第43話
そして翌朝。
夜中に戻って来たマサヒデは、クレールを起こさぬようそっと忍び込み、静かに寝ていた。朝になって起きたクレールも、マサヒデを起こさぬよう、そっと出て行く。
そろり、そろり、と廊下を歩いていると、
「クレール様?」
「うえっ!?」
びくっと肩をすくめ、クレールが止まる。
「何をしてるんですか?」
振り返ると、イザベルとラディが怪訝な目でクレールを見ている。
クレールは口に指を当て、
「しっ! しーっ!」
「?」
「マサヒデ様はまだ寝てます!」
「はあ。では、我々で朝食に参りましょう」
何をしているのやら。
クレールはそーっと歩いて行く。
1階では、客達がざわざわと飯を食べている・・・
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テーブルには、クレール、カオル、シズク、ラディ、イザベルの5人。
シズクがフォークを回しながら、
「昨日、マサちゃん大丈夫だったかな。あのお嬢様ー。ハワードさんとか、怒って」
くに、とシズクがフォークを指で曲げる。
「とか?」
ふ、とカオルが鼻で笑う。
「まさか。間違ってもハワード様はそんな事は致しません」
「ね、ね。クレール様、あれ誰だったの? 偉い人でしょ?」
む! む! とクレールが左右を見て、テーブルに身を乗り出し、
「お忍びという話でしたから、秘密ですよ」
「・・・あれでお忍び?」
おほん、とイザベルが咳払い。
ぐぐ、とシズクも身を乗り出す。
「うん。で、誰?」
「白露帝国の王女です」
「げ!?」
驚いて、シズクが仰け反る。
ラディも驚いて、目をまんまるにして、パンを落とす。
「まじ!? え、何しに来たのさ。クレール様に挨拶?」
「それもありますけどー・・・」
「何々?」
神妙な顔をしていたクレールが、うぷ! と吹き出し、口に手を当てる。
「マサヒデ様を騎士にしたい、ですって!」
「ぎゃーははははは! ありえねー!」
「しー! しー! ・・・ぷっ」
ラディもくすくす笑いながら、落としたパンを拾った。
「で、マサヒデさんは何と」
クレールは乗り出した身を戻し、パンを手に取る。
「うふふ。聞いてません! 私が寝てる時に帰ってきました! でも、騎士には絶対にならないってお答えしたと思います」
「ですね」
イザベルも呆れ笑いで首を振る。
「ふっ。ありえません。マサヒデ様は誇り高きお方。騎士程度で落ち着く者ではありません」
「イザベル様、それは何か違う気がするけど」
「そうか?」
「そうだよ。マサちゃんは剣術馬鹿だもん」
かあ! とイザベルの眉が釣り上がる。
「馬鹿とは何だ! 求道者と言え!」
「そうそれ! ラディ、そこはホルニさんと似てるよね」
ラディがパンを千切りながら首を傾げる。
「ううん、そうかもしれません?」
と、そこで、隣のテーブルから、
「馬鹿じゃ、馬鹿」
トモヤの野太い声。
「ははは! シズク殿の言う通りよ。あやつは剣術馬鹿じゃ」
き! とイザベルがトモヤに鋭い目を向ける。
「求道者だ!」
ははん、とトモヤは小馬鹿にしたような笑みをイザベルに向ける。
「いいや! 違うのう。イザベル殿もカゲミツ様に手ほどきを受けておろうに、忘れたか。トミヤス流に道はないのじゃ」
ぐ、とイザベルが言葉に詰まった。
カオルが笑って、
「どちらでも構いません。ご主人様は自分で道を作るお方。トミヤス流に道がないのは、道は自分で勝手に作れというお教えです」
がたん! と椅子を鳴らし、イザベルがカオルに向く。
「そう! その通り! 流石カオル殿! マサヒデ様の道は、騎士になど向いてはおりませぬ!」
カオルが小さく頷く。
「周りから馬鹿と言われようと阿呆と言われようと、ご主人様は自らの剣の道を作って行くのです。そして、それが次代のトミヤス流となります。私はそう信じております」
「嗚呼、カオル殿!」
はらはらとイザベルが涙を流す。
ぱちん、ぱちん、とトモヤが面白そうに手を叩き、
「ははは! イザベル殿はすぐ泣くのう!」
ばし! と髪を振って、イザベルがトモヤに振り向き、指を差す。
「ええい、うるさいわ! 主の尊さに流す涙の何が悪い!」
「良いぞよ、良いぞよ! 泣けば宜しいぞ! ははは!」
ふ、とカオルも小さく笑う。
「イザベル様も、今やご主人様のお教えを受けておられます。私共は本道でなくとも、小さな脇道で並んで行きましょう」
「カオル殿!」
イザベルが忙しく、またカオルに顔を向ける。
ふふ、とカオルが可笑しそうに笑って、窓を見た。
「本日も雪ですね。ご主人様は疲れて寝ております。何を致しましょうか・・・」
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朝餉の後、カオルは素振りをと部屋に戻って行った。
剣術は畳1畳の広さがあれば良い、と言っていたが、シズクとイザベルはそうもいかない。シズクは長物、イザベルは身の丈もある長剣。
サカバヤシ道場は遠いし、手近な一剣流の道場も休みであろうが、場所を借りようと歩いて来たは良かったものの、風も出て来て天気は大荒れ。
これは仕方がないと道を戻って来たのだが・・・
「まじか」
「ううむ・・・」
吹雪の中、2人は宿の前で立ち尽くしてしまった。
派手な馬車。
派手な騎士。
昨日のお姫様ではないか・・・
シズクが呆れ顔で騎士に近付く。
「あのさ、いくら白露の人でも、これは寒くない?」
風のせいで、鎧の片側に雪が積もっている。
これでは凍傷になってしまう。放っておけば、間違いなく死ぬ。
「・・・」
「うん、仕事中に喋れないのは分かってる。ここ動けないのも分かってる。クレール様呼ぶから。魔術で周りに壁作ってもらおう。火鉢も借りてくるからさ。馬にも藁被せてあげようよ。私も手伝うから」
「・・・」
イザベルも近付いて来て、肩の雪を払い、騎士に頷く。
「マサヒデ様か、クレール様に御用であろう。我らはトミヤス家中の者ゆえ、ご遠慮なさるな。アナスターシャ王女には、トミヤス家中の者に強く勧められたと言えば、お許しなされる」
かち、と小さく鎧が鳴った。
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「なるほどのう。マサヒデには強く断られてしもうたと」
「そうじゃ」
アナスターシャの前には、神妙な顔のトモヤが座っていた。
昨日にど派手なドレスで大恥をかいたので、今日のアナスターシャの服は地味だ。
後ろに立つ騎士は、相変わらず輝く鎧を着ているが・・・
「その話、ワシが手助け出来んでもない」
「何!? 真か!?」
がたん! と椅子を倒して、アナスターシャが立ち上がる。
トモヤは驚きもせず、神妙な顔のまま頷く。
「うむ。ワシとマサヒデは同郷。幼き頃からの友。口添えは出来る。まあ、それでマサヒデが首を縦に振るかは分からぬ。あくまで口添えまでじゃが」
「む、ううむ・・・」
アナスターシャが唸ると、後ろの騎士が椅子を立てて、アナスターシャが座り直した。
隣のテーブルで、クレールがシズクに呼ばれ、そっと外に出て行く。騎士達に風避けを土の魔術で作ってもらうのだ。
「じゃが、いくら王女様とはいえ、この口添え、タダとは言えぬ。なにせい、マサヒデの将来に関わる事じゃ」
アナスターシャがトモヤを見下した顔になり、舌打ちをする。
「ちっ。薄汚い平民が。金か」
「金など要らぬ」
「では何じゃ。貴族にでもしてくれと言うか」
とん、とトモヤがこめかみに指を置き、
「いいや。ワシにこれで勝てるか否か。勝てたら口添えは致しまする」
「馬鹿にしておるのか?」
「本気じゃ。ちとお待ち下され」
トモヤが席を立ち、別のテーブルから薄っぺらい将棋盤と駒を持って来て、王女の前に置く。
「王女には、これが何だか分かりますかの」
「将棋であろう。これで勝ったらと申すか?」
「如何にも」
ふ、とアナスターシャが笑う。
「下郎、知らぬようじゃな。私は白露帝国のチェスグランドマスターに勝っておるわ。王女という立場ゆえ、グランドマスターの座は引いてはおるが」
トモヤが怪訝な顔で、
「ぐらんどますたあとは?」
「将棋で言う王者である」
う、と一瞬トモヤの目が驚き開いたが、すぐに落ち着く。
「なんと! それは驚いた。ただ、ワシも真剣師で稼いでおる」
「しんけんし?」
「賭け将棋じゃ。言わば将棋の裏稼業と言った所かの」
「ほう・・・」
トモヤが桂馬の駒を取り、
「その昔、将棋は戦の代わりに使われた事もある。血を流さぬ為にじゃ。戦乱期が収まった後も・・・今もじゃ。ヤクザ者が真剣師を使い、縄張り争いなどを治める事がある」
「そうか。それは知らなんだ」
「ワシの将棋はそちらの将棋じゃ。表の将棋とは・・・」
ぱちり。
「違う」
す、とアナスターシャが銀の駒を取る。
「なるほど。私が勝てば口添え。負ければ何か出せと」
「何を出される。マサヒデの将来を買える、かも知れぬ勝負じゃ」
ぱちり。
「・・・」
横で見ていたイザベルがにやりと笑う。
トモヤが口添えした所で、マサヒデの返事は代わりはしない。
が、この勝負は見ごたえがありそうだ。チェスと将棋では難易度が違う。
駒の動きは同じものが多いが、取った駒を使えるという所で大きく変わるのだ。
(さて、王女は何を出すのかな)
アナスターシャは、トモヤをじっと見つめたまま、黙り込んだ。
勝負をする事は、もうアナスターシャの中では決まってしまったようだが・・・
ふう、とアナスターシャが息をつき、椅子にもたれて腕を組んだ。
「あれを持て」
トモヤを睨んだまま、アナスターシャが静かな声を出した。




