第40話
カヤノ歓楽街、揚屋よしず。
お忍びのシラタ伯爵、海軍中将ナツキと、マサヒデ、アルマダは酒の席。
マサヒデは最初の乾杯でもう酒は良い、と湯呑に茶を注ぎ、
「それで、本日はただの飲み会という事で?」
うむ、とシラタが頷く。
「まあ、そうでもあるし、先に申した通り、詫びのつもりでもある。ただの揚屋ではあるが、この店はこのカヤノで一番美味いと評判でな。で、不躾であるが、噂のトミヤス殿と席を供にしたかった、という所もあるし、ハワード様やレイシクラン家、ファッテンベルク家、更には陛下とも深い繋がりのあるトミヤス殿とは知り合いに、という下世話な所もあるし・・・まあ、色々であるかな」
ナツキも頷いて笑う。
「私は不躾の所かな」
と言って、シラタの膳の徳利をひょいと取り上げ、自分の膳の上に置く。
「あっ」
ナツキがじろりとシラタを睨む。
「シラタ。分かっているな」
「う、ううむ・・・うむ。そうだ。最初の乾杯以外は呑まぬ」
シラタは酒癖が悪く、自分もそれを自覚はしているが、酒好きなのだ。
ナツキがアルマダに笑顔を向け、
「という訳で、実は私もお目付け役なのです」
「ははは! まさか海軍中将のお目付けとは! いやはや、これは怖ろしい」
アルマダが膝を叩いて笑い、マサヒデもくすっと笑った。
場が和んできた。
ん、とシラタが小さく頷き、真面目な顔をマサヒデに向けた。
「時にトミヤス殿。貴殿から見て、ナガタニ君は如何であろうか?」
「ううむ・・・剣は、本気で立ち会ったら・・・今は六分四分だと思います」
「六分がトミヤス殿?」
「はい」
「では四分か。トミヤス殿と立ち会って、四分もあるかな?」
「あると思います。ナガタニさんは、どうも私に遠慮してしまっていて」
「遠慮?」
「道場を訪ねた際、門弟に勇者祭の参加者がいて、まあ、彼らと立ち会いになりまして。それで騙し討ちをしてしまったような、という遠慮だと思います」
「なるほど」
マサヒデが湯呑を持ったまま少し間を空けて、
「それと、道場での立ち会いならば、という所があります」
「と言うと」
「実戦で、例えば、野っ原や山の中で立ち会ったらどうか、という所です。いくら道場で強くても、いざ外に出て剣を抜いたら慣れぬ土の上。石にけつまづいて、ぐさり。囲まれてあっさり。何とあの名の知れた剣客が、などと、よく聞く話です」
「ふうむ」
「その点も考えると、魔獣退治などで名の知れたナガタニさんとは、五分でしょうか。間違いなく、私よりナガタニさんの方が実戦慣れしています」
シラタとナツキが腕を組み、顔を見合わせ、深く頷く。
マサヒデは湯呑を置いて、
「ところで、立ち会いの条件に、私に勝ったら開拓所の教官に、と手紙にはありました。あれは、ナガタニさんに既に目をつけていたという事ですか?」
む、とシラタが頷く。
「その通り。サカバヤシ流も当然考えたが、素人目にもあれは流石に難しいのでは、と思ってなあ」
「ううむ、確かに」
「トミヤス殿、ハワード様、いち武術家としての意見を聞きたい。開拓所で教える剣術は、一剣流で良いと思うかな?」
「はい」「ええ」
2人が即答して頷くと、シラタも満足気に頷いた。
「そうか! うむ、私は剣術は素人であるから、正直に言うと不安があった。お二人からその言葉を聞けて安心した」
アルマダが酒を注ぎ、お猪口を取る。
「一剣流は刀でなく剣の術と思われがちですが、刀でも剣でも使える技術が多いです。どちらを得物にしていても良いので、私は良い選択だと思います。サカバヤシ流は居合、抜刀が売りですが、そこは刀でないと使えませんし」
ほお、とシラタが感心した声を上げる。
「なるほど・・・ううむ、ナツキ、やはり本物の武術家の意見は違うな」
ナツキも、うん、うん、と頷く。
「うむ。良い意見を聞けた。ゾエ海軍は刀が主流であるから、サカバヤシ道場から誰ぞ引き抜こうかな・・・」
2人が感心していると、襖の向こうから、
「失礼致します」
と、女中の声。
「おお、来たか!」
シラタが声を上げると、すっと襖が開いた。
「おっ」
マサヒデが驚いて声を上げる。
女中が持って来たのは、大皿に山盛りの揚げ物。
「まず1品目! こちら、ゾエ名物の牡蠣を揚げてみました!」
「あ、これ牡蠣ですか!? ほとんど食べた事ないですよ。こんなにたくさん」
マサヒデが驚きの声を上げると、女中がにっこり笑って、皆の膳に小皿を並べていき、小さな壺を置く。
「これは甘味噌。こちらをつけましてお召し上がり下さいまし」
「へえ!」
「で、もうひとつ」
また小皿が並べられる。上には半分に切られた柚子。
「甘味噌だけだとちょっとくどいな、と思いましたら、この柚子を少し混ぜてみて下さい」
「うわ、美味しそうですね!」
喜びの声を上げるマサヒデに、女中がくすっと笑って、
「次は蟹が来ますよ。美味しくても、お腹を空けておいて下さいね」
「分かりました! 楽しみですよ!」
年相応に声を上げるマサヒデに、皆がにこにこ笑う。
「では早速」
小さな匙で甘味噌を小皿に置き、ひょいと揚げ物を箸でつまみ、味噌をつけて・・・
「ほう、ほっ」
熱い! マサヒデの口から湯気が上がる。
水々しい牡蠣から、じわっと汁が出て、素晴らしい香りが口いっぱいに広がる。
そして、さくっとした衣の歯ごたえが、更に旨味を引き立てる。
この衣に甘味噌というのがまた美味い。
「アルマダさん、これは美味いですよ!」
「ふふ。では私もひとつ」
アルマダが上品に口に運び、お! と驚いた顔を見せ、
「ううむ! 確かにこれは美味い! これで腹を空けておけとは、また意地悪なお店です」
「それは褒め言葉として受け取ってよろしゅうございますか?」
「ええ。勿論です。いや、実に美味い」
「料理長も喜びましょう。では、蟹までもう少々お待ち下さいませ」
女中がにっこり笑って、頭を下げて下がっていった。
襖が閉まるとシラタも箸を取り、
「む、では我々も」
「うむ、もう堪らん! 私は牡蠣が大好物でして・・・」
ナツキもにこにこしながら手をすり合わせ、箸を取った。
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うむ、美味い、と言いながら皆で牡蠣を食べている所で、ナツキが立ち上がり、すっと窓を開けた。
油っこくなった空気が澄んでいく。
「おお! トミヤス殿、ハワード様、さあさ、こちらへ」
ナツキが声を上げ、2人を窓に手で招く。
なんだろうと立ち上がり、窓の側に立つと、何と美しい景色か。
既に暗くなった通りに、提灯の灯りがいくつも。
降る雪がその灯りで照らされ、積もった雪も照らされ、実に美しい。
「どうです。カヤノも捨てたものではないでしょう」
「綺麗ですね」
「素晴らしい景色です」
マサヒデ達が頷くと、ナツキもしみじみといった感で頷く。
「ここまでくるのに、色々と苦労があった・・・なあ、シラタ」
「うむ、まあな」
シラタも立ち上がり、ナツキの隣に立って、夜のカヤノの通りを眺める。
ナツキは感慨深げに通りを眺めながら、話し出した。
「実は私、陛下の即位に反対して、同士を集めて反乱を目論みまして」
「えっ!?」
マサヒデもアルマダも驚き、通りの赤い光に照らされるナツキの顔を見る。
ナツキは目を細め、
「もはや内乱になる所でありましたが・・・シラタが身一つで我らの所に参りまして、どうかやめてくれと。されば私は腹を切るゆえ、皆は無罪放免とせよと伝えました」
「・・・」
「陛下は私の出した条件を飲んで下されたが、シラタは実は飲んでおらなんだ。こいつめ、私を散々に持ち上げ、助命せねば国の損となるなどと。果てには頭まで剃り上げ、陛下に嘆願する始末。お陰で5年もの牢暮らしとなりました」
シラタがにやりと笑う。
「軍艦を盗んで5年だぞ。短い短い。それに良い暮らしであったろう? お前、こっそり本など差し入れしてもらっておったな? バレておるぞ。刑務所では罪人のくせに、教鞭を取っておったそうではないか」
ナツキは不敵な笑みを浮かべ、ひょいとシラタから目を逸らす。
「さあて、知らぬなあ。そして牢から出て、さあこれから何をして食っていこうかと刑務所の門を出たらば、こいつが待ち伏せておりましてな。いきなり召集令状を叩き付けられ、何かと開けてみれば海軍中将、ゾエ海軍提督になれなどと。驚きを通り越して呆れたぞ」
「ふふふ」
「そしてゾエに来て・・・大変であった」
「だが、ゾエに来て良かったであろう」
「それは否定出来ん」
す、とナツキが窓を閉める。
「このような思い出話をしておると、歳を食ったと感じますな。な、シラタ」
「何? お前、もう歳を感じておるのか?」
「ふふふ」
笑いながら、2人が席に戻り、マサヒデ達も戻る。
ナツキが酒を注ぎ、マサヒデ、アルマダと見て、
「お二方も、あと20年もするとこうなっておるやもしれませぬな。あの時は大変であったなあ、などと」
マサヒデは閉まった窓に目を向け、ナツキに目を戻して頷く。
「悪くないと思います」
ナツキがマサヒデの返答に、にっこり笑った。
「うむ。悪くない」
ははは! とシラタは笑いとばす。
「俺は歳などとまっぴらだぞ。ハワード様も、20年程度で歳など感じますまい?」
「ふふ。ええ、私はシラタ様に乗りますよ」
この席は悪くない。
マサヒデは笑みを浮かべて、牡蠣をひとつ摘む。




