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勇者祭3 ゾエ編  作者: 牧野三河


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第44話


 ウスケシの安宿。


 昨夜、マサヒデ達の飲み会に乗り込んできた白露帝国の第一王女アナスターシャが、今度はこの宿に乗り込んできた。マサヒデはまだ寝ているようで下りてこないが、トモヤが口添えを餌に王女と将棋で勝負をしようと言い出したのだ。


 横でそれを見ていたイザベルも、普段なら馬鹿な事をと止める所だが、この王女は気に食わないので止めはしない。トモヤが口添えなどしても、どうせマサヒデの返事は変わりはしないのだ。


 つまり、最初からイカサマ勝負。


 にやりと笑いながら、イザベルが隣のテーブルの席につき、女中に茶を頼む。

 もう勝負をする事は決まったようだが、さて、この王女は何を出すのか・・・


「あれを持て」


「あれとは」


 騎士が聞き返すと、アナスターシャはトモヤを睨んだまま答えた。


「魔剣オッテペルじゃ」


 がちゃ! と騎士の鎧が鳴る。


「ア、アナスターシャ様!?」


「持て。トミヤスの身を買えるなら安い」


 魔剣と聞き、さすがにトモヤも驚いた。

 隣のテーブルで、イザベルも驚いて目を丸くしている。


「良いのか? かもしれぬ、という程度じゃが」


「構わぬ。貴様のような下郎には負けぬ」


 以前、トモヤがこの国の王族と賭け将棋をした時は、イザベルも慌てたものであったが、こうも人を見下した物言いをする王女にはかちんときて、止める気がしない。だが、それにしても、まさか魔剣とは・・・

 イザベルが席から立ち上がり、2人のテーブルの横に立つ。


「アナスターシャ王女、僭越ながら、私めが時間をお計り致しましょう」


 トモヤを睨んでいたアナスターシャの目が、イザベルに向けられる。


「む、ファッテンベルク・・・」


「持ち時間はそれぞれ30分。切れましたらば20秒以内。千日手は引き分け」


「結構。下郎、良いか」


「構いませぬぞ。では、駒を振りまする」



----------



 勝負が始まって、はや四半刻をとっくに過ぎた。


 トモヤもアナスターシャもどっかり座っているが、口をへの字にし、眉が寄っている。周りには客も集まり、いつも騒がしい酒場が、しんと静まり返っている。


「トモヤ殿、15分」


 イザベルの声が静かに響く。

 す、とトモヤの手がのび、ぱちり、と静かに駒を置く音が響く。


「・・・」


 アナスターシャの表情は変わらず、険しいまま。


「アナスターシャ様、20分」


「・・・」


 アナスターシャが顎に手を当てた。

 すっと目が細くなる。

 イザベルも盤に目をやり、時計に目を戻す。

 2人の顔を見るに、明らかにここが勝負所。1手違えると、決まる。

 長考に入った。


「15分」


 少しして、2階のドアが静かに開き、マサヒデが顔を出し、何事かとこちらを覗いたが、イザベルが口に指を当てる。マサヒデが頷いた後、時計に目を戻す。


「10分」


 かちかちかち、と静かに秒針が進む音。


「すーっ・・・ふうう・・・・ふっ」


 すっとアナスターシャの手が伸び、次いで、ぱしーん! と駒が叩き付けられるように指された。


 トモヤがにやりと笑う。

 アナスターシャがぐっと拳を握る。


「千日手じゃの」


「・・・」


 ふー、とトモヤが息をつき、前のめり気味になっていた身体を伸ばす。


「白状するが、口添えなどいくらしても良いと思うておったし、下手をすると首も刎ねられるかもしれぬが、思い切って話を持ちかけたのじゃ。聞けば王者にも勝ったと言う。それ程の者と指せる。ワシの喜びが分かるかのう。胸を借りるつもりでおったが・・・」


 トモヤは1枚ずつ駒を片付け、ぱたりと盤を閉じ、


「表の王者はこんなものか。ワシ程度の真剣師に勝てんとはのう。ワシより強い者には何人もおった。少々修行は積んだが、田舎町の坊様にも負ける程度じゃ」


「くっ、く・・・く・・・」


 握られたアナスターシャの拳が震える。


「ま・・・ワシは裏の指し手じゃ。表の指し手とは違う。そう気を落とされるな、グランドマスター」


 言って、トモヤは集まった客をかき分け、暖炉の前の椅子に座った。

 ぎぎぎ、とアナスターシャの歯が鳴る。

 すたすたとマサヒデが歩いて来て、アナスターシャの隣に立った。


「ああいうのが、昨日話していた、隠れた本物というやつです」


 トモヤは真剣な顔で紙を広げ、今の勝負の感想を始めていた。



----------



 女中が恐る恐るアナスターシャの前に酒を置き、マサヒデの前に白湯を置く。


「あの、御用がありましたら・・・」


 頭を下げて、女中が下がって行く。


「で、今日は何をしに」


「お主の騎士を見に来ただけじゃ」


「騎士? 私の?」


「そろそろ帰らねばならぬからな。雪が上がったら帰る。帰る前に、騎士を見たい」


 マサヒデは首を振る。


「私に騎士はいません。妻と友人と内弟子です」


「では、それらを紹介してもらえまいか」


 マサヒデが隣のテーブルを見る。

 カオル、シズク、イザベルが座っている。


「クレールさんとイザベルさんには会いましたね」


「うむ」


「カオルさん。シズクさん。こちらへ」


「は」「ええ・・・」


 カオルはきりりとした顔で、シズクはおどおどとマサヒデの横に立つ。


「まずこの2人。もう1人居ますから、連れてきます」


「うむ」


 2階に上がり、ラディの部屋をノックすると、しばらくしてラディが顔を出した。


「出掛けるんですか」


「いえ。あなたに会いたいという方が来ています」


「私に?」


「白露帝国の王女です」


「えっ!?」


 朝話していた、あの王女!?


「来て下さい。その格好で構いませんから」


「でも、でも」


「構いません。王女も軽い服装で来ています」


 腰の引けたラディを引きずり出し、手を引っ張って連れて行く。


「王女。こちらがラディさん。ラディスラヴァ=ホルニコヴァ」


 どきどきしながら、ラディが頭を下げる。


「白露帝国、第一王女、アナスターシャ=ヒョドルーバニー=アレクサンドル=ウィンズ=エイパッチェフである」


「はい!」


 アナスターシャが怪訝な顔でラディを見て、


「ホルニコヴァとな? 名からして、白露帝国の出であるか?」


「覚えておりません。私、物心つく前に、この国に来ました」


「左様か」


「はい」


「トミヤスとは、如何な仲であるか」


「仲・・・」


 ラディは少し困った顔をして、


「ええと、私の家の客で、旅の仲間で、趣味の仲間で・・・ううん、友人です」


「待て。趣味とは」


「刀の鑑賞です」


 む、とアナスターシャが頷く。


「なるほど。そちは」


 アナスターシャがカオルを見る。

 カオルは落ち着いて、1歩前に出て、綺麗に頭を下げた。


「カオル=サダマキと申します。マサヒデ様の内弟子であります」


「ほう。女だてらに剣術か」


「恥ずかしながら」


「トミヤスは如何な師であるか」


「良き師であります。私にありましては、これ以上の師はおりません」


「トミヤスの父は剣聖であったな。剣聖よりもか」


「は」


「そうか。もう良い」


「は」


 カオルが下がって面を上げると、アナスターシャがシズクを見る。


「そちは魔族であるな」


「はいっ!」


 シズクが大声で返事を返す。


「知っての通り、我が国は魔族は少なくてな。トミヤスとはどこで出会った」


「マサちゃんが300人と試合して、そこで」


「む、見てはおらなんだが、聞いてはおる。あ、そうか。お主はあの鬼族の者か」


「はい」


 アナスターシャは、がちがちのシズクの顔を、まじまじと見つめ、


「ふうん・・・鬼族は剛力と聞くが、どのくらい力があるのじゃ?」


「え、どのくらいと言われても・・・ええと、いっぱい?」


 シズクが困った顔をしたので、マサヒデが懐から銅貨を出した。


「シズクさん。手を」


 ちゃりん、ちゃりん、とマサヒデが銅貨を3枚乗せる。


「ああ」


 くっ、ぱ、とシズクが手を握って開き、アナスターシャの前に転がす。

 なんと曲げられたのではなく、潰されている。

 ぎょ! とアナスターシャの目が見開く。


「よ・・・よく・・・よっく分かった・・・ううむ、剛力であるな」


「あ、良かったです!」


「トミヤスはお主に勝ったのか・・・?」


「今も、全然勝てないです」


 アナスターシャは胸に手を当て、はあー、と息を整えて、マサヒデを見上げた。


「ううむ・・・トミヤスよ」


「なんでしょう」


「お主、騎士も仲間も要らぬな」


 はは、とマサヒデが笑って、軽く手を振る。


「まさか。1人ではすぐ死にますよ」


「・・・そうか。1人ではすぐ死ぬか」


「はい」


「ふうむ。そうか・・・」


 アナスターシャがとくとくと酒を注ぎ、くいっと傾ける。


「今日はここで呑んでいくか」


「まだ明るいですけど・・・」


 アナスターシャが後ろの騎士に振り向き、


「うるさい。おい、外の者を中へ入れよ。お前達も好きに食え。酒は程々にな」


「は。ありがたき幸せ」


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