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勇者祭3 ゾエ編  作者: 牧野三河


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第40話


 カヤノ歓楽街、揚屋よしず。

 お忍びのシラタ伯爵、海軍中将ナツキと、マサヒデ、アルマダは酒の席。


 マサヒデは最初の乾杯でもう酒は良い、と湯呑に茶を注ぎ、


「それで、本日はただの飲み会という事で?」


 うむ、とシラタが頷く。


「まあ、そうでもあるし、先に申した通り、詫びのつもりでもある。ただの揚屋ではあるが、この店はこのカヤノで一番美味いと評判でな。で、不躾であるが、噂のトミヤス殿と席を供にしたかった、という所もあるし、ハワード様やレイシクラン家、ファッテンベルク家、更には陛下とも深い繋がりのあるトミヤス殿とは知り合いに、という下世話な所もあるし・・・まあ、色々であるかな」


 ナツキも頷いて笑う。


「私は不躾の所かな」


 と言って、シラタの膳の徳利をひょいと取り上げ、自分の膳の上に置く。


「あっ」


 ナツキがじろりとシラタを睨む。


「シラタ。分かっているな」


「う、ううむ・・・うむ。そうだ。最初の乾杯以外は呑まぬ」


 シラタは酒癖が悪く、自分もそれを自覚はしているが、酒好きなのだ。

 ナツキがアルマダに笑顔を向け、


「という訳で、実は私もお目付け役なのです」


「ははは! まさか海軍中将のお目付けとは! いやはや、これは怖ろしい」


 アルマダが膝を叩いて笑い、マサヒデもくすっと笑った。

 場が和んできた。

 ん、とシラタが小さく頷き、真面目な顔をマサヒデに向けた。


「時にトミヤス殿。貴殿から見て、ナガタニ君は如何であろうか?」


「ううむ・・・剣は、本気で立ち会ったら・・・今は六分四分だと思います」


「六分がトミヤス殿?」


「はい」


「では四分か。トミヤス殿と立ち会って、四分もあるかな?」


「あると思います。ナガタニさんは、どうも私に遠慮してしまっていて」


「遠慮?」


「道場を訪ねた際、門弟に勇者祭の参加者がいて、まあ、彼らと立ち会いになりまして。それで騙し討ちをしてしまったような、という遠慮だと思います」


「なるほど」


 マサヒデが湯呑を持ったまま少し間を空けて、


「それと、道場での立ち会いならば、という所があります」


「と言うと」


「実戦で、例えば、野っ原や山の中で立ち会ったらどうか、という所です。いくら道場で強くても、いざ外に出て剣を抜いたら慣れぬ土の上。石にけつまづいて、ぐさり。囲まれてあっさり。何とあの名の知れた剣客が、などと、よく聞く話です」


「ふうむ」


「その点も考えると、魔獣退治などで名の知れたナガタニさんとは、五分でしょうか。間違いなく、私よりナガタニさんの方が実戦慣れしています」


 シラタとナツキが腕を組み、顔を見合わせ、深く頷く。

 マサヒデは湯呑を置いて、


「ところで、立ち会いの条件に、私に勝ったら開拓所の教官に、と手紙にはありました。あれは、ナガタニさんに既に目をつけていたという事ですか?」


 む、とシラタが頷く。


「その通り。サカバヤシ流も当然考えたが、素人目にもあれは流石に難しいのでは、と思ってなあ」


「ううむ、確かに」


「トミヤス殿、ハワード様、いち武術家としての意見を聞きたい。開拓所で教える剣術は、一剣流で良いと思うかな?」


「はい」「ええ」


 2人が即答して頷くと、シラタも満足気に頷いた。


「そうか! うむ、私は剣術は素人であるから、正直に言うと不安があった。お二人からその言葉を聞けて安心した」


 アルマダが酒を注ぎ、お猪口を取る。


「一剣流は刀でなく剣の術と思われがちですが、刀でも剣でも使える技術が多いです。どちらを得物にしていても良いので、私は良い選択だと思います。サカバヤシ流は居合、抜刀が売りですが、そこは刀でないと使えませんし」


 ほお、とシラタが感心した声を上げる。


「なるほど・・・ううむ、ナツキ、やはり本物の武術家の意見は違うな」


 ナツキも、うん、うん、と頷く。


「うむ。良い意見を聞けた。ゾエ海軍は刀が主流であるから、サカバヤシ道場から誰ぞ引き抜こうかな・・・」


 2人が感心していると、襖の向こうから、


「失礼致します」


 と、女中の声。


「おお、来たか!」


 シラタが声を上げると、すっと襖が開いた。


「おっ」


 マサヒデが驚いて声を上げる。

 女中が持って来たのは、大皿に山盛りの揚げ物。


「まず1品目! こちら、ゾエ名物の牡蠣を揚げてみました!」


「あ、これ牡蠣ですか!? ほとんど食べた事ないですよ。こんなにたくさん」


 マサヒデが驚きの声を上げると、女中がにっこり笑って、皆の膳に小皿を並べていき、小さな壺を置く。


「これは甘味噌。こちらをつけましてお召し上がり下さいまし」


「へえ!」


「で、もうひとつ」


 また小皿が並べられる。上には半分に切られた柚子。


「甘味噌だけだとちょっとくどいな、と思いましたら、この柚子を少し混ぜてみて下さい」


「うわ、美味しそうですね!」


 喜びの声を上げるマサヒデに、女中がくすっと笑って、


「次は蟹が来ますよ。美味しくても、お腹を空けておいて下さいね」


「分かりました! 楽しみですよ!」


 年相応に声を上げるマサヒデに、皆がにこにこ笑う。


「では早速」


 小さな匙で甘味噌を小皿に置き、ひょいと揚げ物を箸でつまみ、味噌をつけて・・・


「ほう、ほっ」


 熱い! マサヒデの口から湯気が上がる。

 水々しい牡蠣から、じわっと汁が出て、素晴らしい香りが口いっぱいに広がる。

 そして、さくっとした衣の歯ごたえが、更に旨味を引き立てる。

 この衣に甘味噌というのがまた美味い。


「アルマダさん、これは美味いですよ!」


「ふふ。では私もひとつ」


 アルマダが上品に口に運び、お! と驚いた顔を見せ、


「ううむ! 確かにこれは美味い! これで腹を空けておけとは、また意地悪なお店です」


「それは褒め言葉として受け取ってよろしゅうございますか?」


「ええ。勿論です。いや、実に美味い」


「料理長も喜びましょう。では、蟹までもう少々お待ち下さいませ」


 女中がにっこり笑って、頭を下げて下がっていった。

 襖が閉まるとシラタも箸を取り、


「む、では我々も」


「うむ、もう堪らん! 私は牡蠣が大好物でして・・・」


 ナツキもにこにこしながら手をすり合わせ、箸を取った。



----------



 うむ、美味い、と言いながら皆で牡蠣を食べている所で、ナツキが立ち上がり、すっと窓を開けた。

 油っこくなった空気が澄んでいく。


「おお! トミヤス殿、ハワード様、さあさ、こちらへ」


 ナツキが声を上げ、2人を窓に手で招く。

 なんだろうと立ち上がり、窓の側に立つと、何と美しい景色か。

 既に暗くなった通りに、提灯の灯りがいくつも。

 降る雪がその灯りで照らされ、積もった雪も照らされ、実に美しい。


「どうです。カヤノも捨てたものではないでしょう」


「綺麗ですね」


「素晴らしい景色です」


 マサヒデ達が頷くと、ナツキもしみじみといった感で頷く。


「ここまでくるのに、色々と苦労があった・・・なあ、シラタ」


「うむ、まあな」


 シラタも立ち上がり、ナツキの隣に立って、夜のカヤノの通りを眺める。

 ナツキは感慨深げに通りを眺めながら、話し出した。


「実は私、陛下の即位に反対して、同士を集めて反乱を目論みまして」


「えっ!?」


 マサヒデもアルマダも驚き、通りの赤い光に照らされるナツキの顔を見る。

 ナツキは目を細め、


「もはや内乱になる所でありましたが・・・シラタが身一つで我らの所に参りまして、どうかやめてくれと。されば私は腹を切るゆえ、皆は無罪放免とせよと伝えました」


「・・・」


「陛下は私の出した条件を飲んで下されたが、シラタは実は飲んでおらなんだ。こいつめ、私を散々に持ち上げ、助命せねば国の損となるなどと。果てには頭まで剃り上げ、陛下に嘆願する始末。お陰で5年もの牢暮らしとなりました」


 シラタがにやりと笑う。


「軍艦を盗んで5年だぞ。短い短い。それに良い暮らしであったろう? お前、こっそり本など差し入れしてもらっておったな? バレておるぞ。刑務所では罪人のくせに、教鞭を取っておったそうではないか」


 ナツキは不敵な笑みを浮かべ、ひょいとシラタから目を逸らす。


「さあて、知らぬなあ。そして牢から出て、さあこれから何をして食っていこうかと刑務所の門を出たらば、こいつが待ち伏せておりましてな。いきなり召集令状を叩き付けられ、何かと開けてみれば海軍中将、ゾエ海軍提督になれなどと。驚きを通り越して呆れたぞ」


「ふふふ」


「そしてゾエに来て・・・大変であった」


「だが、ゾエに来て良かったであろう」


「それは否定出来ん」


 す、とナツキが窓を閉める。


「このような思い出話をしておると、歳を食ったと感じますな。な、シラタ」


「何? お前、もう歳を感じておるのか?」


「ふふふ」


 笑いながら、2人が席に戻り、マサヒデ達も戻る。

 ナツキが酒を注ぎ、マサヒデ、アルマダと見て、


「お二方も、あと20年もするとこうなっておるやもしれませぬな。あの時は大変であったなあ、などと」


 マサヒデは閉まった窓に目を向け、ナツキに目を戻して頷く。


「悪くないと思います」


 ナツキがマサヒデの返答に、にっこり笑った。


「うむ。悪くない」


 ははは! とシラタは笑いとばす。


「俺は歳などとまっぴらだぞ。ハワード様も、20年程度で歳など感じますまい?」


「ふふ。ええ、私はシラタ様に乗りますよ」


 この席は悪くない。

 マサヒデは笑みを浮かべて、牡蠣をひとつ摘む。


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