第42話
カヤノ歓楽街、揚屋よしず。
ゾエ開拓長官シラタ伯爵、ゾエ海軍提督ナツキ海軍中将とゆったりと飲み会を楽しんでいた所に、なんと白露の姫君が割り込んできた。
相当な我儘娘らしく、最初は怒り心頭であったが、アルマダが軽く捌いてしまった。
今回は買い物をしに、お忍びで来たらしいのだが・・・
「ところで、王女は何を買いに来たんですか?」
マサヒデが牡蠣の揚げ物を取りながら、機嫌を良くした王女に尋ねる。
「かんざしじゃ。先に遊びに来た際、これが日輪国の髪飾りと聞いて、適当に買ってみたのじゃ。それが国に帰ってみたら、パーティーでえらくうけての。母上も羨ましいと言うので、いくつか贈ろうと思うて」
「その為にわざわざ海を渡って来たんですか。王女は母上思いなんですね」
「トミヤス、照れる事をさらっと言うな」
「それで、何で私の所に来たのでしょうか」
「ああ! それよ。忘れておった」
アナスターシャがぱちりと箸を置き、マサヒデに向き直り、
「トミヤス。お前、私の騎士になれ」
「嫌です」
「即答するな! なんでじゃ!?」
「上下なしの場ですからはっきり言いますが、私は王宮務めはごめんです」
「田舎のサムライが騎士になれるのじゃぞ! 日輪国とは差にならぬ大国の!」
「全く興味ないです。私は護衛よりも剣術をしたいです」
「王族の護衛は不満と申すのか!?」
マサヒデは首を傾げて、上を向いて少し考えたが、すぐにアナスターシャに目を戻した。
「まあ、そうです。緊急時ならともかく、それを毎日の仕事にするのは不満です」
「何故!」
「なにゆえって、剣術の方が好きだからです。護衛なんかしてたら、剣術の稽古が出来ないではありませんか。私は剣術の稽古を選びます」
「ぬぬぬ・・・」
「王女は魔王様から御側用人になれと言われたら、なりますか?」
「ならぬわ! あ、いや・・・まあ、外交上、言われたらなるかもしれぬが」
「まあ、なりたくはないって事ですよね」
「そう答えるか・・・」
「そういう感じです」
ふん、とアナスターシャは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「あーあ。そうかそうか。ならぬか」
「はい。なりません」
アナスターシャは拗ねた顔で、ちらりとマサヒデをみる。
「実は、レイシクラン様とファッテンベルクが一緒におると聞き、会うてきた」
「えっ? そうだったんですか?」
すれ違いであったのか。もう少し出るのが遅かったら、この王女とあの宿で鉢合わせていたのだ。
「領事館でお二人がおると聞いての。これは挨拶しておかねばと思うて、慌ててこの服に着替えてじゃ! それが何じゃ、あのみすぼらしい宿は! この格好で浮く事と言ったら! 大恥をかいたわ!」
くすくすと皆が笑う。
「でえー? トミヤスはクレール様を娶るだとかー?」
「はい」
「ふうん! レイシクラン様が奥方では、騎士では不足か!」
マサヒデが首を振る。
「ですから、そういう訳ではなく、剣術がしたいからです。クレールさんが居なくても、私は断ります」
ふん、とアナスターシャが鼻を鳴らす。
「まあ、レイシクラン様には断られると言われたわ。良いと言ったら持っていけ、などと言うて笑われた」
マサヒデが隣のアルマダに目を向ける。
「じゃあ、アルマダさん、騎士になりましょうよ。長男ではないんですし」
「嫌です」
「お前もか!? 剣術か!?」
怒鳴るアナスターシャに、アルマダはにっこり笑って返す。
「はい。私も剣術です。新しい騎士が欲しいのでしたら、首都のヤナギ車道流道場へ行ってみては。私達のような剣術馬鹿でなく、騎士の位を夢見て腕を磨いている者が大勢居ます」
「むうん・・・嫌じゃ」
「何故ですか? 腕の立つ者も居ますよ」
「名の知れた者が欲しい」
見栄か。
マサヒデとアルマダの顔が、急に王女から興味を失ったように変わる。
「そうですか。まあ、適当に有名人を探して下さい。日輪国には、武術の達者は多く居ますから」
「そうですね。残念ですが、私達は無理です。さ、王女、牡蠣」
「な、なんじゃ・・・」
ぱん! ぱん! とアルマダが手を叩き、
「すみません! お酒を頼みます! 王女、すぐに新しい酒が参りますので」
「なんじゃ、お前ら。また急に様子を変えおって」
はあ、とアルマダが息をつく。
「王女。騎士はアクセサリーではないのです。名のあるなしではなく、忠義心でお選び下さい」
アルマダが廊下で立っている騎士に目を向け、
「彼らは飾りではないのですよ。いざと言う時に、身を挺して王女を護る為に働きます。それを名のあるなしで選ぶなど以ての外。彼らはハラムィ陛下が選んで王女に預けたのでしょうが、そのような主につけられた彼らは、貴方をどう見ると思います?」
「何を言うておるか分からぬな。仕事は王女の騎士。大名誉じゃ」
「確かに大名誉。しかし、騎士を忠義心でなく名だけで選ぶような主に、騎士達は最後までついてくるとお思いで? 私はそうは思いません。彼らも厳しく心身を鍛え、礼儀作法を叩き込み、やっとの思いでハラムィ陛下の目に止まり、騎士になり、さらに選ばれて王女の騎士となれた、精鋭中の精鋭。しかし、名だけで選ばれた者が同列に並ぶなど、彼らはどう思いますかね」
ここまで言われてやっと分かったか、王女が俯く。
「ううむ・・・」
「騎士という存在を軽く見てはいけません。彼らは飾り物ではない。王女の代わりに剣を振るう者です。分かりますか」
「それは分かる」
「彼らは生きる剣。ぞんざいに扱われては、剣など振らぬと拗ねてしまうかもしれません。危険が迫った時は、王女よりも自分の命が大事と、王女を差し出すかもしれません」
「むうん・・・分かるが、分かっておるがー! 欲ーしーいー!」
子供が駄々をこねるように、アナスターシャが拳を振る。
「そうですか。ま、他を当たって下さい。私達はお断りします。一度、ハラムィ陛下とご相談なされては如何です」
ぴたりとアナスターシャの動きが止まった。
「それは・・・嫌じゃ」
「何故です」
アナスターシャは下を向き、
「父上は・・・」
「何か?」
「怖いから」
ぽそっと出た言葉に、皆が呆然とした。
この我儘姫に怖いものがあるとは・・・
「ははは!」
急にマサヒデが声を上げて笑い、座の皆も笑い出した。
廊下の騎士も、くすっと笑いを漏らした。
「笑うな! 本当に怖いのじゃ!」
ぱっと王女が振り返り、騎士を見て、
「のう!? お主らも怖いと思うであろう!?」
「は! あ、いや!? 寛大な王であらせられます!」
「厳しくもお優しくあらせられます!」
「な!? 聞いたであろう!? 厳しいのじゃ! 怖いのじゃ!」
「ははははは! いやいや、そのハラムィ陛下の目に適った騎士となれば、相当なはずですよ」
アルマダが膝を叩いて笑い、シラタもナツキもくすくす笑う。
マサヒデも頷き、
「新しい騎士が欲しいなら、お父上にご相談するのが良いですって。世には名ばかりで中身のない武術家は多いですから」
「何!? それは詐欺ではないか!」
「そうです。詐欺です」
「けしからん!」
「ですから、厳しい目で見極める必要があります。名もあり、ぱっと見は凄いと思えても、いざ立ち会いとなると、なんとまあ、という者が多い事」
「では、お主らも名があるからそうなのか?」
アルマダがにやりと笑って剣を取る。
「さあ、どうでしょう。そこの騎士の方、試してみますか?」
「僭越ながら、お断り致します」
頷いて、アルマダが剣を置き、小さく笑う。
「ふふふ。ですが、逆に、名もなく、見た目も冴えずとも、怖ろしい腕を持つ者も隠れています」
「それもある意味詐欺じゃな」
「まあ、そうですね。そういう者を探すのが良いと思います」
「隠れておるのにか」
「そうです。隠れた本物を探すのは、砕けた氷の中でダイヤモンドを探すようなものです」
「それ程か」
「それ程です。騎士に求められる『本物』は、腕は当然ですが、騎士という名誉ではなく、何があっても王女に命を張れる者です。例えエイパッチェフ家が平民に落とされ、王女がただの町娘になっても一緒についてくる、そのような者です。しかも腕利き。探すのは難しいと思いませんか」
「むむむ・・・」
「ハラムィ陛下はそれを見ておられる。ですから、お付きの騎士を安々とは増やせません。分かりますか」
「分かる」
「これはという者を見つけても、名や腕よりも、盾になって王女を守ってくれるかという覚悟を見て、それをハラムィ陛下に確かめて頂く事をお勧めします。何よりも、守ってもらうに値する人たるべし、と普段から心がけること。そこが大事なのです」
「今の私はそうではない。そう言いたいのだな」
「はい」
「ハワード、中々言うな。だが、その苦言、聞いてやろう」
「恐れ入ります」
マサヒデが最後の牡蠣を取って、小皿に乗せ、ほっとした顔でシラタを見る。
「なあんだ。シラタ様、王女って普通に聞いてくれるじゃないですか。我儘娘って聞いてたから、いつ怒るかとひやひやしましたよ」
「何っ!?」
ぶん! と王女の顔がシラタに向く。
「トミヤス殿、誤解を招く言い方はやめてくれ。自由奔放で闊達でありますとは言ったが」
ふ、とナツキが笑い、
「物も言いようだな」
「おい、ナツキ。お前まで人聞きの悪い事を言うな。ううむ、蟹はまだかな」
「ええい、酒じゃ! 酒を持て! 全くもう・・・」
むう、とシラタが顔をしかめ、
「王女、私が禁酒しているのはご存知でしょうに。当てつけですか?」
「そうじゃそうじゃ! 当てつけじゃ! 禁酒中のシラタ伯爵様の前で、まあーこれみよがしに! と陰口を叩かれるほど呑んでやるわ!」
おや? とシラタが顎に手を当てて、
「そう言えば・・・そうそう、守ってもらうに値するとか・・・」
「シラタ伯爵! まだ言うか!」
「いやはや、我が国の酒を気に入って頂けて、このシラタも嬉しい限りですな!」
「ふんっ!」
「ははは! ま、酔い潰れるまでお楽しみ下され!」
「覚えておれよ」
「潰れると言っても、聞いてやると言った苦言をお忘れにならぬ程度に」
「ぐ・・・」
くす、とナツキが笑う。
「王女。このような冗談の言い合い、普段のパーティーではありますまい」
「あるものか!」
「しかし、悪くないと思いませぬか」
「腹が立つわ」
「ま、明日の朝になれば分かりますかな。腹も立ったが、悪くないと思うはず」
「ふん。どうだか・・・」
ナツキが徳利を上げ、アルマダに向ける。
「ささ、ハワード様」
「頂戴します」
むん! とアナスターシャが徳利を取り、乱暴にマサヒデに差し出し、ぴちゃっと酒が少しこぼれた。
「トミヤス!」
「あ、すみません。私、呑めないんです」
「ええい! つまらん奴じゃの!」
苦い顔をしたアナスターシャを見て、マサヒデが笑い声を上げる。
「ははは! 私程度、そんなものです。酒の勝負なら誰にも勝てませんから。乾杯の一杯で、ほら、もう顔がほてるのを」
「驚くほど弱いの!?」
文句を言いながらも、笑い、美味しい料理に舌鼓を打ち、宴会は深夜まで続いた。




