクが雪を放り投げていた。




