第41話
カヤノ歓楽街、揚屋よしず。
ゾエ開拓長官、セイリュウ=シラタ伯爵。
ゾエ海軍提督、海軍中将、ヨシタケ=ナツキ。
この2人と一緒に、マサヒデとアルマダが飯を食べる。
マサヒデとシラタは酒抜きだが、アルマダとナツキは酒も楽しんでいた。
が・・・
次の牡蠣の揚げ物に箸を伸ばした所で、ぴたりとマサヒデの手が止まった。
何か、とシラタが言おうとしたが、マサヒデは、ぱっと刀を掴んで立ち上がり、アルマダもさっと窓の下に屈んだまま張り付く。
マサヒデが声を抑え、
「シラタ様、ナツキ様、何か来ますよ。大人数です」
「む」「何」
「鎧の音がします。かなりたくさん・・・」
マサヒデがそっと窓を少しだけ開けると、ざわざわと人の声が聞こえる。
この歓楽街カヤノでは普通だが、ざわめき声の調子が違う。
「んん? あれは・・・兵隊? ですかね? 長鉄砲を持ってますよ。軍ですか?」
「軍? 何かあったのか・・・?」
ナツキが怪訝な顔で、立ち上がって窓に寄ってくる。
「む・・・シラタ。ちょっと来い」
「なんだ?」
シラタも窓に寄って来て、外に目を向け、
「ああっ!? 全く!」
と声を上げ、顔を歪め、がくっと膝を落とし、ぱしんと膝を叩く。
ナツキも顔を歪め、ぱし、と額に手を当てて上を向く。
「ええい、またか!」
「ちっ! あの我儘娘が! はあ・・・トミヤス殿、ハワード様、大丈夫です」
マサヒデがすっと窓を閉め、顔を歪めている2人に、
「あれは何です」
と、聞くと、ああ、とシラタが呆れ顔で手を振った。
「白露の姫君だ。とんでもない我儘者でな。どうせカヤノを見てみたいなどと言い出したのだろう。面倒な事をしてくれる。お忍びなら、もっと目立たないようにしてほしいものだ」
はあ、とアルマダも溜め息をつく。
「あれでお忍びだなどと、よく言えますね」
「全くです」
ナツキがどっかりと座り、うんざりした顔を手に乗せる。
「おい、シラタ。どうする? 帰れと言ってくるか」
「この格好で近付けると思うか」
と、シラタがどてらの袖をひらひら振る。
「はあー・・・だなあ」
「ここは知らんふりだ。明日、領事館に行って帰ってもらおう。朝には知れ渡る。ここで見ておったなどと・・・」
ばたばた・・・
「ん」
マサヒデが一度置いた刀に手を取り、腰を上げると、すぱん! と襖が開き、
「トトトトミャースァ様!?」
女中は真っ青な顔で、慌てて口も回らないようだ。
「何です。落ち着いて」
「何か、凄く偉そうな人が会いたいって!」
「・・・」
後ろでシラタとナツキが頭を抱え、アルマダが首を振った。
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がちゃり、がちゃり、と鎧の音が階段を上がって来て、さらっと襖が開いた。
「トミヤスはおるか!」
両脇に白銀の鎧を着た者を連れた、これまた白に派手な金刺繍のドレスを着た女が声を上げる。
腕を組んで座っているマサヒデとアルマダ。
迎え入れるように、胸に手を当てて頭を下げるシラタとナツキ。
訝しげな顔で、ドレスの女がシラタとナツキを見る。
「・・・あれっ? そなたは、シラタ伯爵ではないのか・・・?」
「ははっ」
「んん? ナツキ提督? ・・・か?」
「はっ」
「二人共、なんじゃ、その格好は・・・?」
「庶民に紛れるための服装で・・・王女、私共が伯爵、提督という事は、店の者には内緒に」
「あ、うん・・・まあ、そうか。うん? うん・・・」
「こうして庶民に紛れ、民の生活を見回っておりまして」
ぽん! と女が手を叩く。
「おお! なるほど、そういう事か・・・うん、さすがはシラタ伯爵じゃ。見上げたものじゃの」
「恐れ入ります」
「して、トミヤスはどっちじゃ」
と、女が足を踏み入れようとした時。
アルマダが止めるように手を前に出し、
「失礼。貴方は白露帝国の王女と聞きましたが」
ふふん、と女が腰に手を当てる。
「如何にも! 我が父はハラムィ=ヒョドルーバニー=アレクサンドル=ウィンズ=エイパッチェフ! 第一王女アナスターシャ=ヒョドルーバニー=アレクサンドル=ウィンズ=エイパッチェフである! 頭が高い!」
なんと長い名だ。マサヒデにはさっぱり覚えられない。
アルマダは平然と頷いて、
「王女、この座は身分上下なしの座。ここに入るのでしたら、それを承知頂きたく」
「下郎! 名をなんと申す!」
「アルマダ=ハワードと申します」
アルマダの名を聞いた騎士が、アナスターシャに口を近付ける。
「王女」
と囁いて、耳に口を当てる。
「はーん。ふーん」
ふんふん、とアナスターシャが頷き、じろりとアルマダを見る。
「ハワード公爵家の者か」
「そうです」
「そのハワードの看板が当家の目に入ると思うな。口を慎め」
ん、とアルマダが頷く。
「以降、慎みましょう。が、この座のルールはお忘れなく。シラタ伯爵もナツキ提督も承知の上でこの座におります。座に入るのでありましたら、ルールはお守り頂きたく願います」
ぴく。
「何?」
「・・・」
ふいっとアルマダがそっぽを向く。
「言うたな! おい! こっちを向け!」
「ちょっと、アルマダさん」
マサヒデがアルマダの肩に手を置くと、はあ、と小さく息を吐き、アルマダが王女に向き直る。
「けえい! 控えよ!」
「・・・」
「なあんじゃその目は! ああっ!? お前、王女だからと馬鹿にしておるのか! どうせ偉いのは父上じゃと馬鹿にしておるな!?」
「・・・」
「アルマダさん」
マサヒデが囁いたが、アルマダは黙ったまま。
「分かったぞ! ちょっと顔が良いからと、女を馬鹿にしておるな!」
「・・・」
「ほら、アルマダさん。謝らないと」
アルマダは厳しい顔をマサヒデの方を向け、
「マサヒデさん! 黙りなさい! 王女御自ら、口を慎め、控えろ、と言っていたではありませんか! 王女、我々をお許し下さい」
「あ、そう言えばそうでした・・・」
と、マサヒデは手を付いて頭を下げ、
「王女、大変な失礼を致しました。私も黙ります」
むっかあー! と、アナスターシャの頬が赤く染まる。
「揚げ足取りをしおってからにー!」
ばんばんばん! アナスターシャが床を踏み鳴らす。
シラタとナツキは、頭を下げたまま、そっと部屋の隅に下がって行く・・・
はらはらと事の成り行きを見守るしかない。
「ええい! 質問に答える事は許す! ハワード!」
「・・・」
「返事もせんのか!」
「・・・」
「ハワード! 貴様、返事をする気すらないのか!? 答えよ!」
「質問への答えしか許されておりませんので、返事は出来ないのですが」
ぶるぶると王女の手が震える。
端正な顔の額には、はっきりと青筋が浮かんで見える。
(うわあ、なんだあれ。ちゃんと言う事聞いてるのに、白露の人って怖いな)
マサヒデは頭を下げたまま、顔を真っ赤にするアナスターシャを見上げる。
「い、い、いちいち細かい事を・・・もう良い! 貴様、今ハワードからマサヒデと呼ばれたな! 尋ねるぞ! トミヤスか!?」
「はい。マサヒデ=トミヤスと申します」
「よおしよし・・・素直で良い」
す、とアナスターシャが入ってくる。
ふっとアルマダが手を差し出し、
「あ、王女。どうぞそこへ」
「ああん!?」
「先にも申しましたが、この座は身分の上下なしの座。入られましたらば、それに従って頂きます。さ、シラタ様、ナツキ様ももう良いでしょう。突っ立ってないで座りましょう」
ごくん、と喉を鳴らし、シラタとナツキがアナスターシャを見る。
怒りで顔が真っ赤だ。
ひくひくと口の端を震わせながら、アナスターシャが怖ろしい笑みを浮かべ、
「よ、良かろう。そうであったな・・・ふふふ」
すさり、すさり、とスカートを捌いて、アナスターシャが座る。
「ほら、マサヒデさんもいつまでも頭を下げたままにしない。ちゃんとルールを守って入って来た王女に、それは無礼です」
「あ、そうですね」
すいっとマサヒデが頭を上げ、
「あ、王女も如何ですか? この牡蠣の揚げ物、美味しいですよ」
よ、とマサヒデが小皿に牡蠣を取って、甘味噌の小壺を差し出す。
「この甘味噌をつけて食べるんです。私、こんなに美味しい牡蠣を食べたのは初めてでした」
「ほ・・・ほおう・・・」
差し出された小皿と箸を取り、アナスターシャが牡蠣を口に運ぶ。
しゃく、しゃく・・・
「あ。これは美味いな」
「ですよね。いや、王族の方の口に合って良かった。ひやひやしましたよ」
「うん、これは美味い。もひとつ取れ」
「後で蟹も来ますから、あまり食べ過ぎると損しますよ」
「流石にふたつで腹いっぱいにはならんぞ」
「ははは! そうですよね! あ、柚子は試してみます?」
「ユズ? ユズとはなんぞ?」
マサヒデが小皿に載った柚子を取り、
「これです」
「オレンジの類か? えらく黄色いの」
「白露にはないんですね。これ、ちょっと匂いを嗅いでみて下さい」
アナスターシャが鼻を近付ける。
すんすん・・・
はっ! と驚いた顔を上げ、
「おおっ! これは良い香りじゃ!」
「これをですね、ちょっとこう・・・」
ちゅ、と小さく絞って、小皿に垂らす。
「で、その味噌と混ぜて」
「ふむ。このくらいか」
「で、もうひとつ」
しゃく・・・んむんむ、と口の中で回す。
「ん、んん・・・あ、良いな! 私はこの方が好みじゃ」
「日輪国だと、冬場はこれを風呂に浮かべてみたりして、風呂に香りをつけたりもするんです。身体が凄く温まるんですよ」
「ほう! 色々と使えるのじゃな。風呂か・・・アロマのようで良さそうじゃの」
「先程シラタ様に聞いたんですが、お買い物に来たんですよね? 柚子もお土産に買っていっては如何です。大袋でも銀貨何枚って値段ですし」
「ほう! それは良いな。あ、次をくれ」
「はい」
しゃくしゃく・・・
「うん、このユズなるもので香水を作っても良さそうじゃな・・・」
アルマダがお猪口を取り、お猪口に酒を注ぐ。
「油物だけでは口が鈍ります。ささ、王女もおひとつ」
「ハワード。貴様、急に態度を変えたな。まあ良い。受けてやる」
くぴ。
「うっ!?」
「王女!?」
廊下の騎士が声を上げたが、アナスターシャは手で止めて、
「ああ、良い! 何でもない! これは日輪国の酒か?」
「そうです」
「なに、初めての酒の味に驚いただけじゃ。心配するな」
もう一口呑み、じっくりと口の中で転がして天井を見上げる。
「ふうむ・・・癖があるが、悪くないな。うむ、油物には合いそうじゃ」
おおっ!? とアルマダが驚いた顔をして、
「むっ! 流石、酒の味が分かる・・・日輪国の酒も、それこそワインのように何百と種類があり、どの料理にはどの酒と分かる方は中々居ないのですが・・・初めて呑んで当てられるとは、驚きました」
「左様か? うむ、そうか・・・だが、本当に悪くない。いや、むしろ美味い。日輪国の酒も何種類か買って帰ろうぞ」
「酒蔵も喜びますよ。折角買って帰るのでしたら、それに合う白露の料理を探してみるのも面白いかと思います」
機嫌を良くして、アナスターシャが笑顔を浮かべる。
「うむ! それも良いな! 牡蠣をもひとつ」
ふっ、とアルマダが心の中で笑う。ちょろいものだ。
シラタとナツキも胸を撫で下ろし、牡蠣に箸を伸ばす。




